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Deadly-skill

 急にサッカーが上手くなった、と言われる。

 でも、実際は違う。身体能力にはまるで変わりはない。

 僕は今まで、サッカーをやっていても、心ここにあらずで、ただ身体能力とセンスに任せてやっていただけだった。

 だけど……

 心が呪縛から解放されて、枷が外れて、まるで翼が生えたように体が軽くなった。

 そして何より――

 怒りや憎しみにとらわれていた心が完全に空になると、今までは一点しか見えなかったのに、ピッチ全体が見渡せるようになった。

 心と体が完全にシンクロして、思ったとおりに体を動かせる。そして、相手の動きも、体の癖、視線の向きまでもよく見え始めると、動きの先読みもかなり出来るようになった。

 常にすごい速さで頭が動いてくれて、選手全ての動きがわかる。だから、相手をかわすことも、パスを出すことも、動きに反応することも、すごい早さで思ったとおりに出来る。

 まるで、天才軍師になったかのように、状況がよく見えるんだ。

 そんな僕には、必殺技? が3つある。

 ドラゴンダイブと、ドラゴンスター、そして、春風ターン。

「……」

 まあ、勝手に名前をつけられたんだけどね。

 ドラゴンダイブとは、僕のフリーキックのこと。

 僕は全国大会で8ゴールをあげたけど、そのうち5得点がフリーキックのゴールだった。「サクライにゴール30メートル以内の距離でフリーキックをあげたら、もう1点取られたも同じ」と、相手チームを恐怖に陥れた。集中力が高まっていたから、イメージ通りに蹴れて、面白いようにゴールが決まった。

 僕に『臥龍』というあだ名がつき始めた頃、ユータが僕のフリーキックをそう命名した。ユータは『臥龍』という言葉の意味も知らなかったんだけど。

 僕のフリーキックは、カーブや無回転など、多くの球種があるが、どれも一度宙を舞ってから、鋭く落ちてくる球が多かった。それがまるで体の長い龍が悠然と空を舞ってから急降下して、ゴールにダイブするような軌道だから、『ドラゴンダイブ』なんだそうだ。

 ドラゴンスターは、僕のパスのこと。

 心に余裕があることで、グラウンド全体がよく見えていた僕は、敵陣の隙がよく見えた。それをパス一本で切り裂き、ユータへのアシストを量産した。

 そのパスが、まるで空を流れる流れ星のようだから、『ドラゴンスター』とユータが名づけた。『流星』って言葉があるけど『龍星』とかけたダジャレだ。

 そして、春風は、僕のドリブルのこと。

 体が軽くなり、集中力も高まった僕は、思ったとおりにボールが足について、軽くなった体は、一瞬で相手を抜き去るほどに早く動いた。

 特に「ルーレット」と呼ばれる技術を多用して、相手を抜くことが多かった。

 これはジュンイチが名づけたんだけど、あまりにさらりと相手をかわし、残るは風だけ――僕の名前がサクライだから、まるで桜の花を揺らす春風の如く、相手に一瞬のそよ風だけを残す華麗さから、『春風』だそうだ。そのうちでルーレットは、春風ターンと呼ばれる。

 僕の蹴ったフリーキックが見事にゴールに突き刺さると、耳を劈くような歓声が上がった。

『キャー! ドラゴンダイブだわ!』って声が聞こえた。

――定着してたのか、その名前。

 そもそも、僕達埼玉高校が有名になるきっかけを作ったのも、僕のフリーキックからであった。

 全国大会初戦、僕達の相手は優勝候補だった、長崎県代表、三國高校の対抗馬として名前が挙がっていた、東京代表の帝徳学園だった。

 押されっぱなしだったのだが、何とか0点に抑えていると、後半25分に僕のフリーキックで先制すると、残り15分であれよあれよと4点を奪ってしまった。

 その後の監督インタビューで、この試合運びが僕の事前の作戦だったことをイイジマが暴露。

 埼玉高校は、僕達3人以外の実力は、県内の中堅程度の実力しかない。

まともに行っても勝ち目はないから、僕は相手の焦りや怒りを誘うということを考え、こちらがわざと劣勢に見せるようにし、実はボールを上手く回して自軍はスタミナを温存し、わざと相手に追いかけさせてスタミナを削る作戦を提唱した。

