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As-a-woman

「うわ、今年も完成度高っ」

「ホタルちゃんキター!」

「……」

 ホタルちゃんというのは、僕達3年E組の幻のクラスメイトのこと――

 ――と言うか、女装したサクライ・ケースケの姿のことだ。

 入学当時、160センチ40キロしかなかった僕は、顔立ちが女っぽいのも影響して、2年前の文化祭のクラスの出し物の客寄せに、女装をさせられた。ユータ、ジュンイチが火をつけ、それにクラス中が乗っかった形だ。

 それが実物の女の子より可愛いと大好評で、当時の1年E組は、文化祭の最優秀団体に選ばれ、優秀団体の特典である、ディズニーランドのワンデーパスを獲得した。

 それに味をしめた女子の勧めで、去年も僕は女装をさせられた。去年はクラスメイトの他に、僕に女装をさせたい有志が集って、衣装やらメイクやら、1年生の時よりも遥かにパワーアップした女装をさせられ、文化祭2日間のうちに、5回も衣装替えをさせられる有様だった。

 当然僕はメイクなどしたこともないし、男としての貞操があるので、1年生時は抵抗したが、ユータとジュンイチが、椅子に僕を縛り付けて抵抗できなくし、女子がその上で僕にメイクを施させるという荒業に出た。仕方ないので、僕はクラスの出し物の利益の3割を一人でもらえる条件で、1、2年とも女装を承諾した。

 ちなみにホタルちゃんという呼び名は、僕の名前を漢字表記すると「蛍介」なので、そこから取った呼び名だ。

「……」

 僕は女子が持ってきた、フリフリのドレスを着させられ、メイクも施され、ブロンドのロングヘアーのヅラも被って、午後のホームルームで、クラスの面前に立たせられた。

「はは、背が伸びたから、色っぽさが増したな、ホタルちゃん」

 ユータが腕組みをして、僕をしげしげと眺める。

「でしょ。今までは清純派美少女とか、ギャルとか、そういうロリっぽい路線だったけど、今のサクライくんの背丈から、今年はモデル風のプロポーションを生かす女装って案になったの」

 女装を手がけた女子達が説明する。

「だけどサクライくん、172センチあって、52キロしかないって……毎年のことながら、サクライくんのサイズを聞くと、女としてダイエットに危機感を覚えるな」

「そうそう。地味にショック受けるわ。男なのに、私達より可愛いし、その上、痩せてるって……嫌がらせよね」

 女子達が口々に言う。

「――こんな格好させられる僕の意志はどうなるんだ」

 僕は口を挟む。唇には勿論口紅にグロスまで纏わされているから、やけにぷっくりしていて気持ち悪い。

「しかもそれで嫌がらせと言われるのもまた心外だな。無理にさせる気はないが、女子をダイエットに啓蒙させるくらいに思われなきゃ割に合わない」

「いやいや、それでもお前が女装することで、女子は楽しそうだぜ」

 ジュンイチがにやついて言った。笑いをこらえるように。

「女子と交流も出来て、お前としてもいいことじゃないか」

「女子の目の前で体の毛を剃らされたり、ストッキングを穿いたりする小っ恥ずかしさに耐えてもか?」

「うわぁ……それ、地味に嫌だな。脇まで剃らされるとしたら最悪だ」

 ユータが含み笑いを浮かべる。

 この女装が女子達の絶大な支持を集めているのはそういうことだ。僕を女装させることは、学校一愛想のない男、サクライ・ケースケを思う存分オモチャに出来るということなのだ。それが女子達には面白くて仕方がないらしい。僕は文化祭の間、そんな女子の悪ノリで、散々あられもない事を公衆の面前でやらされるのである。

「おまけにここ2年、僕、この格好で男から何度もナンパされたんだぞ……軽くトラウマだ」

「そりゃそうだろう。お前の女装は、誰かに自慢できるレベルだと思うぜ。声もそんなに違和感ないし、男だって言わなきゃわかんない。俺だって見た目だけなら好みのタイプだぜ」

 ジュンイチが僕を褒め称えた。

「ふ――そこまで言われると、何かお前にサービスをしたくなるな……」

 僕ははにかんで見せる。

「よし、じゃあこの女装姿の僕と、ツイスターゲームでもやらせてやるよ。どうだ、嬉しいだろ」

「――やめて、マジでやめて」

 ジュンイチは本気で嫌そうな顔をした。

「何だ、サービスが足りないか? ちょっとくらいならお触りも許可してやろうか」

「だからやめろっての! お前が言うと冗談に聞こえねえんだよ! 大体お前の柔らかいところがまったくない体触れても嬉しくないわ!」

「――好みのタイプとか言っておいて、気持ちを弄んだのか」

「こんな時だけ女キャラになるな!」

 クラス中が笑いに包まれる。

「おお、恐い怖い。こいつをからかうと面白いが、からかい過ぎると俺らの貞操も危なくなる」

 ユータが空恐ろしそうに肩をすくめた。

「しかし、今年は俺達が文化祭に客を呼ぶんだ。お前の女装も、学校の一大プロジェクトなんだからな。もうちょっと言葉とか声を可愛くしろよ」

「……」

 今年は僕達サッカー部の功績から、文化祭来場者が、例年の数倍になると予想されていた。

文化祭実行委員は、より多くの入場者を集めたいと願っているから、僕達3人は文化祭実行委員に懇願されて、僕達を看板とした様々な企画に協力することになってしまった。学校側も、学校をアピールすることになるならと、その企画に協力的な姿勢を見せている。

