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Footstep

 しかし――女装したこの格好で、彼女の前に立つのは……

「でも、そんなに着るのが大変な服、脱いじゃうの、勿体無いね」

 シオリは僕の目を覗き込んだ。

「は?」

「すごく可愛いよ、あなたの女装」

 シオリはにっこりと微笑んだ。

「――それ、誉めてるのか?」

「えへへ……」

 彼女は苦笑いを浮かべる。

「――あんまり見ないで。君にこんな格好見られるの、恥ずかしいんだ」

 僕は自然と目線が下がる。

僕はシオリにあまりみっともないところを見せたくなかった。あの夜に、ボロボロに泣くところを見せてしまって以来、もうこれ以上、みっともないところは見せられないと思ったから。

「それに――こういう服は――君みたいな娘が着るべきだよ」

 照れ隠しをしようして、僕は勝手に喋りだしてしまう。

「きっと――よく似合うと思うよ。それで、皆に、可愛い、って言ってもらうんだ」

「……」

 沈黙。

「それって――誉めてる?」

 シオリが明鏡止水の瞳を丸くして、首を傾げた。

「……」

 正直わからない。わからないけれど……

「――僕も、君にそういう事を、もっと言ってあげた方がいいのかな」

「え?」

「その――か、可愛い、とか、愛らしい、とか……」

「愛らしい?」

 シオリが苦笑いを浮かべる。

「あ、いや、それはちょっと違うな……」

「――う、うん、何か、変な感じ……」

 シオリも軽く俯いて、声をトーンダウンさせる。

「……」

 僕は息をつく。

「やっぱり、女の子は、可愛い、とか言われると、嬉しいものなんだろ」

 ヤバイ、本当に慌てていて、わけもわからず考えなしの言葉が出てくる。

「僕――君にそういうこと、全然言ってないから。言わないと、君を不安にさせてるんじゃないかって、思って」

「……」

 ユータ達に最近散々、シオリとの関係に進展がない事を揶揄されている。

 それは分かっている。その原因が自分にあることも、わかっていたけれど、僕はまだ、具体的にはどうしたらいいのかが、よくわからないでいる。

 でも、こんな格好をして、少しは女の子の目線に近付いてみて、思ったんだ。

 女の子には、そういう言葉での意思疎通が重要なんじゃないかって。

 こんなに、可愛い、とか、男だったら恥ずかしくてなかなか言えない事を、女の子はこんなに口にして伝えるんだ、と、改めて思った。

 女の子っていうのは、そうして何かを口にし合って――そうしないと、お互いのことがわからなくなって不安になってしまう。だからそうしていつも感情を口にするのかな、と、思ったんだ。

「……」

 ど、どうしよう。ここまで言ったら、彼女に、可愛い、って、言うべきなんだろうな。

 そう思ったら、心臓の鼓動が耳鳴りみたいに聞こえてきて――体ががちがちになっていくのを感じる。

 男が女の子に、本気で、可愛い、とか言うなんて、真顔で出来るものだろうか――

「――でも、私、あなたがそういううそ臭い台詞、言える柄じゃないと思うけれど」

 だけど、そんな僕の緊張を見抜いてか、シオリは苦笑いを浮かべて言った。

「……」

「それに、私もあなたからそんなこと言われたら、ちょっとくすぐったい、かな――」

 彼女にそう言われて、頭の熱が一気に冷める。

 僕は膝から崩れ落ちて、その場に座り込む。変な事を言って恥ずかしい、穴があったら入りたいという心境で、僕は膝を抱えて自分の顔を隠した。

「――ごめん、僕、変なこと言ったな」

「ううん」

 シオリの声がした。

「色々、試行錯誤の連続なんだよね……お互い」

「……」

 僕は首を傾げる。

「私、ずっと、何でもそつなくこなせるあなたのこと、憧れてたんだ。でも――そうなるまでに、あなたも沢山努力したんだよね。いつも試行錯誤して、目的のために一生懸命で――あなたが人を惹きつけるのは、きっと、そんな真っ直ぐで、思い立ったら誰よりも早く行動するところが、どんな言葉よりも、信じられるからなんだと思う」

