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「……」

 僕は手に持っていた練習着を一度ベッドに放り投げて、上半身裸のまま、やってきたチームメイトと対峙した。

「こんな格好なんで、できたら少し待っていていただきたいんですけど。それとも、緊急の連絡ですか?」

 僕はとりあえず笑顔を作る。

「まあそうだな。こういうことは初日にはっきりさせておいた方がいいと思ってな」

 先頭のマスダが僕を睨んだ。

「はっきり言おう。正直我々は、君をこのチームに歓迎していない」

「……」

 いきなりヘビーな内容だった。

「君はこのチームに長いこと召集を受けていたのに、それを蹴り続けてきた。だが、この代表に入りたくて、今まで血眼で練習してきた人間が、どれだけいたと思う? 俺達も、ここに立つまでに、何人も落選した選手を見てきた。君の行為はそんな選手達に対する最大の侮辱だ」

「……」

「そんな君が今更この代表チームに来た。しかも君の記者会見での言葉――あれは何だ? 国の威信を賭ける自覚はない? サッカーを楽しむ? はっきり言って、そんな気楽な立場でここにいられたら迷惑だ。いいか、俺達はフランス、チェコ、メキシコって強豪チームに何とか勝たないと、国に帰れないんだぞ。君みたいに気楽な立場でサッカーをしてるんじゃないんだ!」

「……」

 僕はため息をつく。

「なるほど、お話はちゃんと拝聴しました。で、それがこのチームの大体の総意というわけですね」

 僕は訊き返す。

「――くっくっく……」

「あ?」

「あはははははははは……」

 僕は思わず笑い出した。

「な、ケースケ!」

 ユータが焦り出す。空気を読めって、と顔が僕に語っていた。

「何がおかしいんだ!」

 マスダは激昂する。

「すみません――ですが、まさかこんなに早く、僕の予定通りにことが進むと思わなくて」

「……」

「でもよかった。皆さんの考えていることは、僕の想像通りですね。じゃあ、多分このチームの運命も、もう決まりでしょう」

 僕は微笑む。

「残念ですが、このチームは僕がいようといまいと、オランダで負けますよ。それもこっぴどくね」

「何だと!」

「ふざけんな!」

「新入りがえらそうに!」

 マスダの後ろにいる連中が、口々に文句を言う。

「まあまあ先輩方……」

「すいません、こいつ、空気は読まない主義なんで……」

 ユータとジュンイチが仲裁に入る。

「――運は天にあり!」

 僕はよく通る声でそう言う。

 その声に圧され、騒ぎは一瞬硬直した。

「鎧は胸にあり、手柄は足にあり――何時も敵を我が掌中に入れて合戦すべし。死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり。運は一定にあらず、時の次第と思うは間違いなり。武士ならば、我進むべき道はこれ他無しと、自らに運を定めるべし!」

「……」

 その僕の語り口調に、部屋の全ての人間が硬直していた。

「これ、戦う人間の基本の心得ですよ」

 僕はにこりと笑う。

「あなた方の言うことも一理あるでしょう。きっと多くのファンもあなた方と同じことを言っている。ファンにそう言われたら僕も何も言い返せません。でもね、これから戦いに出るあなた方が、ファンと同じことを言うのは間違いですよ。たとえ僕のしてきたことが、どんなに気に入らなくてもね」

「……」

「もうここまで来た以上、戦う者であれば、周りがどんなに気に入らない奴ばかりでも、頼りない奴ばかりでも、ただ突き進むのみ。このチームでやるって腹を決めるしかないでしょう。今更こうやって他人に文句を言っている暇などないはず」

「……」

「あなた方がチームを思っているのもわかる。だからこうして僕に文句を言いに来たんでしょう。でもね、それは裏を返せばこのチームは、僕が入ったくらいの少しの乱れで全体が崩れる脆いチームだってことを意味しているんですよ。このチームはそんなにヤワですか。僕なんかが一人入った程度で全て崩れるほど、弱いんですか。だから僕に文句なんか言いに来る――違いますか?」

