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Tender

 ユータは目の前で、フェイントをかけて僕を抜き去りにかかる。

 しかし僕はその動きを読んでいる。足を出して、逆にボールを奪取する。

 くっ、というユータの息を漏らす声が聞こえたが、その頃には僕はボールを前に向かって蹴り出して、僕自身も前に走り出していた。

「中央はジュンイチがいる! サイドに送れ!」

 僕は走りながら指示をする。相手選手はカウンターを喰らって、焦りながら、自陣へと戻っていく。

 僕のボールを受けた選手は、指示通りサイドにボールを回す。僕はセンターラインを超えて、バイタルエリアに突入するが、そこでジュンイチが僕にぴったりマークにつく。結局最後は僕にまたボールが回ると読んだのだろう。これはいい判断と言えた。

 サイドの選手が、ペナルティエリア近くでサイドバックとの1対1に挑んだ。ボールを持った選手は抜き去りながらクロスをあげにかかるが、サイドバックの選手が体をいれたので、ボールはこぼれ玉になる。

 フォローに走っていた僕がそのボールに追いつくが、ボールを持った後、ジュンイチが後ろからプレスをかけてくる。

 だけど僕は、ワンタッチでボールを右に出し、そのまま反転し、ジュンイチをかわした。

 ペナルティエリアに進入し、飛び出してきたキーパーを見て、僕は横にボールを蹴りだすと、そこにフリーのフォワードがいる。キーパーが飛び出して、無人のゴールにフォワードは軽く流し込む。

「おいユータ。そんな露骨なフェイントはあまり使うな。お前が前線で不用意に取られたら、こっちはカウンター喰らうんだ。ジュンイチも、プレスをかけて動きを止めようって判断は正しいけど、動きを止めたら何とかなると思って、ワンタッチで抜かれる選択肢が頭から飛んでいたぞ」

 僕はセンターサークルに戻りながら、声を出す。

「あれが露骨か? あれを止められるのなんて、お前くらいのもんだぜ」

 ユータは天を仰ぐ。

 金網の外から歓声が響く。僕はそちらを見る。

 今日も沢山来ている。と言うか5月になって、ただの練習でも随分とギャラリーが着くようになった。ギャラリーのそうも、ちょっと前までは女の子ばかりだったのに、最近は男が増えている。

 報道陣も練習にまで来ている。でかいカメラをわざわざこんなところまでご苦労なことだ。



 37――この数字が何を意味するか分かるだろうか。

 これは、1月の全国大会で、全治2週間の怪我を負った僕が部活に復帰した2月から、4月までの3ヶ月間で、僕が出場した埼玉高校サッカー部の練習試合の無敗記録だ(34勝3分け)。

 全国大会で、大会最優秀選手に選ばれた僕だったが、僕は高校からサッカーをはじめたため、当然全国大会以前のキャリアはゼロだった。全国大会以後も、代表を辞退したり、キャリアが増えていない。

 しかし、無名の埼玉高校が、全国の強豪を圧倒的な力でなぎ倒し続けたインパクトは、優勝校を差し置いて僕達を一気に人気者にしてしまった。それが一部では、人気先行でサクライやヒラヤマの実力は大したことはない、と陰口を叩く手合いを増やしてしまう結果を招いた。全国大会準優勝も、まぐれだと言う人間も多い。

 そんな僕達を倒したいと言う強豪チームは跡を絶たず、僕が復帰した2月頃から、埼玉高校に全国から練習試合の申込みが殺到した。高校だけではなく、プロクラブのサテライトチームからの試合申込みも多数ある。

 埼玉高校は県立高校だから、当然遠征費など学校から出ない。だから試合をするには、県内の高校以外は、相手に埼玉高校まで来てもらうしかないのだけれど、それでも試合申し込みが減ることはなかった。すごいのになると、九州からわざわざ遠征でここまで来たツワモノもいた。

僕は埼玉高校で唯一、37試合全試合に出場していた。だけど、週3、4回ペースで試合をしているのでは、全試合フル出場はとても出来ない。僕もフル出場は4試合しかない。それ以外は全て後半からの出場だった。

