Patchwork
スタジアムは異常な雰囲気に包まれた。
最初は盛り上がっていたサポーターも、僕達のチームと他のチームメイトが、ピッチのセンターサークルを挟んで別々に練習しているのを目の当たりにして、チームが完全崩壊したと囁く者も多かった。
僕達はまず集まってくれた20人と集まって、まずピッチの真ん中に輪になって座った。
「ユータ、ジュンイチ、すまん。お前達の意向を無視して、僕に付き合わせて」
僕は先に二人に謝った。
「いいよ別に、お前に振り回されるなんていつものことだ」
ジュンイチは強烈に皮肉った。
「このチームが勝てるチームになってないってのは本当だ。何か変化を付けたいと俺も思っていたし、何もしないよりはいいさ」
ユータも言った。
「それに、今までもお前に乗って、勝負事で負けたのは、お前が怪我をした三國高校戦しかないからな。お前がそう言うからには、このメンツでも勝てるんだろう?」
それからユータはいたずらっぽく僕に笑いかける。
「ああ、勝てるよ」
僕はそれに確信を持った返事で返す。
「――さて、じゃあ集まってくれた皆さん。これから僕はあなた方を仲間だと認識します。だからこれからは、敬語をはしょらせてもらうけれど、気を悪くしないでくれ。逆に僕に対しても、普通にタメ口でいい」
僕はそう前置きしてから、集まってくれた選手を一瞥する。
「さて、ここで質問。相手は世代別とはいえ、日本代表――全員がプロ。それに対して僕達は、プロはユータとキーパーの二人のみ――さて、僕達のチームが本当に勝てると思うかな?」
「……」
沈黙。
「正直に言ってくれていいよ。それもコミュニケーションのうちだし」
僕は緊張を和らげた。
「じゃ、じゃあ――正直、厳しいと思うんだけど」
参加者の一人が言った。まだタメ口がぎこちない。
「いくらこのチームが予選でボロボロだったとは言っても、プロだし……」
「……」
どうやら他の参加者の同じ意見のようだ。
「成程、確かにそうだろうな」
僕は頷いた。
「確かに、このチームで代表に勝つのは難しい。うん、そうだと思う」
「オイオイオイ」
ジュンイチが呆れ顔で言った。
「じゃあ、こう考えてみてくれ」
僕はそう言ってから、グラウンドを見渡した。
「皆もさっきまでこのグラウンドの外で、練習を見に来ていたわけだが――もし、代表がこんな寄せ集めみたいなチームと試合をして、それで代表が1-0とか、2-0とかで勝ったのを、観客席から見ていたら、皆はどうする?」
「……」
僕の問いに、一同は考えを巡らせる。
「――多分、ブーイングするでしょ。こんなチーム相手にそれしか点を取れないのか、こんなチーム相手にその程度じゃ、本戦の相手からは1点も取れないぞ! ってね」
僕は時短のために答えを提示した。
「あ――確かに」
一同は頷く。
「あまり好きな考え方じゃないけれど、勝負には、引き分けや負けでも、勝ったも同然、といえる時がある。今回はそれだな。観客が相手にブーイングするくらいの試合をすれば僕達の勝ち――スコアは二の次ってわけだ」
「……」
集まった選手達が、互いに顔を見合わせる。
僕はその表情を見て、手応えを感じる。普通に考えれば、代表に勝つなんてことは、途方もないことのように思えるが、僕の話で彼らの中での勝利条件のハードルが大きく下がった。
戦う前に、相手の名前や肩書きに怯んでしまっては、初めから勝負にならない。まずはそんなイメージの払拭に成功した。
「とはいえ、僕個人としては、できることなら皆にも、スコアの面での勝利を目指して欲しい」
いいイメージが持てているうちに、僕は皆の新しいイメージの再構築に努めた。
「どうせ僕達は負けて元々の戦力なんだから、負けても誰も驚かない。試合を惹起した僕が一人叩かれるだけで、はじめから皆にリスクなんてない。だけど、もし僕達が勝っちゃったら、皆は一躍ヒーローだ。間違いなく明日の新聞の一面だね」
僕はにこりと笑う。この話を訊いて、集まった素人集団に、わずかながら表情の変化があることに、確信を持った。
「負けてもリスクがなく、勝った時の見返りがでかいなら、本気で勝ちを狙うのが妥当だろう?」
「……」
どんどん寄せ集め集団の表情が変わっていく。大それたことだろうが、自分達が代表を倒したら、というビジョンを描き始めている。
ここに集まった連中は、多かれ少なかれ、この代表のふがいなさを強く感じて、それを不満に思っている連中だ。
「ある程度は僕もフォローするし、逆に言えば、失点したら僕の責任にしちゃってもいい――どう、やる気出た?」
僕がそう聞くと、皆はそれでも大それたことだからと、少し躊躇したが、皆往々にいい顔で頷いてくれた。
「よし、じゃあ参加交渉が正式に成立したということで。はじめに円陣といきますか。皆、立ってください」
僕は立ち上がると、下げた両手を軽く上げる仕草で皆を立たせた。全員が肩を組み、前かがみになる。
「よし、じゃあまずこのチームで試合するに当たっての心構えを言うからな」
「えぇ? 作戦って、それだけ?」
練習が終わり、今は両軍、ベンチに戻って最後のミーティングをしていた。
「ああ、それだけだよ」
この一時間、僕はチームの練習を眺めながら先発を決め、そしてこの試合における作戦を今発表したところだった。
はっきり言って、僕達以外の参加者のレベルは、とても戦えないほど下手ではないが、取り立てて上手くない。高校サッカーで言えば県内ベスト16クラスが数人いるだけで、残りは少年サッカーのコーチができる程度。埼玉高校の部員と同じくらいか、それより若干下ってところだ。
「元々戦術を煮詰める時間もなかったし、だからって拙い連携は死を招くからな」
「……」
そうは言っても、皆心配そうな面持ちだ。
「何だ、不安そうだな」
僕は首を傾げる。
「さっき円陣で言った心構えを皆思い出してくれ。チームのためとか、そんなことは言わないから、まずその心構えを見せることだけ考えろ。とりあえず試合の入りは、そのことだけを考えてくれ」
「よし、じゃあ両チーム、集合!」
僕が頼んだ、コーチの一人がセンターサークルで僕達を呼ぶ。
この試合、両チームとも監督はいない。代表の監督は、どちらのベンチにも座らず、ピッチの外でコーチ陣とこの試合を見守ってもらうことにした。
もうセンターサークル上では、主将のマスダはじめ、代表選手が憮然とした顔で集まって、僕達のことを見ていた。
僕達は急いでピッチに走る。名目上主将である僕がセンターサークルに行って、マスダとコイントスをすることとなった。
「いいや、ボールやるよ」
僕がサークルに入るなり、マスダは僕に言った。
「後半もボールやる。そのくらいのハンデやらないと、不公平だろ?」
「……」
その顔は、明らかに僕達を見下していた。まあ当然かもしれないが。
「……」
ま、いいけど。
僕はそれをありがたく承諾し、ボールを貰う。
僕達の布陣はユータのワントップに、僕がトップ下。ジュンイチがダブルボランチの左につけた、4‐5‐1だ。
僕とユータはキックオフのためにセンターサークルに入る。
「ユータ、お前には少し我慢を強いるが、その分次の試合、お前に見せ場を多く作ってやるからな」
笛が鳴る直前、僕は小声でユータに囁いた。
「へへ、そりゃありがたい」
ユータが軽く笑いながら横の僕にボールを蹴りだし、試合が始まった。