 相手を挑発し、そして試合中盤まで僕をボランチで起用し、ジュンイチと守備を徹底すれば、相手はまず点を取れないことはわかっていた。格上だから後半まで膠着状態が続けば焦りを増し、そしてディフェンダーもほとんど守備をしていなかった油断を誘ってのカウンターで簡単に一点を取れるという計算だった。

 後半開始後、気付かれないように、僕はポジションをトップ下に変更。このフォーメーションは予選では一度もしていなかったから、相手も調査不足で対応できていなかった。攻めのスピードを変え、僕のドリブルを無理やりファールで止めさせ、フリーキックで1点を取った。

1点取ってしまえば追加点を奪うのは簡単だった。平常心、苛立ちに支配されたチームは優勝候補でももろくも崩れ、大差での勝利となった。

「優勝候補に勝つには、如何に油断をさせるかしか、道はないと思った」

 このインタビューが話題となり、注目された二回戦で、今度は僕とユータの二人で、開始14秒で先制点を取るという電光石火の攻撃を披露したのをはじめ、怒涛の攻撃で8‐0という、野球のスコア並みの点差で勝利。一試合5ゴールのユータと、2ゴール3アシストの僕、そして一試合で16回も中盤でボールを奪った鉄壁のボランチ、ジュンイチは一気に注目度を増し、決勝に行く頃には既にユータの大会得点王新記録は更新されており、決勝までの5試合で得点25を誇る超ダークホースとして大会の目玉となっていた。

 プレイが再開され、センターサークルでボールを受ける。ドリブルで切り込んだ僕はディフェンスを抜き去る。

一人、二人。

ピッチの外の金網越しに、歓声が聞こえる。

「ははっ、来やがれ、ケースケェ!」

 僕の視線の先に、ジュンイチがいる。現在高校ナンバーワンボランチ。こいつとのマッチアップが、今のチームで一番テンションが上がる。知らないうちに顔がにやけてしまう。今の僕には、周りの耳を劈くような女の子の甲高い歓声も聞こえない。

 腰を落とすジュンイチは、目で僕の動きを捉えようとしている。その大きなどんぐり眼が僕を見据える。

 頭がすごい早さでジュンイチの隙を見つけ出す。ジュンイチと僕のフィジカルデータが何パターンも同時にシミュレートされる。

 春風ターンを警戒しているな。それを素振りに出さないと、必死に隠しているが。

 ワクワクしている。ジュンイチとやれるこのワクワクが、僕の集中力を最大限に高める。

 甘いな、お前に使うのは、ただのルーレットとは違うんだよ。

 走りながら、体を回転させ、ボールを優しく踏み込んだ軸足からもう片方の足で持ち変える。そしてジュンイチの体を背中で背負う。

 ジュンイチはブロックをかわそうと、大きなストライドで僕の正面へ回りこもうとする。

 僕は、ふっと笑い、かかとでボールを、とん、と蹴った。

 ジュンイチの、あっ、という声を背中で聞きながら、僕はジュンイチの横をするりと通り過ぎていた。ボールはジュンイチの股間を潜り抜けて、ペナルティエリアに向かって、ジュンイチをあざ笑うようにコロコロと転がっている。

「はははははは!」

 にやけが止まらない。僕はトップスピードに乗りながら、そう叫んでいた。

 僕はボールに追いつくと、ディフェンダーの間の空気を切り裂くようなミドルシュートを放つ。キーパーはほとんど反応できないまま、ボールはゴールネットに突き刺さった。

「見たかジュンイチ! これが『春風ターン・改』だ!」

 僕は振り向きざま、ジュンイチに向かって指をさす仕草をして、アホな言葉を吐いていた。

 ジュンイチは、満面の笑みだ。ちっきしょう、と声を上げている。

 それを見て、僕も大笑いした。

 マスコミやネットでは、僕がサッカーをやる姿が、とても楽しそうに映るのだそうだ。サッカーに興味のない人が、僕達の姿を見てサッカーに興味を持った子供や御年寄りも多いのだそうで、それが僕の、そして僕達の動向を見守る人が増える結果となっている。

 昔なら、こんな『必殺技』とか、ガキっぽくて、やる余裕もなく、興味もなかっただろう。

 だけど今は、こうして子供みたいに、サッカーを楽しめる瞬間が、とても愛しい。

 代表とか、国のメンツとかよりも、僕はこうやってサッカーを楽しんでいる方が、何か大切なものを得ていると思えるんだ。

 ただ、それは世間にはわかってもらえないんだけどね。


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