僕の女装もそのひとつだ。巷ではクールな天才少年と呼ばれるサクライ・ケースケが、雅やかな女性姿というギャップで登場すれば、確かに話題になるだろう。

 僕達を看板とした文化祭の目玉企画は、僕の女装七変化(僕個人はあまりやりたくないけれど)と、ユータのコネで、浦和レッズユースに、プロを数人交えた混合チームと、埼玉高校サッカー部の練習試合。そして、僕達3人に吹奏楽部がコラボレーションした、バンドライブの3つだった。

「そうそう、俺達も文化祭で即席バンドコンサートをやることになったんだからな。ギターやピアノの上手いお前と違って、こっちは素人に毛の生えた演奏しか出来ないんだ。恥をかくのは俺達も一緒さ。恥の種類が違うだけだ」

 ジュンイチが言った。

「むしろお前がそういう格好で恥をかいてくれなきゃ、俺達だけ恥のかき損ってもんだ。たまには完璧超人のお前も恥をかけよ」

「……」

 いい事を言っているように聞こえるけど、実際は、死なばもろともってところなんだろうな。

「ほら、とりあえずみんな席に戻れ」

 担任のスズキがその場を制する。何とも頼りない担任だから、完全に静まるには時間がかかったけれど。

「まあ、手っ取り早くうちの出し物が決まってよかった。じゃあこれからは、お前達の進路調査のために時間を割くからな」

 確かにクラスの出し物は、割とすぐに決まった。埼玉高校をここまで有名にした立役者の僕達3人がいれば、何をしても僕達が最優秀団体になることは確定しているのだから。皆受験で、あまり文化祭に対しては手を抜きたい。誰かが適当に言った案を、そのまま満場一致で通してしまった感じだった。

 スズキは生徒達に紙切れを配る。「第1回進路希望用紙」と書かれたその紙切れには、志望校、志望学部を書く欄が5つ程。この学校は、大学進学希望者が99%を占めているから、就職希望欄ははじめからない。残りの1%であるユータも、とりあえずの就職先はもう決まっているのだ。

「進路相談室も解放してある。決まらない者はそこで資料を見るなり、担当の先生に相談するのもいいだろう。図書室にも偏差値などを記した資料があるから、そこに行くのもいいだろう。もう決まっている者は自習だ。勉強したい者もいるのだから、あまり騒がしくするなよ」

 そう言ってから、スズキは僕の方を見る。

「サクライ、お前はその化粧を早く落とせ。どうもお前がその格好をしていると、教室が落ち着かん」

「……」



 僕は1人、先程まで女子達に監禁されていた音楽準備室に戻って、ヅラのピンを外し、そこに置いておいた私服に着替え始める。

「……」

 溜息が出る。この格好、いつも気が重い。おまけにドレスというのは、一人だと脱ぎにくい。どうして女性とは、こういう面倒臭い構造の服を着るのだろうと思う。

 背中のチャックに手が回らない。僕は自分の背中に手を回して、一人じたばたする。それはまるでひっくり返った亀を髣髴させる動きだったかもしれない。

 仕方ないので、頭から脱いでやろうと、ドレスの肩口をつかんで上に引っ張るが、 女物の細い首周りの服は、頭に引っかかってしまい、抜けない。

「あ、あれ? どうなってるんだ、これ」

 着る時も周りの女の子に手伝ってもらって着た服で、脱ぎ方のわからない僕は、やがて頭が抜けず、かといって元に戻すこともできず、服を頭に被ったまま、1人じたばたしていた。

 そうして僕が悪戦苦闘している時、こんこん、という音がした。どうやら外のドアをノックしているらしい。

「――あの、私、シオリです」

 外からシオリの声がする。授業中だからか、声を殺した、静かな声だ。

「入っても、大丈夫?」

「あ、ああ、ていうか入ってきてくれ。助けてくれ」

 僕は頭が隠れたまま声を出すと、引き戸が開く音がした。僕は頭が服の中には言っている。ごわごわしたドレスを、頭が通らずにじたばたしている様は、特撮ヒーローに出てくる怪獣みたいだったかもしれない。

「こ――これ、脱げないんだ」

「ちょ、ちょっと待って。動かないで」

 シオリは僕の横で服を掻き分け、ボタンやチャックを探し、それを一つ一つ解いていく。

 そこでどうにか腰周りが緩くなる。

「あ、もう大丈夫そうだ」

 僕は声でシオリを制し、一度頭を出す。

 僕の顔を見て、シオリはくすっと笑った。

「本当に困ってたでしょ」

「……」

 こんな事を言うことが、非常に愚かだということは承知しているけれど――

 彼女は、とても可愛らしい女の子だと思う。

 そんな女の子が、僕の恋人で――

 ジュンイチ達の言うように、こんな娘にまだ手を出していない僕は、男としておかしいか、相当のヘタレかのどっちかなんだろう。

 今思えば、ラブホテルにも泊まったことあるんだよな、僕達。

 それが半年経った今でも、手をつなぐことさえどぎまぎしている関係とは、何ともおかしなものだ。

 僕も――男なら少し頑張ってみようかな。


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