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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

まずは友達として

作者: 秋津ゆう緋


同級生に呼び出された。

隣のクラスの、美形で性格が良くて勉強できると噂の男だ。そんなキラキラしい人間と面識はない。つか名前もちゃんと知らない。カガワだったかタガワだったか。ちょっと話があるんだって言われて、「俺なにやらかした?」って思ったよね。

戦々恐々ついていった俺だけど、言われたのは「僕、狭川と言います。栗谷くんが好きです。付き合ってください」という告白で。

サガワだったか――って、いやいやいや。


「お、俺、男だけど? そもそも俺、お前のことよく知らないし」


男同士で付き合う人がいるのは知っている。それは別にどうでもいいし、当人の自由だと思う。こいつが実はゲイだったとしても、まぁいい。けれど俺の恋愛対象は女の子だ。

俺が必死に言い募ると、目の前の男――狭川は頷いた。


「そうだよね」

「そ、そう。だからその」

「じゃあ友達からお願いしてもいいかな」

「え」


思い詰めた顔は悲壮感に溢れていて、男だとわかっていてもドキッとするものがある。少し切れ長の目が伏せられて、さらさらと前髪が顔に影を作った。


「男同士で戸惑うのもわかるよ。僕のことを知らないっていうのも最もだ。だから、ちゃんと僕を知ったうえで判断してほしい。チャンスをくれないかな。でないと諦めきれない」

「あー、なるほど」


いや、なるほど?

なるほどか、これ。普通に断ってもいいんじゃ?

そう思ったときには、ぱっと顔を輝かせた狭川が「ありがとう」と笑っていて。すっかり断るタイミングを逃した俺は、よろしくと頷くしかなかった。

美形の笑顔、威力すごい。




それから一週間、狭川はせっせと俺を構った。

朝は一緒に登校、昼も一緒にご飯、放課後は図書室で勉強したり、買い食いしたり。まさに友達って感じだ。俺のクラスのやつはいきなり狭川が俺を構い始めたことに驚愕している。わかるよ、俺も驚いているもん。

でも狭川と一緒にいるのは楽しかった。いつもにこにこしているし、テンポが合う。馬が合うって言うんだろうか。いつも俺の気持ちや言葉を柔らかく受け止めてくれて、とても居心地がいい。

狭川は人気者だから、あちこちから声をかけられている。けれどあいつはそれを全部断って、俺のところへ来るんだ。別に俺に構わなくてもいいと言っても「栗谷くんと一緒にいたいから」って俺の頬をつつく。そのたびに俺はむずがゆい気持ちになるのだ。そんな俺を見て、狭川はやっぱりにこにこしている。

スマホにも、朝のおはようから夜のおやすみまでマメにメッセージが届いた。一度は夜に電話がかかってきて、切り際に「おやすみ」って囁かれてベッドに突っ伏す羽目になった。


ああもう白状しよう。この一週間で俺は狭川に落ちた。完っ全に落ちた。むしろこれ落ちないやついる?

狭川が柔らかく微笑むたびにどきどきするし、ちょっと髪とか頬とか触れられるだけで声が出そうになる。完全に恋してる。誰だよ恋愛対象は女って言ったやつ。俺だわ。


だが同時に怖くもあった。

いま俺が好きって言ったら、ほぼ確実に狭川と付き合うことになるだろう。ならその後は? それがまったく想像できなかった。

男同士というだけで好奇の視線は集まる。それを上回るほどの魅力が俺にあるとは思えなかった。俺は自分が取り立てて性格がいいわけでも、見目が優れているわけでもないことを知っている。狭川がどうして俺のことを好きになったかはわからないが、どうしても続く気がしなかった。今は構ってくれていても、そのうち醒めるだろう。

たぶんそうなったとき、俺は立ち直れないくらい傷つく。一週間かそこらだけど、それほど狭川に惚れている。


いつまでも返事を先延ばしにできない。このままズルズル引き延ばすのは、向こうに気を持たせるみたいで嫌だった。不誠実だ。なにより過ごす時間が長くなればなるほど、俺が離れがたくなる。

今日、とうとう狭川の家に招かれた。いま言うしかないと思った。


「狭川」

「なに?」


狭川の部屋、ローテーブルを囲んで俺は切り出した。机の下でぐっと拳を握る。


「……告白のこと、なんだけど」

「うん」


狭川の雰囲気がにわかに緊張を纏う。震えそうになる声を抑えて、俺は口を開いた。


「やっぱり、ごめん」

「……」

「狭川のことは好きだけど、……あっ、好きっていうのは友達、そう、友達ので」


違う。本当はがっつり恋愛だ。恋愛だけど、言わない。

深入りして傷つくより、未練があってもいま退くほうがいい。そういう計算が働く自分が嫌だ。そしてそんな自分を知っているからこそ、狭川が求め続けるはずがないと確信できてしまう。


「好きだと言ってくれたの、嬉しかった。ごめん。告白してくれてありがとう」


狭川はひたすら黙っていた。怖くて顔を見られなかった。

その空気に耐え切れなくて、もう一度俺はごめんと告げる。帰ろう。もう帰ろう。立ち上がったところで、静かな声で呼びとめられた。


「栗谷くん」

「……」

「僕、栗谷くんはもう僕のこと好きだと思ってた」


思わず振り返った。狭川は薄く微笑んでいる。なんで。思わず零せば、やっぱりと狭川は破顔した。

いつもと同じ、にこにことした笑み。なのに俺が感じたのは背筋の震えだ。


「だめだよ、栗谷くん。嘘吐いちゃ」

「う、嘘なんか」

「吐いたよ。本当は僕のこと大好きなくせに」

「っ」


狭川が立ち上がって俺の手を掴む。そのまま引かれて、抱きしめられた。直に伝わる体温に頭が沸騰する。


「さ、さがわ、」

「かわいいな、栗谷くん」

「は、」

「かわいいなぁ」


狭川の手が俺の頭を撫でる。そのまま首筋を掠めて、頬をつまんだ。ふふ、と笑った狭川が顔を伏せる。直後、額に柔らかい感触――キスされた。


「な、なっ」

「いいよ、友達でも」

「……え?」


狭川は笑っている。にこにこ笑っている。


「いまはまだ、ね」


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