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魔女達と聖獣様、王国と晴宮家が辿る過酷な運命


          ☆ 過去に何が?


 ルリアとコーネリアスは二人で寝室にいた。あれから二人は辺境伯の仕事と商売、どちらも二人で助け合いながら一生懸命働いていた。


 明日は久々にゆっくり休めそうだ。

今までの疲れを癒すため、今日は久々に二人の寝室で少しのワインとチーズを嗜んでいた。

「今日はなんか眠いね」

 二人とも急に目が開けられないほどの眠気に誘われて、並んでベッドに入ったのだった。


「走れ、走れ」

「早く、早く」

「もう少しだ、後ろは俺たちに任せろ」


 必死で走る後方には、森の木々が燃え広がる様子が見える。


「怖いよ。怖いよ。御兄様」

「頑張れ。頑張れ。今走って行かなくては、皆の努力が無駄になる」


 夜の暗い森の中を渦巻き状の青白い光が遠くまで伸びていて、その中を二人の兄弟が手を繋ぎ走っている。

 小さい少年は泣きそうな、否、既に泣いている。それでも必死で走る。

 片方が転びそうになっても、助け会い絶対にお互いの手を離さない。

 渦巻きに押し流されるように走って・・・何時間も走ったような気がする。

 ふらふらになりながら何とか走っていたらやっと森が開けた。渦巻きもいつの間にか無くなっていた。


 やっと木々の向こうに小さな光が見える。光が見えるとホットする気持ちが少しだけ芽生えたが・・・それ以上を考える余裕は無かった。


 60戸前後の家々が見える。

 あれ?さっきまで夜だと思っていたのに・・・森を抜けた今は明るい。


「さあ、あの村に行きなさい」

 振り返ると自分達が赤子の時から一緒だった動物たちがいた。

 白い毛は一部焦げていたり、身体に傷を負ったりと、皆ボロボロの格好をしている。


「君たちは一緒に行かないの?ずっと一緒だったでしょ。淋しいよ」

「大丈夫だよ。私達もほら傷だらけだろう。こちらの世界で住処を見つけて休めば傷も良くなる。寂しくなったらいつものように呼べば良い」優しく諭すように、麒麟のギトークが言葉を掛けた。

「ほんとに? 呼べばほんとに直ぐに来てくれる?」小さい方の少年が不安な顔で問う。


 それに対して、いつもより小さな炎を纏っているギトークが応えた。

「ああ必ず来よう」


「他のみんなも来てくれるでしょ?」

「ああ勿論だよ」他の聖獣様達も応えた。


 弟である男の子は、生まれた時からいつも一緒だった聖獣様たちと離れることに悲しくて、泣きだしてしまった。


「シロもユニもドラもタウも絶対だよ。絶対呼んだら来てね」

 小さいときから名前をなかなか覚えられないからと、動物の種類と姿から教えられた簡単な呼び方で呼んでいた。

うわあーん・・・わあーん・・・さみしいよう」

 弟である男の子は、聖獣様たちと離れることに悲しくて、泣きだしてしまった。


 お兄ちゃんである男の子は、

「落ち着いたら呼ぶ。皆、棲む場所を見つけ、身体を癒やして待っていてくれ。

 そして呼んだときには必ず・・必ず来て欲しい。宜しく頼む」と頭をさげた。


 皆に「行け」と言われても、もう歩けないと思った。

 走っている途中で木々の枝や倒木にぶつかりながら走ったせいで、聖獣たちだけで無く二人の少年の服もあちこち破れ、身体も切り傷と打ち身でひどい有様だった。

 それでも逃げなければという恐怖。逃がしてくれた思いを受け止め、足を引き摺るように動かし、二人の少年は手を繋いで村へ向かってゆっくり歩き始めた。


 「御兄様、僕達助かったのかな?」

 何が理由かは分からなくても、命の危険が会った事は分かっていたようだ。

 「ああ。たぶんもう大丈夫だろう。ジョージお前を守れて良かった」お兄ちゃんは弟の頭を小さな手で撫でた。


 村人達は朝早くから集まっていた。というか、夕べの綺麗な満月を愛でながら、皆で酒盛りをしていたら、朝になっていただけの事だった。

 若者達は、村の娘の誰が綺麗だとか、別の子がやさしいとかを話しているし、年配の男達は、今年は作物の育ちが良いとか畑を増やしたいとかを話していたのだった。


「あれを見ろ」誰かが指さした。


 森から子供達が歩いてこちらに向かってくる。

 その少年達は見るからに傷だらけで服もボロボロだ。

 彼等の後ろ、森の出口に並ぶ動物たち。いやあれは動物じゃ無い。聖獣と呼ばれる動物達だ。それも五体いる。

 少年達が傷だらけだとしても彼等に守られて森を抜けてきたのだろう。


 ぼろい見た目と違って二人は神々しく柔らかい光を纏っているように見えた。

 実際は大きい子が金髪で、小さい子が銀髪だったから太陽の日差しでそう見えたのだろうと思う。

 村の人々の髪の毛は皆、茶色系の色をしている。


 しかし何処から来たのだろう。この森の向こうは山が連なっていて、隣国までは行くのはとてもじゃないが無理だ。それとも聖獣の背に乗って飛んできたのだろうか?


 皆のところまで来た子供達に尋ねた。

「どこから来たんだい」と聞いても

 子供達は「分からない」と応えた。そう言えと言われていたから。


 決して記憶を無くしている訳では無いようだが、自分達が何処に居たのか分からないのだと言った。


 村人達は、この愛らしい少年二人を皆で育てる事にした。聖獣に守られた子供達だ。この村で大事に育てよう。


 村人達は自分達が少年達を助けたと思っていたが、月日が経つうちに自分達の方が少年達に助けられていると感じてきた。


 何処で教育を受けたのか、二人は村の大人達より物知りで、特に野草から薬を作っては村に貢献していた。

 薬の話を聞きつけた近隣の村々から、町長の他沢山の人が来るようになった。

 少年達の知識があまりに高いので、子供だと馬鹿にせず、村での決まり事や個人の相談をしに来るようになった者もいた。

 こうしてどんどんそういった人達が増えてきた。


 この土地は、まだ国にもなっていなかったが外の国から簡単に入って来られない。

 山と森に囲まれていて、まるで自然の要塞に守られたような地だった。


 多分、山の水が川になっている場所があるが、その川は何本かに別れ、一本が森の淵を通り山の反対側からの支流と合わさって大河となった。大河は海へと流れ込む。


 昔の人々は、他国から逃れるためか、それとも興味を引かれたのか、船を作って果敢にこの川に挑んで上って来たのだろうと思われていた。親も祖父母も自分達の先祖がどうやってここに来たのか分からないと伝わっていた。


 外の小さな国々が戦いを繰り返しているなか、高い山や広い森そして大河に守られたこの土地の人々は、争い事とは無縁の暮らしが続いていた。


 特に兄であるハリューミヤのあまりの博識さに、沢山の村から呼ばれて相談事を受けるうち、二人の人となりは各地に知られるようになり、小競り合いをしていた村々も敵対することを辞め、段々に纏まりを見せ、国を作ろうという機運が高まって来た。

 彼等がこの地に来て10年が経っていた。


 各村の町長等が、この地を国にするなら貴兄弟が最初の王と王の補佐になるべきだと勧められた。


 兄弟の名は、17才のハリューミヤ・アバランと15才のジョージ・アバランだ。

 ハリューミヤはこの国の初代王として即位し、弟のジョージは宰相として王を支え、各町や村の町長等がその脇を固めた。


 未だ未だ小さなアバラン王国だったが、

「これからも、一度として戦いをせず民の幸せを守る」と言った初の国王を誰もが指示し、自慢した。


 一緒にこの国にやって来た聖獣たちも、大陸全土を周り住処を見つけたが、時間を経てやはり一緒に来た少年達とその子孫を守るべくこの国に棲み着くことを決めた。

 そうしてこの国の森や山や湖には五代聖獣が棲み付くようになった。


 五大聖獣様達の満足そうな顔を見て・・・

 目が覚めた。


 ルリアは起きたばかりなのに、泣き顔になっている。


 コーネリアスも辛そうな顔だ。

 「もしかして同じ夢を見たのか?」


 コーネリアスの夢を聞いたルリアは眼に涙を貯めて

 「同じ夢」とだけ呟いた。


 二人は言葉を無くして抱き合った。

 兄弟の、初代王となるまでの夢。

 しかし、どこから・・・何故逃げるように来たのかは分からない。

 でも・・・あんなに小さいのに苦労して来て・・・それなのに、ジョージ殿下はま たもや異世界に飛び込んだ。何という人生だったのだろう。


 ルリアの涙が止まらないこの日の朝、二人は起きるのを諦め、もう一度眠ることにした。



          ☆ この国の歴史と初めての災いそしてアヤトナの怒り


 あの夢を見てから間もなく、王様から呼び出しがあって、二人は王都に向かった。


 既に城には私達専用の広い部屋が与えられていた。寝室と続き間になっている居間で一服した頃、王様の部屋に呼ばれた。


 王妃様に約束のレースをお渡しし、二人の皇太子様とも笑顔で簡単な挨拶をした。


 「君たちはこの国の初代の王と、王弟がこの地にやって来た夢を見たか?」


 「・・・・はい。私達は二人で同じ夢を見ました。小さな王様と王弟殿下が聖獣様達に守られてこの地に着いた夢です」


 「多分・・君たちにも必要だと考え聖獣殿が見させたのだろう。

 君たちには以前この国の・・歴史の一部を話したよね。

 あの話しは初代の王と王弟殿下の話で、王弟殿下が三つ月の夜を越えてニッポンという国に行った話しだった。

 

 今日話す事は、彼等がこの土地にやって来る前の話。何故三つ月の夜を通らなくてはならなかったかだ」


 「この話は王に就いた者だけに代々伝わる話だが、以前聖獣殿にも確認したので確かな話だ。彼等が夢を見させたのなら君たちにも教えた方が良いと思ったし、皇太子達も知っていた方が良いと思ったからここに連れてきた」


 「フー・・」王様は呼吸を整え、窓の外に眼をやりながら、それでも一つ一つを間違えないように話し始めた。


 昔・昔のことだ。この国の歴史は二千年以上もあるが、これから話す事はそうだなあ1000年近く前の事だ。

 広大なこのルーシニア大陸には、18もの大小様々な国が栄えていた。

 幾つかの国には魔法使いがいた時代だった。

 しかし、戦で使えるほど強い攻撃魔法が出来る訳でも無く、ちょっとした傷を治すような軽い治癒魔法や、竈の火を起こしたり明かりを灯すなどの簡単な魔道具を作るくらいの魔法しか使えなかった。どの国の魔法使いも・・・・


 それから暫く時が経ったある日、大陸の東端に栄えていた大国【ロルデミア帝国】が、突然近隣の小国を襲い始めた。


 周到に準備を進めていたらしく、小さな国を囲んで食料を奪った後、火を放ち国を焦土化して行った。

 火に囲まれた人々は逃げるところも無く、食料庫などがある家の地下に逃げ延びた人々以外は皆焼かれて亡くなった。

 そういうやり方で、いくつもの小国が消えて行ったという。


 「ひどい・・」ここにいる誰もがそう思った。


 ロルデミア帝国が、なぜそんな戦を仕掛けたか?理由はよく分からないが、帝国の皇帝マクナベアが言った言葉が伝わっている。


 『私は魔女に守られた【大陸の薬箱】と言われるアバラン王国が欲しい。そこにたどり着くために沿線の国々を滅ぼす』


 ロルデミア帝国は戦争で国を大きくしてきたが、医療体制が確立していないどころか薬も自国で作る事が出来ず輸入に頼っていた。

 戦争ばかり仕掛けるものだから、今まで僅かでも薬を作り売ってくれていた国々が全くを売ってくれなくなったのだ。

 そのため、戦争で負傷した兵士が死なずに済むはずのけがでも、感染症などで簡単に死んでしまっていたらしい。

 だから、アバラン王国が欲しいのだと。


 いくら薬が欲しいとは言え、広大な大陸の東端から西端の国を目指すなんて馬鹿げていると側近達は難色を示したが、暴君には誰も逆らえなかった。

 そうしてマクナベアは自分が先頭に立ち、言葉通り国々を滅ぼしながら西へ前進した。


 そうした戦争が起きていることは、アバラン王国にすれば距離が遠過ぎていたため把握出来ていなかった。

 しかし、アバラン王国まで後二つの国だけが残った辺りで、流石にマクナベアの話が届いた。

 今までの戦争で、彼は戦争狂の皇帝と言われるまでになっていた。


 これまでの歴史の中で、戦なんてしたことも無いアバラン王国。王であるレオークは閣僚や騎士団そして魔女アヤトナとで作戦を練っていた。


 そしていよいよその日が来た。

 この頃のアバラン王国は広大な広さは今と変わりないが、周りの山は今ほど高くは無く森もそれ程深い森では無かった。それでも山や森を越えての進軍は不可能だっただろう。

 絶対戦争をしないと決めているが、万が一を考え他国と繋がる道(短いトンネル)は一本だけとし入り口は兵士が守っていた。だから簡単に出入りは出来ないようにしていたし、こうして平和を保っていたのだ。


 マクナベアはアバラン王国が隣国に繋がる唯一の道になっているトンネルの岩を、堅いツルハシのような道具を使って破壊させ侵入して来た。

 そして王都アバランティアをぐるりと兵士で囲み近隣の町村までをも威圧した。

 それから、マクナベア皇帝は一人馬で城の前までやって来た。


 「アバランの国王よ。この国を私に渡せばお前を生かしてやろう。それと魔女アヤトナを私の妃にする」


 確かにアヤトナは美しく、魔女のため既に200才は越えている年齢だと思うが、見た目はいまだ20代だ。 薬作りなど、国への貢献も知られていて国民にはとても人気がある。

 遠い国のマクナベアがどうしてアヤトナを知ったのかは分からないが、この国の薬を扱う商人達がアヤトナのよく効く薬と美貌を、行く先々で風評していたのだろうと思う。


 マクナベア皇帝に対して王は言った。

 「突然のことで気が動転している。申し訳無いがどうするかは今から話し合いで決めたい。せめて5時間だけ待っては貰えないだろうか?」

 今現在、午後の3時だ。


 「暗闇を利用して逃げ通せるとは思うなよ。見張りの兵士を付けておくが逃げたと分かった時点で王都全体に火を放すからな。5時間後又ここに来る」

 そう言ってマクナベアは郊外に設置した前線基地まで一度戻った。


 その事を確認してから、王達は事前に話し合ったとおりに動いた。

 王国内の町村の広場には伝言板が設置されている。

 それは、国民に知らせなければならないことが起きた時に城の中にある城内基地伝言板から、リアルタイムに映像で知らせる仕組みになっていた。

 これは魔女アヤトナが作った物だった。


 昨日の昼、王様がマクナベアという他国の王が攻めて来ている事を国民に知らせた。そしてその後アヤトナは言った。


 「明日の夜8時過ぎに、空が輝くほど明るくなるだろう。眼を開けていれば目が焼かれてしまう危険があるから、黒っぽい布で頭を隠し、目を開けないように準備していてほしい。そうすればこの戦から皆を守れる」