 ユータはプロと契約したため、不在の中試合をすることも増えた。だからユータ不在時には、172センチしかない僕が、ワントップのフォワードをやることもあった。



 ――次の日、サッカー雑誌にこんな記事が載っていた。

『サクライ・ケースケの、『第4の能力』

 強豪校との練習試合を3日と空けずに行っている埼玉高校。強敵ぞろいのチーム相手に、エースフォワード、ヒラヤマ・ユータが浦和レッズ帯同のため、不在時も多いのにもかかわらず、2月から37戦無敗という記録を現在も更新している。

 その原動力はやはり、172センチの小さなエース、サクライ・ケースケである。

 サクライは、フル出場こそ4試合だが、37試合全てに出場。丁度20試合フル出場分の出場時間で、17ゴール、21アシストと言う驚異的な数字をたたき出しているのだ。37試合のほとんどを後半から出場し、負け試合を勝ちに変え続けている。

 更にデータ的なものを言えば、8割が一流選手の水準と言われるパス成功率は、37試合で9割2分、25メートル以内のフリーキックが得点になる確率は、77%。ドリブルで相手を抜いた回数は、62回。1対1のマッチアップでは、まだ一度も止められていない。

 サクライの3つの必殺技、ドラゴンダイブ、ドラゴンスター、春風ドリブルの威力は、このデータが十分に示してくれているだろう。

 しかし、この3つの必殺技以外に、サクライには『第4の能力』が目覚めている可能性がある。

 練習試合で当たった相手チームの選手にインタビューすると、毎回同じような言葉を異口同音に言うのだ。

「こっちが攻めている時、いつも嫌な場所にいる。まるでこちらの攻撃パターンを読んでいるみたいに」

「1対1でマッチアップした時、もう既に考えが盗まれているみたいだった。どんなフェイントにも引っかかってくれる気がしない。抜けるイメージが全く出来なかった」

 埼玉高校はスポーツ推薦がない。失礼だが、サクライ、ヒラヤマと、ボランチのエンドウ・ジュンイチを除けば、チーム力はいまだに弱小校の部類にいる。いくら個人技に優れた選手がいても、それだけでピッチ全体をカバーすることはできない。

 しかしサクライは、それを自身の『先読み』の早さでピッチ全体に指示を出し、それに対応する術を身につけている。

 サクライの頭は、試合中、ずっとフル回転し、状況を判断する。その計算が速く、迅速な指示で、埼玉高校の軍配を取り、陣形を流水のように臨機応変に変え、相手に対応する。恐らく1対1の時は、相手の視線の動きや筋肉の弛緩具合、ボールと足の角度まで見て、ボールが物理的にどちらに出るかを読むのだと推測する。

 まさに龍が天より地上を見下ろすように、よく見える目――『竜眼』が、彼の中に芽生え始めている。相手もそれは強く感じているらしく、サクライのその先読み能力の高さに翻弄され、攻め手を失い、敗れるチームが今も跡を絶たない。

 サッカーにも昔から、クレバーと呼ばれる選手はいるが、サクライは、活で総称されたタイプのクレバーさとは、一種違った頭のよさを見せている。恐らくサクライは、実際のIQをそのままサッカーの能力値に還元させた、世界初のサッカー選手と言えるかもしれない』



 僕達3人は、無敗記録を40に更新した後の部室でそれを見ていた。

「――へえ、竜眼だって。カッコいいじゃん」

 ジュンイチはサッカー雑誌を覗き込みながら、ユニホームを脱ぎ、シャツを羽織った。。

「しかし、この記事には同感だな」

 ユータは僕を見る。

「お前とマッチアップした時、完全に動きを読まれているって感覚は、俺も最近よく感じるんだよな。お前は、露骨なフェイントとか言うけどさ」

「……」

 僕はジーンズに足を通す。背が伸びたから、買い替えたばかりなのに、最近足に筋肉がついてきたのか、買ったばかりのジーンズが少しきつくなった。

「お前、もしかして、ニュータイプとかナントカに覚醒したんじゃねぇの?」

 ジュンイチに言われた。

「今の高校生で、ニュータイプって何だか知ってる奴が、どのくらいいるんだ?」

 僕はベルトを締める。

「お気に召さないようだな」

 ユータは着替えを終え、部室の軋む椅子にその大柄な体を預け、僕達を待っていた。

 今日は試合があった。他の部員は先に帰っている。僕達は試合後はこうして3人、しばらく待つのがお約束になっている。そうでないと、2~3000人入る、試合を見に来た観客に押しつぶされてしまうからだ。

