Gift
バイクのエイジと別れ、自転車でも行ける距離だから、僕はシオリを、ジュンイチはマイを自転車の後ろに乗せて、廃倉庫へ向かった。僕が先頭を走り、道案内を兼ねる。
学校からは、土手を迂回して、かなり遠回りして帰る。正門や裏門は、しばらく人がごった返していて、そうしないと自転車が進まない。
――廃倉庫に着くと、4人は、僕が初めてここへ来た時と同じ、見たこともない世界に、当たりを見回していた。僕が初めて来た時は、真冬だったから、真ん中のドラム缶で、キャンプファイヤーみたいな炎が暖房代わりに燃えていたけれど、今は燃えていない。
「あ、ケースケ!」「ケースケ!」「ケースケだ!」
グループの小さな子供達が、僕のところへ駆け寄ってくる。このグループは、最年長は二十歳に近いが、最年少は、10歳程度の子供から、それ以下までいる。皆、私生児だったり、育児施設に入れられていて、孤独と戦っていた子供達だ。
「元気だった?」
そのうちの一人に聞かれる。
「――ああ、お前達も、賞をもらったり、頑張ってるみたいだな」
「へへっ」
子供達は照れるように笑う。
「今、食べ物を買い出しているところなんだ。椅子があるから、座って待ってて」
子供達に手を引かれ、僕達は椅子を用意され、会場のセッティングを待った。
「人気があるのね、子供達に」
横でシオリが言った。さっきよりも、笑顔が戻っていた。
――宴が始まった。
僕を仲間と迎え入れた時のように、バーベキューセットを持ち込んで、肉や野菜を焼いたり、グループの年上の女の子達が包んだ餃子を焼いたり、そんな食べ物をつつきながら、お祝いの芸を一人ひとり披露したりして、場は大いに盛り上がった。。
ユータ達も、ここの皆とすぐに打ち解けて、すぐに砕けた表情をするようになった。シオリなんか、僕の恋人と聞いて、大いに皆の興味を引いたようで、絶えず人に囲まれていた。
相変わらず、ここの連中は仲がいい。
バイトをはじめたり、勉強をはじめたりで、毎日全員揃うことは、前ほどはなくなったのに、顔を合わせれば、こうやって笑い合えるんだ。
そして何より、ここの連中は皆、自分の価値を見出し始めていて、それが彼等の生きる力となっている。そんなエネルギーが、今、この廃倉庫には溢れている、
そんな事を思っているうちに、僕が出し物をする番になった。ステージもないけれど、僕は前に出る。。
「いよっ! ケースケ! ケースケのギターが始まるぜ!」
今日の主賓席にいるエイジの拍手で、皆が僕に注目する。倉庫内に置いてあった、エレキギターを僕は背負っていた。
僕は今日、デンマーク帰りで記者会見を行ったので、スーツ姿のギターという、アンバランスな格好をしているんだけど。
「あの歌にしてくれよ」
エイジがリクエストをした。
「ああ」
そうして僕はギターをかき鳴らし、倉庫内の人間の歓声の中で、大声で歌った。
明日を生きるために、僕達は皆で歌った。
この歌を、昔ここで歌った。世間から疎まれていたこいつ等にとって、始まりの一歩になると思って。
それ以来、彼等がよく、この歌を歌ってくれとせがむようになった曲だ。
突然演奏に、別の音が乱入する。
見ると、横でユータが、倉庫にあったアコースティックギターで合いの手を入れていた。
また別方向で、音がする。
ジュンイチが、エレキベースを持ち出していた。
いつの間にか演奏は人になっていた。
僕と、新入り二人のセッションに、アンコールのコールが沸いた。
今度は僕がアコギ、ユータがエレキに持ち替えて、別の曲を歌った。
シオリの姿が見えた。
弾けるような笑顔で、僕達に拍手を送っていた。
演奏を終え、僕達がトリだったので、皆は各々、立食のフリータイムに突入した。
「あはは、初めて俺達、こんなところで演奏したなぁ」
「あぁ、昔、いつかライブハウスに行こうとか、言ってたこともあったもんな」
僕が授業をサボって、音楽室でギターを弾き始めた頃。
最初の赤店対策勉強会で、ユータの家に行って……
ユータも、ギターを弾けると言って、自分の持っていたエレキを弾いてくれた。
それを聞いて、ジュンイチが言った。
「俺がベース弾けるようになったら、バンド組めるかな?」
それは冗談だと思っていたが、二人とも、片手間に練習していたんだ。
「ケースケ、ありがとう。最高のお祝いだった」
エイジは演奏を終えた僕と握手を交わす。
「あんたらも、どうもありがとうな」
エイジは後ろのユータ、ジュンイチにも会釈した。二人は笑顔を返す。
「――エイジ、ちょっと抜けるけど、いいかな?」
僕はエイジに断りを入れた。
「どうした? もう腹いっぱいか?」
「いや……」
僕はかぶりを振る。
「ちょっと、急いでやっておきたいことがあるんだ」
僕は倉庫の中で、シオリを探した。
シオリは、マイと一緒に、まだ小学生の子供達と、同世代の女の子に囲まれていた。
その表情は、少し当惑しているようにも、照れているようにも見える。