 そうして夜の8時。マクナベアが再び城の前にやって来た。

 「どうだ。答えは出たか?もう5時間も待ったんだ。早く国を渡して魔女を寄越せ」 

大きな声で叫ぶマクナベア。


 するとアヤトナが城のベランダに姿を現した。

 「そんなに私が欲しいのですか?」アヤトナの纏った黒いローブが風に靡いた。


 「おー、お主がアヤトナか。噂通り美しい。早く私の元に来い」


 「そんなに焦らないで下さいな。異国からの訪問者に贈り物をしたいと思います。是非私の花火魔法をご覧頂きたいですわ。とても美しい光景になると思いますよ」


 そう言うと、アヤトナは持っていた長い杖の先を、夜空に輝く二つの満月の大きい方の月に向けた。

 すると、蒼い光と赤い光がもの凄い勢いで絡み合い、渦を巻くように月に向かっていった。

 その間、王様達も黒い布で頭をすっぽり隠してしゃがみ込んだ。

 事前の会議でアヤトナが皆に伝えた事だった。

 杖から放たれた光は、もの凄い勢いのまま大きい月の右下に命中した。

 直後、月は爆発を起こし朝が来たかと思うような明るい光を放ち空気が揺らめいた。

 遠い月の爆発なのに、もの凄い爆発音と光がこの国だけを覆い尽くした。


 月の爆発と光で、国を囲っていた敵の兵士の誰もが眼を焼かれて失明し動けなくなった。あまりの痛さで苦しむ兵士達。地上にはのたうち回る兵士達で溢れた


 マクナベアは光があまりに眩しかったので、思わず右腕で眼を覆った。そのお陰で失明するまでは至らなかった。

 眼を開けたマクナベアは唖然とした。目の前の城が綺麗に無くなっているのだ。

 思わず周りを見回してみると、建物という建物全てが消え去っていた。


 「やられた」

 全てアヤトナがやったことだと理解した。

 

 兵士の殆どを失った事でマクナベアは皇帝の座を追われるだろう。それでなくてもあまりにも遠い国まで来ていたため、東の自国に帰る意欲を既に無くしていた。

 マクナベアはその後一人で放浪したあと亡くなったと伝えられている。


 ここまでの話しを聞いていた王以外の周りの人間は、涙を堪えながら黙って聞いていた。

 それでも王妃様が震える声で問うた。

 「今のお話には初代ハリューミヤ王とジョージ殿下が出て来ていませんね」


 「この国の歴史はまだ続くのだよ」

 「ふー・・・」

 王様は、目の前の冷たくなった紅茶を飲み一息ついてから、先ほどまでの話しを続けた。


 魔女がアバラン王国の人と建物をまるごと転移させたのは、先ほどの爆発から300年ほどが経っていた時代だった。


 元々森と山に囲まれた土地だったが、300年の間に地殻変動でもあったらしく、国の周りの山々はとてつもなく高くなっていたし、その裾の森は人が入れば出てこられないくらい広い森になっていた。

 それだけでなく、国の中にもあちこちに山が聳え立って川や湖も出来ていた。

 だから移転させた後の王国は、山々で仕切られた土地に会わせて町が出来上がって行った。

 唯一のトンネルもあの時壊されたが、地殻変動で崩落し穴自体がなくなっていた。

 そのお陰で誰も来ることが出来なかったようだし、隣国もこの土地を侵略したくても入って来られなかったのだろう。


 しかし大陸の中は大きく変化していた。マクナベアに焼かれて滅びた国々と、ロルデミア帝国は無くなり、それらの土地は近隣の国々に統合され大陸の国は8つになっていた。


 あの時、アヤトナは計算して魔法を使ったつもりだった。


 アヤトナは次の災いを予知していて、王様と国民の魔力を無くし誰も子供を産めないようにし、一度この国を滅ぼしてしまおうと考えていた。


 目に光を浴びないように促したが、身体の一部に少しでも光を浴びた者は魔力を失い子供が産めなくなるはずだった。

 光は家の中まで届き、まるで昼間の外にいるような気になる程強力な魔法だった。


 だから王様と王妃様それに国民には頭を覆い、目に光を当てないようにと呼びかけ、身体に光を浴びても良いように仕向けた。

 

 けれどあの時王様は、頭をすっぽりと厚い布で覆い隠していたが、アヤトナ自身を守るドーム型結界は王様までも覆ってしまっていた。そのため王様の持つ魔力は消えずに残ってしまった。

 王様はアヤトナに次いで魔力を多く持っていたが、魔法を使った事が無かったため自身は魔力を持っていることに気が付いていなかった。


 別の部屋にいた王妃様は念のために侍女と一緒に頭からすっぽりと身体全体を隠して窓から離れた所にいたらしい。

 

 けれどこの国の王様以外の国民は、魔力を持たず生活魔法すらも使えない事を思い出した。今まで通り子を産み育てる生活を送ることが出来るのだ。

 流石のアヤトナもあの時は焦っていて、事を冷静に考えることが出来なかったのだろう。

 計画が失敗に終わってしまったショックは大きかった。計画自体がアヤトナの怒りだったのに・・・。

 アヤトナは王様には内緒でこの国を潰そうと思っていた。

 こんなに尽くしてきたのに、愛娘であるサヤハナの未来が真っ暗に見えているからだ。だから王様とお妃様の身体に光を当て子供が産めないようにしたかった。

 

 しかし・・それは敵わなかった。王様の魔力を消す事は今のアヤトナの残った魔力ではもう無理だ。

 サヤハナごめんね。この国の未来を変えることが出来なかったよ。貴方と貴方の宝物を守り切れなかった。

 

 国民の生活が少し落ち着いた頃、ここまで国を守ってきたアヤトナが倒れた。国をまるごと転移させるという大きな魔法を使った所為だった。

 ベッドに横たわるアヤトナ。

 見舞いに行った王様との二人だけの最後の語らいで、彼女は王様に伝えた。


 「私は 今回の転移魔法で魔力を 使い果たしました。

 こう見えて 300年を 越える人生を歩んで来たのです。 魔女としては短い人生になりそうです。

 大陸 を転々として 暮らして 来ましたが、  あるときこの国の話しを聞きました。。

 自身の 王位 継承権争いに 巻き込まれ、  暗殺の手から逃げて ここまで来て王国を作った 初代の王様の 【戦は 決して行わない】 と言う言葉、 そしてそれを実行し 続けた 代々の王様達 に感銘を 受けました。平和と いう希望 の あるこの地に 来て20年間ここに住み続けて来ました」 言葉をやっと紡いでいる。


 「・・大陸全土 を旅し、この地を 選んだのは 正解 だったと思います。・・

 まだ 若い レオーク様が 王になっても その意思は 持ち続けると信じて来ました。けれど 王様、  最後に 忠告します。  

 国を 滅ぼすことを 夢見るような  王位 継承権を 持つ者が 生まれるでしょう。 その時、  役に立てるよう 一人の魔女を 紹介しておきます・・・」


 そう言って、自分の侍女を呼んだ。

 【サヤハナ・・ 】私の 娘 であり、この国を 守る 次の 魔女です。・・・王様、今まで あり がとう ございました。これから も 良い国を 作って下さい」

 この言葉は、息切れを起こしながらやっと語ったアヤトナ最後の言葉だった。


 アヤトナの死は、「この国を守ってきた大いなる魔女が亡くなった」と伝言板を通して国民に知らされた。国民の悲しみと動揺は大きかった。

 

 それでもアヤトナが亡くなって5年後、王様に待望の双子の王子が生まれた。

失意の中にあった国民には悲しみを乗り越える光だった。

 そして金と銀の髪を持つ二人の王子はすくすくと育っていった。



          ☆ 二度目の災い


 10才になった兄であるナルカミア王子は、誰にでも優しく国の事・国民のことをいつも考える皇太子になった。

 金色の髪を持ち、勤勉家で努力家で、次の王になるべく人間として期待を裏切らないように見える王子だ。

 一方、同じく10才次男の王子ルナハデカは銀色の髪の毛を持ち、兄よりも勉強が出来、将来参謀として兄を支え兄弟でこの国を守って行ってくれるだろうと誰もが信じて疑わなかった。

 

 それから2年が経って、サヤハナは感じ取っていた。

 ナルカミサ王子も少しは魔力を持っている。

 けれど、ルナハデカ王子は強い魔力を持っていて、黒い魔法に捕らわれ始めているように見える。

 普段ナルカミア王子の侍女として側にいることが多かったために、ルナハデカ王子の魔力をしっかりと感じ取る事が出来なかった。

 

 ルナハデカ王子の魔力を見極めるために、何かと理由を付けてはルナハデカ王子の様子を探る事にした。そうすれば彼の魔力が白か黒かハッキリするだろう。

 それまで王様には知らせないでおこう。王様は自分の息子達を信じ切っている。

 何かしらの行動の証拠を掴まなければ、どうせ信じては貰えないだろう。

 

 けれど危ない匂いがプンプンする。

 早く尻尾を掴むために、二人に簡単な試練を与えるよう王様に仕向けた。


 二人に12才のお祝いを授けたいと思う。

 兄には卵が10個「大事に育てよ」

 弟には沢山の宝石。「国民のために使って見せよ」


 ルナハデカは面白く無かった。

 別に兄の卵が欲しかった訳では無かった。あんな物、面倒くさくて自分で育てたいと思わない。

 けれど、卵はナルカミアのためにと賜わされたのに対し、宝石は国民のために使えと言う。

 なぜ、自分のために使えないのだ。不満が募った。

 王様とすれば、ナルハデカに宝石を渡したのは、この国のためにどう使えるか、参謀としての資質を見るためだった。・


 それから、ナルカミアは卵を毛布でくるみ、毎日様子を見ていた。

 二週間が過ぎた頃の朝、一つの卵の殻にひびが入った。

 「パキパキ」それは少しずつ広がって穴が開き始める。その時中から嘴のような物が見えた。何の鶏だろう? 

 勉強部屋に行くのも忘れて眺めていた。

 その内、他の卵にもひびが入り始めた。「大変だ」慌てて侍女サヤハナを呼んだ。


 ドアをノックしたあと、

 「おはようございます。ナルカミア王子」

 眩しいくらいの笑顔と優しい声でサヤハナが入って来た。


 「サヤハナ見てくれ。二つの卵が割れて・・、これは何だろう。

 ウロコを持っていて、似たような形に見えるが・・一方は身体から一寸だけ炎が出ているし、もう片方は翼を持っている。

 あっ、こっちも割れた。白い毛に覆われてふわふわだ。    

 あれ?こっちの二つは馬っぽいけど、片方にはおでこに小さな角が生えているね。

もう片方は、何々?人?みたいなのが乗っている?」


 小さな子供みたいにはしゃぎながら、卵をジッと観察しては感想を述べている王子。


 「ナルカミア王子。初めのこちらは麒麟とドラゴンです。次はオオカミ。そしてユニコーンとケンタウルスです。

 それぞれ卵は2個ずつで、これから大きくなり番になるでしょう。

 そして、彼等はナルカミア王子と契約すれば王子をずっと守ってくれる聖獣様となってくれます。

 この子等皆に早く名前を与え、どうか大事にして下さいね。


 ちなみに麒麟とドラゴン以外は卵からは生まれません。ずっと前から育てやすいように、卵の殻に入れられたまま預かっていました。


 そう。この卵はカルハズナが助けた聖獣たちから貰った卵だった。

 カルハズナはそれを使う事もなく亡くなり、アヤトナに遺された物だった。

 あのマクナベアとの戦いの時、事前に知っていれば卵を出して育てる事が出来ただろうが、間に合わないと判断したのだった。

 だからアヤトナは渾身の力でこの国を守り亡くなった。

 

 サヤハナはこの卵を自分で育てようかとも思ったが、ルナハデカ王子を見ていると恐ろしいことが起こるような気がしてならない。

 彼をどうにかするならナルカミア王子に託したほうがこの国の将来に繋がる気がした。


 一方ルナハデカ王子は、青年になるにつれ城にいることが少なくなっていて、いくら注意しても街中に出掛けて行く事を止めなかった。

 貰った宝石は、数を減らしてきている。

 宝石をお金に換えて、まだ子供だというのに、町のごろつきや悪さを繰り返す子供達をお金で雇っては好き放題を繰り返していた。


 王子に近づけばお金が手に入る。

 一緒に盗みをしたり、国で管理している綺麗な公園の噴水、ベンチなど、ハンマーを使ってことごとく壊していったし、綺麗に咲いていた花々は全て手で散らして行った。

 初めは物を壊すことに罪悪感を感じていたが、何回も繰り返す内に気分がすっきりするような気がしてきた。彼の髪の毛は銀色の輝きも艶もすっかり消え、暗い灰色になっていた。


 この国の人々は元々あまり欲と言う物が無かったが、王子が見せる宝石やお金に惑わされる人々が出てきた。

 「宝石を一つだけでも手に入れる事が出来たら、新しい家を建てて・・・、新しい女房を貰って・・・新しい服を買って・・・・美味しい者を食べる。・・・働かなくても良くなるのだ」

 王子の近くにいて気にいられるようにしなければ。

 そんなふうに思い、王子の周りにはいつも人が溢れるように付いているようになった。


 それから月日が経ち、双子の王子達は二十二才になっていた。


 これまでの行動によって、ルナハデカ王子の身体から溢れる魔力は真っ黒に染まっていた。益々欲望と言う物をすっかり国民に植え付けてしまった。

 王様にはルナハデカ王子が魔法を使っていると伝えても「この国の人々は魔法を使えないから影響はない」と信じて貰えなかった。


 国の雰囲気も徐々に変わって行った。

 今までは、街中で知らない人とすれ違うだけでもニコッと笑って挨拶するのが当たり前だったのが、今ではすれ違うだけで他人を見る目は睨むような眼差しに変わった。


 他人を信じることは無くなり、望を成し遂げるために刃物を使って脅したり、けがを負わせる事件が頻発し始めた。


 国民の心を戻すための策を側近達と考えて来たが、どれも上手く行っていない・・・・

 それどころか、益々治安が悪くなっていた。

 そもそも王様とその側近達は、なぜ治安が悪くなったのかどこから欲望という物を覚えたのかさえ理解できていなかった。

 

 そんな国の暗い雰囲気の中でも明るい話題があった。

 王子ナルカミアは小さい頃から慕っていたサヤハナと結婚したのだ。

 サヤハナはナルカミアよりずっと年上なのだが、魔女と言うだけあり見た目はナルカミアと変わらないくらい若く見えた。


 それからも相変わらず国の治安対策が思うように効果を得られなかった。そのまま月日だけが過ぎた。


 そのうちナルカミアとサヤハナの二人には、二人の王子が生まれていた。

 大きい子は7才、小さい子は5才になったばかりだ。

 親たちと違い、とても仲の良い兄弟だ。兄の方は将来自分が王になるんだと言われているためよく勉強をしていたし、弟は兄を助ける人間になりたいとこちらも勉強に励んでいた。


 王様は憂いていた。ナルカミアが幸せを掴んで、この国のためにと必死に仕事をしているのに・・・・、それなのに、ルナハデカは遊んでばかりいる。

 そう思っていたが、それだけでは無かった・・・・。国民の欲望を焚き付けたのがルナハデカだと、今になってようやく分かったのだ。

 王様の頭は痛かった。まさかルナハデカが?あんなに優しい子が・・・・


 「国を滅ぼすことを夢見るような王位継承権を持つ者が生まれるでしょう」

 アヤトナの言葉を思い出した。


 もしかして、いつかは・・・いつかはそんな人間が現れるかも知れないとは思った。


 しかし幾ら国民と国を混乱させてはいるが、戦争を起こすことは無いだろう。


 近隣の国々を滅ぼすために戦を仕掛けるためには、一本のトンネルを渡らなければならない。

 けれどそこは今、国の状況を見て封鎖してある。以前より強固になっているため簡単には渡ることは出来ない。

 他に可能性は、この山と森を越えることだ。しかし相手国もそうだが、自分達も越えるのは無理だ。

 「うむ・・戦争は起こらないだろう。ルナハデカを無視し一刻も早く国内を安定させることを考えれば良い」


 ルナハデカは他国と戦争しようとは、最初から考えていない。この国を一度潰して、 自分が王になるつもりだった。自分の父と兄を殺して・・。


 何年も掛けて万全に準備して来た。

 「うはははは・・もうすぐだ。楽しくなってきたぞ」


 サヤハナは夫であるナルカミア王子と騎士団、そして聖獣様達を集めて、密かに策を練っていた。

 王様が盲目的にルナハデカを信じているため、ルナハデカのやろうとしていることを、王様に知らせてしまっては、こちらの作戦に支障が出ると思った。

 ギリギリまで話さず、その時が来たら私から話す。ナルカミア王子が小声で皆に言った。皆は小さく頷いた。


 アヤトナ以来の危機だ。まさか、こんなに早くやって来るなんて。

 あの戦争で、アヤトナが大きい月を割って、月が3つになった。割ったと言っても小さく欠けた程度の欠片が大きな月の後方に飛ばされたのだ。それは時と共に丸い形になって、いつもは大きな月の後ろに隠れて見えないだけだ。


 けれど小さな月は大きな月の重力に捕らわれていて、何十年かに一度の満月の夜、大きな月の欠けた部分に少しだけ顔を見せる。本当に少しだけ。

 偶然にも二つの月が満月の時に、明るすぎて少しだけ顔を見せても、三つ目の月を見ることは容易ではない。


 サヤハナはアヤトナの言葉を思い出していた。

 アヤトナが月を割った瞬間に起こったこと、それは大気が歪んだ事だと言っていた。


 大気が歪むまではないが、この所大気がザワザワと騒いでいることを感じている。

もしかして三つ目の月が現れる前触れかも知れない。

 そして、その時現れる現象は・・・?


