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Defend

 ――「ねえ、ねえ、起きて」

 女性の声で、目を覚ます。

 目を開けると、そこには長い髪を頭の上で結び、小麦色の肌がとても健康的な、痩せ型の少女が立っていた。

 ジュンイチの彼女の、ナカガワ・マイだった。

「ん……」

 僕は上半身だけを起こす。そして腕時計を見ると、2時3分だった。もうとっくに午後の授業は始まっている。

 周りを見ると、ユータ、ジュンイチは間抜け面をして眠っている。

 そして、隣を見ると――

 僕の手を軽く握ったままで、マツオカ・シオリが静かな寝息を立てて、愛らしい寝顔で眠っていた。

「……」

 僕達が結ばれた日にも見たから、寝顔を拝むのは初めてのことではないのだけれど。

 ――可愛い。

 不覚にも、そう思ってしまった。

 僕はそこではっと我に返る。

 彼女の寝顔に見惚れているのを、マイに呆然と見られていたのだった。

「やっぱ、シオリ、可愛い?」

 マイは僕に訊いた。

「……」

 照れてしまって、答えられない。いっそ殺してってくらい、恥ずかしい。

「どうしたの?」

 僕は、自分を起こした理由を訊くことで、ごまかした。

「ちょっと、いいかな?」

「……」

 僕達は、3人が起きないように立ち上がり、離れた場所で屋上の景色を見ながら話した。

 マイも僕の隣に立つ。そして、言った。

「この前は、水族館のチケット、ありがとうね」

「あぁ……ジュンイチと行ったんだろ?」

「うん。それで、これ、つまんないけど、お土産」

 マイは角ばったタイプのビニール袋を差し出した。

 中には、海の絵が書かれたボールペンと、それぞれヒトデとシャチのマスコットのついたストラップが、2本ずつ入っていた。

「ありがとう。ちょうど携帯を買ったし、このストラップ、付けさせてもらうよ」

 僕はマイに軽く会釈した。

「……」

 だけどマイは、僕の顔を心配そうに窺っていた。

「――良かったのかな? 私達、チケットをもらっちゃって」

「いや、仕方ないんだ。あのチケット、期限切れが迫っていたし、僕はこの3ヶ月、とても外に出られる状況じゃなかった。だから、君達のデートに使ってもらえれば……さ」

「でも……二人はどうするの?」

「……」

 僕はジュンイチとマイに、ペアの水族館の無料チケットをあげた。

 これは、僕とシオリが初めてデートをした時に行った水族館で、イベントに参加してもらったものだった。

 あの時、また一緒に行こう、と言ったはずだったんだけど……

 あのデートの3日後に始まったサッカーの全国大会から、僕の生活は一変し、怪我や会見などで自由に動けず、有効期限が過ぎようとしていた。

 だから、せめて友達に使ってもらいたい、ということで、二人にそれを譲ったというわけだ。

「……」

「あなたがいない間、ジュンくんから聞いた。シオリと一緒にいられない事を、気に病んでいるって」

「……」

「シオリのこと、もっとちゃんと守ってやらないとって、悩んでいるって」

「……」

 僕は全国大会以来、望まずとも全国にファンを持ってしまった。

 模試で1位を取った頃から、文武両道の見本として、今では子供からお年寄りにまで憧れの存在とされている。テレビなんかの「息子にしたい有名人」とか「なってみたい有名人」なんかのランキングでも、1位を総なめにしている。

 勿論「恋人にしたい有名人」でも1位だ。

 サッカーをしている時の熱さと、普段の物腰の柔らかさのギャップが好きとか、まだ人付き合いが下手な、不器用な感じが可愛いとか、あんな優しそうな顔をしながらも、刺激もありそうだとか、ユータ達との絡みから、大切な人にはとことん尽くす感じがいい、浮気とか、絶対しなさそうとか、理由はそんなものだ。

 バレンタインのチョコは、ダンボール10箱を優に超えて学校に届き、現在も家に山積みになっている。

 埼玉高校のサッカー部のグラウンドは、連日メディアに出ない僕を見ようと、見物客が殺到している。

 インターネットでもファンクラブのようなものができているが、そこはもうほとんど無法地帯に近いものであった。

 とても彼女がいるなんて、カミングアウトできる状態ではない。最悪の場合、彼女に危害が及びそうなほど、過激なファンまで出来てしまったのだった。

「……」

それ以来、人に見つからないように極力気をつけて、一緒にいるのだけれど……

彼女には、いつも寂しい思いをさせている。

それでも、いつも笑顔で僕に接する彼女が。

あんなことがあっても、僕に気を使って、いつも優しい彼女が切なくて。

会っても、会わなくても彼女を傷つける自分が悔しくて。

どうしようもなく、彼女を不憫に思う……

「――僕は勝手だな。自分の都合に、彼女を縛り付けてばかりで」

 悔しくて、唇を噛む。

 僕は、彼女に謝罪も償いも出来ていない。守りきれてさえいない。

 だから、まだ彼女の事を愛する資格はないから、キスだって出来ていない。

 世間では『臥龍』なんて呼ばれている僕も、実際はこんなザマだ。一人の女の子さえ、ちゃんと幸せに出来ていない。

「シオリは、そんなこと思ってない」

 マイは僕に諭した。

「あの娘は、あなたが思うほど、弱い娘じゃないわ。あなたが今いる状況が、しかたのないものだっていうことも、理解できないほどコドモじゃない」

「……」

「私、ジュンくんと付き合って、あなた達とも一緒にいるようになって、シオリとも随分接する機会が増えているんだけどね。あなたが日本にいない間、あの娘もあの娘で頑張っていたのよ。あなたが頑張っているのに、私も負けられない、って」

