Tomorrow
部活の時間はあっという間に過ぎた。
仲間の存在に気付けて、今はサッカーがとても楽しい。
「全く、下級生を差し置いて、お前が一番サッカーを楽しんでるじゃねえか」
僕に抜かれたジュンイチは、練習の合間に、僕にそう言った。
だけど、練習後は地獄だった。
ギャラリーのサイン攻めや、マスコミのインタビュー、テレビ出演や雑誌対談のオファーなど、人ごみに押しつぶされそうになる。
「ごめん、僕、サインなんて書けないから、絵でもいいかな?」
これでも数々の入選経験があるし、絵なら得意だった。30秒くらいで色紙を出してくれた人の似顔絵をざっと書く。
こうして僕に似顔絵を描いて欲しい、という人が殺到して、それをねだる人も殺到しているのだけど……
これだと時間がかかりすぎて、沢山は書けないから、途中で逃げてしまう。結果的に僕の似顔絵はレアものになってしまい、それを欲しがるファンが増えていくと言う悪循環になっていた。
校門の中まで逃げてしまえば、ガードマンが後の騒ぎをガードしてくれるので、僕達は足早に校門内に逃げ出す。
「きっつい……」
何しろ昨日までデンマークにいて、久しくこんな人込みに囲まれていなかったので、少し酔った。
昔ほど他人に拒絶反応は出ないけれど、やっぱりまだ沢山の人は苦手だ。
「全く、ケースケ、ガキみたいにはしゃぎすぎなんだよ」
「はは、どうやらデンマークで勉強漬けだった分、体を動かすのが楽しかったようだな」
ユータにそう言われた。
部室で服を着替えると、部室前に、マイとシオリがいた。
「――今更だけどさ」
僕が口を開く。
「僕とジュンイチに、待ち人がいて、ユータが今フリーなんて、変な感じだな」
「――ホントに今更だな」
ユータは呆れ顔でいう。
ユータは今、サッカーが恋人らしいけれど。
それよりも、全国大会以来、ユータは昔の彼女を思い出しているみたいだった。
その女は、ユータがこの学校に来るきっかけになった人らしいけど。
だから、しばらくユータは恋をしないかもしれない。そんな気がした。
その時、けたたましい爆音が聞こえた。
「な、何?」
マイが左右を見回した。
すると、部室の右方向になだらかに広がる土手を、数台のバイクが走ってくる。
「エイジ?」
土手の上でバイクは全て止まり、先頭にいた男がヘルメットを脱ぐ。
男は190センチはありそうな大男で、プロレスラーのように筋肉質だった。
僕は土手の上から僕が見える位置に移動し、声をかける。
「エイジ」
「ケースケ!」
男は土手を駆け下りてくる。取り巻きは、土手の上でそれを待っている。どうやら僕に用があるようだった。
「ケースケ! 俺、やったんだよ! 高認に受かったんだよ!」
「本当か? やったな! やったじゃないか!」
僕は驚く。男は僕の手を取って、豪快に笑っている。
この男は、ミツハシ・エイジ。
僕が失意のどん底だった、去年のクリスマスに、些細なことで、両者血まみれになるまで大乱闘した男だ。
元々世の中のならず者を取りまとめ、一定の秩序を保つ組織を取りまとめていた。その連中は、生まれや環境により、自分達の存在を呪い、僕と同じ、世の中に反骨することで、自己の存在を安定させていたような奴等だった。
そんなならず者だったが、僕に負けたことで、すっかり改心し、「俺みたいなクズでも、こうして笑えるんだ」ということに気付いたことで、自分達の、人並みの幸せを探すために、新たな一歩を踏み出した男だ。
こいつは、今まで憎んでいた世の中に歩み寄るために、人のためになるところからはじめた。
同じように、世の中を避けて生きてきた仲間を率いて、川原のゴミ拾いとか、慈善活動をはじめた。そうしているうちに、人から「ありがとう」と言われたり、物を差し入れてもらったりすることで、初めて世の中の暖かさを知れた。
しまいには先月、自分達の敵だった警察から、その集団全体が、行為を認められ、表彰までされることになった。今まで誰かに誉められたことがなかった連中は、それでかなり自信をつけたらしい。