 サヤハナはアヤトナが書いた魔術本を棚から取り出した。

 その本は、一見日記帳になっている。

 サヤハナの生まれたときからの事を日記に記して、その間に術式などが書き込まれていた。


 日記は誰かに見られても中身が分からないように、魔術で隠してある。


 もしも、これから万が一にも強い魔力を持つ他の魔法使いが出てきても、その力を無効化する魔法をサヤハナに教えてあった。


 サヤハナの作戦も心も決まっていた。ルナハデカ王子の魔力を無効化すること。

 まずはそれだ。

 「時を待つだけ」


 サヤハナはナルカミア王子と決めた作戦の他に、皆には内緒の作戦を決行するつもりでいた。

 その作戦を思うと、胸がドキドキする。

 その時が来るまでまだ時間はあるだろう。


 誰にも言えない作戦をしっかり胸にしまい込み、今まで数えきれない程読み返してきた母の日記を、最後にもう一度だけ読みたいと手に取った。

 


          ☆ 魔女カルハズナと弟子アヤトナ、そしてアヤトナの娘サヤハナ

                  (五大聖獣との出逢い) 


 そう。私はアヤトナの娘。

 母が、一度だけ恋した男性との間に出来た子供。

 何時だったか父との出逢いを、母が懐かしそうに話し出した。が、途中からは怒りと悲しみを含んでいた。


 日記抜粋

 

 ハクヤとは商人から頼まれた病人を診に行った帰りに出会った人間だ。

 

 独り立ちを急かされて、私が住みたいと思える国をやっと見つけて住み着いていた。

 そこは若い王様ご夫妻が結婚前に自国の王位継承権に巻き込まれ、慕ってくれた騎士や城に勤めていた者達等と一緒に暗殺者から逃れてこの地に国を作ったと言われている。


 育ての母を亡くしてから、見るもの聞こえるもの全てが、身体をすり抜けるように何も残らなかった時に出会ったのがハクヤだった。


 私を産んでくれた父と母が暮らしていた国は、とうの昔に他の国に吸収された。

 その小さな国は、国民の殆どが生活するのに必要な魔法を使えたが、それは竈に火を付けたり、明かりやエネルギーを得る魔法石に魔力を充填することくらいだ。


 私は小さな頃から、テーブルやベッドなどの大きな物を浮かせて移動させたり、両親を困らせていた借金取りの人間を外へ投げ飛ばす事が出来た。


 あまりに強い魔力におののいた両親は、隣町との境にある森に住むという魔女、カルハズナを訪れて私を託すことにした。


 噂されていた魔女はかなり年老いたおばあさんで、鼻はかぎ鼻・つり上がった目、長い髪の毛はボサボサで櫛が通らないような髪だ。

 その上腰が曲がっていて、童話に出てくる魔女その者の姿だった。


 両親は魔女の姿に戦きながらも、出来るだけ用意したお金と食べ物を魔女に渡した。

 それをカルハズナは、「分かった」とだけ言って受け取った。

 両親はよっぽど怖かったのか、魔女の家を出るなり小走りで帰って行った。私に「元気でね」の一言も無く。


 両親を見送って魔女の家に戻ると魔女はするするっと姿を変えた。

 変えたというより、おばあさんの姿の方が皆を欺く姿だと言った。

 本当の姿は若々しくとても美しい魔女だった。髪の毛は腰まであって艶々としている。大きな瞳は少し紫がかっていて、蠱惑的だ。誰もが魅了されるだろうと思う。

 それに何より優しかった。


 だから六才で両親と離れても寂しくも無かったし、両親との生活よりカルハズナとの生活のほうが楽しいと思えた。


 まずは森の中から、薬を作るために必要な薬草を採取することを教えてくれた。

 キノコは毒を持っているものが多いため、見分けることが難しい。

 何回も違うキノコを採って来てしまった。それでもカルハズナは優しく何度でも教えてくれた。

 どんな病気や怪我にどの薬を使うのか。

 塗る薬を使うのか飲む薬を使うのか。他にも身体を強くする薬、姿を変える薬。

 本当に様々な薬を教えてくれた。

 「魔女は長生きだから焦らなくて良いよ。ゆっくり覚えていけば良いんだから」と優しく頭を撫でられたことも何度もあった。

 

 けれど、魔女としての知識を100年を越す時間で習得してからは、独り立ちして暮らしなさいと森を出された。

 そんな事を言われても困ってしまう。

 ずっと定住先を決めずに、旅感覚で数ヶ月に一度はカルハズナの住む家に戻って来ていた。


 「こことカルハズナが大好きだもの」

 この森が好きだし何よりカルハズナが好きだから帰って来てしまう。


 その度に「早く定住する国を決めて、人々の役に立つようにしなさい。それが魔女の仕事だよ」と注意された。その言い方がだんだん強くなっていったように思う。

 百年以上一緒に住んでいても、未だ未だ一緒に暮らしたい。それなのにカルハズナは許してくれなかった。

 「もう一人前だから自信を持って行きなさい」と言われる。

 

 私は20才を越えた頃から大人の女性としての顔と身体になったが、カルハズナは初めて会った時から変わらない美しい女性のままだった。だから本当の年齢は知らない。


 魔女は500年以上生きると言われているので、未だ未だ大丈夫だろうと軽く考えていたのだ。


 そんなカルハズナが、私に手紙をくれたのは、私がやっとある国に定住し始めた頃だった。

 手紙はツバメの姿になって、強風の中を、飛んできた。


 「私の寿命も残り僅かになったらしい。

 アヤトナ、お前との生活は楽しかったよ。お前ならもう大丈夫だから、自身を持て。

 そうそう、お前は優しいから魔力の無い人間と一緒に暮らしたり、交わったりする生活も楽しいだろうよ。

 最後に、お前に会いたいから一度帰って来てくれないか」


 「最後だなんて、何馬鹿な冗談を書いているのよ」

 慌ててあの森に転移した。

 カルハズナは私が必ず帰って来ると分かっていたようだ。


 片付けが下手だった割には、家の中は綺麗に片づいていた。

 テーブルに近づくと、乾燥させてから紙に包まれた薬草と、カルハズナがいつも身につけていたネックレスとイヤリング、そして10個の卵が誰にも見えないように魔法が掛かったマジックバックに入れられた状態でテーブルの上に現れた。


 ネックレスとイヤリング、卵の話しは何回も聞かされたから覚えている。

 

 カルハズナが気に入って座っていたソファの前に置かれた棺にはカルハズナが眠っている。死んでいるなんて信じられないくらい綺麗な顔。本当は眠っているんじゃないか。私をからかっているの?そんな事を考えていたら涙が顔を伝った。

 私はその前にあぐらをかいて座った。

 


 カルハズナが顔をクチャとさせて、本当に楽しそうな時だけ見せる顔。

 そんな顔で話し出すカルハズナを思い出していた。


 何時だったかなあ?

 もう何百年も前だったと思うよ。

 大陸を一周しようと思ってさ、まずは大陸の北の地を歩いていたんだ。春が近いと言っても北の山だからね、まだまだ吹雪くこともあったし、所によっては雪が多く積もっていてさ。

 ある村に差し掛かった時、山の方から「ウオーン・・ウオーン」って凄い音と言うか声というか・・聞こえて来たんだよ。


 直ぐ先にあった村に寄って聞いてみると、村の人達が、音のせいで怖くて眠れない日々が続いていると言う。

 黒いローブ姿から魔女と分かる私に調べて欲しいと言ってきた。


 裕福な村には見えないが、村の皆で少しずつお金を出し合ってね・・・お金だけでは少ないだろうからって、去年採れて保存してあった野菜をいっぱい持ち寄ってさ。

 その中の5才くらいの子供がね、その子の頭より大きなキャベツをやっと抱えていてさ、


 「お母さんのお腹には僕の弟か妹になる子がいるんです。それなのにお母さんはあまり眠れなくて可哀相なの。だからお願いします」って、くれたんだ。


 いつもならさ、魔女って気持ち悪がられるだろう?だから嬉しかったよ。

 その子には大人達がくれた分で十分だよって受けとらなかったんだ、そしたら嬉しそうにキャベツを胸に抱え治してさ。


 「まずは音のする方に行ってみて、原因を突き止めて来ますね」そう言って山に向かったのさ。

 

 森の近くまで箒で飛んで音のする方を目指して歩いて行くと、そこにはまだ若い麒麟様が横たわっていたよ。あの時はビックリしたね。

 噂には聞いていたけど本当に聖獣様がこの大陸にいるなんて信じられなかったから。


 でも見るからに苦しそうで、声を掛けてみたよ。

 「どうしたんだい? 苦しそうだけど助けてあげようか?」

 聖獣様は苦しいために、時々口から炎を息と共に吐き出している。身体の炎は弱々しく燃えていた。

 頭だけを少しこちらに向けて「何者だ?」って言った。

 「魔法使いですよ。カルハズナと言います」

 「魔法使い?・・・それなら俺の腹に刺さった物を採れるか?」

 聖獣様はそう言って何とか身体の向きを変えて、横に刺さった物を見せた。

 「ああ、これは痛そうだ。大丈夫私なら抜いてあげられるから。痛いだろうけど我慢しておくれ。直ぐに終わるから」


 カルハズナは腰に指してある杖を取った。

 簡単な魔法なら指先一本で出来るが、大きな・・・強力な魔力を必要とする魔法は、杖があると格段に強く間違いなく使える。

 酷いことに聖獣様の腹には棘では無く、槍のように尖った大きな岩が刺さっていた。

 「えい!・・」集中した眼差しを岩に向け、杖で魔法を放った。岩は綺麗に抜けて谷底に飛んで行ったが、お腹の傷の出血は多かった。

 先に準備していた手持ちの薬で素早く消毒し傷を縫い合わせた。

 その後は痛み止めと回復薬を十本飲ませてあげたよ。人間なら一本だけれどね。・・・

 良かった。もう大丈夫だろう。

 あのままではいくら聖獣様と言えど、命が危なかっただろう。


 「治るまでここに居てあげるから心配要らないよ。その前に村の皆に説明してくる。麒麟様の声に怖がっていたからね」


 カルハズナは一旦村に戻り聖獣様の事を説明した。すでにあの怖い声は聞こえなくなっていた。


 集まっていた村人の中にいた村長さんが話し始めた。


 「3日前に台風のような、雨風がもの凄く強い日があったんです。雷も沢山鳴って怖い夜でした。皆、蝋燭一本で家の中に籠もって耐えていたのですが、その雷が山の一番高い所に落ちたようでした。家の窓からも山に落ちた光が見えましたから。

 きっとその時岩が崩れて麒麟様に刺さったのでしょう。お可哀相に相当痛かったでしょう。

 春が近くなるとこんな天気になる事がよくあるんです。 魔女様、どうか麒麟様を助けて下さい。

 麒麟様はここの村人に、夢を通して知恵を与えてくれているんです。

 この地の恵みは麒麟様がいて下さるお陰なんです。どうぞ宜しくお願いします」

と、村の人々にお願いされ、またもや野菜を渡されそうになった。

 「野菜はもう十分に貰っているから大丈夫だよ。それに貴方たちの分が無くなってしまう。収穫までに保たなくなってしまうよ」


 「私達は収穫まで皆で分け合って食べていけば良いですから・・・・。それより麒麟様をお願い致します」


 「大丈夫。聖獣である麒麟様は体力があるからね。少しすれば元通り元気になるよ。私はそれまで側に付いているからね」そう言って麒麟様の元に戻った。


 聖獣様の所に戻って見ると、すこし傷みが落ち着いたのか、すやすやと眠っていた。


 一週間もここに居なければならないので、倒れている聖獣様の近くに家を用意することにした。

 近くに生えていた二本の大木を勝手に借りて魔法を掛けると、幹同士がうねうねとしながら重なり合って木と木の間には、祠のような小さな家があっという間に出来上がった。

 家の中は魔法によって見た目よりずっと広さがある。部屋には、生活に必要な小さなテーブルと薬を作るための竈と鍋釜、そして器などを魔法でさっと用意した。勿論ベッドも。


 貰って来た野菜で、スープを作って聖獣様のところに持って行くと聖獣様が目を覚していた。

 側に行って薬を塗ってあげて、回復薬とスープも飲ませた。これを一日3回しなければならない。

 

 その間、この森を楽しむことにしよう。

 それからは麒麟様に薬を塗った後の時間を、森の中の散策に時間を当てることにした。


 まだ雪が少し残っていたが、嬉しいことに、ここには多くの種類の薬草が生えていた。

 聖獣様には、村人達の気持ちも伝えておいた。身体が弱くなっているときは気持ちも弱くなっていたんだろう。村人の思いを聞いて大層喜んでいて、一寸だけ目が潤んでいたのが見えた。そして、

 森の向こうの村々は肥沃な土地だから心配はあまり無いんだ。

 けれど森を降りた村は元々作物もろくに採れない土地だった。

 住んでいる人間は働き者ばかりの良い人間達だから、夢を通して知恵を与え少しずつ作物が採れるようになったが、まだまだ貧しい村なのだ。

 これからもここを守ってやらねば、と、独り言のように言った。


 私は、勝手に森の中を歩いては薬草を貰っていますが宜しいでしょうか?と事後承諾を得て沢山収穫して歩いた。勿論生態系を壊すような取り方は絶対にしない。

 そのお陰で、聖獣様に飲ませたり塗るための沢山の薬草は現地調達出来、楽に薬を作る事が出来た。

 

 一週間もすると傷は綺麗に治った。傷みも全く無いらしい。流石聖獣様だ。あれほどの傷だったけれど回復が早い。 

 

 「俺の名前はジュナークと言う。お主にお礼をしたいが何か欲しいものはあるか?」と聞かれた。

 「沢山の野草を頂いたのでこれで十分ですよ。又困ったことがあったら【この石】に向かって名前を呼んで下さいな。すぐに向かいますよ」そう言って、カルハズナ自身が作ったKの文字をもじった独特な文様が入った小さな石の首輪を首に掛けてあげた。


