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Bullet-train

「ふあぁ――しかし、大阪に現地集合はないよなぁ」

 ジュンイチは大欠伸をしながら、スーツのネクタイを緩める。

「そう言うな、北海道や九州から来る奴もいるんだ。大宮までは来るまでスムーズに行けたんだし、よかっただろ」

 ユータは駅弁を頬張りながら言う。

「だけど、そういう連中は前日からもう大阪にいるんだろ? 俺達は学校あるから当日に現地入りだぜ。今日から練習もあるってのに」

 今僕達3人は、新幹線で大阪に向かっている。3人ともスーツを着ての移動だ。ボックス席に座って、駅弁とお茶の朝食を摂っているところだ。

 ユータの母が車を出して、僕達3人をそれぞれ拾ってくれて、新幹線の出る大宮駅まで送ってくれて、今はその車中。時間はまだ朝の7時半だった。

 車に乗っている間、ユータの母は僕に何度もお礼を言っていた。ユータは何に対して礼を言っているのかわかっていないようだったけれど。

「ケースケ、背が伸びたから、そのスーツがぴったりになったな」

「そうそう、半年前そのスーツ着てた時は、だぼだぼで変だったけど、今そのスーツ姿なら、紳士服のCMに出られるぜ」

「……」

 二人がそう声をかけてくれたが、僕は頬杖を突いて、窓の外を高速で流れる景色を見ていた。

「何だ、シオリさんのことでも考えてるのか」

 ユータが言った。

「お前達、家近いんだろ? 朝、会ってきたのか?」

「――ああ」

 僕はしぶしぶ返事をする。

「何か話せたか?」

「いや――といっても昨日は結構夜遅くまで電話してたし、リュートを彼女の家に預けるために、どたばたしてたから」

「夜遅くまで電話か。恋する二人のしばしの別れ――センチメンタルだねぇ」

 ジュンイチは笑った。

「俺のところなんか、頑張って来い、だけだぜ? 大阪じゃ、電話しようと思えばいつでもできるし、ってよ」

「そりゃマイさんなりの激励だろ。寂しいとか言うのは、メンバーに残って、オランダに行くことが決まってからにしろ、ってな」

「やれやれ……俺はこの合宿、地獄なんだぜ。ケースケの数学地獄メニューもあるしな。少しは優しい言葉も欲しかったぜ」

 ジュンイチは自分の運命を笑い飛ばして見せる。

「お前より、俺はケースケの方が心配だよ」

 ユータはそんなジュンイチを尻目に、僕の顔を窺う。

「良くも悪くも、お前は世間から注目されちまってる。これで俺達が負けたら、お前が矢面に立たされる可能性はかなり高くなったしな」

「……」

「今までしつこく誘ってた俺が言うのもなんだが、お前の今の状況には、申し訳なく思うよ」

「……」

 申し訳なく思われることもない。僕は元々、死地に赴くこいつらのことが見ていられなかったから、この大会の出場を決意したのだ。最初からこいつらに放たれる矢の盾になるくらいのつもりでここに来ている。

 記者会見でわざとファンの怒りを買っておいたのもそのためだ。最悪の場合、悪者は僕ひとりでいい。

 まあ、あの記者会見の発言には、もうひとつの目的があるんだけどね――

「しかし、お前とこうしてどこかへ遠出するのも初めてだよな」

 ユータが言った。

「あぁ、そうか。お前、修学旅行もバックレてたもんな」

「……」

 埼玉高校は、少し前まで受験勉強最優先の進学校で、3年間に1度のイベントは、大体1年生時に集中している。

 修学旅行も1年生の秋にあったのだが、僕は学年で唯一不参加だった。文化祭や体育祭ならともかく、金の出て行くだけのイベントに興じるだけの余裕が、精神的にも金銭的にもなかったからだ。一人自宅待機となった僕は、コンビニのバイトに、日雇いの肉体労働のアルバイトをしていた。

「修学旅行の旅館で、結構お前のこと、話題になってたんだぜ。今だから言えるが、あの時クラスの女子から、お前と付き合うために、協力してって、頼まれたりもした」

「え?」

「そうそう、シオリさんの友達の娘でな。シオリさんも一緒に頼みに来たから、何となく俺達も情にほだされて協力したが、正直あの時点で結果は見えていた。案の定お前はその娘を振った」

「しかしシオリさん、あの時はお前と友達の恋の協力をする立場だったんだが、今じゃこうしてお前といるわけで――あの時はお前のこと、好きじゃなかったのかな」

「……」

 そういえば、そんなことがあった気がする。修学旅行から皆が帰ってきた次の日当たりから、やたら皆で弁当を食べようとか、ユータ達が誘ってきていた気がする。

「ま、そんな過去を振り返っても仕方ないが――正直俺達は、お前のいない修学旅行が物足りなかったからな。今から18人に生き残るサバイバルレースがあって、その後に強大な敵と戦う、そんな戦場へ赴く車中で不謹慎かも知れんが、俺は何だか、お前と修学旅行に改めて行けるような気分で、何か嬉しいよ」