「……」

「私――あなたのそんなところ――す……」

 何故かそこで、シオリは一度口ごもった。言葉を捜すように、目を泳がせる。

「す……すごく、いいと思うの……この半年、ずっとそれを近くで見てきて……あの、その……」

「……」

 どうやらシオリもいっぱいいっぱいになってしまったみたいだ。

 きっと、僕達の中がいつまでも進展しないのは、本音でぶつかり合うには、お互い自立心と羞恥心が強すぎるからなんだろうな。

「ご――ごめんなさい、早く着替えたいんだよね。後ろ向くね」

 余裕がなくなったのを振り払うように、シオリは後ろを向いてしまった。

「……」

 僕は黙って、厚ぼったい生地のドレスを脱いで、私服のデニムに足を通した。

「あ、あの」

 後ろを向いたまま、シオリが沈黙を破った。

「わ、私が言いたいのはね……その、あなたは、変に言葉を並べないで、いいと思うの。いつでも大切なもののために、一生懸命になれる、あなたのままで、いいと思うの」

「……」

 今のままで、か……

 これだと、僕達が進展するのはいつになるのやら。

「――ああ、もうこっち向いていいよ。まだ上は裸だけど……」

 僕がそう断ると、シオリはこちらを振り向く。

「……」

 シオリは振り向くなり、目がキョロキョロと覚束無く動いた。

「どうしたの?」

「あ、ううん」

 慌ててシオリはかぶりを振る。

「やっぱりあなた、男の人なんだなぁ、と思って」

「……」

 どうやら裸を見て、そう思ったらしい。

「別に筋肉は多い方じゃないよ」

 僕は元々筋肉が付きづらい体質らしい。体重が軽いから、腕立て伏せやスクワットじゃ筋肉がつかない。それを自覚しているから、体は強さではなく、しなやかさや柔らかさを重視している。

 確かに体は筋張っているし、腹筋も割れているけれど、それは体脂肪率が低いから、筋肉が表に出ているだけで、量が多いわけじゃない。

「でも、やっぱり男の人って感じだよ」

「……」

 沈黙。

「――ねえ、ケースケくん」

 もじもじしながら、シオリが沈黙を破った。

「最近試合続きで、体痛いって言ってたでしょ? マッサージ、してあげようか?」

「は?」

 僕は体から変な汗が出るのを感じる。

「ねえ、座って」

 そう言ってシオリは有無を言わさず僕の側に来て、手近な椅子に僕を促した。

 そして、裸の僕の肩に、自分の細い指をかけて、ぐっと力を入れた。

 僕の体が硬直する。

「あ――ごめん、痛かった?」

「い、いや、平気……」

 僕の声が自然にトーンダウンする。

「痛かったら言ってね」

 そう言って、シオリはリズムを刻むように、一定の感覚で、僕の肩に力を込め始める。

「……」

 僕は、自分の体が汗ばみ、体温が上昇しているのを感じていた。恐らく顔が赤くなっていると思う。

 上半身が裸だから、肩にかかるシオリの細い指の滑らかさ、艶かしさがリアルだった。シオリの手は、細くて、小さくて、掌がふんわりと柔らかい。けれど指先の感触がでこぼこしている。きっと指先に日常的にマメを作っているんだ。よっぽどフルートを練習しているんだろう。

 女の子に体を触られたことは、ないわけじゃないけれど、好きな女の子から触られるのは初めてだ。手をつないだり、抱きしめたりということはあったけれど、こうしてシオリから僕の体に触れてくることは、今までなかった。