 カルハズナは自分の家に帰る支度をしてからこの家を綺麗に消し去って、元の大木に戻した。


 最後に聖獣様に挨拶をしに行くと、

 「世話になったのに申し訳無いが、カルハズナにお願いしたいことがある。聞き入れて貰えないだろうか?」


 「改まってどうしたんです?お願いとやらは聞いてみないと出来るかどうか分からないからね」


 すると麒麟はすこし躊躇いながら口にした。


 「儂の故郷に行って番をここに連れてきてくれないだろうか?」


 「つがい?」


 「ああ。儂には番がいるのだが、一寸した事で喧嘩してしまってな。頭にきて故郷からここまで逃げて来たんだ。けれど、今回のように何かあっても一人ではどうも出来ない・・・そしてお主がいて思ったのだ。

 一人じゃ無いって良い物だって。ここに番がいたら楽しいだろうなと・・・」


 「そんな良さそうな番から、どんな理由で逃げて来たんだい?」


 「それがなぁ。あいつはいつもベタベタくっついては愛しているよって言うんだ。

 気持ちは嬉しいが、こっちは一族を纏める一家だ。そのために話し合わなければならない時も多いし、問題が起これば飛んで行かなければならない時もある。それなのに、そんな事お構いなしでな・・・。

 いい加減頭にきて、少し離れてくれないかって言ったんだよ。

 するとな、こんなに愛しているのに何で離れなくちゃいけないの?って怒りだしたから・・・思わず、俺がいない間に頭を冷やしてよく考えておけ・・・ってな事で、・・・儂がここにいるわけだ」


 「あははは・・なんですかね、聖獣様と言っても人間と同じなんだね。人間にはこんな時に使う言葉があるよ。

 「夫婦喧嘩は犬も食わないってね」

 分かりました。あなた様の番を連れて来ますよ。場所を教えてください。けれど、どれくらい会っていないんです?」


 「多分、30年位かな?ほんの少しだろ?」


 「・・・・・私も長生きする方ですが、さすが聖獣様だ。規模が違い過ぎる。はははは」


 そうして私は、ここから山脈を3つ越えて行かなければならない麒麟様達の住む場所に向かって箒で飛んだ。

 丸一日掛けてこの国を越え、隣の国に入った。国境には森が広がっている。それでも木々の間からきらりと水が光る様を見つけた。

 「良かった・・休もう」そう思って地上に降りてみると、光っていたのは綺麗な水を湛えた小さな池だった。


 木の筒で出来た水筒に水を汲み、ごくごくと飲んだ。流石に丸一日飛びっぱなしは疲れる。

「ふー・・」と一息ついて近くの大木に凭れた。するといきなり目の前が暗くなった。

 驚いて顔を上げるとそこには、真っ白い毛に覆われたとびきり大きなオオカミがいた。

 人を簡単にかみ殺せそうな口を開いて話した。

 なぜ人間がここに居る?

 確かに。ここは大陸の中でも黒い森と言われるほど広く深い森だ。森の奥に池があるなんて誰も知らないだろう。

 

 「麒麟様・・・、ジュナーク様の願いを叶えるために、近道をしたらここに来てしまったんだ。直ぐに出て行くから許してくれないか」


 「ジュナークの願い?」


 「ああ。彼の故郷まで行く所なんだ」


 「・・・・・そうか。では、儂がそこまで背中に乗せて連れて行ってやろう。俺の名前はデュークだ。俺に乗っていった方がずっと早く着くぞ。その代わり、俺の願いを聞いてくれるか?」


 「へっ?オオカミ様も願い事があるのかい?皆さん聖獣なのにどうなっているんだ?」


 「良いから黙って背中に乗れ。麒麟の故郷は分かっている。そろそろ暗くなった。空を飛ぶからしっかり捕まっていろよ」

 そう言って私はオオカミ様の背中に乗って麒麟様の里に向かった。早い。流石聖獣様だ。二つの山脈を超えるのに、たったの3時間しか掛らなかった。


 麒麟様の番のマリネロ様は、

 「全くあの石頭、そんな怪我なんかして、聖獣だって死ぬ事もあるんだよ。魔女に頼むくらい苦しかっただろうさ。

 本当に馬鹿だよ。カルハズナとやら、偶然通り掛かっただけだろうが助けてくれてありがとう。それからあの人の詳しい場所を教えて下さいな。これから行きますから」


 「マリネロ様、頭は冷えましたか?」


 「ジュナークからいろいろ聞いたんだね。ああ恥ずかしい。

 私もほんと馬鹿だったよ。あいつが好きで好きで何も見えてなかったんだね。

 大丈夫だよ。今は支えるという事、助け合う事、信頼と言うことも学んだよ。たった30年しか経っていないから未だ未だ覚えることもあるだろうけど、これからは二人で模索して行きながら楽しく暮らすし、聖獣としての役割を果たしていくさ」


 それからジュナークのいる、場所を教えると直ぐに激しい炎を纏いながら飛んで行った。


 「次は俺の願いだな。さあ背中に乗れ。飛びながら話すよ」


 「良いですよ。ここまで連れて来て貰ったし、すんなり事が上手く行ったからね。それで願い事とは何だい?」


 デューク様は高い空を飛びながら話し出した。

 「実は・・・俺には好き合っているフランという雌がいてな。勿論オオカミの雌だ。

 けれど、群れの王である俺の父が別の雌を番にしろと言って来て、俺の話を聞いてくれないんだ。

 兄達も父の言うことを聞いたから、お前も黙って従えって・・・」


 「上の兄は、俺と同じように好きな雌がいたのに、諦めて父の言うことを聞いて他の雌と一緒になった。情けないと思うだろうが、おれ達の父はそれだけ一族からの信頼と権力が強くて・・・だから何とか俺の父を説得してくれないか?」


 「・・・デューク様。それは駄目です。

 好きな雌を番にしたいのなら、自分で説得しなければ駄目ですよ。

 その雌で無ければ駄目だからと反発して里を出て、一人で暮らしていたのでしょう?そのフラン様は今でも一人もんなのかい?」


 「勿論だ。俺が父を説得できるまで待つと言ってくれてる」


 「それならさ、彼女じゃ無ければ絶対駄目だ。認めてくれないならこれからの長い人生を、誰も知らない遠くの場所で一人だけで生きて行くか、彼女を連れて群れとは縁を切って暮らす。と言ってみたらどうだい」

 「そのくらい強く言ってやりなよ。脅しても良いさ、絶対負けないんだぞ。くらいの気概で父親と対峙してみたらどうだい。本当に好きなら・・さ」


 「う・・うん。そうだよな・・・・やってみるよ」

そんな話しをしながら、私達はまだ明るい空を南に向かって飛んで行った。


大陸の北から南に飛ばなければならない。

オオカミのイメージとは違う少し気弱に見えるデューク様の里は、大陸の南にある山脈の中にあった。


 デューク様は長い時間を掛けて両親と話し合いをしたが、なかなか溝が埋まらなかったと言った。

 そのため私が言ったとおり、両親を脅したそうだ。

 「それなら俺は、誰にも知られずに、これからの人生を一人だけで生きていく」

 その言葉に先に反応したのが母親だったらしい。

 母親が「長い長い人生を一人にさせたくない」と好きな雌と番になることを許してくれたそうだ。

 デューク様は大好きなフランと二人で嬉しそうに、「ありがとう」と言って、この山からもっと南の山の深い森で暮らすことにして旅立った。

 この後、オオカミ様の里ではデュークの意見を取り入れた両親に対して、俺も好きだった雌と一緒になりたいと今の番と別れた長男がいたそうだ。

 2番目の兄は、父の選んだ雌と上手くいっているようで、そういった騒ぎはなかったらしい。


 「ふー。やっと肩の荷が下りた」

 オオカミ様の里を出て空を見た。

 太陽が沈み掛けていて夕日が美しい。

 「ああこんなに美しい夕日を見るのは久しぶりだ。どうせあても無い旅だ。夕日を追いかけて行くのも良いかも知れない」

 そうして箒にまたがり夕日を追いかけた。


 段々と暗闇になって、静かな林の中に降り立った。何処の国かは分からないが、今晩はここで過ごそう。


 朝になって、日差しが差し込む綺麗な林の中、湧き水の流れる音がする。綺麗な水を水筒に入れようと思い近づいた。

 すると大木の根元から水が湧いて小さな小川になって流れ出ているのだが、その大木の後ろにケンタウルスがいた。

 彼はジッと小川の流れる先を見ている。

 そこには、長い髪を一つに纏めた可愛らしい人間の娘が水を汲んでいた。

 娘が帰ったあと、やっと私に気が付いて「お前はだれだ?」と言う。

 顔が真っ赤だ。


 「ケンタウルス様、もしかしてあの娘が好きなのかい?」


 「そんなはずがあるわけ無いだろう。あの娘は人間だぞ」


 「人間でも番になれますよ。本人が希望すればですが。・・・・私が作った薬を飲めばケンタウルスの身体になる事が出来ます」


 「お前は何者だ」

 「私はカルハズナ・魔女です。麒麟様とオオカミ様の故郷に行って来た帰りです」

両方の聖獣様の名前と里の場所を言うことで信用してくれたようだ。


 「私の名前はバリーモアと言う。あの娘はチェリーナと言って、両親を亡くし母親の兄の家に世話になっている。しかしその叔父から虐げられているようでな。

時々顔にあざがあったり、手足に包帯を巻いていて可哀想なんだ。」

 「それでも水を汲みに来ると楽しそうで・・、重い瓶をやっと抱えて帰って行く。何とかしてやりたいが、どうしたら良いか分からないのだ」


 「では私が彼女の本当の生活を確認してきましょう。どうするかはそれから考えては如何ですか?」


 そう言うとカルハズナは小さなネズミに変身して、娘の後を追いかけた。

 結果から言うとバリーモア様の言う通りの生活だった。

 「お前を引き取って食わせてやっているんだ。感謝しろ」

 そんな罵声を浴びせられ、満足なご夕飯も食べさせて貰っていなかった。


 それでも一つだけ希望があった。

 一日の終わり、自信の部屋【狭い物置小屋のようだったが】に入ったとき呟いた言葉が、

 「今日もケンタウルス様を見かける事が出来たわ。大木の後ろだったから全身は見えなかったけれど、嬉しかった。 明日又会いたいな。言葉を交わせたら良いのに・・・・どうすれば良いのかしら」


 「そんな事を言っていたよ」とバリーモア様に教えた。

 真っ赤な顔をしたバリーモア様は、

 「明日ここに来たときには声を掛けて見るよ。毎日、朝に水を汲みに来るから」そう言ったバリーモア様は楽しそうだった。

 けれど、朝が過ぎて昼も過ぎ、夕方になっても娘は来なかった。

 「何かあったかも知れない。見てくるよ」

 そう言って子ネズミ姿の私は娘の住む屋敷に行った。

 

 なんて可哀想に、酔ったあげく腹の虫の居所の悪い叔父に殴られ、身体を床に叩き付けられたまま動けないでいたのだ。

 

 私は直ぐにバリーモア様にそれを伝えに行った。

 彼は怒りを体中に纏って、大急ぎでその屋敷に向かった。

入り口の戸を足で蹴飛ばして破壊し、酔った叔父の前に倒れている娘を前にして言った。

 「そんなに憎い娘なら私が貰う、異論は無いな?」

 

 「はっ・・はい。ありません」

 突然現れたケンタウルスに恐れをなした叔父は、頭と手を床に付けて「すみません。酔ってしまって、気が付いたらチェリーナが倒れていまして・・・」嘘の言葉で自分に罪がないと言いたげだが、怒ったケンタウルスを前に怖くてそれ以上何の抵抗も出来なかった。


 真っ暗な森に魔法で明かりを灯し、バリーモア様が大事そうに抱きかかえて連れ帰った娘にカルハズナが薬を飲ませた。

 それは傷と心を癒す薬だ。


 「魔女殿。この娘と番いになりたい」


 「それは同情かい?それとも哀れみかい?もしそうなら止めた方が良い。この娘には何処か遠くの良い人を私が探してあげるよ」


 「違うんだ。私は前からこの娘が気になっていて、水を汲みに来る時は必ず見ていたんだ。気になってしょうが無かった。けれど人間とケンタウルスでは一緒になれないから・・・声も掛けられないでいて・・・」


 「・・・・分かったよ。この娘が眼を覚したらどうしたいか聞いてみよう」

 その時だった。

 「わたし  ケンタウルスさまを  いつもお見かけして  お話したいって 思って  いました。 やさしそうで  かっこ良くって  」

 か細い声で、それでもハッキリと自分の意思を伝えた。


 「それじゃあ、もし貴女がケンタウルス様に請われて番になって欲しいと言われたらどうする?」

 「そんな  こと  できるんですか?

 できたら うれしい ケンタウルスさまといっしょに いられる なんて  ふたりで  ならんで  あるきたい 」


 娘の瞳から涙が溢れている。まだ起き上がれないくらい身体の痛手は大きいはずだ。

 「薬が効くまでもう少しか」と魔女が呟いた」


 「魔女殿。娘を私の番にしてくれ。頼む」横たわる娘も又、「おねがい します」と言う。


 「分かった。まずは身体を元気にしてからだ。これから薬を作るから、明日飲ませるよ。気が変わったら教えておくれ」


 そう言って二人から離れて薬を作る用意を始めた。

 もしかしたら気が変わるかも知れない。時間を作らないと。


 チラッと二人を見ると、バリーモア様は娘を甲斐甲斐しく看病していた。

 今もタオルを冷たい水に浸しては顔を拭いてあげたり上半身を少しだけ起こして水 を飲ましたりしている。まるで人間がすることのように。

 

 翌朝、娘の体調も大分戻ったようだ。良かった。と思ったその時、娘の叔父が息を切らしながら森の中に銃を持ってやって来た。


 「その娘は俺の奴隷だ。そんな化け物なんかに渡してなるものか」

銃を構えて、ケンタウルスを撃とうとしたその時、バリーモア様が見たことも無い早さで駆け抜け、娘の叔父を蹴り飛ばした。

 弾丸の如く遠くまで飛ばされたその男は、大木の枝に刺さったまま死んでしまった。

 そうなのだ。聖獣は多くの恵みを与えるが、敵と認識したものは徹底的に悪と見なす。


 「君の叔父を殺してしまった。すまない」娘にそう言って零した涙を、

 「泣かないで下さい。私は貴方と居られる方が嬉しい」と涙を唇で嘗めた。

すると、チェリーナの身体がゆらゆらとケンタウルスの姿に変身したのだ。

  

 人が魔女の作った薬では無く、ケンタウルス様の涙を口にすることでケンタウルス化することを魔女は初めて知った。勿論お互いの気持ちが通じ合っていないと無理な事なのだろう。