そうして活動するうちに、次第に、更に高い志を持つようになる者が出始めた。
その一人であるエイジが、こうして今日、高認に合格したと報告に来た。高認とは、高卒認定試験――一昔前でいう、大検のことだ。
エイジは、今まで学がなかったために、世の中の事を知らなかったため、ずっとならず者をしていた事を後悔するまでになった。大学に行って、まともに人と交流して、もっと勉強して、もっと色々な事を学ばなければいけない、という考えるまでに至った。
そして、その新たな人生の第一歩を踏み出したというわけだ。
「先月、警察署長から表彰を受けたらしいな。おめでとう」
「いやいや、お前も国際ナントカで金メダルだろ? 世界一じゃん」
お互いの健闘を讃え合った。
4人が僕達のところに歩み寄ってくる。僕はエイジの手を離す。
「あ……会うのは初めてだよな」
僕が言った。
「大会で、でかい声で旗を振ってた人だろ?」
ユータが言った。
エイジは全国大会、僕達の応援に毎試合駆けつけた。自分達の団旗を振って、いつも大声で応援していた。
特に決勝戦、大雨の中、2点負けている僕達――ハーフタイムを終え、ピッチに戻ってくる僕達に、大声でエールを送っていた。学校中の応援団がそれをあっけに取られてみていた。ヤンキーのような連中が、僕達優等生学校を応援しているのだから。
エイジはマイ以外は皆知っている。
「ケースケ。他にもうちから4人受かった奴がいるんだ。これからいつもの場所で、祝いの宴だ。よかったら顔を出してくれよ。お前に勉強教わった奴もいるし、皆喜ぶから」
エイジ達は、市外にある国道沿いの廃倉庫を、ホームとしている。僕も大会後、怪我が治ってからは、よくそこに遊びに行っていた。
エイジの主導で、そこにいる、ただ社会的弱者が肩を寄せ合って、何とか生きているだけのホームが、とても活気付いていて、それが僕も励みになったからだ。
最近はホームの仲間達と、バイトをはじめて、未来のためにお金を稼ぐ奴や、エイジのように、勉強を教え合ったり、世の中を知るために、図書館で借りた本を熱心に読む奴もいた。それでも備え付けのダーツやビリヤードをやって遊んだりしながら、ゆっくりとでも、前に進もうという意志が、廃倉庫のホームに溢れていたからだ。
「――ああ、ギターでも弾いてやるよ」
「本当か? ありがてぇ。お前に久々に会いたいって、皆言ってたからな」
エイジはいかつい顔を破顔させる。
「――へぇぇ、宴でギターか。皆考えることは変わらないな」
「やっぱ宴には、ケースケの音楽がなきゃな」
ユータとジュンイチが言った。
僕は4人の方を振り向く。
「お前らも、よかったら来ないか?」
そう言って、横にいるエイジに、いいか? と訊く。
エイジは、酒は出せないが、それでいいなら構わないぜ、と言った。
「へぇぇ、楽しそうだな。ケースケの帰国祝いも兼ねて、騒ぎたい気分なんだ」
「俺も行こう。マイ、一緒に行かないか?」
「ジュンくんが行くなら……」
3人はすぐに承知した。
「シオリさん」
僕はシオリに声をかける。
「……」
シオリは、真っ直ぐ僕を見る。
マイがさっき言っていたけれど……
彼女だって、こうして窮屈な会い方しか出来ないことに、寂しさはあるのだろう。
だけど、今の僕は、こんなザマだ。
男友達とこうして会うくせに、彼女をないがしろにしてるみたいに思われてるのかな。
「ごめん。でも、君と一緒にいるためには、誰かと一緒の方がいいから」
「――うん」
今更なんですが、この作品の独特な読み方をひとつ…
「あの娘」と書いてあるのは、この場合、「あのこ」と読み、「あの女」と書いてあるのは、「あのひと」と読みます。まあ、後者は場合によっては、そのまま「あのおんな」と読むこともあると思いますが、そのあたりは読者の方々の裁量に任せるということで(適当)
以上、一応の説明でした。