「……」

 僕は何を言っていいのかわからず、背中越しに彼女の存在を感じながら、ふわふわした脳を稼動させようとした。

「――ねえ、ケースケくん」

 そんな時、シオリのおずおずとした声が、僕のそんな思考を中断させる。

「――な、何?」

 動揺が表に出てしまい、僕は少しどもってしまう。

「あ、あの……」

 だけどシオリはどうやらそれ以上に動揺しているようだ。

 さっきから彼女の様子がおかしい。本来シオリは自分から僕の体に触ろうとするタイプじゃない。慣れない事をして、明らかに自分を見失っている。そんな感じ。

 僕の肩を揉む、シオリの手が止まる。

「こ、これだけじゃ、その――サ、サービスが、足りない、かな……」

「は?」

 ――あれ、ついさっき同じような台詞を聞いた気が……

「け、ケースケくん。わ、私と、ツイスターゲーム――したい?」

「……」

 そのシオリの言葉に、感嘆の声も出なかった。僕の想像の許容範囲を地平線ごと突き抜けた言葉だった。

「……」

 何を言っていいかわからず、僕は沈黙する。

「あ、あの、私、何か言ってくれないと……その……」

「……」

 僕は椅子から立ち上がり、シオリから背を向け、準備室の引き戸に歩を進め、勢いよく引き戸を開けた。

 しかし、外には誰もいない。

「――あれ?」

 僕は首を傾げる。

 こんな事をシオリが言うはずがない。恐らくジュンイチ達が彼女を変に焚きつけて、そう言うことを言わせて、僕のリアクションを影から笑うために、聞き耳を立てているのだと思ったのだけれど……

 引き戸を閉めて、僕はシオリの方を見る。

 シオリは顔を真っ赤にして、俯いて、小さくなってしまっている。

「……」

 ジュンイチ達に言われて、言ったのではないとしたら……

 あの言葉は、シオリ本人の意志?

「あ、あのさ、誰かから、何か入れ知恵でもされたわけ?」

 ――んなわけないよな。

「……」

 シオリはまだ紅潮した顔を上げる。

「その――吹奏楽部の友達に言われて。あなたは何でも1人でできちゃうから、私の前で強がっちゃう――だからここは、私があなたに甘えやすい雰囲気を作るなりしてみろって」

「……」

 そうか――シオリも恐らく、僕がユータ達に言われていたことと、似たようなことを言われていたんだろうな。

「だからちょっと、いつもと雰囲気を変えてみたんだけど――ごめんなさい。変だった、よね……」

「――かなり」

「……」

 シオリは押し黙ってしまう。

「くくく……」

 その姿を見て、僕は笑ってしまう。はじめは声を殺していたけれど、段々堪えられなくなって、本気で大笑いしてしまった。

「ど、どうして笑うの?」

「いや――悪い」

 笑いながら、手で彼女を制す。

 僕が笑ったのは、あの、僕が彼女に救われた夜に、彼女がラブホテルのアダルトビデオを見て、激しく狼狽したのを思い出したからだ。今の彼女のうろたえ振りが、何だか半年前の彼女と全く変わっていなくて、ほっとしたような気分になったのだ。

「……」

 僕は、矛盾しているのだろうか。

 あなたは、今のままでいいと、さっき彼女に言われた時、僕は少し違和感を覚えた。

 今のままじゃ駄目だと、自分では思っていたからだ。

 それが、彼女がこうして、無理して変わろうとしてくれたら、彼女には今のままでいてほしい、と思うなんて。

 ――そうか、そういうことか。

 そう思って、僕は上半身裸のまま、シオリの体を抱きしめた。

 えっという、シオリの声なき声が、かすかに聞こえた。

「ごめん。ドレス着てたし、女子にコロンも随分やられた。変な臭い、しないか?」

 僕は抱きしめたまま、シオリに聞いた。

「う、ううん。平気……」

 そんな消え入りそうなシオリの声と同時に、心臓の鼓動がまた大きくなる。もうそれが、シオリのものなのか、僕のものなのか、わからなくなる。

「さっきさ、君は僕に、あまり変に言葉を並べないでいい、って、言ったけどさ。この際だから、言わせてくれ」

「う、うん……」

「……」

 とは言ったものの、いざ言おうとすると、緊張で頭に血が上ってくる。

「い、一度しか言わないから。だ、だから、ちゃんと聞いてくれよ」

 うわ、声震えてるし、変に虚勢張ってしまう。今の僕、すごくカッコ悪い。

 これ以上ダサいことになる前に、覚悟決めよう。

「――僕は君のことが好きだ。すごく可愛いと思うし、恥ずかしがり屋で泣き虫で、でもいつだって一生懸命で、そんな君と――あんまり一緒にいられてないけど――もっとずっと一緒にいたいんだ。ずっと、そう、思っているんだ」