「……」

 沈黙。

 僕が記者会見でわざとお気楽な発現をした理由は二つある。

 ひとつは最悪日本が大会で惨敗しても、ファンの怒りをユータ達に向けさせないようにするため。

 そしてもうひとつは、チームメイトがこうして文句を言いに来ることを想定していたためだ。

「あなた方の予選の試合、僕もテレビで見ていました。はっきり言って、このチームがバラバラだっていうのは、あなた方のサッカーが雄弁に語っていましたよ。自分だけが生き残りたい、その一身で、勝つためのプレーをせず、失敗を恐れて安全なパスばかりを出して、ちっともプレーが進んでいなかった。皆窮屈そうにサッカーをして、批判におびえたような顔をしていた。」

 そう、このチームが弱い原因は、僕にもわかっていた。

 このチームは、戦う意識が低すぎるのだ。戦えるチームになっていない。

 このチームに蔓延しているのは、最終メンバーに生き残って、大きな大会に出たというキャリアが欲しいという保身のみで、周りの人間のミスや失敗を喜ぶような、そんなネガティブなチームに成り下がっていた。

 勿論本人達はそんなつもりはなかっただろう。だからこうして僕に文句を言いたくなるような記者会見を演じて、このチームの主力をおびき出し、その行動を通して彼らの覚悟が如何に脆いかを説いてやろうと思ったのだ。

「……」

 あと1ヶ月しかない準備期間で、こうして僕に文句を言いに来ることは、自分達の弱さの裏返しだという言葉は、彼らにとって屈辱だろう。だが、それが真っ向から否定できないことも確かだ。だから黙っている。

「そもそもそうやってチームメイトをいきなり批判するチームでサッカーなんかやってちゃ、楽しくないでしょう。こんなことばっかやってこの大事な最後の2週間過ぎちゃいました、じゃないでしょうに。もう時間もないんだし、そろそろ腹決めないと。それで駄目だったらしょうがないくらいの開き直りは必要だと思いますけど」

「偉そうに言うな!」

 マスダが声を荒げる。

「お前は一体何なんだ! 今までこのチームに必要だと言われ続けても、何もしないで! それで気まぐれだか何だか知らんが、来た早々いきなりチームに指図しやがって! このチームで俺達は苦労して予選を勝ちあがったんだ! それを何もしなかったお前にあれこれ言われる筋合いはねぇ!」

「……」

 マスダの後ろにいるチームメイトも、ユータもジュンイチも、マスダのその言葉にまた気圧された。

 僕はため息をつく。

「彼を知りて己を知らば、百戦して危うからず」

「あ?」

「そんなに言うなら、僕と勝負しませんか」

 僕は不敵な笑みを作る。

「監督に掛け合ってみますよ。ちょっと今日の練習メニューを変更させてくれ、ってね」



 そして2時、僕達代表候補メンバーはバスに乗り、近くの練習場に到着していた。

「あ、サクライだ!」

「わぁ、テレビで見るよりずっと可愛いー」

 練習場には既に多くのファンが詰め掛けていた。グラウンドの周りを、3000人近いファンが囲んでいる。

「うは、こんなに練習でファンが来たのは初めてだぜ」

 ユータは目を丸くした。どうやら普段の代表では、ここまで人が集まらないようだ。

「何だかんだで、お前の注目度がでかいからな」

 ジュンイチもグラウンドに入ると、肩をすくめた。

「……」

 グラウンドに着くまで、僕は握手やらサインやらをねだられ続けた。この代表は特別強くなく、試合も低調なため注目度が低い。だから、一人ちやほやされる僕に、チームメイトの苦々しい視線が容赦なく向けられた。

 ここに来る前、集合場所のホテルのフロントの時点で、僕はチームメイトと随分と揉めていた。新参者の僕が勝手に合宿のスケジュールを変え、勝負を挑むなんて、チームをばらばらにする気か、と、僕の部屋に来なかった連中までもこぞって僕に文句を言った。