「……」

「シオリは、そうしてあなたをずっと追いかけているんだと思う。一番恐いのは、あなたが心配しているようなことじゃないわ。あなたが人気者になることで、自分よりもっといい人が現れて、いつかいなくなっちゃうんじゃないかとか、そんなことよ」

「……」

「もしかしたら、あなたが遠くにいるような感じを、今も感じて、寂しかったり、不安だったりするんじゃないかな。あの娘、恥ずかしがりで、自分の感情を抑えちゃうところあるから、口には出さないけれど……」

「……」

 僕達は、既にマイとも随分仲良くなった。ジュンイチの彼女にしては、しっかりしすぎというくらいだし、頭もいい。

 彼女は世話焼きで、子供っぽいジュンイチを、お姉さんみたいにたしなめる面もあれば、チアをやっているからか、感情表現が豊かで、感情を表に出すジュンイチと、本当に息が合っている。

 本当は僕とシオリよりも、二人の方がいいカップルなんだろう。

 そんな焦りを感じて、僕はシオリにどうしてやりたいか、考え続けている。

「すまないな。君やユータ達は、恋愛オンチ同士の僕達に、随分やきもきするんだろうな」

 僕は照れ臭くなって、自嘲する。

「そんな不器用に優しいのが、あなたを人気者にさせてるのよ」

「そうかな……」

「そうだよ。むしろあなたはちょっと完璧すぎるもの。そうして苦戦することがあることで、ジュンくん達も、いい傾向だって言っていたわ」

「……」

 沈黙。

「サクライくん」

 マイは、僕の目を覗き込む。

「私、あなたにはとても感謝しているわ。私とジュンくんを取り持ってくれたのは、あなただったから」

「え?」

「ほら、あの全国大会の後。あなたは……」

「……」

 全国大会で、延長戦の末、惜しくも敗れ去った僕達埼玉高校サッカー部は、OBやPTAが用意してくれた祝勝会を、ちくしょう会に変えて、体育館での慰労歓待を受けていた。

 この時僕は既に車椅子に乗り、歩けもしない状態だった。試合後、全ての力を使い果たしてつかれていた僕達3人は、体育館の隅で静かにチビチビやっていた。

 そこにやってきたのが、マイだった。

 彼女は、まるで荒ぶる魂を抑えきれないといった具合に、僕達のいる前でジュンイチに告白した。

 その時のジュンイチの驚いた顔は、今でも鮮烈に覚えている。僕達はそんなジュンイチを見て、二人で大笑いしてしまったほどだ。

「あの後、あなたはヒラヤマくんと、体育館のステージで、ギターを弾いて、歌を歌ってくれたわ。私達、その歌を聴いて、最初に同じ気持ちを共有できた気がするの。あんなに嬉しくて、楽しい気持ちになれた。その余韻に浸れているから、今も付き合えているような、そんな気がするの」

「――大袈裟だな。ただあの時は、パーティーで騒ぎたくなっただけだよ」

 僕はそう言った。

「……」

 沈黙。

「――この前、初めてキスをしたんだろ」

「え!」

 マイは突然顔を赤らめる。僕も笑う。

「今日聞いた。ジュンイチの奴、感激してたよ」

「……」

 怒ったように、馬鹿面で眠るジュンイチを見るマイ。

「でもさ」

 僕は屋上から見える桜を見下ろしながら、言う。

「あいつが、自分の道を探したい、って思ったのは、きっと君のためでもあると思う」

「え?」

「あいつは、君を幸せに出来るように、今頑張ってるんだと思うな、僕は」

「……」

 何でそんな事を思うかって?

 それは、今の僕がそうだからさ。

 シオリの教えてくれた――彼女が僕にくれたささやかな幸せを、少しでも返せるような男になりたいと、僕が願っているからさ。

「マイさん」

 僕は体ごと、視線をマイの方へ向ける。

「君は、とてもいい娘だと思う。そんな君が、あいつといてくれるのは、とてもいいことだと思う。あいつも少しだけど、君と一緒にいることで、男の顔になってきたと思う」

「……」

「ジュンイチといれば、君は幸せになれると思う。だから――僕が頼むのはお門違いだろうけれど――あいつと、できたらずっと、そばにいてやって欲しい」

 それを告げた。

 彼女と、親友の幸せを、心から願った。


第一部が終わった頃から、この作品のPV数が、以前の3倍以上になりました。とても励みになっています。読んでくれた方、ありがとうございます。


活動履歴を書きはじめました。読んでくれた方と、出来る限り交流したいと思っているので、これからもよろしくお願いいたします。

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