 つまり、私の仕事は無くなったんだね。


 「魔女よ。(魔女様)ありがとう(ありがとうございました)。

 これからは、二人で仲良く暮らして行くよ(行きます)」

 バリーモア様とチェリーナの二人は仲良く手を繋ぎ、並んで森の奥に消えて行った。


 この短い何日かで、3種の聖獣様に会えるなんて、それも皆、恋の悩みを抱えていたなんて・・・。

 ふふふ。人間と同じ悩みを持つもんなんだなあ。

 「次いでだ。今度は東の国へ行ってみるか。あそこも久々だしな」


 東を目指し遠い距離を飛んで疲れたので地上に降りた。道路脇には春らしく紅、黄、青など綺麗な花が色取り取り咲いている。


 「やっぱり北とは違うなあ」

 けれど、春という割には暖かすぎる気もするが、まあそんな気候の年もあるだろうと思った。

 カルハズナは、近くの村で宿を取り、美味しいものを食べてからゆっくり休もうと思った。

 食堂で夕食を済ませ、部屋に戻ろうとしたところ、どどどどど・・人々が雪崩れ込んで来た。

 「大変だ。山が噴火し始めた。早く逃げた方が良いかもしれない」突然入って来た人達の、興奮し叫んだ言葉に皆が驚いた。

 「噴火だって!・・」

 「ああ。山のてっぺんから小さな炎が何度も吹き上げられている」

 それを聞いた泊まり客達も走って部屋に戻り、急いで帰り支度を始めた。


 「この山は噴火する山なのかい?」カルハズナは宿屋の主人に聞いてみた。


 「いやいや。俺が生まれてからは今まで噴火なんかしたこともないし、そんな話し聞いたことも無いよ。噴火なんて変な話しだと思う。・・・・ただ・・噂では、あの山にはドラゴンが住んでいると聞いたことがある」


 「その格好、あんた魔女なんだろ。頼むから山を見てきてくれないかなあ。このままじゃ、商売にならないよ」そう言って金貨1枚を出した。


 全くこんな事ばかりじゃないか。

 心の中で愚痴を言いながら、金貨を掴んで「じゃぁ見てくるよ」と宿を出た。


 箒に乗って上昇しながら思った。

 「なんか嫌な感じがする。別に命が危ないとは思わないが・・・・又、聖獣様じゃないかと・・・」そう思っているうちに、山のてっぺんに大きく出来た窪みの縁まで飛んで来ていた。


 窪みの中では数えるのも面倒なくらいの何頭ものドラゴン達が遠巻きに見ている中央で、金色のウロコが光る二頭のドラゴンが火を噴いては罵りあっていた。

 「何よあんな雌。ちょっと私より若くて、番の私よりウロコが小さく並んで少し艶があるからって。私の方が、尾が長くてお腹が大きいのよ。全くあんな雌の何処が良いのよ」

 そう言って、勢いよくボワーと火を噴いた。


 「だから違うんだってば。ちょっと相談したいことがあるからって話しを聞いていただけで・・信用してくれよ」

 そう言っては、遠慮したように小さ目にブワーと火を噴いた。


 2匹のドラゴンから少し離れたところで喧嘩の元となったであろう雌のドラゴンが怯えて振るえているのが分かる。


 「何言っているのよ。ただ話しをするのに、身体をくっつける必要が何処にあるって言うのよ」ボワー。


 この二頭の身体は金色をしていて、他のドラゴンより格上なのが分かる。

 

 時々どちらかの肉親と思われる金色のドラゴン達が、「もういい加減喧嘩を止めろ」とか「納得行くまで許すな」なんて、煽っているのもいるものだから、止められないでいるのだろう。


 そんなだから、その他の誰も止めに入ることが出来ないでいるようだ。


 しかし、これは唯の夫婦喧嘩だ。

 こんなことで麓の人間達が脅かされては賜ったもんじゃない。


 100キロの麦袋くらい大きな拡声器を魔法で出して口に当てた。

 多分それくらい大きな音で言わないと、興奮していて聞こえないだろうから。


 「金色のドラゴンよ」拡声器を使った声の効果は絶大で、喧嘩しているドラゴンだけでなく、周りにいたドラゴン全員に届いたようだ。

 お陰で、ヒートアップしていた番のドラゴンだけじゃなく他のドラゴン達もこちらを向いた。


 「私は魔女のカルハズナという」

 「貴方たちの喧嘩のせいで、麓に住む人間達が逃げ出している。原因を調べてくれと頼まれてきた。来て見れば夫婦喧嘩とは情けない・・。

 聖獣様とあろうあなた方がそんな事では、人間達が聖獣様達を信用しなくなるだろう」


 「すまぬ。私はヒューバルと言う。麓の人間達が逃げているとは・・申し訳無いことをした。

 幾ら説明しても、こやつが怒りを鎮めてくれないのだ」

 「私はウスラリアよ。貴方は何を言っているの。自分の間違いを認めないからこんな事になっているのです。ヒューバルの父である王が、出掛けているために仲裁をしてくれる者も居ないのです」


 二頭の話しを聞いたカルハズナは言った。

 「それならば、・・・別れたらどうだ」


 「えっ?・・・」

 二頭は互いに顔を見合わせた。

 周りのドラゴン達はどうしたらよいのかオロオロするばかりだ。


 「そんなにいがみ合って、番なのに互いを信じられなくなって罵り合いをし・・・人間に害を及ぼすくらいなら別れれば良い。

 ヒューバル様はドラゴン王の息子なんだろ!・・番ときちんと話し合いも出来ないようなドラゴンなら、将来のドラゴン王の資格なぞ無いと思うのは私だけだろうか?

金色じゃ無くても、皆を纏め、一族や聖獣としての働きが出来る王を選んだら良いのではないか?」


 カルハズナはあえて冷たい口調で言った。


 「そんな別れるなんて・・・。嫌だ、俺は絶対ウスラリアとは別れない。

俺が愛しているのはウスラリアだけだし、俺の番は彼女だけだ。ウスラリアのためなら王になんてならなくても言い」

 その声は、ハッキリと彼女だけで無く、周りのドラゴンにも聞こえる程の叫びだった。


 「嬉しい。ヒューバルが80年前の時もそう言って、番の約束をしてくれたわよね。・・ヒューバル、もう絶対浮気したら駄目よ」

 「ああ。あれは本当に何でも無かったんだ。でも、誤解させるような事をして悪かった。これからは相談を受けるのも一人では受けないようにするし、きちんと君にも話すよ。ウスラリア愛している」


 そうして二頭は頬と身体を擦りつけ合った。

 周りのドラゴン達もほっとしている。


 「魔女よ。カルハズナだったか。お主の言葉で目が覚めた。ありがとう」


 「いいえ。全く呆れているんですよ。麒麟様にオオカミ様、ケンタウルス様まで、番を求めたり、番と喧嘩したりで、仲を取り持って来たもんだからね。聖獣様方も人間と変わらないんだと思うと楽しいですよ。ふふ」

 笑いを堪えているカルハズナの言葉にドラゴンも驚いていた。


 「なに、あいつらの仲も取り持ったのか?信じられない。われら五大聖獣に会える人間がいるなんて。いくら魔女とは言え驚きだ」


 「いいえ。まだ五番目には会っていないよ。それを目的に旅をしている訳でもないからね。本当にたまたま出会っただけなんだよ。さあ、ではこれからすぐに麓に行って、ドラゴン様は夫婦喧嘩しただけだって皆に知らせて来るよ」


 「いやいや待て。そのような話をされては恥ずかしい」

 「いいや。かえって皆喜ぶと思うよ。・・それじゃ」そう言って一気に麓の宿まで飛んだ。


 事の顛末を知らせると、皆大笑いした。


 これからは奥様の尻に敷かれないだろうか?なんて心配する者もいた。

 まあ。そんな楽しい話題に切り替えられた村は平和を取り戻した。


 今度こそ家に帰ろう。

 大陸の真ん中までは距離がある。箒に跨がり、休み休み飛んでは家を目指した。


 カルハズナの住む森を目指していると、下には王都の近くにある綺麗な森と湖が見える。

 やっとここまで来たかと思った。もう少し飛べば、家に帰れる。

 誰が待っているわけでは無いが、家と言うのは落ち着くし安心できる場所だ。

 家に帰ったら、あれをやろう、これをやろうと思案しながら飛んでいた。

 それで集中が途切れたところを、強い横風に煽られた。

 「まずい」体制を立て直すには強風が続いていて危ない。危険を回避するため仕方なく箒から落ちないようにゆっくりと湖の畔に降りていった。


 なに。家は直ぐそこだ。今晩ここで休んで明日の朝帰ろう。

 

 湖の底からはいくつも水の湧いている場所があって、あちこちからぶくぶくと泡が出ている。

 「いつ見ても綺麗な水だなあ」

 この水が溢れて小さな川を作り、その内の何本かが合流し大小の川になって王都を流れ潤わせている。

 そしてその内の一本がカルハズナの住む森の近くを流れていたのだ。

 ボーと湖を見ていると、向こう側に真っ白い獣が見える。2頭のようだが、何か喚いている。

 何の獣だろう?と思い近づいて木の陰に隠れた。


 「お前は何故番にと決められた雄から逃げるんだ」

 「お兄様、以前からお話していたではありませんか。

 私は番にと言われた彼では無く、あの方の姉、アズナハト様と一緒になりたいのです。以前からそう伝えていたでしょう」


 「そんな話し本当だと信じる訳がないだろう。何故、雌同士で一緒になろうとするんだ。子供だって出来ないんだぞ。それに・・それに私だってアズナハト様の番の候補になれればと思っていたのに。・・・第一にアズナハト様の気持ちはどうなんだ?彼女だって本当は僕と・・」


 「お兄様。私とアズナハト様は、相思相愛です・・・・」


 はー・・疲れる。何故にこうも聖獣様達の色恋話ばかり聞かされねばならないんだ。さっさとここを出よう。そう思って振り向いた。


 「わっ。・・・」

 「貴女は?」


 先ほど話していた二頭のユニコーンも美しい姿だったが、振り返ってそこにいたユニコーンは輝くばかりの真っ白い毛並み。大きな瞳で、額から伸びた一本の角は磨かれたように輝いていた。


 「お見かけしたところ、人間の魔女様でいらっしゃいますよね?」

 「ええ・・まあ・・・」


 「私はアズナハトと申します。貴女に是非お願いしたい事がございます。

何とかあの二人の喧嘩を止めて頂きたいのです」


 「何とかって・・・・聞こえていたけれど、貴女が行って真実を話せば終わるんじゃないですか?」


 「それがそうでも無いんです。二人のうちの兄の方はアルバーニと言いますが、妹のアンナナと私が愛し合っていることをどんなに伝えても信じてはくれないんです。

 それを押し曲げて自分と番になることを強要してくるので、私を守るためにアンナナがああして兄弟喧嘩をしてまで説得をしているのです。

 けれど・・・なかなか理解して貰えない現状でして・・・・。

 お願いです。どうか私達の力になっては下さいませんでしょうか?」


 「はあ・・・・。あのう、ちょっと話しがそれた事を聞きますが、この大陸に聖獣と呼ばれる種族は何種類いるんですか?」


 「私達を含めてですが5種族ですわ。何年かに一度ですが、代表が集まって交流を図っています。ここでは私の父が代表です」


 よかった。これ以上は聖獣様に会うことは無いようだ。


 「それじゃあ、貴女はそのお父様にはアンナナとの事は承諾して貰っているのですか?」


 「はい。父は、最初は渋っていましたが、雌同士・雄同士でも番を見つけられることは幸せな事だと理解してくれました」


 「なら、別に問題はないだろう?」


 「そうなんですけど・・・、あの通り、理解したくないという雄や雌が多いのも実情なんです。お願いです。何とか力になってはくれませんでしょうか」


 「うーん・・・・」

 これで5種族の聖獣と関わる事になる。

 少しでも恩を売っておけば何か事が起きた時に助けて貰えるかも知れない。

 一瞬、邪な気持ちを持ってしまったが、頭を振って消し去った。

 カルハズナはアズナハト様という美しいユニコーンの手助けを了承した。

 二人で、まだ兄弟喧嘩をしているアンナナ達の所へ行き声を掛けた。


 「兄弟喧嘩はもう止めたらどうだい」


 人間の声に二人は喧嘩を一時的に止め、カルハズナを見た。

 後ろにはアズナハト様がいるので余計に驚いている。


 「私は人間の魔女でカルハズナと言う。

 ここに居るアズナハト様から、二人の兄妹喧嘩を止めさせることと、アンナナ様との事を信じさせて貰えるよう頼まれた」


 「アルバーニと言ったか。貴方はなぜ、アズナハト様とアンナナ様が愛し合っていることを本人達から聞いているのにも関わらず、信じようとしないんだ?」


 「雌同士が愛し合う?そんな事信じるわけがないだろう。雌同士、雄同士が愛し合う?ああ気持ち悪い。

 アズナハトはアンナナとは幼なじみで仲が良かったから、そう思い込んでいるだけだ。だから私が目を覚してあげるんだ」


 「なぜ?・・なぜ雌同士、雄同士が愛し合うことが気持ち悪いと思うんだい?」


 「何故って・・・。昔から雌と雄が番になって子孫を残す。そういった営みをして来ただろう。第一、種族を残すためには当然な事だろう。

 雌同士、雄同士ではそれも無理だ」


 「確かにね。子供は無理かも知れない。

 でもね、・・この国の話になるが聞いてくれるかい?

 人間の夫婦の中でも、子供が出来ない夫婦・生めない夫婦・生まない夫婦・生んだのに別れる夫婦がいる。

 そうでなければ、子供が生まれたのに育てる事を放棄している夫婦、親が亡くなって孤児院に預けられた子供達もいる。


 他の国の事は分からないが、私の住んでいるこの国では、子供が欲しいのに出来ない夫婦は、孤児院から子供を引き取り、自分達の子供として育てている人もいる。

 その中には、女性同士のカップル・男性同士のカップルもいるんだ。 

 他にも様々な理由で孤児になった子供もいるし、そんな子達を国や町では施設を作って大事に育てているんだよ。

 ユニコーンの世界には、そんな子供達はいないのかい? 