 とはいえ、監督の承認は取った。詳しいことは現地で説明すると言ってその場を収めた。

「えー、それじゃ今日のこれからやることを説明します」

 僕はピッチの外のベンチで、前に立つ。

「これからやるのは、簡単に言えば試合です。フルコートで。僕の方は、ユータとジュンイチと、あと一人ゴールキーパーを貸してください。それで残りのメンバーが、僕達と戦う、ということです」

 その説明を聞いて、選手達はかすかに色めき立つ。

「ちょっと待てよケースケ。試合ったって、こっちは4人しかいないぞ。あと7人は?」

 ユータが当然の質問をした。

「あぁ、それはこれから集めるんだよ」

「は?」

 僕はにっこり笑って、コーチ陣を見る。

「メガホンを貸してください」

 そう頼んで、僕はコーチ達がピッチの遠い場所にいる選手に指示を出すための電動メガホンを貸してもらい、ボリュームを最大にした。そしてそのままピッチの中に入り、メガホンを口に当てた。

「えー、皆さんこんにちは。サクライ・ケースケです。今日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございますー」

 メガホンで、練習場の外にいるファンに向かって声を届ける。僕が声を出すと、四方から拍手や歓声が返ってくる。とりあえずグラウンド中に声が聞こえていることを確認。

「えー、ここで皆さんにご協力お願いしたいことがあります。これから僕は、ユータ、ジュンイチと一緒に、この日本代表チームと試合をすることになりました。ですが僕のチームはまだメンバーが足りません。そこで、もし僕達と一緒に試合をしてもいいという方がいれば、どうか名乗り出ていただけないでしょうか」

 その提案を聞くと、サポーターも急に活気を増した。急にそこここが色めき立ち、出ようかどうか迷っている人間がちらほら出ているようだ。

「お、おい!」

 ジュンイチが素っ頓狂な声を出した。

「俺達のチームの残りのメンバーってのは、サポーターかよ!」

 僕はメガホンのスイッチを一度切る。

「ん? そうだけど」

 そう言ってからもう一度スイッチを入れ、サポーターに呼びかける。

「サッカー経験があって、20分走れる自信がある人なら、誰でも大歓迎! 最大の重視ポイントは、僕と一緒に、この代表を倒そうって思える人! 僕達と一緒に戦ってもいい人、ぜひピッチの入り口に来てください」

 僕の扇動に、サポーターは歓声を上げる。低調なこの代表で、珍しく面白いものが見れると喜んでいるのだ。

「けっ、バカバカしい」

 代表の一人が言った。

「馬鹿にしたもんでもないですよ。サポーターだってサッカーが好きなんだ。中には結構な経験のある人もいるでしょうよ」

「お、おい、ケースケ」

 ユータがまた困ったような顔で僕を呼ぶ。

「いくら俺達が20歳までとは言っても、曲がりなりにもプロだぜ。力の差がどれだけあると思っているんだ」

「いいんだよ。それで」

 ――5分後、ピッチの中には20名あまりのサポーターが入場してきた

「あらら、思ったよりいるけど、まあいいや。とりあえず、皆さんが僕達とチームを組む仲間ですね」

 そう言って、僕は一人ひとりと握手を交わす。

 経歴を訊くと、高校でバリバリサッカーをしていたり、大学のサークル程度だったり、フットサルを週4でやっていたりと、それぞれがバラバラだった。

 その面子を見て、明らかに代表はやる気をなくしていたが、僕は彼等の方を振り返って、言った。

「うちのチームは多分90分は走れない。だから、試合は20分ハーフでやりましょう。1時間それぞれアップをして、1時間後に試合を始めましょう」


運は天にあり、鎧は胸にあり…


ケースケのこの言葉は、戦の天才上杉謙信が武士の心得として残した言葉とされています。ただ、原文とは若干変えてあります。少し長いのではしょらせていただきました。

余談ですが、戦国無双4とかでもこの言葉を使うキャラがいたりします。

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