「……」

 沈黙。と言うか硬直。

「ご、ごめん――ちょ、ちょっとまだ、君の顔、見られないから、もう少し、こうしててもいいかな……」

「――うん」

 僕の声とは裏腹に、僕の裸の腕の中にいるシオリの声は、もう平静を取り戻していた。

「……」

 そのまま、しばらくそのままでいた。

「あ、あのさ」

 僕はようやく落ち着いてきて、また口を開く。

「お互い――変わらなきゃいけないと思いながら、相手が急に変わってしまうことが、恐かったんだな。それに合わせようとして、自分も変わらなくちゃと焦ってしまっていた。きっと、お互いの意思を尊重するあまり、自分の思いを相手に伝えることが出来なかったんだな」

 そう、矛盾なんかじゃない。それが本音だ。

 お互いが変わる事を望んでいた。でも、相手が変わるのは嫌だ。

 お互いを尊重しすぎて、あるいは自分の本音が身勝手に思えて、それを見ること、相手に見せることが恐くて、相手に干渉しないでいた。だからお互いを理解できずに、不安だった。不安になったから、何かを劇的に変えようとして、その不安を消そうとした。

「大切に思うことと、大切にすることは、似ているようで違う――つい子の間、ユータに言われたよ。その通りだったんだな」

 そう、それは本当に相手を尊重してのことじゃない。わが身可愛さに、最も傷つかない方法を選んでいただけなんだ。

 自分のむき出しの本音を、相手に伝えてどう思われるか、それが恐かっただけなんだ。

「僕――これからはもっと君に、自分の気持ちをちゃんと伝えるよ。上手く言葉に出来ないことも多いと思うけれど――それでも、頑張って伝えるよ。だから、君も話したくなったら出いい。君の気持ちを僕に教えてくれ。わがままだって言ってくれ。そうしてお互いの事を理解しあって、目指す未来をいつでも同じ場所に定めておこう。君と僕で、歩く歩幅は違うかもしれないけれど、目指す未来が同じなら、きっと、大丈夫だから」

 きっと――僕達に必要なのは、今はそういうことなんだと思うから。

 無理に変わる必要もなければ、体のつながりがなくてもいい。

 まずは本当の気持ちを確認すること。本当の自分を相手に晒す勇気を持つこと。

 あまりに初歩的で、幼稚な段階かもしれないけれど、今はそれでいいんだ。そうやって二人、同じ方向を向いてさえいれば、そのうち深く結びつくことも出来ると思うから。

「――うん」

 彼女の頭が、僕の腕の中で、縦に小さく動いた。

 僕の体に、彼女の細い腕が回される。

「じゃあ、私のわがままを、ひとつ聞いてくれないかな」

 そう言ったシオリの声は、もう心の底から落ち着いていて、まるで僕までほっとさせるような、そんな優しい響きの声になっていた。

「あなたはひとつの場所にじっとしていられない人だって、私、わかっているから、私のことは気にせず、やりたい事をやってきて」

「……」

「でも、怪我はしないで。体に気をつけて、それが終わったら、必ず私のところに帰ってきて欲しい――私は、それだけでいいから」

「……」

 シオリは、もう、僕の心の内を見抜いているのだろうか。

 ユータやジュンイチ――親友と、もっと大きな世界で、一度並んでは知ってみたい、という、僕の心の内を。

 でも――

 僕は少し懊悩する。

 ユータやジュンイチ達と戦いに出るということは、また僕はシオリを置いて、遠いところに行ってしまうということだ。

 本当は彼女は、今も強がっているのだ。マイから聞いているから、僕はそれを知っている。

 僕を遠くに感じてしまって、無理して追いかけようと、僕の目に見えないところで頑張って――

 そんな素振りをちっとも僕の前で見せないで、僕の前では、いつだって気丈に振舞って、優しい言葉をくれて、体を気遣ってくれて――

 僕は、そんなこの娘の側にいたかった。

 いてあげたい、じゃない。僕が、ここにいたいんだ。

 口には出さないけれど、僕を救ってくれたこの娘に、これ以上、寂しい思いをさせたくなかった。

 彼女が、僕を遠い存在に感じなくなる、その時までは――


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