 雌同士、雄同士と罵る事より、子供達を幸せにすることが大事だろう?」


 「そうなんです。私達の種族にも親を亡くした子供達がいます。

 私とアンナナは二人の生活が落ち着いたらそういった子供達を育てて行こうと話し会っているんです」


 「アルバーニ。君は色々言ってはいるが、結局はアズナハト様に恋をしていて、振られるのが怖いだけなんだろう。

 もう諦めて、君にふさわしい別の番を探した方がいいと思う。

 そしてその時は、自分の思いだけをぶつけるのではなく、相手の話も沢山聞いてあげることが大事だよ。お互いが思いやって、納得して生活して行くことを選ばなくちゃね。君もかなりの色男のようだから直ぐに番が見つかるさ」


 アルバーニはがっくりと項垂れた。

 アズナハト様への思いを当てられたからだ。

 

 「分かったよ。・・・アズナハト・アンナナ。悪かった。幸せになれよ」そう言って足早に離れて行った。


 「良かったね。二人が頑張れば同じような思いをしている者達が勇気を貰えるだろう」


 「ありがとうございました・・・あのこれから私達の里に来て頂きたいのですが・・・」

 その後も何か言おうとしていたが、無視して

 「それじゃ私はこれで・・・えい・・・」一気に箒は空に向かって高く上がった。

 下で仲良く並んでいるユニコーンに片手で軽く手を振って、家まで一気に飛んで帰って来た。


 私は家に着いてほっとしていた。

 五大聖獣に会えるなんて、なんて凄い体験をしたのだろう。まあその中身には笑いが込み上げるが・・・・。

 今年の春は今までに無いくらい忙しかったが、良い思い出が出来た。

 そうしてカルハズナはいつもの自分一人だけの穏やかな生活に戻っていった。


 それから暑い夏もそろそろ過ぎて、山の木々の多くが葉を赤や黄色に染め始めた。

 

 森は麓の村よりも秋や冬の来るのが早い。今のうちに木の実やキノコを集めようかな。そう思い外に出ようとした。


 「こんこん・・こんこん・・」扉を叩く音がした。

 誰だろう?私を訪ねてくる人がいるなんて・・

 「誰だい?・・扉は開いているから入っておいで」


 すると随分と背の高い男女会わせて10人が入って来た。

 誰もが背が高く、男達は細身もいるしガッチリした者もいる。

 女達も皆背が高く、それこそ胸が大きくお尻も大きめだ。けれども皆が皆ニコニコしている。小さな家の中が人で一杯になって息苦しく感じる。


 「あんた達は何者だい?私になんの用事があるんだい?」


 一人の、特別ガタイの大きな男が言った。

 「カルハズナ、もう儂を忘れたのか?」と、にやっと笑った。

 「えっ?・・・・」 

 カルハズナはそう言われて、入って来た男女の顔をまじまじと見つめた。


 「まさか?・・まさか聖獣様達なのかい?」


 「ああそうだよ。元気にしていたかい」皆が久しぶりだねと抱きついてきた。

 カルハズナは皆に抱きしめられながら、今まで知らなかった胸に込み上げる熱い思いとそれに伴う傷みと言う物を初めて感じていた。

 きっとこれは嬉しすぎて、・・泣きたいくらい嬉しいときに感じる痛みなんだろうと理解した。


 ひとどおり皆と抱きしめ合った後、麒麟のジュナークが話し出した。

 「あの時は本当にありがとう。お陰で怪我もすっかり治って傷も綺麗になり、跡も見えなくなった。

 何より、マリネロが来てくれて本当に嬉しかった、ありがとう。 ここにいる聖獣たちが皆、お前に助けられたからお礼がしたいと言い出してな、それでは皆で会いに行こうとなった訳だ」


 「そんな、お礼だなんて考えなくても良かったのに・・・。あの時は皆の森から沢山の木の実や薬草を貰って来たからさ。お礼とやらはそれで十分だよ」


 「うん。お前ならそう言うだろうと思っていたよ。しかし我ら聖獣を助けた人間をそのままにしておくわけには行かないのでな、強引だと分かっているが受け取ってくれ。頼む」


 「はあ・・・。まあそれで聖獣様達の気が済むのなら・・分かったよ。喜んで受け取ってやるよ」 仕方ないなと思い皆の顔を見ると、なんだかとても嬉しそうだ。

 

 「我ら聖獣に対してため口を利けるのはお主だけだろうな。お前ならどんな言葉遣いをしても気にしないでおこう」 麒麟様の言葉に皆が笑いながら頷いている。

 

 まず始めにオオカミ様夫婦からだ。

 沢山の毛で覆われていると大柄に見えるが、人間の姿は意外にも細身の色男だ。


 「カルハズナ、あの時はありがとう。お主のお陰でこうしてフランと番になれ、今は幸せに暮らしているよ」そう言って差し伸べたのは二つの卵だ。


 「あの時はオオカミ様も懸命に両親を口説き落とせるよう頑張ったからだよ。少しの脅しは番への思いの強さを表していたんだろう? 良かったね。ふふふふ・・・」

思い出して笑ってしまった。


 続いてケンタウルス様だ。ごつい身体の人間の姿でいる。隣には手を繋いだままのあの時の娘が、人間の姿でニコニコと幸せそうに隣に立っている。

 「幸せそうだね。生活には慣れたかい?」


 「はい。カルハズナ様、あの時は本当にありがとうございました。今はとても大事にして貰って幸せに暮らしています」

 そう言ってケンタウルス様が二つの卵をくれた。


 また卵?


 他の聖獣様達の雌は、クリーム色や、水色、黄緑色などナチュラルな色の服を着ていて、雄の方は黒っぽい色や濃い色の無地の服を着ている。

 ドラゴン様の夫婦は、他の皆と比べると真っ赤な服やキラキラした黒い上着を着ているので少し派手な出で立ちだが、二人ともスタイルが良くてよく似合っている。


 「あの時は檄を飛ばしてくれてありがとうな」

 「本当よ。そうでなきゃ別れていたかも知れないんだから。カルハズナのお陰よ。ありがとう」

 

 「あの時は、山が噴火するんじゃないかって里の連中が心配したけど、寄りが戻ってよかった」

 二人は思い出したのか、恥ずかしそうにして手を繋いだ。そして渡してきたのは又又、卵が二つ。


 ユニコーン様は二人の女性だ。

 品のあるスラリとした美しい女性と、少し背は小さいが、目の大きいとても可愛い女性だ。

 「あの時は本当にありがとうございました。

 あの後。群れの中から雄同士の番も何組か生まれて、私達と協力して親を亡くした子供達を育てて行く事にしました。全てカルハズナ様のお陰です。本当に・・・・本当にありがとう」

 

 「幸せには様々な形があるからね。今の形が二人の幸せならそれで良いと思うよ。仲良く暮らしなよ」

 そう言ってカルハズナはアズナハト様とアンナナ様の二人を又力強く抱きしめた。

アズナハト様が離れると、アンナナ様が二つの卵を差し出した。


 なぜ?・・・

 もしかして最後の麒麟様も卵なの?と思う。

 

 最後に、筋肉質で大柄なジュナーク様が近づいてきた。

 近い近い・・・。あまりに近づくものだから思わず仰け反りそうになった。


 すると、手に持っていた蒼い石のネックレスを首に掛けてくれた。

 次に、これは私からと言って奥様のマリネロ様から、同じ石で出来たピアスを渡された。

 どちらも大粒だ。

 今までピアスなどしたことが無かったので、耳には穴が開いていない。

 マリネロ様が「ちょっと待ってね」と言い、カルハズナの耳たぶをそっと撫でたら

そこには既にピアスが付けられていた。


「とっても似合っているわ、カルハズナ。この石はね、この大陸では私達の里でしか採れない石なのよ。悠久の蒼石と言って昔から大事な時にしか採ってはならない石なのよ」


「そんな・・・・、そんなに貴重な石は、私には勿体なさ過ぎるよ」そう言ってまずはネックレスを外そうとした。


「そんな事ないわ。私達の話を聞いたジュナークの父親、つまり麒麟の王がね、この石の価値に値する行いだったから、是非渡してやりなさいと私達に託したのよ。だから受け取って。ね」


 そこまで言われたので、カルハズナはネックレスから手を離した。


「そしてこの卵も受け取ってくれ」今度はジュナーク様が差し出した。


「あの、皆さんからはなぜ卵なんですか。私は一応お肉も食べていますし、ミルクも飲んでいます。そんなに貧しい暮らしはしていないつもりなんですが・・・・」


 皆は顔を見合わせて大声で笑い出した。

「確かにそう思うだろうな。卵ばかりで不思議に思っただろう。

 それに卵で生まれるのは麒麟とドラゴンだけだ。けれどオオカミやケンタウルスそれにユニコーンも、お前が持ち歩くなら同じ卵型の方が扱いやすいだろう」と言ってな。


「この卵は、育てれば私達と同じ聖獣が生まれる。育て方は後で教えるが、放っておけば何時までも卵のままだ。死ぬこともない。 

 もし・・・、もしカルハズナ自身や、カルハズナが誰かを助けたいと思う大きな戦など起こっても、我々は直接どちらかの味方をすることは出来ない。

 だが、卵を直接育てればその時はこの卵から生まれた聖獣の子孫が私達の代わりにカルハズナを助けてくれるだろう。

 我々は知っての通り長生きだ。もしも・・・・もしも時代が流れても生まれた聖獣たちは本能で一族の里に帰ってこられる。だから心配しないで持っていてくれ」

 そんなふうに麒麟様が説明した。


 なんと言うことだ。そんな大きな力を授けて下さるなんて。私は身震いした。

 そんな事が、・・・卵に頼る事が起きませんようにと心の中で祈った。

 

 カルハズナは突然の来客が聖獣様達と分かった時点で、家の中を広げ皆が座っても窮屈にならない程度のテーブルと椅子を魔法で用意していた。 

 だからその後は皆で薬草茶を飲み、笑いながらあの時の話しをして楽しい時を過ごした。その後名残惜しくもそれぞれの姿に戻って飛んで帰っていった。


 

 聖獣様とは、楽しくて・優しくて・なんて情に溢れているのだろう。

 この出逢いは、絶対に忘れられない一生に一度の出逢いと出来事になるだろう。


 私は部屋の奥から普段使っている物とは別のマジックバッグを持って来て、頂いた卵をそれぞれ布に包んで入れた。

 そのままでも割れないと教えられたが、心情的に心配だからだ。

 一つ一つは鶏の卵の十倍くらい大きいが、バッグにはすんなり入ったし、重さも感じない。


 さてこのバッグ、どんな魔法で隠したら良だろうか?カルハズナは久々に頭を抱え込んだ。

 この話は、ずっとずっと昔の話し・・・・。



 私は五大聖獣様達と会ったんだよと、そんな話しを嬉しそうに何回も話していた。

 ・・・・・

 彼女は眠っているように棺の中に収まっている。

 魔法の掛かったこの家ももうすぐ消えて無くなるだろう。


 この家よりもう少し森の奥にある、小さな小川が流れキノコや木の実の沢山採れる彼女の好きだった場所。

 そこに穴を掘って棺を埋めた。そんな事も指先一本で終わってしまった。

 涙が止めどなく流れてくる。胸が痛い。泣きすぎて頭も痛いし目も腫れてしまった。

 魔法使いなんだから、自分の薬を使えばこんなもの直ぐに直すことが出来る。

 けれど治してしまったらカルハズナを思う悲しみまで薄れてしまうような気がした。

 だからアヤトナは、一緒に暮らした家に戻り、家が消えるまで・・・どのくらい時間が残されているのか分からないが、二人で住んでいた時のようにお湯を沸かしてお茶を飲み、残されたバックの中を確認し出てきた日記をゆっくりと読み始めた。


 先ほど思い出していた五大聖獣様達の話しが書かれていて、次には私の事が書き綴られていた

 私がこの家に来た時から始まっている。

【なんて可愛らしい子供だろう。これから一緒に暮らせるなんてすごく嬉しい。

 魔力が強すぎたアヤトナを持て余したんだろうけど、連れてきた彼女の両親には感謝しかない】


【この子は大人になったら絶世の美女になるだろう】

 (カルハズナの方がずっと美人だったのに・・・)


 自分は誰かと結婚するとか、子供を持ちたいなど、そんな事にはまるで興味は湧かなかった。一人暮らしが気楽過ぎて、寂しいとも思ったこともなかった。

 けれどこの子は1目で

【凄い魔女になれる】と思った。

【とても才能がある子供だ。素直な性格だから魔法をどんどん覚えていく】

【兎に角、一緒に暮らしているのが楽しい】(私も、とても楽しかったわ)

【必ず一人前にしてみせるわ。私がいなくなっても大丈夫なように】(まだまだよ)

【やっぱり絶世の美女になった。男共が寄ってきたら蹴散らしてやるんだから】

  (そんな事ありえないから)

 

 アヤトナが来てからは、日記にはアヤトナの事ばかりが書いてあった。これでは涙が止まるわけが無い。

 幸い家は未だ消えそうに無い。この家が消えるまでここに泊まって行こう。

 アヤトナは自分の部屋のベッドに横になった。本当はカルハズナのベッドにと思ったけれど、アヤトナの行動が分かっていたかのように、カルハズナの部屋のドアは開かなかった。


 アヤトナが何時までも未練を残さないようにと思ったのだろう。

 せめてもの優しさはアヤトナ自身の部屋で休めるようになっていたことだ。

 この後家も消えるのだから。


 翌日、アヤトナが簡単な朝食を取って、カルハズナから受け取った荷物を持ち上げた途端、スーと家が大木になってしまった。


 そうだった。

 カルハズナは森を壊さないようにいつも気を遣っていた。

 だから、木の実や薬草にキノコも採り尽くすことをせず、次の年も生えてくるように必ず幾つも芽を残し、小鳥達のために木の実を残しながら範囲を広げて見つけていた。そのお陰で私達は、毎年森の恵みを享受出来たのだ。


 頼る人を亡くしたアヤトナは、荷物を持って定住している国の、自分の家に戻って行った。


 道路際のススキが目立ち始め、青空に爽やかな風が吹いている日。

 どこから聞きつけたのか、国境を越えたすぐの村から怪我人が出て困っているから急いで来て欲しい。と、使いが来た。


 その怪我を治療しに、急いで箒に乗って行った。怪我人は森にイノシシ狩りをしにいった際に、逆にイノシシに追突され大腿骨が見えるくらいの大きな怪我を負ったらしい。

 かなり危ない状態だったが、魔法で治療し一ヶ月は飲み薬と塗り薬で安静にするよう指導した。

 目の前で怪我が治っていくのを見た本人と家族は、驚いてとても感謝してくれたし、作り置きして持っていた傷薬と胃薬も沢山買って貰えた。だからご機嫌の私はこの村から南に向かっての帰り道をのんびりと、住み着いた国へ向かって歩いていた。


 その途中、沢山の野菜を積んだまま道路脇に脱輪して動けなくなっている小さくてボロボロの荷馬車を見かけた。


 馬を一所懸命に引っ張って道に上がろうとするが上手く行かない。

 いつもなら道路を歩いている人がいて、手伝ってくれるだろうけど、この時はあいにく誰も歩いていない。自分、アヤトナだけだ。


「仕方ないなぁ。・・お兄さん、そこどいて頂戴。今、馬ごと道まで揚げるから」


「いや 嬉しいけど 貴女の力では絶対無理なんで、嬉しいけど何とか自分で頑張ります」


「この黒いローブを見れば分かるだろうけど、私は魔女だ。任せなさい」

 そう言って腰に差していた杖を手に一寸だけ口を動かした。

 するとあんなに重くなっていた荷馬車と、繋がれたままになっていた馬は、一旦浮き上がってからそのまま道に静かに降りた。


「どれ、この馬車じゃ今度はバラバラになりかねない」

 そう言ったかと思うと、馬車と車輪は一回り大きく頑丈に変身した。


「これで暫くは仕事が捗るだろう。それじゃ」さっと去ろうとしたアヤトナだったが、

「待って下さい。是非お礼をされて下さい」


「そんなのもの要らないよ。それに魔女と聞いて怖くないのかい?」


 青年は首を捻った。

「怖い?何でですか?魔女が皆悪い訳じゃないでしょ。貴女のような優しい魔女を、今 目の前で見たばかりです。

 それに、人間だって悪い人や恐ろしいことを考えている人も沢山いますよ。どうか私にお礼をさせて下さい」懸命に頭を下げる男。


 今まで何処の村々を旅していても、この姿で魔女と分かると、誰からも避けられたり・侮蔑な眼で見られたりしたものだ。それなのに、病気や怪我をすると頼ってくる。

 魔女にしてみればそれが食べて行く糧になっているが、少しばかり「なんかなあ・・・」と思う気持ちもあった。けれどそうした人々との接触で魔女のイメージを良くしたい気持ちもあった。


 そう思うと、少しだけ嬉しい気持ちが湧いた。


「私の住んでいるヤーバル村は、ここから北に少し行くとあります。

 私は野菜を育てる農家で、自分が作った自慢の野菜を東の町にある大きな市場に行って売るんです。

 ヤーバル村は高地にあるので、野菜が美味しく育つんですよ」


 白い歯を見せて嬉しそうに、屈託無く笑う

 【人間はこのように笑えるのか】と思った。

 御者の位置に二人で座り、隣町まで一泊しながら一緒に行くことにした。

 カルハズナの死からまだ立ち直れないでいる自分が、この若者を手伝ってみたくなったのだ。なんか自分らしくないなと思いながら・・・。

 

