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愛及屋烏

作者: 雛菊

オリジナル短編です。


 寝室には東の方向に窓が付いている。日の出とともにカーテンの隙間から木漏れ日のように朝が溢れる。最近暑くなってきたせいで、寝る前は体に掛けていた布団が、朝起きると窮屈そうに端っこへ逃げている。

「んん、あさだ」

「おはよ」

 ぱたりと体を左に倒して当たり前のようにつぶやいたそれは、そのまま空気に溶けた。

「あ」

「いないんだった」

 以前より広く感じるベットには私と、赤いリボンを着けた猫のキャラクターのぬいぐるみ。

「今のおはようは君に言ったんだよ」

 

 数ヶ月前に恋人と別れた。割と長く一緒にいた人だった。理由は思い出したくもないけど、話し合ってそうなった。悪い別れ方ではなかったと思う。別れ際には感謝を言い合ったりしたし、連絡先は消せずに残したままだ。だんだんトーク履歴が下へ下へと沈んでいくのが別れたことを実感させる。

 人との別れは初めてでは無いし、なんだかんだなんとかなると思っていた。時間が解決すると信じていた。

「あんた早く彼氏見つけたら?男を忘れるなら男だって」

「それがさ、だめなのよ」

「えぇ?なにが?」

「どれだけ良い人だなって思っても比べちゃうの」

「元彼と?」

「そう」

「気持ちは分かるけどね〜」

「比べちゃってる自分が嫌なの」

「そうかな」

「相手にも失礼な気がしちゃうし」

「真面目だなあ」

「それに、比べて結局あの人に会いたくなってる」

「……健気だねほんと」

 数ヶ月経ってもこの調子だった。思っていたよりずっとあの人のことが好きだった。きっと別れた頃は平気だと思い込もうとしていた。無理に溜め込んだせいで思いは尾を引き、未だに大きな爆弾を抱えている気分だ。どこに出かけても、どこを歩いても嫌でも彼を思い出してしまう。自分でも呆れている。

 

「ななちゃんあの道路標識の意味なーんだ」

「ん、なんだっけ」

「えー分かんないと困るなぁ運転危ないよ?」

「いや、ここまで出てるのちょっと待って」

 二人でよく歩いた道を一人で歩く。特別な事より、日常を一緒に過ごして楽しくて幸せだと思えた人だった。二人で居れれば、どこかへ出かけなくても良かった。

 

「ななちゃん布団蹴っちゃダメだよ」

「え、蹴ってるつもりないんだけど」

「夜中お腹出てるよ」

「うっそ」

「ほんとです」

「でも朝起きる時は被ってるよ」

「誰のおかげでしょうか?」

 彼の口からでる言葉も音も全部あたたかくて、私の耳にすっと馴染んだ。いつも私のことを一番に考えてくれていた。

 

「この道行ったことないよね?」

「多分無い」

「行ってみよう」

「え、結構細いけど?」

「楽しそうじゃない?」

「楽しそうだけどちょっと怖いよ」

「うーん、二人だから大丈夫!」

 変なことを言うし、ちょっと変わった人だったけどニカッと笑う顔も好きだった。一緒にいても飽きたこと無かったな。

 

「ななちゃん」

 彼が呼ぶ私の名前が好きだった。まるくて優しくて愛がこもってる、文字にしたら絶対ひらがなだって思う呼び方。全てが当たり前だった。嬉しさなんて、愛おしさなんて、忘れていたくらいずっとそこにあった。

 

「あの時もう少し素直になってたら違ったかな」

「今更、遅いのにね」

 きっと、これから一生忘れることは無いんだろう。一度愛してしまえば、愛されてしまえば、どちらも一生忘れられないのだろう。彼だけじゃなくて、彼の周りの人も、彼の家の屋根にとまる鳥でさえ愛おしいと思ってしまうほど好きだった。

「元気に過ごしてるかな」

 連絡する勇気は出なかった。まだ好きだから。いつか、あなたを思い出して泣かない日が来たら。いつか思い出になって笑える日が来たら。

 

 今日は一人で細い道を行ってみよう。怖がりなのに凄いねと、あなたが褒めてくれる気がしたから。

 


 

 

 

 


思いつきで書き起こした短編です。拙い文章ですが投稿初めてみます。

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