 僕は腕時計を見る。時間は8時を少し過ぎた頃。家が近い僕はともかく、これから電車で帰る二人が気の毒に思う。

「この記事、まるで僕ひとりの力で埼玉高校が勝っているみたいな書き方じゃないか。おまけに僕達以外の選手は、弱小扱いだ。これじゃ部内に僕達への依存心や、劣等感が生まれちまうだろ」

「あぁ……確かにそうだな」

「だろう。他の部員に見せられないよ。その記事」

 2月以来、キャリアのない僕をもっと下調べしようと、プロクラブのスカウトが埼玉高校のグラウンドに連日集まるようになった。

 そのタイミングで、強豪校とのゲームでの経験を尊ぶ監督のイイジマは、練習試合のオファーを片っ端から受け始めた。

 ゲームを重ねるごとに、僕の評価は上昇し、雑誌やテレビでこのように大々的に報道された。それがまた噂を呼び、最近では練習試合でも、埼玉高校のサッカーグラウンドの金網の外は、2000人近いギャラリーで埋め尽くされる。当然埼玉高校のグラウンドには、観客収容スペースなどないから、全員立ち見で、後列はとても見にくそうなのに、それでも観客が集まる。

 観客層に男が増えたのは、その噂を聞きつけ、本当に僕にそんな実力があるのか見極めに来た、サッカー好き、サッカー玄人の連中だ。未だ世界のトップと戦う実力のない日本代表の今後の将来を憂いているファンと言ってもいい。

 最近はそんなファンの観戦マナーの悪さが目立っていた。連日の試合で皆疲れが溜まっている上に、そんなギャラリーにいつも見られていることが、ストレスになっている部員も多い。先月入部した50人以上の1年生部員が数人、そのせいで早くも退部届を出してしまった。

 連勝記録を伸ばしているものの、僕は最近の勝ち方には不満があった。

 その雑誌に書いてあることは事実で、埼玉高校は、僕達以外の部員はまだ弱い。練習試合で当たった相手は皆強豪だ、。だから、後半で僕達が出る頃には、8割がたこちらはビハインドを背負っている。

 それを僕達がひっくり返して勝つのが、40戦無敗の基本戦術だったけれど、これでは前半に出ていた部員があまりに惨めだ。僕達が出ていないことで、観客からも野次が飛んだりする。