「あ、ケースケくん」
女の子のひとりが僕に手を振った。
「ちょっと、彼女と二人きりにさせてほしいんだ。いいかな」
僕は奥にいるシオリに目配せする。シオリは怪訝な表情のまま、立ち上がる。
「ケースケくん、シオリさんって、すっごいいい人だね!」
小学生くらいの女の子が言った。
「優しくて、頭がよくて、色々私達に教えてくれたの」
そういう女の子の頭を撫でる。
「それはよかったな」
「さっきまで、ケースケのどこが好きなの? とか、皆で聞いてたの」
「……」
なるほど。彼女が当惑するわけだ。
とは言っても、僕もそうやって皆にからかわれるのは、今は御免蒙りたい。
シオリへの助け舟半分、僕が早く離脱したいという思い半分で、僕はシオリの手を取る。
「聞いてほしいことがあるんだ。ちょっと、来てくれ」
そう言って、彼女と倉庫の外に出た。
がやがやした倉庫の喧騒が、重い引き戸を閉めると、山の中の夜の静寂に包まれる。
「こういう雰囲気、嫌いだったかな?」
僕は首を傾げ、彼女の目を覗き込む。
「ううん、何かみんな仲良くて、いいなって思う」
そう言って、笑う。
「それに――子供は好きなの。私、小さい頃から妹や弟の面倒を見ていたし」
「そうか」
僕は空を見上げる。ここに来た頃は夕焼けが空の向こうに沈み始めていたが、もう2時間は経っているのか、空は闇に包まれていた。三日月が、西の空に浮かんでいる。
「5分くらいでこの山の頂上だから、二人で話さないか?」
僕は彼女に、手を差し伸べる。
「うん」
そう言って、差し伸べる僕の手を取った。お互い、やっと二人きりになれた、と、内心心で歓喜していたと思う。ここなら雑誌などの記者がいればすぐにわかる。気配がないから、今は大丈夫だ。
頂上に着いて、僕は草地に腰を下ろす。僕はタオルを横に敷いて、彼女を隣に座らせた。
座ると、木々の間がぽっかりと空いて、目の前が空を映すスクリーンになって、三日月がそのスクリーンに入っている。
「……」
二人で月を見上げる。
こうして二人きりになれるのも、随分と久しぶりだ、
「ケースケくん、帰国早々、疲れたでしょ?」
こんな時でも、彼女は自分の感情を吐き出したりせず、僕の体を案じるんだ。
「いや、大丈夫だよ」
僕は横の彼女に、笑顔を見せる。
「……」
沈黙。
いつも久し振りに会うとこうだ。お互い、口数が多い方でもないし、どうしたって言葉を捜すのに間ができてしまう。
「いつか、君をここに連れてこようと思っていたんだ」
月を見ながら、僕は口を開く。
そして僕は、三日月を見上げながら、昔話をした。
「ここに初めて来た時――僕はエイジと大乱闘した後、病院に運ばれた。そんな時に、君は言った。どれだけみんなが心配したか、わからないの、と。その言葉を聞いてから、僕はずっと、君やユータ達に報いる方法を考えていた。そんな時に、エイジに誘われて、僕は初めてここに来たんだ。そして、あの時もこうして月を見上げながら、自分の望の振り方を考えていた」
「……」
「僕も、ここの連中の結束の強さが羨ましく見えてな、学校を辞めて、あの仲間に入りたいと、エイジに言ってみたことがあるんだ。だが、断られた」
「どうして?」
「ここは、居場所がない者、守るべき者がない奴同士が、身を寄せ合って暮らす場所だ。だけどお前には、まだ守るべきものがある、と言われたよ」
「……」
「僕はその言葉で、この先の身の振り方を決めたんだ。学校を辞めずに、一緒にいることで、君やユータやジュンイチに、今までの事を報いる道を探すと」
「……」
「そしてそれは、今も変わらない」
そう言ってから、僕は淡い月明かりに照らされた、シオリの顔を見る。
「確かに最近、僕の周りは何かと騒がしくなってしまった。君といられる時間も減ってしまった。テレビや雑誌なんかにも出るようになってしまったし、君は僕を、芸能人か何かみたいに、遠くに感じてしまうこともあるかもしれない。でも――僕は、多分君が思う程、そんなには変わってないよ。まだ、ここに初めて来た時から、今でも君やユータ達に報いる道をずっと探している――君に救ってもらった頃のままだよ」
そう言いながら、僕はぎこちなくなってもいいから、何とか彼女を安心させられるような笑顔を何とか作ってみようと務める。
今日の昼休み、マイに言われたように、シオリが僕を、遠くにいる人間のように思っているのだとしたら、そんな事を思う必要はないのだと、彼女を安心させなくてはいけない。そう、思ったからだ。
そんな話をするのは、この場所は相応しいと思えた。ここは、僕が彼女と始めて向き合おうと決めた、初志を固めた場所だったからだ。
「まだちょっと、時間ある?」
僕は聞いた。
「もうひとつ、急いで君を連れて行かなきゃいけないところがあるんだ」
作中でケースケが歌った曲は、ポルノグラフィティのギフトという曲です。作者の個人的に好きな曲です。特に歌詞が…