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Shame

 シオリと結ばれて、3ヶ月が過ぎた。

 確かに僕の生活は一変したんだけれど……

 それ以上に生活を一変させている人がいる。

 そして、10日ぶりに、僕は家に帰ってくる。

 相変わらず、化け物の大欠伸みたいな音のするドアを開けて、リュートを柵に入れる。

 階段を上る。

 リビングへ繋がるドアを開ける。

「……」

「……」

 リビングでは、両親と妹が丁度朝食を取っているところだった。つい最近まで、荒れた家を象徴するかのように汚かったリビングは、10日前よりも綺麗に掃除されていて、塵一つない。

 テレビのニュースの音が聞こえる。

『次のニュースです。埼玉高校の天才高校生、サクライ・ケースケくんが、昨日数学オリンピック国際大会金メダルを持って、母校に凱旋しま……』

 そこまで言った途端、母親はすぐにチャンネルを変えた。

『――クライ・ケースケくんが……』

 しかし、回した先のニュースでも、僕に関する報道と鉢合わせる。

「くくく……」

 僕は思わず笑ってしまう。声を殺し、顔を背けて。

「テレビを消せ」

 親父の不機嫌そうな声で、母親はそそくさとテレビを消す。

「……」

 静寂の食卓。

 ――あれ以来、当然僕と家族の力関係も一変した。

 僕達はあの全国大会から、優勝校を押しのけて話題をかっさらい、翌日から報道陣の取材攻勢に巻き込まれた。

 大会が終わった後も、僕の全国模試一位獲得をはじめとして、僕の評価は日に日に高まっていった。

 サッカーのプロクラブからの勧誘は後を絶たず、両親や妹は、この家で最下層の人間だった僕の来客を最大限もてなすという状況を生み出した。

 そんな日々の中、次第に僕は、「時代の寵児」扱いされる。

 僕の名声が高まることに比例して、この家出の僕と他の家族の地位も逆転していった。

 それがあるひとつのうねりを作り出す。

 ある雑誌で行われた、『息子にしたい有名人』ランキングで、僕はぶっちぎりのトップを獲得。

 今まで汚物扱いしていた僕が、『理想の息子』扱いされる――

 家族にとって、こんな屈辱的なことはないだろう。シンデレラがお城で王子様と躍っていたのを見た、意地悪な姉くらいの屈辱だろう。

 だが、その屈辱に追い討ちを更にかけるうねりに、家族は飲み込まれていく。

 中学時代、慶徳中学という、超エリート校に通っていたのに、県立高校に進学したり、中学時代、野球をしていたのに、サッカーに転向したり、異色の経歴を多く持つ僕の生い立ち――ルーツに多くの関心が寄せられた。

 次第に『サクライ・ケースケの育て方』なんて特集が組まれ、どんな子育てをしたのか、そんなものを取材する人間も現れ出す。

 勿論、そんなものがあるわけもない。と言うより、家族と僕はここ数年、ろくに会話も交わしてはいない。一緒に住んでいるとはいえ、家族は僕の事を何も知らないのだ。

 小さい頃の写真を貸してくれ、という依頼も多いのだけれど、この家族が僕の写真など持っているわけもない。僕達が不幸な家庭だと世間にばれないように、初めてその依頼が来た時、両親は恥をかかないように、家中ひっくり返して、うちにあるわけでもないアルバムを探していた。

 我が家の教育方針を聞かれ、うちの両親が写真付きで雑誌に掲載されたことがあった。

 両親は「やりたいようにやらせて、自由に育てたら、伸び伸び育ってくれた」とか、もっともらしい事を言っていた。

 実際は見捨てて、放置して、自由どころか、憂さ晴らしのオモチャにしていたのに。

 それを見た時は、笑いを通り越して、もはや呆れた。家族が、ひどく滑稽で、卑屈に見えた。

 そんな家族を見た頃から、僕はもう、家族のことなど、どうでも良くなっていた。僕の環境にいいように翻弄される姿を見て、もう僕は気が済んでしまったのだった。

 もう、僕はここにいる理由が何一つなかった。

 この家自体に興味がなくなり、最近では国内にいても、ほとんど家にいない。エイジのアパートに泊めてもらったり、勉強を見るという名目で、ジュンイチの家にもよく泊めてもらっている。