 ユータが駅弁を脇に置いて、お茶を飲んだ。

「……」

 本当に、僕は最初から、友達がいのない奴だったな。

 自分のことを他人がどう思っているかなんて眼中になく、ただただ自分のためだけに生きていた。そのせいで他人の心を踏みにじっても、それに気付くことさえなかった。

 この半年は、そんな自分の反省と後悔に満ち溢れていたと思う。そんな気持ちが、僕をいつまでもその場にとどめてしまった。こんな友達がいのない自分が、こいつらを友と呼んでいいのかと。

「――ああ、そうだ」

 僕は自分の鞄から、二つの小さな、お年玉を入れるくらいの白い封筒を取り出して、二人に渡した。

「シオリさんが、二人に、って」

 それを聞いて、二人はいそいそと袋を開けると、その中にはフェルトで作られた、必勝祈願のお守りと、赤、青、緑の三色で編みこまれたミサンガが入っていた。

「おぉ、可愛いな。このお守り、俺達の顔の刺繍が入ってるじゃん」

 ユータはいたくお気に入りのようだ。

「このミサンガ、3色だろ。3人で力を合わせれば、きっとすごい力が出るからってさ」

「へえ、まるで毛利元就の三本の矢だな」

 ジュンイチはそれを聞いて、スーツの袖をまくり、早速ミサンガを手首につける。

「お前も貰ったのか?」

 ジュンイチはミサンガを巻きながら、ニヤニヤして僕に訊いてくる。

「――ああ」

 僕はそう言って、スーツの袖をまくって、右手に結ばれたミサンガを見せてから、胸ポケットに入れておいたお守りを出した。

「ふーん――なんかお前のお守りだけ、妙に凝った作りのような……」

「うんうん、お前の顔の刺繍も、ちょっと美化が入っているような……」

「気のせいだろ」

 僕は二人の詮索をかわす。

「しかし、健気だねぇ……あの娘、絶対にお前に早く帰ってきて欲しいと思っていただろうに、こうして勝ち進むことを祈るお守りなんか作っちゃって。いじらしいぜ」

 ユータが自分のお守りを天井にかざしながら言う。

「一体どんな気持ちだったのかな。シオリさんがこのお守りを作ってた時は」

「……」

 僕は、受験勉強の合間、一人夜遅くまで刺繍を編んでいたシオリの姿を想像する。

 それを考えると、何だか少し胸の奥が苦しくなった。

 この半年、彼女の笑顔に救われっぱなしだった。

 才媛なのに、いつだって謙虚で、目の前のことに一生懸命で。

 彼女の歩く道は、いつだって美しかった。歩みは遅いけれど、彼女の歩いた道は土がよく馴らされて、花が咲き誇っているようだと思った。

 一本道を全力疾走してはいても、僕の通った道には草一本生えちゃいない。そんな自分の道を振り返ったら、すぐ隣を歩いていた、彼女の道の美しさが見えた。僕はその時、一瞬で彼女に憧れてしまった。

 思いがけず、僕がこうして世間で騒がれて、有名になって、シオリには気苦労ばかりかけているけれど。

 それは違うんだ。

 相手を高嶺の花だと思っているのは、むしろ僕の方なんだよ――

 そんな君の健気さ、一生懸命さが、時に胸に痛い。

 君が眩し過ぎて、日陰にいた僕は、君の眩しさに、顔をろくに見ることも出来ない。触れることも出来ない。

 そんな思いが生じさせる誤解を背負ったまま、二人ボタンのかけ違いみたいなすれ違いをし続けてしまった。

「ユータ、ジュンイチ」

 僕は二人の名を呼んだ。

「僕は、この大会、全力を尽くすよ」

 そう言って、自分のミサンガの巻かれた右手で拳を握り、前に差し出した。

「この先、脱落することもあるかもしれないが、それでもこれから合流するチームに、爪痕くらいは残してみせる――全ては、明日につなげるために」

 まだ、この二人を友と呼ぶには早すぎるけれど、これくらいなら言える。

 もう過去を振り返ってばかりの今日は終わりだ。

 これからの僕は、明日を生きようと思う。

 今から僕の体も心も、全ては明日のため――

 こいつらと繋ぐ友情、そして、彼女と紡ぐ愛情――

 今まで先に進めなかった分を、一気に取り返してやる。

「乗ったぜ」

 ジュンイチが僕の拳の上に、ミサンガを巻いた自分の右手を置いた。

「ふ」

 ユータがその上に、更に拳を乗せる。

「これから挑むのは、負け戦だ。俺達でそれを、ひっくり返してやろうぜ」

 ジュンイチの号令に、僕とジュンイチは、おう、と返事した。



 新大阪駅に下りると、ユータははじめに指示されていたホテルまでの地図を取り出し、僕達を先導した。

 ホテルに着き、フロントに問い合わせると、荷物を預けた後、大広間へ行くように指示をされた。

 僕たちは大広間へ向かう。そこにはもう3人掛けの長机が8卓並べられていて、既に僕達以外の代表候補はそこに座っていた。監督、コーチがその前にあるステージに上り、他のスタッフは机の後ろで全員立ち見のようだ。どうやら学校がある僕達以外は皆前日から大阪入りしていたらしい。

