表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/382

Stadium

 ユータの所属する浦和レッズのホームスタジアム、埼玉スタジアムは、僕とシオリの住む川越からは、川越駅から埼京線に乗って大宮に行き、そこで電車を乗り換えて、最寄の浦和美園駅へと向かう、一時間弱の道のりだった。

 僕は自転車を、川越駅近くの無料駐輪所に置いて、駅まで歩く。

 駅のホーム前に、妙に真っ赤な服を着た3人が待っていた。シオリに、ジュンイチ、マイだ。

「地元のくせに、遅いぞ」

 黒のニットを被ったジュンイチに言われる。僕は目立たないように人気のない道を選んで遠回りしてきたのだ。

「……」

 その横にいたシオリは、僕の姿をじっと見ていた。

「何か、いつもユニフォームが青だから、二人が赤いユニフォームを着てるの、新鮮だね」

 そう言われる。

「いや、僕は君がそういう格好している方が新鮮なんだが……」

「――今日、家族にも同じ事を言われたわ。えへへ……」

 僕達が着ているのは、浦和レッズのサポーターが着ているレプリカユニフォームだ。昨日ユータがそれぞれのサイズに合わせてくれたものだ。この時間帯、大宮駅より先は、このユニフォームを着た人が沢山いるから、かえってこれを着ている方が、人ごみに紛れて目立たない、ということで着ている。勿論僕とジュンイチは、ニットを被って顔を分かりづらくしているけれど。

 普段綺麗めで、白とか、淡い色の格好を好むシオリが、こんな暖色を通り越した真っ赤な服、しかもユニフォームを着ているのは、何だか変な感じだった。

「しかし、このユニフォーム着てたら、レッズの応援をしないと目立っちゃうな。だが、僕も応援の仕方、全然わからないんだが」

「あ、私、一応パソコンで調べてみたんだ。これ」

 そう言って、シオリはプリントした紙を、僕達に各自配る。それを広げると、応援歌やら、肩を組んだり、手を上げたりするタイミングなどが書かれていた。

「……」

 一緒にいるようになる前から、少し予感はあったのだけれど、シオリはサッカーへの造詣が、並みの女の子より数段深い。海外サッカーにも精通していて、戦術に対する知識もある。どうやらサッカー自体がかなり好きなようだった。一朝一夕のはまりようではない。

「ま、ここで立っているのもなんだ。埼京線は本数もそんな多くないし、早めに行こうぜ」

 ジュンイチの号令で、僕達は早速切符を買った。

 川越は埼京線の始発なので、席も空いている。シオリとマイを椅子に座らせ、僕とジュンイチはその前に立った。目の前に座るシオリの姿を見て、こうしてシオリと電車でどこかに行くのが、4ヶ月振りだと思い出す。初めてのデートの時も、こうして僕がシオリを座らせて、僕が前に立ち、東京へ行ったのだ。

 電車は動き始める。

「でも、私達ヒラヤマくんから、このユニフォームはもらったけど、チケットの類は何も持ってないのよね。本当に入れるのかな?」

 走行中に、マイがそう言った。

「あぁ、一応スタジアムに着いたら、関係者用駐車場の警備員にこれを見せろって言われてるんだ。それで観戦するために、簡単な条件をクリアすれば、タダで試合が見られるってよ」

 そう言ってジュンイチは、どうやらスタッフIDのような、ポストカード大のカードをポケットから出した。

「その条件って、一体何だと思う?」

 マイが僕に聞いた。最近先読みの精度が上がっていると言われる僕なら、何でもわかると思われているのか。

「さあな、少なくとも、僕かジュンイチでないと駄目な条件だろう。二人はそれが終わるのを待っていればいい」

 今の僕はそれくらいしかわからない。生憎僕は仙人じゃない。

「それより、今日のユータ、多分かなりいい試合すると思うぞ。それに期待してろよ」

 ユータはもう、浦和レッズに合流して、練習を終えて、スタジアム入りをしている頃だろう。だから僕達とは別行動。

 ユータは今日の試合、先発が濃厚らしい。Jリーグは今日で9節目、ユータはそのうち交代で既に5試合に出場しているけれど、いずれも後半30分過ぎからの出場で、上手くボールと絡めないまま試合が終わっている。正確な記録を用いれば、出場時間37分で、無得点だ。