 隣町に着くまでの間、ハクヤと名乗る青年は、私の姿に一目惚れし仕事が終わったら一緒に暮らして欲しいと言った。

 こんな人間となら、一緒にいても穏やかに暮らせるかもしれない。

 この夜二人は宿の同じ部屋に泊まった。


 そして翌日、ゴードワという町の市場に着いた。

 朝早くから沢山の人で賑わっていて、二人で荷馬車から野菜を下ろし始めたが、直後から飛ぶように売れていく。

「ここの野菜は美味しいよねえ」と聞こえて来た。

 手伝っているだけなのに、その言葉がとても嬉しく感じられた。

 

 市場の終わりの時間を待たずに、野菜は全て売り切れていた。

 片付け始めていたハクヤが、最後に寄るところがあるんだ。と暗い顔で言う。

「どうしたんだい?そこに寄ったら終われるんだろ?」

「そうなんだけど、気が進まないんだ」


 ハクヤこの町の領主の事を話した。

 3年前にこの町で商売をする時、領主様に挨拶しておかなければならないと教えられたんだ。

 その時領主様に言われたのが、野菜が残っても残らなくても帰りは必ず寄れと・・・。

 寄ったけど、残った野菜が有るときはタダで置いていけとか、野菜が無い時はお金を置いていけと言われた。

 今日は野菜が残って居ないから、お金を置いていくように言われるんだろう。せっかく稼いだお金なのに・・・悔しいけどどうしようもない。他にも同じ目に遭っている者がいるらしい。


「一緒に行くよ」

「だめだ。ここの領主様はとても難しい性格だし女好きと言われている人なんだ。綺麗な君を見せたくないから君はここで待っていて欲しい」

 そう言って、町の入り口にアヤトナを残し、領主様の屋敷に向かった青年ハクヤは、何時間経っても戻って来なかった。


 日が傾き始めた頃、アヤトナは胸騒ぎを覚え町中に入って行き、人々に「野菜売りの荷馬車の男性」について訪ね歩いた。


 どんなに聞いて歩いても、人々は強ばった顔をしながらも知らないと言うばかりだった。

 おかしい。と感じたアヤトナはハクヤが言っていた領主様の家まで向かった。


 門の近くまで行った時、脇のあぜ道に馬のいない壊れた荷馬車とハクヤの遺体があった。

 顔が青黒く腫れ上がり、口からは血が出ていて、すでに黒っぽく固まっていた。

 怒りに震えるアヤトナは、必死に感情を抑え門にいた数名の男に尋ねた。


「あの男性は何故亡くなったのですか?」


「さあ、知らないねぇ」男達が笑いながら応える。

 その男の女房かい?それもその格好からして魔女だな。魔女にしては随分美人だな・・・へへへへ」と舌なめずりをした。

 

「何をしている」

「さぼってないで、早くあの男の遺体を始末しろ」


「領主様。この女があの男の女房らしくて・・・」


「なんだ。農家の女房にしてはずいぶん美人だな。お前、可愛がってやるからこっちに来い」

 腕を掴まれた瞬間、領主様が吹っ飛んだ。


「何だ。何をした?魔法か?」男達が囲む。

 

「人を虫けらのように殺すお前達に、同じように虫けらのように罰を与えるのさ」


「ふっ。あーははははは。罰だってよ。ここじゃ領主様の言うことを聞かない奴は皆こうなるのさ。売り上げた金を置いていけって言ったのに、女房と暮らすために必要な金だからって寄越さないからあーなったのさ。魔女と言っても大したことは出来ないだろう」


「・・そうかい。分かったよ。お前等はこの町に要らない人間だって事がね」


 そう言ったと思ったら、男達は宙を舞ってから地面に叩き付けられた。「うわー・」とか「ぐわっ・・」なんて声も聞こえたのは最初だけだった。

 アヤトナは何度も地面に叩き付ける事を繰り返した。ハクヤが苦しんだと思う分、いやそれ以上に叩き付けた。

 うめき声は少しだけ聞こえたが、どいつもナメクジのようにぐにゃぐにゃして、もう声すら出せない状態だ。死んだのだから当然か。


 先ほど吹っ飛んだ領主様は、いつの間にか剣を持って向かってきた。


 振りかざそうとしたその剣は、手から離れて領主様の腹に突き刺さる。

 抜けては刺さり、領主様が息絶えてからも、抜けては刺さり、まるで意思を持って恨みを晴らすようだった。


 その領主の館を見ると、執事や何人かの使用人が頭を下げていた。

 おそらく皆が、暴力によって言うことを聞かされていたのだろう。

 

 アヤトナは新しい馬を用意して、荷馬車で青年の言っていた村まで行き、遺骨を家族に渡した。


 大声で泣き叫ぶ青年の母と、嗚咽を漏らす父の姿。

 家族のハクヤを偲ぶ痛々しさに、私も胸が苦しくなり辛かった。


 そんな私が、住み着いた王都アバランティアの部屋に戻って3ヶ月もした頃、お腹に子供が出来ていると分かった。


 300年近く生きてきて、「この年で子供が出来るなんて、やっぱり私は魔女なんだな」と呟きと共に涙が出てきた。


 あの人と一緒に、静かにそして穏やかに暮らせるのかと小さな夢を見てしまった自分。

 しかしそれは、彼を死なせる事に繋がってしまった。  

「カルハズナ、貴女と暮らしていた頃が一番幸せだったよ」



          ☆ 終の住処


 この国を住処と決めたのは、建国の王様が「戦争は絶対しない」と国民に誓いを立て代々の王様達がそれを守って来たからだ。

 広いこの大陸では、あちこちで大国同士或いは隣り合った小国同士の小競り合いが起きていた。

 もうすぐ本格的な戦争に発展しそうな国もあった。


 私が住み着いたアバラン王国は、人口の少ない小さいながらも豊かな国だ。歴史も古く、絵本に語られるように若くて優しい金髪の王子と隣国の許嫁であった銀髪の若い姫様が作った国なのだ。


 二人とも大陸の中央に位置する大国の出で、互いに自国の兄達が起こした王位継承権を巡って起こした戦争から逃れて来た。

 戦争が嫌で、戦争をしない国を作りたいと言う二人に賛同した騎士達と、その家族や親戚、信用できる親しい友人達が二人を守りながら付いていくことを決めた。

 密かに他の国の国境沿いの森や林を抜けて、東の果ての森を抜けた大地を目指した。目指したその土地は、高い山と広い森に囲まれているため、未だ人が住んでいないだろうと自国の外交担当や沢山の商人が話していたからだ。


 歩いても・歩いても暗さが増すばかりの森。

 みんなが持ち寄った食料も無くなりそうだ。それでも王子と姫様は誰をも叱ることも無く、具材の殆ど入っていないスープを「美味しい」とニコニコしながら食べていた。


 それを見た騎士達は訓練で培った能力で、【森の中なら枯れ枝があるだろうと集め、木の実やキノコもあるだろう、食べられる山菜もあるはずだ】などと集め出した。

 そのお陰で暖を取る事が出来、パンは無くてもキノコなどの具材のたくさん入った塩味だけのスープを食べることが出来た。

 それでも簡単には森を抜けることが出来ない。みんなの精神も限界が近づいていた。


 そんなある日、皆の前に真っ白い毛に覆われた大きなオオカミが現れた。

「これで私達も終わるのか」とみんなが思った。

 

 けれどオオカミは言った。


「この先の土地はまだ誰も住んではいない。お前達がここの土地を守っている森や山々を大事にするのなら、そこへ案内しよう。

 もし、大事にしていない事が分かったときは・・・・どうなるか分かるな!」


 王子と姫様は「必ず、必ず大事にします。そして代々そうするよう厳しく伝えて行きます」と膝をついて頭を下げた。周りの人間も同じく膝をついた。


 「分かった」そう言った途端、周りが太陽の陽が当たったように光が満ちた。

 眩しさに目を覆った皆が目を開けた時には既に広い土地に立っていた。

 その場所は、今の王都であるアバランティアがある土地だった。


 オオカミ様から与えられた木材で、皆が協力して少しずつ家を建て、畑を作り平和に暮らし始めた。

 以前暮らしていた国から持って来た野菜などの種を捲いた。その中でこの土地に一番敵した物が薬草類だった。

 勿論他の野菜も採れるよう頑張って育てて来た。そうで無いと生活が成り立たないからだ。


 沢山の野菜が育つまでは皆の生活は大変だった。だからオオカミ様にお願いし了解を得て、生活が安定するまでの3年ほどは、山からの木の実やキノコだけで無く、イノシシやウサギなどの動物も狩らせて貰った。

 それは本当に貴重な食物であった。

 食料が安定してくると共に、薬作りも軌道に乗ってきた。

 増えすぎたイノシシなどは、時々狩らせて貰えたし、隣の国との交易が始まってからは薬がよく売れ、鶏や改良したイノシシ(豚)の飼育が始まった。


 そのお陰で食糧事情は心配しなくても良い状態になった。

 それからは人口も増えて何代も繋いで来た国だ。

 今では金髪と銀髪の子供の話は国民に大人気の絵本になっている。


 そこまでの歴史を知らないアヤトナでも

 現在のまだ若い王様とお妃様は仲も良く、国民の手本となる人間だと思った。このような穏やかな国なら、子供を育てても良いだろう。


 それにこの国の産業の一つが薬造りだった。そのため原材料の薬草を売る店も多く、薬草を作る農家も多かった。

 少しは仕事もしないと、この子を育てられない。

 そう思ってアヤトナも魔女として、頼まれた人々の治療や薬作りを今までよりも多く請け負っていた。

 それが他の人の薬より効くと噂になってしまい、ついには王様に呼ばれてしまった。


 この国の大事な産業が薬草を育て薬を作って各国に売る事なんだが、今ひとつ質が揃わないで困っていたという。それでも各国に輸出出来ていたのは、薬を作れる国が少なかったことと、作っても自国で使用するにも足りないくらいしか作れなかったことにあった。


 だからこの国は「大陸の薬箱」と言われていると教えられた。


 王様からは直々に薬草作りと薬作りを指導して欲しい。と言われてしまった。

 私の薬が効くのは、出来た薬に少しだけ魔法を付与してあるからなんだが・・・。

そんな事は言えるはずもない。


 悩んだ結果、薬草栽培の基礎から指導し薬作りの時には精密さを大事にするよう教えてあげた。

 それを機に、アヤトナは今の王に仕える事になった。が、その途中で子供を産んだことは秘密にしてあった。


 魔女の娘は魔女。誰かに利用されないように育てなければならない。

 それにしても、自分の子供とは・・・サヤハナは可愛い。こんなに愛しく思える者がいるなんて。

 カルハズナも私をこんな風に思ってくれていたんだな。



          ☆ 二度目の災いとサヤハナの怒り


 近い将来この国には大災害が起こる。

 それは決して避けて通れない道なのだ。


 最初の災害は、私が力を振り絞って何とか出来るだろう。あの卵を使わずとも・・・けれど、次は・・次は分からない。

 サヤハナには早めに卵を育てさせよう。

 魔女としては未だ未だ未熟な彼女は、聖獣様達の力を借りて頑張るしか無い。

 この子も辛い思いを背負うことになるのだな。「ごめんね。サヤハナ」心の中で謝った。

 それでも、後はこの子に全てを託すしか無いのだから。


 100年以上掛けて習得した魔法は、ここに記して隠した。けれど時間が無い。

 日記に記した事と同じ魔法をなるべく多く、直接この子の身体に流し込まないと間に合わない。自分で習得するよりは効果が低いだろうが今はそんな事は言っていられない。

 サヤハナ、まだまだこんな小さな身体には辛いだろうけど我慢しておくれ。


 ここまでが母アヤトナの日記となっている。

 次のページからは私が書き始めた。

 

 そうして侍女などに扮しながらも母が亡くなるまで、誰にも知られること無く私は育てられた。

 誰に知られなくても母は私を可愛がってくれ、愛してくれた。


 けれど厳しい魔女でもあった。

時間を見つけては、一瞬で誰もいない辺境の地や深い森や湖に行っては、魔法の特訓をさせられた。

 小さな時に身体に流し込まれた魔法は、戦闘でも役に立つ魔法、人を操る魔法、魔力を消す方法などで、何回も何回も復習させられた。

 

 母の口癖は、「時間が無い」だった。

 「何が起こるの?それは何時なの?」と聞いても「恐ろしいこと」としか教えてはくれなかった。

 私にはまだ先を見る力が備わっていない。


 アヤトナの娘サヤハナが城に勤めてから5年が経ち30才になった。他の誰も私の年が30才だとは思わないだろう。せいぜい17か18才位にしか見えないからだ。


 王様の子供達も22才になっていた。

 双子の兄弟ではあるが、剣の腕は長男のナルカミア王子が秀でていて、次男のルナハデカ王子は勉強が出来る子だった。


 ナルカミア王子は、ずっと自分に使えてくれていたサヤハナに恋をしていてサヤハナにプロポーズした。

「私が魔女でも良いのですか?」

「そんな事は関係ない」


 まるで亡くなった父が母に行った言葉と重なったように聞こえた。


 「母がこの国を救ったように、私も私の子供達とこの国を救わなければと思う。それが何時なのだろうとずっと怖い思いをしてきた。たぶんその事が今、起ころうとしている」


 日記帳によれば、もう何日かで三つ月の夜になるはずだ。

 それを逃してはならない。


 それはそろそろ夏の気配がする暑い日だった。どんよりと雲が空を覆っている。

 そしてその日の昼過ぎだった。城の中の様子がおかしい。 

 王様の側近達が次々とやって来て、忙しそうに自分達に与えられた部屋に鍵を掛けて籠もった。そして1時間もすればさっと帰って行ってしまう。

 王様も皆に声を掛けるが、だれも相手にせず帰ってしまった。

 その事をナルカミア達は見過ごさないでいた。

 王様は何も知らない。今ナルカミア王子達は王様に構っていられなかった。

 

 夕方、城のあちこちの部屋に明かりが灯った。厨房も窯に火が入り、食事の準備に追われている。

 王様は側近達の不可解な行動を気に留めることも無く、執務室で仕事をしていた。


 そこにナルカミア王子がやって来た。

 とうとうその時が来たのだ。


「父上早くこれに着替えて下さい」

「何だ?何があるんだ。これは庶民の服では無いか」

「時間が無いんです。黙って私の言うことを聞いて下さい。母上(王妃)は既に言うことを聞いてくれました。父上には着替えてる間に説明しますから」


 レオーク王は、いったいどうなっているんだとグチグチ言いながら着替えを始めたが、ナルカミア王子の話を聞いて、ズボンのベルトを締める手が止まった。


「何だって?それは本当か?」声が低くなった。

「ええ。ルナハデカが先導して、もうすぐ庶民が城に雪崩れ込んできます。王の側近達も、皆ルナハデカに賄賂を握らされて寝返りました。彼等の部屋からはもうすぐ爆発が起こり城の内部から火の手が上がるでしょう。

 王と皇太子の衣服では、庶民には直ぐにばれて集団で襲われてしまいます。だから庶民に紛れて、早めにルナハデカを打たなければなりません。

 騎士団は私の指揮下に入っていますので、聖獣達と共に、ルナハデカを倒し、国民の目を覚させる作戦です。

 サヤハナと子供達は父上と同じ庶民の服に着替えて、城の裏手にある森への道を辿って逃げさせる手はずになっています。こちらにはダルク殿とゲルッサ殿を帯同させます」


 その話を聞きながら、レオーク王はベルトをぎゅっと締めた。そして部屋の中に隠してあった王剣を皮ベルトで腰に吊して言った。


「責任を取って、ルナハデカは私が始末する。今までまさか自分の息子がそんな事を起こすはずが無いと、何度もまさかと思って頭からはじいて来た事が事実だったんだ。儂の落ち度だ」 

 

