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 その日のサッカー部の練習には、いつにも増して多くのギャラリーが訪れ、報道陣も多く学校に押し寄せていた。

 勿論訪れた人々の目当ては、昨日プロ初先発にして2ゴールを挙げたユータだった。

 この2ゴールは、ただの2ゴールとは違い、大きな意味を持つのだ。

 ユータ達は3月にサウジアラビアで行われた、U‐20代表世界大会のアジア予選を突破し、7月にオランダで行われる本選への出場切符を手にしている。5月末の今は、その本選に向けてのメンバー選考が佳境に入っている。予選のベンチ入りメンバーは24人だけど、本選になると、これを18人に絞らなくてはいけない。予選のメンバーがそのまま選ばれるとも限らないし、コンディションしだいで予選メンバーを蹴落とし、予選未出場の選手が代表に滑り込むことも大いにありえるのだ。

 そうした結果が求められる中、プロに入って日が浅いユータは、アジア予選ではチーム得点王にはなったものの、他の選手に比べて実績が少なく、起用を不安視する声も多かった。

 そんなネガティブなイメージを、昨日の日本屈指の強豪プロチーム相手の2ゴールという結果で好転させたユータは、早くもオランダ行きのメンバーに当確したと見られているのだった。報道陣が多いのは、その恵まれた体格と、ゴールへの嗅覚から、将来を嘱望される若き選手の初の国際舞台についての意気込みを押さえたいからだった。



「はぁ、やっと解放されたぜぇ」

 ジュンイチが息をついた頃には、既に春の夕日がオレンジ色に染まってしまっていた。

「なんだかんだで、お前らも期待されている証拠だな」

 僕達3人揃って代表に入ることを熱望しているユータはご機嫌そうだ。

 結局僕とジュンイチも、ユータと揃って取材を受けた。サッカー部のグラウンドのゴールマウスの後ろ、芝生の上に座ってのインタビューだった。取材をするのは、女性のインタビュアーが6人、後はカメラマンや音声を拾うスタッフなど、総勢30人ほどに囲まれての取材で、インタビュアーはスーツではなく、私服のような服で、僕達と一緒に芝生に座ってインタビューをした。

他の部員が練習しているので、ボールが飛んでくる可能性もあったので、校舎の中で取材を受けてもよかったのだけれど、こうして芝生の上に3人座っている方がリラックスムードが出て、僕達の世間のイメージとマッチすると言われたのだった。

 アジア予選、初期のメンバーではユータもジュンイチも、チームで最年少の17歳だったためか、どちらもレギュラーではなかった。しかし二人がベンチを暖めている時の日本代表のサッカーは、守備が崩壊し、攻撃陣もたいした働きが出来ず、攻守共にボロボロだった。結局両方どちらも高いレベルでこなせる程のタレントのいなかった日本代表は、予選中盤戦からは、ボランチに守備に安定感のあるジュンイチを起用、同時にユータと、180センチ台のプレーヤーをスタメンに変え、堅実な守備でボールを拾い、前線の長身選手ユータを狙ってカウンターという、シンプル且つコンパクトな戦術にシフトし、序盤で乱れたチーム戦術を修正したのだ。それが、素晴らしい出来とはいえないまでも、どうにか日本をアジア2位で予選突破させるくらいのチームに修正したのだった。

 攻撃力は、世界レベルでは皆無に等しいジュンイチだが、その堅実な守備で、予選序盤のチームを立て直す縁の下の力持ちになった功績は大きい。これは近くにいる僕の贔屓目というのではなく、世間もそれはある程度認識している。レギュラー確約とはいえないまでも、チーム屈指の守備力は、スタメンでもサブでも十分チームのオプションに組み込める。ジュンイチもオランダ行きメンバーの有力候補なのだった。

「ま、俺はおまけさ。俺達のあの予選のサッカーじゃ、ヨーロッパや南米の強豪に引き裂かれるのが目に見えているんだろう。誰も期待していないのさ」

 ジュンイチはシニカルな笑みで皮肉を効かせた。ジュンイチは芝生に座ったまま手をついて、夕日を見上げた。

「それを変えられるとしたら――今日のマスコミのインタビューは、きっと少しでもそういう希望を与えたかったのかもしれないな」

 ジュンイチが僕を見る。

「……」

「ま、その希望とやらが、臥龍、サクライ・ケースケ個人のことなのか、サクライ・ケースケって言うかけたピースの揃った、埼玉高校三バカトリオのことなのかはわからんがな」