これからリーグ戦も始まって、日程もタイトになる。だから今日は、レギュラーフォワードを休ませる布陣で挑むのだろう。

 あいつは数日前から気合が入っていた。二日前、埼玉高校の練習試合に30分だけ出場した時、僕に、パスをどんどん回してくれ、と頼んだ。その結果、ユータは前半30分でハットトリックを達成してしまった。

 いいイメージで試合に臨めそうだ、と昨日ユータは言っていた。僕自身もこの試合、ユータの爆発に大いに期待していた。ユータがこの試合活躍すれば、一気にレギュラーの道も開けてくるだろう。

 大宮駅に着くと、僕達と同じ、赤いユニフォームを着た人を、ホームで沢山見かけた。僕達はその人が進む流れについていき、簡単に人ごみに埋没することができた。

 浦和美園駅に着くと、開場時間を過ぎたばかりなのに、多くのサポーターが既に入場口で列を作っていた。

「すごい人だね」

 僕達の前を歩くマイもプロサッカーを身に来るのは初めてみたいだ。目を丸くして、その光景を見る。

「はぐれるなよ」

 ジュンイチはそんな彼女の手を握る。

「ほら、お前等も手をつなげよ。人ごみではぐれたら、面倒だろ」

「あ、ああ……」

 そう言われ、僕は何ともぎこちなく、シオリの手を握る。

「……」

 僕はいまだに人前だと、シオリとこうして手をつなぐのに照れてしまう。今まで誰かに甘えるということをしたことがない僕は、意外に羞恥心が人一倍強い人間だということを知った。

 いい加減慣れなくてはいけないと思う。僕が照れると、それはシオリにも伝染する。案の定、シオリも僕に手を握られて、手がしゃちほこばっているのがわかるし。

「さて――ユータの奴、スタジアム裏の駐車場の入り口で、これを見せろ、って言っていたけど」

 僕達は、人込みの中、はぐれないように、この中で一番背の高いジュンイチを先頭に、スタジアムの外周を時計回りに歩く。

 やがてスタジアムの突き当たりに行き着く。関係者用の駐車場入り口は、柵が置かれて封鎖されていて、その前に中年の警備員が立っている。

「あの、すみません。ヒラヤマ・ユータ選手に、これをここで見せるように言われたんですが」

 ジュンイチが持っていたIDパスを警備員に見せた。

「ん? 失礼だが、君達は?」

 警備員は僕達をしげしげと見つめる。すごい、ニットで髪型を隠していると、ここまで気付かないものか。

 僕とジュンイチはお互い顔を見合わせ、それからニット帽を取った。

「あ――こ、これは、し、失礼しました! どうぞこちらへ」

 警備員は敬礼して、僕達を柵の中へと迎え入れる。

 いつから僕は、自分よりはるかに年上の人に敬礼される程偉くなったのだろう、と思う。

 柵の奥の駐車場は、もうスタジアムの中だ。天井は遮られ、中は暗い。電灯の光が中を照らしている。

 僕達を通してくれた警備員が、持っている電話でどこかに連絡を取っていた。それを切った後、少々お待ちください、と言われる。

 そして、2、3分程して、僕達の前に、スーツ姿の男性がやってきた。背が高く、体ががっしりしている30代後半の男性――間違いない、この人、元サッカー選手だ、と僕は思った。

「やあ、お待ちしておりました」

 簡単に挨拶をされ、その男性はまず、僕達を一瞥した後、もう一度、ちらりとシオリを見てから、何故か僕に名刺を渡してきた。この中で僕が代表っぽく見えたのか。それよりも高校生相手に名刺渡しても仕方ないだろう、という疑問を抱きつつも、それでこの人が、浦和レッズの広報担当者であることがわかった。