 家に戻るのは、着替えるか、寝るか、リュートに会うか、まるで渋谷あたりの家出少女のごとく、それだけの場所となった。

 ――僕は笑いを堪えながらも、軽蔑の表情に、自然になっていただろう。食卓を囲む家族を、汚物を見るように一瞥した。

 そして、ふっと目をそらして、自分の部屋に戻ろうとした。

「待ちなさいよ!」

 キーンとする程の金切り声。母親の怒鳴り声に、足を止める。

「アンタ、外国から帰ってきたその日くらい、家に帰ってきなさいよ! アンタにようのある客人が、うちに山のように来たんだからね!」

「……」

 僕はその状況をシミュレートする。

 すると、途端可笑しくなって、口が笑いの形に歪んだ。僕はそのまま踵を返す。

「――それで、客人に待ってもらったわけか」

 僕は母親の血走った目を、挑発的に覗き込む。

「そりゃそうだ。あんた、僕の携帯の番号、知らないからな。呼び出したくても呼び出せないわけだ。親として、息子も呼び出せないんじゃ、そりゃ恥ずかしいよな」

「ぐっ……」

 母親は声を漏らす。どうやら図星のようだ。

「表向きには円満な家庭だと、あんた達は思わせたいみたいだからな。大方あんたは、電話番号を知らないとは言えないものだから、電話をかける振りでもしたんだろ。だけど連絡を取れている気配がなくて、客人から「本当に電話しているんですか?」と疑われて、大恥をかいたんだ。だからそうして必要以上に僕に怒っている――そうだろ?」

「……」

 どうやらそれが真実のようだ。恥をかいたのでなければ、この家族は僕が家に帰ってこようがこまいが、どうでもいいのだから。

 僕はにっこりと、アイドルのようにわざとらしく微笑んで見せる。そしてそのまま、母親と、その近くで座っている妹の肩をぽんぽんと叩いた。

「いつもいつも僕のために、お茶汲みご苦労さん」

 そう、僕が言った時だった。

 妹が、僕のその肩を叩く手を振り払い、僕を睨みつけ、激昂した。

「お前、調子に乗るんじゃねぇよ! 何様のつもりだよ!」

「……」

 妹の目は、僕への憎しみに溢れていた。

 だが、僕はそんな目を軽く受け流し、酷薄に笑って見せる。

「お前の学校の連中、皆僕がお前の兄貴だって、知っているんだろ? お前の学校の生徒から、ファンレターが届いてるんだ。お前のことも色々書いてある」

「な……」

「可哀想に――随分僕と比較されている上に、友達から僕のサインをもらってきてくれと頼まれても、それに応えてやれないみたいだな。昨日あたり、数学の先生から「数学世界一のお兄さんに、もっと勉強を教えてもらえ」とか言われたんじゃないのか?」

「……」

 どうやら、これも全て図星のようだ。妹も、もう返す言葉がない。

「お前は今僕に、調子に乗るな、と言ったな。僕に言わせれば、今まで僕を自分より下位の人間だと思っていたお前の思い上がりに、その言葉をそっくりそのまま返してやろう。お前が今抱いている劣等感は、お前が今まで目を背けてきた現実だ。それを僕に八つ当たりしても、現実は何も変わらない。お前もそろそろそれを自覚――」

 バシッ。

 僕の言葉は、鈍痛に遮られた。

 妹は、僕の頬を叩くと、そのままどすどすと、大きなストライドで自分の部屋に向かって、踵を返してしまう。バタンと、八つ当たりするように、ドアが大きな音で閉まる。

「……」

 僕は妹に張られた左頬を左手でさすりながら、薄く笑う。

「ったく、自分が都合が悪くなれば、すぐに暴力か――」

 別に痛くもないが、そう呟く。この場にいる両親に聞こえるように、わざと声に出して。

「おいおい、おいたが過ぎるぜ、ガキが」

 それを聞いた親父が、椅子から立ち上がり、僕に手近の茶碗を投げ付ける。

 茶碗は僕の肩口に当たってから、床に落ち、ガチャンと僕の足下で割れた。破片と一緒に、茶碗に残っていた白米が床に落ちる。

「ちょっとばかり周りからちやほやされて、王様にでもなったつもりか? 未成年で、一人じゃ何も出来ないくせに、俺達より偉くなったつもりか? そうして俺達相手に優越感に浸るのが、そんなに楽しいか?」

 親父はまるで僕を、小さい男とでも言いたそうに僕に吐き捨てる。

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