 連勝しているとは言え、チームの状態が決してよい方向に行っているわけではないのだ。

「ふふっ」

 ジュンイチがそんな僕を見て、急に笑い出した。

「何だよ」

「いや、お前、そうやって他の部員のこととか、お前なりに色々考えてるんだな、と思ってな」

「……」

「他人に無関心だったお前が、そうやって誰かの事をちゃんと思いやれるのは、いい傾向だよ」

「……」

 言われてから気がついた。

 僕は今、他人を思いやれることが、出来ているのだろうか――

「最近のケースケ、実に楽しそうにサッカーをやるけど、それもいい傾向だな。チームはともかく、お前がいい傾向に向かっていることは、間違いない」

 ユータにも言われた。

「でもケースケ、俺がお前に出来る数少ないアドバイスのひとつだが、大切に思うことと、大切にすることは、また違ったことだぞ。こと女性に関してはな」

「――大切にすることと、大切に思うこと……」

 その言葉が何を意味するか、よくは分からなかった。だけどそのユータの言葉は、とても強く印象に残った。

「しかしお前、そう気を張ってると、夏までにつぶれちまうぞ」

 ユータがそう言って、僕とジュンイチを一瞥する。

「お前等、今度の週末、イイジマに言って休みをもらえよ。それで、シオリさんも誘って、ホームでやる俺の試合を見に来いよ。気分転換にはなるだろ」



『行きたいな。私、実は生でプロのサッカー、見に行ったこと、ないんだ』

「僕もないよ。とりあえずユータは、人目につかないいい席を用意するって言ってたから、君と行くことも大丈夫そうなんだけど――何だかひとつ条件があるらしいんだ」

『条件?』

「その条件ってのが、行ってからのお楽しみなんだそうだ」

『ふふ、何だか恐いね』

 僕はジュンイチとユータが帰ってからも、ひとり学校に残り、学校の裏にある土手に来て、そこに腰を下ろし、携帯電話を耳に当てていた。

 土手には街路灯もなく、周りは真っ暗。土手の向こうに見える大きな橋を、車のテールランプが何度もすれ違っている。周りには民家もなく、風がよく通る。5月の暖かくなった風に、土手の青草の香りがかすかに運ばれてくる。

 こうして、一日数分でもシオリと電話をするのが、一応の夜の日課だ。受験もあるし、お互い話下手だから、話すのは長くてもせいぜい15分くらいだけど。

 家に帰らずに、こうして外の静かなところで電話をするのは、少しいい気分だ。人当たりが少しはマシになったとは言え、自分は基本的には静寂を尊ぶタイプなのだろう。

『……』

 ある程度の話をすると、シオリが沈黙した。

『ケースケくん、最近すごく疲れているみたいね』

 やがてシオリにそう言われる。

「……」

 そう言われても仕方のない状態だった。フル出場していないとは言え、40試合全てにチーム唯一出場しているし、数学オリンピック関係も含めて、年が明けて4ヶ月、ろくに休みが取れていない。名前が上がる毎に、試合中の僕のマークはハードになるし、当たりも激しくなる。体にもかなりのダメージが蓄積され、正直体が今も痛い。

 最近では、シオリとの電話中に、僕がうとうととしてしまい、受話器を握ったまま寝てしまうこともあった。二人の時間がどんどん少なくなっていて、そのほとんどの原因が僕にあるのだけれど、それをシオリは気に病んでいるみたいだった。こうして電話をするのも、僕に無理をさせていると思っているらしい。

『体は大丈夫? あまり無理しないでね』

「君が気にすることないよ。それより、週末は久し振りに外に出られるんだ。試合が終わったら、たまには二人でどこかに食事に行こうか? と言っても、そんな高いものはご馳走できないんだけど……」

 話せば話すほど、彼女の申し訳なさが、受話器から伝わってくるようで、僕は明るく振舞わないと、何だか弱音を吐いてしまいそうだった。

 彼女はきっと心細い思いをしているのに、優しい言葉が上手く出てこない自分。自分の都合で、彼女に我慢を強いている自分に、酷く腹が立った。

 そして――

 それでもこうして電話すると、彼女に会いたい、声が聞きたいと、懲りもせず彼女を欲しがってしまう自分の感情の馬鹿馬鹿しさを、どうやって取り扱えばいいか、僕にはよくわからなかった。

 大切にしたいという思いはあるが、大切にするというのがどういうことなのか、僕にはよくわからない。

 ユータがさっき僕に言った言葉は、僕の今の現状を、明確に表していると言えた。

 いや、女性に関してだけじゃない。ジュンイチの言うとおり、僕はある程度他人にも目を向けられるようにはなったけれど、他人にどうやって自分をわかってもらえるか、どうしたらもっと他人の役に立つことが出来るのか、疲労困憊になるまで動いては見ても、今の僕にはまだ見えなかった。


一応の用語説明…


サテライトチーム…いわゆる下部組織。15~18歳くらいの選手で構成されているプロ卵達のチームで、そこで成績を残すと、トップチームに昇格して、本当にプロになることもある。


バイタルエリア…ペナルティエリアの更にもう少し手前一体の空間のこと。


ニュータイプ…「機動戦士ガンダム」に出てくる、宇宙で暮らす人間の進化の可能性のひとつとされる定義。相手の存在や思念を直感的に感じ取ったりすることが出来、思念で動かす兵器を使えたりできる。

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