「……」

 僕は学業優先を理由に、代表選出を辞退してはいたけれど、それでも今年の2月から何度か、代表参加の意思を何度か打診されたことがあった。代表の、予選でのサッカーが国内で罵詈雑言の嵐に晒されてからは、その打診頻度は増し、現在進行形で、僕のJFA(日本サッカー協会)による代表参加の説得は続いている。

 取材をしたインタビュわーの話では、テレビ局の行った該当アンケートでは、僕を代表に呼ぶべき、という声が圧倒的だったらしく、今後の日本代表の中心になるべき選手は、ユータとダブルスコアを付けて僕が選ばれているらしい。

 代表チームが予選で連動性を書き、チームとしてのまとまりの欠如を露呈する中、僕の視野の広さや統率力、仲間を引っ張るリーダーシップなどを高く評価する人が多かったらしく、今の日本には、そんな強力なリーダーを求めている人が多い、という切り口から、僕へのインタビューが始まった。

「……」

 別に僕が出て、今の代表の現状が劇的に変わるか、それは僕にはわからない。

 ただ、辛辣ではあるが、今のままオランダに行けば、ジュンイチの言うとおり、ヨーロッパや南米といった強豪チームにコテンパンにやられてしまうだろう。それだけは、もう確信を持って言えた。

 ――僕は、視線を僕達が今いるエンドラインの向こう――他の部員がミニゲームをしているピッチの中を見る。

「……」

 今のままではこいつらが海外で大恥をかくことは目に見えている。代表にこいつらが選ばれるのは、名誉なことだが、帰国した時、こいつらが日本中から批判を浴びるのだ。

 その時僕は一体何をしているだろう。このグラウンドで、他の部員とこうしてサッカーをして、日和見するだけだろうか。

 それを思うと、いたたまれなくなる。

 まだ僕は、国の威信を賭けて代表選手なんて肩書きを背負うということがどういうことか、よくわからない。今までただなんとなくやっていたサッカーを、こいつらのおかげで楽しいと思えるようになり始めて――

結局僕の今のサッカーは、単純に今を楽しむためのものでしかない。そんなサッカーで、国の看板を背負うのは、必死にそれを応援する人にとっての不義だろう。

 そんなサッカーで、代表を戦うなんていうのは、人の道に反していると、僕は思う。

 でも――だからと言って、今のままでいいのだろうか。

 こいつらが、大会から帰ったら、間違いなく惨敗の責任を追及され、国中から批判の的にされるだろう。

 その時僕は、友であるこいつらに、何をしてやれるのだろう。



 日没に練習を終え、いつものようにガードマンに押し寄せるファンを抑えてもらい、足早に部室に退散。ファンが解散し、落ち着くまで僕達3人は部室で待機。

 事前に部室でメールをして、シオリとマイとは、学校近くにある大型書店の前で待ち合わせする。

「うわ、もう6時近いな。ここでの用件は、早めに済ませようぜ」

 僕達はこれから、所沢にあるユータの家に行って、ユータのプロ初ゴールの祝賀会をやる。

 ただその前に、これから始まる進路相談のため、モチベーションアップと具体的な指針を求めて、今日ここに、赤本を買いに来たのだった。

「悪いな、お前は今日の主役なのに。一人だけ仲間はずれだな」

 僕はユータを見た。ユータはもう大学受験はしないので、赤本は必要ない。僕達に付き合ってついてきただけなのだ。

「いいさ、サッカーマガジンでも立ち読みして待ってるよ」

 ユータは言った。

 書店に入ると、入り口でユータと別れ、僕達は1階の、参考書関連の本棚を探した。

 大型書店は3階建てで、3階がレンタルDVDをやっているようだ。2階はCDショップ、1階はコミックや雑誌、小説、専門書など、種類は多いとは言えないから、本好きには不満の残る品揃えだろうが、各方面の本を満遍なく揃えていた。