「すいません、遅れました。ヒラヤマ、エンドウ、サクライ、ただいま到着っす」

 先頭を歩くユータがそう言って、いそいそと僕達も中に混ざる。

 その中を歩く僕は、この時、明らかに自分に向けられる視線が少なくないことに気付いていた。それもほとんどが好意的ではない、敵意のような視線だ。

「よし、これで全員揃ったな」

 ――監督の挨拶が数分あった以外は、ほとんどがあらかじめ電話で聞かされていた今後の予定の再確認で、初のミーティングは終了。時間にしたら20分程度のものだったと思う。

「じゃあ最後に、初選出選手の顔合わせと行くか。サクライ」

 壇上の監督が僕を呼んだ。

「この合宿での代表初選出はお前だけだ。どうだ、何か挨拶でもするか」

「……」

 きっと監督は、僕がこの代表最年少であることと、世間から騒がれ続けた男ということで、気を使ってそういう提案をしてくれたのだろう。

 しかし、それを歓迎するムードではないことは、僕は肌では何となく感じ取っていた。

 だけど……

 僕は黙って席を立ち、壇上に立って、マイクを取った。

「サクライ・ケースケです。皆さん、初めまして。プロじゃないんで、知らない人もいるかもしれませんが、ポジションはトップ下とボランチが主で、フォワードもできます。これから2週間、練習をご一緒させていただきますので、どうぞ宜しくお願い致します」

 そんな挨拶で手短にまとめ、僕はぺこりと会釈する。

「……」

 しかし、それに対して反応する選手は一人もいない。スタッフがおざなりに拍手をしてくれた後に、何となく手を叩いた人が数人いるだけだ。

 壇上を降りながら、僕は確信した。どうやら完全に僕はこの代表でアウェー。全く歓迎されていない存在だということ。



「はぁ、スーツは疲れるぜ」

 部屋に戻ると、ジュンイチは早速練習着に着替え始めた。

 今は昼の11時、2時から近くの練習場で練習があるから、1時半にフロントに集合。それまでは自由時間だそうだ。

「……」

 僕はジュンイチを尻目にツインベッドの片方を陣取り、そこに寝転がった。レースカーテン越しの窓から、大阪の摩天楼が見える。なかなかいい待遇だ。こんな部屋にあと2週間は滞在か。

 少しすると、ジュンイチと同じく着替えを済ませたユータが僕達の部屋にやってきた。

「よぉ、よかったら食堂に昼飯用意されてるって言うから、ちょっと早いが軽く食べてこうぜ。遅くに食べると腹痛くなるし、食わないのもすぐバテるしな」

「そうだな。軽くなんかエネルギー入れとこうか。ケースケ」

 ジュンイチに言われて、僕はベッドから体を起こす。

「何だまだスーツなのか。着替えろよ、待っててやるから」

 ユータに言われて、僕も着替え始める。

「――しかし、やっぱりお前、先輩の誰にも歓迎されてなかったな」

 ユータがワイシャツを脱いだ僕に語りかける。

「やっぱりお前のこの前の記者会見が尾を引いてるのかな? あのお気楽発言が、気に障ったのか、それとも、女に人気のあるお前への妬みか……」

「その経緯に興味はないさ」

 僕は上半身裸のまま言った。

「とりあえずあの反応ならいい。今のところ予定通りだ」

「はぁ?」

「さて、後はもう一段階あるかな……それで上手くいけばいいんだが」

「何言っているんだ、お前」

 ジュンイチが僕の発言に首を傾げた時。

 こんこん、と、僕達の部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「あ、はーい」

 ジュンイチがそれを出迎えに行くと、ロックを解除する、ガチャ、という音と同時に、沢山の人間が部屋の中になだれ込んでくる足音が聞こえた。

 着替え中の僕の前に、10人近い、同じ日本代表のウインドブレーカーを着た、若い男達が壁を作った。

「ようこそ、天才少年、サクライ・ケースケくん」

 一番先頭にいる、リーダー格のような男が口を開いた。

 僕は横のユータの方を見る。

「ディフェンダーのマスダさん。このチームのキャプテンだ」

 ユータが説明した。


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