 その人に案内されて、僕達はスタジアムの中へ入る。

「うわぁ……スタジアムの中って、こんなになってるんだ」

 マイは声を上げて周りを見回す。シオリも声を出さずにキョロキョロしている。さながら社会科見学だ。

 しかし、ここは僕達がいつも試合をする時に入る、選手通用口じゃない。会議室やレセプションルームといった、関係者用の通路だ。勿論僕達もスタジアムのこんな所を通るのは初めてだった。

 歴代のユニフォームや、過去に取ったタイトルの盾などが展示されている廊下を通り過ぎて、後方の人が僕達をその奥のエレベーターに乗せた。IDを通さないと動かないエレベーターだった。カードをスキャンするとエレベーターが閉まり、上昇する。

 エレベーターが再び開くと、まるで一流ホテルのワンフロアのように、絨毯のしかれた静かなフロアになった。広報の男性がその目の前の、どれだけヤスリをかけたのだろうと言うほどに滑らかな光沢のある木製のドアを開け、僕達を中へ招き入れた。

「うお」

 ジュンイチが感嘆のを上げた。

 そこは8畳程の部屋だが、目の前が大きな強化ガラスになっていて、その前に机が据え置きになっている。そしてガラスの先には、35000人は収容できるこのスタジアムの大パノラマが広がっていた。照明に照らされたスタンドは、サポーターがスタンドを真っ赤に染めていて、その赤には、サポーターの力強さが宿っているように見えた。

「すげえ! もしかしてここってVIP席? 代表監督とか、負傷して欠場してる選手が見てるところで、たまにニュースで映っているところですよね?」

 ジュンイチが広報の人を振り返る。広報の男性は頷く。

「……」

 選手の知り合いだからって、わざわざVIP席で試合を観戦させてくれる?

はは――マジかよ。

それだけでユータの言う条件というのが何であるか推し量れるというものだった。

 とは言っても、流石に僕も、その席には度肝を抜かれていたけれど。マイもシオリも物珍しそうに、その眼下の真っ赤なスタジアムを見渡していた。確かに庶民じゃ二度と出来ない経験だろう。

 その時、僕達の後ろのドアが開く。

 実に麗しい外見をした、スーツを着た大人びた女性が、子供をあやすような柔らかい笑顔を向けて入ってくる。

 ご丁寧なことに、軽食に飲み物までタダでつけてくれると言う。女性はその注文をわざわざ訊きに来たのだった。

「……」

 それよりも僕は、さっきから会う人会う人が、さりげなくだが、僕の横にいるシオリをちらちらと窺っているのが、ひどく気になっていた。事情を察しているのか、追及する人はいないのだけれど、何とも弱みを握られているような感じだ。

「それで、ここに連れてきて頂く条件というのは、一体何なのでしょうか」

 僕はそんな視線にも焦れたのもあって、先にそう切り出していた。あまりにもてなされすぎると、その後その条件を飲む際に、色々不都合があっても嫌だし、面倒ごとは早々に片付けたい性分なのだ。

「……」

 広報の男性が僕を見る。

「いえ、条件と言いますか、我がクラブのGMと会長が、あなたに是非お会いしたいと申しておりまして。もしよろしければ、お会いしていただけないかと思いまして」

「……」

 やっぱり。そうだと思ったんだ。僕は天井を仰ぐ。

「僕だけですか?」

「ええ。恐らく、込み入った話になると思いますので」

「……」

 その『込み入った話』とやらの内容も、大体想像がつく。

「――分かりました。試合後でいいですか」

 僕は頷いた。

「え? 会うのかよ、ケースケ」

 ジュンイチが意外そうな顔をした。ジュンイチも、その『込み入った話』とやらの内容を、既に理解しているのだろう。

「あぁ。多分会っておいた方がいいと思うからな」


この話に出てくる浦和レッズというチームも、埼玉スタジアムも実在するものですが、名前を借りただけで、実際のものとは異なります。背景描写も、作者自身一度行ったことがあるだけなので…


ちなみに作者は実際のJリーグではFC東京が好きなので、味の素スタジアムの方が埼玉スタジアムよりもよく行ってます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしこの話をお気に入りいただけましたら、クリックしてやってください。 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