 参考書の本棚は、入り口から見て、奥の方にあった。大学受験用の参考書は流石に種類が多い。赤本と各科目の参考書が、半々くらいの量で揃えられていた。

 時間的に書店の中の客は、制服を着た中高生が多い。おそらくマンガや雑誌、CDをチェックしに来ているのだろう。コミックコーナーなどは多くの若者がたむろしているが、まだ5月では、進路を具体的に決めている生徒が少ないからか、か顧問や参考書がほとんど売れていない。僕達のいる本棚の付近はがらがらで、動きやすかった。

「とりあえず、全員国立志望だし、これは4人とも必須だろうな」

 僕はそう言って、センター試験の過去問を取り出す。

「とりあえずこれを今度実際に時間を計って何年分か解いてみよう。その点数を見て、具体的にこの1年、どんな勉強をすればいいか決めるのがいいんじゃないか?」

「賛成。4人で一斉にやれば、隣に人がいる本番の感じも出るもんね」

マイが頷いた。

「国立の問題は癖がないけど、私立の場合は好みが分かれるからな……滑り止めの私立も、いくつか受けるんだろ? 国立は当面センター対策でいいとして、私立の赤本を何校かパラ見しておいたらどうだ?」

 僕がそう薦めたことで、4人とも国立大学の赤本の棚の横にある、私立大学の赤本の棚に移動し、各々手近な大学の本を手に取り、中を開く。

 僕は中学が、中高一貫で東大合格者を輩出する、私立の超進学校に通っていたため、大学受験に対するノウハウは、中学時代に学校で叩き込まれていた。中学で、大学の過去問を解かせられたこともあった。だから今こうして赤本を見ても、真新しい発見はない。

 強いてあるとすれば、問題よりも前――目次後の数ページに記載されている、大学の年間費用などをまとめたデータの方だ。やっぱり思ったとおり、私立は学費が高い。ドイツは大学の学費が無料だと思うと、なぜ日本はたかが学校に、ここまでのお金を毎年払わなければいけないのだろうと思う。文系なんて研究もないんだし、大学が消費するものなんて、紙くらいしかないのに。

 中学の頃はそんなお金の事なんか考えもしなかった。3年経って久しぶりに過去問を手にして、自分の視点が変わっていることが、少しだけおかしかった。

「うお、何だよこれ、慶応とか、英語の試験、設問まで英語だぜ。何聞かれているかがわからねぇ」

 近くでジュンイチの感嘆の声がした。

「俺は慶応の問題は合わなさそうだなぁ」

「お前、今相当イタい事言ってるぞ」

「わかってるわ! 問題の相性以前に、慶応入る実力が自分にないことくらい!」

 ジュンイチがむくれた。ジュンイチの隣にいたマイはくすくすと笑う。

「そう言えば、ジュンイチ、お前、どこに行く気なんだ?」

 僕は聞いた。

「ん? それは大学? それとも学部?」

「学部」

 僕は横にいるマイを見る。

「マイさんは英語が得意だから、英文科と外国語学部を中心に受験するっていうのは前に聞いていたけれど、お前の志望学部はまだ聞いていなかったからな」

「んー、文学部の史学科とか、俺向きだと思うけれど、男の文学部はかなり少なそうだからな。将来的に世界をまわることを仕事にできたらいいと思っているし、国際環境学部とか、国際社会学部とか、そのあたりだと思う」

 ジュンイチはやや答えに曖昧さを持ちながらも、そう答えた。

 へえ、こいつなりに色々考えているんだ。彼女と一緒の学部に行きたいというだけで、学部を決めているのだとしたら、忠告してやろうと思っていたのだけれど。

「……」

 ふと思い立ち、僕は辺りを見回す。

 すると、シオリが今までいた私立の棚から、隣の国立の棚に移動して、本棚の前で一冊の本を手に取り、真剣なまなざしでそれを見ているのが見えた。

「どこの見てるんだ?」

 僕はシオリに歩み寄る。

 その声に、シオリは急かされるように本を閉じた。

「……」

 シオリの小さな手では、装丁が隠れないので、それが何の本なのか、見えてしまう。

 シオリが持っていたのは、僕の第一志望校、東大文Ⅰの赤本だった。


更新が遅れてしまい、申し訳ありません。パソコンが動かなくなってしまい、書くことが出来なくて…


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