 二人が計画を共有している間に、城の中で何発もの爆発音が響いた。

 城で働いている者達が逃げ惑う。


 騎士の何人かがその者達を、安全な場所まで誘導していた。

 レオーク王とナルカミア王子の二人は、庶民達を先導しているはずのルナハデカを探した。


 ルナハデカを殺せば、庶民達の眼が冷めるだろう。国民である彼等をなるべく殺さないようにしたいと言うのが二人の願いだった。

 しかし、庶民の数があまりに多い。


 最初の計画どおり、ギトークが炎を吹いて庶民を遠ざけたり、ユニタファとパローワは角と槍を振り回して、庶民を脅した。

 しかしどんなに聖獣達が庶民を殺さないように威嚇しても、庶民達は怖い物知らずと言ったような態度で突進してきた。

 まるで何かに操られているように・・・。


 その時だった。

「うはははははははーーーーー。どうだ、俺の魔法は。

 誰も彼も、何をも恐れなど感じない。怖い物なんて無いんだ。皆、突撃だーーー。王やナルカミアを殺してしまえ」


 城のベランダ。王達が庶民の前に姿を現す場所にルナハデカの姿があった。


 城の裏手に回ったサヤハナにもルナハデカの声が聞こえた。


「やはり魔法を使ったのか」そう呟いた後、サヤハナはドラゴンのダルク殿とオオカミのゲルッサ殿に我が子である二人の王子を託した。

「ハリューミヤ、ジョージ」二人の名前を呼び抱きしめた。

 このようにして二度と抱きしめることは出来ないだろう。そう思うと抱きしめる腕に力が入った。

 目の前には森の奥に進む、青白く渦巻いたトンネルのような物がうっすら見え初めている。


 ダルク殿、ゲルッサ殿。どうかこの二人を次の国まで連れて行って下さい。

 サヤハナは聖獣様たちにそれだけを言った。

 

 この耳飾りだけがあなた方がこの国の王子と証明する物です。大事にしなさい。

 ハリューミヤの両耳に蒼石のピアスを付け、「ジョージを頼んだわよ」と言い服と同じ位ボロボロの小さなリュックを背負わせた。

 そして次に、ジョージには片方の耳に蒼石のピアスを付けてあげた。

 その時、後方から民衆の声が聞こえて来た。「ハリューミヤの片腕となって助けてあげてね」二人を一緒に抱きしめた。

 二人は涙を沢山浮かべて頷いた。


 さあ行きなさい。そう言って城の方に戻っていった。


 母の姿を呆然と見送る子供達を、聖獣たちは前へ促した。

 森のその入り口に入ろうとしたとき、後ろから火の付いた槍が何本も飛んできた。

 それは見事に聖獣に刺さった。


 「ガウウ・・・・・グルルル」「ウオーーーン・・・・・」

 ダルクのウロコが何枚も剥がれ、ゲルッサの真っ白い毛が傷と炎によって一部赤黒く色づいた。


 それでも必死に王子二人をトンネルに押しやった。

「走れ、走れ。直ぐに追いついてあげるから」

 聖獣たちは主であるナルカミア王子との約束の中で言われていた。

 庶民は殺したくないが、もし・・・もしも聖獣殿の命が危ういとき、子供達が危険に晒された時はこの限りでは無い」

 ドラゴンとオオカミは襲ってきた庶民を翼で吹き飛ばしたり、身体で突進したりして遠ざけた。


 多くを相手しているうちに数人がトンネルに入って子供を捕まえようとした。

 その時、ジョージ王子が耳の蒼石を後ろに投げたのだ。まだまだ小さな子なのに、そこまで気を回せるような子だった。

 欲深くなった人間はそれを取り合って喧嘩をしている。 その内殺し合いになるだろう。

 

 ダルクとゲルッサはそれを横目に、人化してトンネルに入って行った。

 そのあと直ぐ、同じように傷だらけのバローワとユニタファも入って来た。


 民衆がピアスを奪い合い必死に喧嘩している間に、ピアスは何度も蹴られ見つからなくなった。


 その様子を良いことにギトークがさっと皆の後を追いかけた。


 青白く渦巻く狭いトンネルを子供二人と人化した五頭の聖獣達が走った。

狭い渦巻きトンネルの中、渦巻きの縁を触れれば強い稲妻のような光が発せられ、体中を傷みが走る。下手をすると動けなくなりそうだ。


 トンネルの後ろは消えつつある。消えてしまえば、この森に留まってしまうだけだろう。


 人化した聖獣様達は、普通の人間よりも大柄な身体のために、狭い渦巻きトンネルの中では子供達を背中に乗せるのは難しかった。  

 だから、時には胸に抱きながら走った。

「走れ、走れ。道が消える前に」

「早く、早く」この言葉だけが繰り返された。


「ハー・・・・・・・疲れた」


 現在の国王オーウェンは、自分でも興奮してきて早口になって来ていた。それだけ過酷な歴史だ。

 ここまで日記を読んでぐったりしている。額には汗も滲んでいる。


 この部屋には執事さえ入れていない。

 王妃様が意外にも手際よく入れた紅茶を皆で飲んで、気持ちを整えている。


 マーベラス王子が尋ねた。

「国は・・・・王様達はどうなったのですか?」


「王子達二人がこちらに来てからのあの国の暴動やその後の事は、今読んだアヤトナの日記に続いてサヤハナが書き記して書庫に収まっていたんだ。今から続きを読むよ」


 オーウェンは続けた。


「あの時、サヤハナはベランダで高笑いしていたルナハデカの後方から、彼の魔法を無効化する魔法を掛けた。

 庶民が動かなくなったのをおかしいと思ったルナハデカを、サヤハナの後に来たレオーク王とナルカミア王子の二人が一気に剣で刺した。

 こうしてルナハデカは死んだ。彼の作戦は失敗したのだ。


 すると民衆は動かなくなり、「何故ここにいるんだ?」とも思える不思議な顔をして、皆家に帰っていった。そのため暴動はあっけなく終わった、と思われた。


 庶民の暴動を止めたとは言え、欲を覚えてしまったことがこの国を変えた。

 人を疑い、欺き、喧嘩をし、信用しないし出来ない。笑うことも少なくなった。


 国の中で暴動や内乱が起こると周辺の国々がそれを利用して乗っ取りに来ることがある。

 その事が一番の心配事だったが、暴動を把握していたナルカミア王子は、騎士達と作戦を立てていて、この国が他国との繋がる唯一の道を岩などで封鎖し、簡単に開けられないようにした。

 それに加えてこの国自体が自然の要塞に囲まれているため外からの侵略は防ぐことが出来ている。

 加えて、だれも来られないようにしたことからこの国が内乱に陥っていることを知られていない可能性もあった。


 しかし、あの暴動は城に突入したばかりではなかった。

 国中の畑や家畜小屋までもが荒らされてしまっていたし、国の大事な産業である薬草までも盗んで行く者が横行したらしい。高く売れるだとうと。

 薬草はそのままの状態で持って行っても、薬にする手段を知らなければどうしようも出来ないのにだ・・・。唯一の道も塞がれていて、外への持ち出しも無理だと言うのに、ただただ何とかなるだろうと盗み出す者達が大勢いた。


 これでは国が衰退するどころか沈没しかねない状態になった。

 王様は早急に国民を助けるべくナルカミア王子と策を練った。


 ある時、ナルカミア王子が例の掲示板に語り続けた。


「国民の皆さん聞いて欲しい。今までこの国の人々は、笑い、助け合い、信頼し合っていた。

 それを壊したのは我が弟であった。本当に申し訳無いことをした。」

  (ここでナルカミア王子は深くお辞儀をした)

 

 この国の王子様が皆に向かって頭を下げるなんて・・・(大半の国民は心を打たれた)


「国民よ、又あの時に戻ろう。

 今回の暴動で、この国は大事な財産である薬や畑、家畜小屋そして心を無くした。  

 復興まではかなりの時間が掛かるかもしれない。

 まず一つの対策として、各地にある麦や野菜、保存食などを備蓄している倉庫を開くつもりだ。そうすれば来年の収穫か物によっては再来年の収穫までは食料の心配をする必要がなくなる。その他にもいろいろな対策を講じるつもりだ。

 ここから以前のように皆が協力していけば、又 元の豊かな生活に戻れる」

 

 その横でサヤハナがアヤトナと同じように掲示板を通して魔法を掛けていた。

 王子の声は、大半の国民の心に直接届く言葉でもあった。

 この言葉を聞いた国民はすっきりした顔に戻ったという。

 時間が経つにつれて、国の人達は改心したように見受けられたが、一部の人達は以前の心を戻すことは出来ず、あちこちで大きな喧嘩や暴動を起こし、死人や怪我人が出ることもあった。


 今回の内乱では、殆どの大貴族までもが暴動に加わり、幽閉されたか処罰され亡くなってしまった。


 その報告を受けて、レオーク王とナルカミア王子はこれを機に、今まで城や王室に従順に使えてきた若者達を大量に召し上げた。

 貴族とは関係ない、書記官、財務官、総務官、福祉官、騎士団など、それぞれが得意な分野で働き、その部署・部署に予算を充てて、平民からも必要な人材を増やしていった。


 王子と若い従者達とでこれからの国をどうしたいか、どう導いていけば良いかを真剣に話し合った。


 従者達の中には小貴族出身や平民出身もいる。けれど皆、今回の内乱とも言える騒動に巻き込まれた者達だ。貴族とか平民とかに拘る者はもういなかった。


「人間の欲という物は恐ろしいのだと思った。けれど、欲のために一所懸命働く人もいるのだ。欲望を良い方に向かわせたい」


 王はナルカミア王子に王位を譲り、国を託すことにした。


 サヤハナは暫く心を閉ざしていた。

 母だったアヤトナに今回起こりうる暴動の事を、あれほど気をつけるよう言われていたのに防げなかった。

 民の心も一部ではあるが戻らないし、何よりこの事で自分の息子達を手放してしまった。

 それは勿論、子供達に生きていて欲しかったから。

 それなのに・・・一部の国民とは言え、国民の心が戻らないことに心を痛めた。


 サヤハナはナルカミア王子に内緒で計画していたことがあった。

 あの伝言板を通して、この国の人間の悪の心を持った人に対して、気力を奪う魔法をかけたのだ。喧嘩だけで無く、仕事もする気が起きないように。


 働く気も起きないから、家族から見放され浮浪者になっていった。

 そこまで悪人で無くても、その人達には自身の子孫となる子供が出来ない魔法を掛けた。 あの時のアヤトナの怒りは聞いていない。けれどサヤハナは母と同じように怒りを持って、同じような魔法を使ってしまった。


 改心なんて許さない。

 又、そういった人間の中に、既に生まれている子供達は悪の種を持っている。だからその子供が大人になっても子供が生めないし、生まれない。

 魔法によって子供が生まれず人口が減って行けば、この国は・・・・だから一度、善良な人間だけになれば良い。そんな事を考えた。

 伝言板で純粋な心を持った人間を見つけては魔力を持たせ、簡単な魔法を使えるようにした。そんな人間だけになれば、・・・私がいなくなっても自分達で悪人を懲らしめる事が出来るだろう。

 毎日伝言板を見続けながらもそれは繊細で根気強さと時間、それにかなり魔力を必要とする事だった。


 内緒にこの魔法を使ったサヤハナは、この時のことを全て日記に記し、子供達を思いながら夫であるナルカミア王子に看取られ、城の自室で亡くなった。


 サヤハナが先に亡くなった事で、レオーク王とナルカミア王子がどうなったのかは分からない。


 今のこの国には、悪の心を無くした人間の子孫だけが残って来たのだろう。

 けれど、国民全員が善良だなんてあり得無い。

 あの時だって、魔法省での裏切りという事件が起こり、ジョージ王弟殿下が責任を取ってこの地を去って行っている・・・・。



          ☆ この国の本当の歴史

 

話しの続きをしよう。

 この国の歴史書が、代替わりする度に書かれた物が残っている。

 王宮の当時の担当者が、国の歴史書として書いた物だ。


 今、我々がいるこの城はレオーク王達の時代、ロルデミア帝国から逃れるためにアヤトナが転移させた時からここにある。


 その後、あのルナハデカが起こした内乱を経てナルカミア王子が亡くなった後、城に仕える人間が全て魔法に寄って外に追い出されてしまったという。

 直後、城の門、扉など全てが閉鎖され、敷地にすら入れなくなったそうだ。


 それは、多分だけれどもサヤハナが城に魔法を掛けたのだろう。ナルカミア王子が亡くなった後、子供達を王にするためにね。

 

 一度は王族の支配しない国、民衆が作る国になったはずだ。

 それなのに、ハリューミヤとジョージ兄弟がこの土地にやって来たときには、沢山の小さな町が点在していて、国とは言えない場所になっていた。


 あの時のサヤハナの魔法の所為なんだろう。

 黒い心・灰色の心の持ち主達が子供を持てないようにと魔法を掛けたから。一気に人口が減って行って、民衆国家としても国を維持出来なかったのだろう。

 ただ、100年以上前のここはアバラン王国という国だったと人々には伝わっていた。

 

 そしてあの時代になって、森の中からハリューミヤ兄弟がやって来た。そして後から知ったのはアバランという姓を持っていたことだ。

 

 国という形をなしていなかったこの土地に、利発で優しい子供達、それも言い伝えのある金髪と銀髪の姿をしている。

 時を超えて、この土地を再び繁栄させてくれるためにやって来たのだろうと民衆は思った。

 沢山の町や村は合併されて中央の地域は王都に決まり、幼くはあったがそれぞれの町長達が皆で後見することで、晴れてハリューミヤは王様となる事が決まった。


 しかし問題があった。

 昔からそこにデーンと鎮座するように建っている城は、地元の人達が門を開けようとしても開かないし、他の全ての出入り口も堅く閉ざされていて誰も入ることが出来なかった。

 門のや塀の上から入ろうと梯子を使ってもはじき返されてしまう。


 だから城を諦めて、城の近くに建っていた、やはり昔から残っていた貴族の屋敷であっただろう大きな建物を改装して、王の住まいにしようと考えた。


 ところが、ハリューミヤが王になると決まった時「城に来なさい」と言う声がハリューミヤとジョージに聞こえた。

 それは自分達兄弟がもっと幼い頃に聞いた母の声と同じに思えた。

 二人で門の前に立つと、城門が勝手に開いた。そのまま敷地に入っていくと次は城の扉も開いた。

 皆は思った。

 この城は長い間この二人の帰りを待っていたのだろうと。

 こうしてこの城は、アバラン王国の王の住まいとなった。

 中は、あの時の爆発の後などがすっかり消えていて、掃除が行き届いたように綺麗で、調度品や装飾品等もそのまま残されていたそうだ。

 城が開かれた事で再びアバラン王国の形が整った。


 

「今も調度品は当時のままの物を使っているし、装飾品も数は増えてはいるけれど当時の物はそのまま残って居るよ」


 

「・・・君たちに、あの夢を見させたのは多分だけれど、そのピアスだと思う。

 私の耳にもほら・・・

そう言って王様が右の人差し指で、右耳の髪の毛を揚げて見せた。

 これはハリューミヤ王から続いている。代々王に即位する者だけが耳に付けてきた。この国では宝石は採取されないのだが、蒼石だけが採れる山があるのだ。

 ただ、人間が入れる山では無い。

 そこは昔から麒麟殿の一族が守っていて、日記にも書いてあったが、最初の魔女が麒麟殿の願いを叶えてくれたお礼にと賜った物だ。

 この蒼石だが、本当は王の両耳にあった。

 だが、ジョージ殿下がここを去る時に、ハリューミヤ王が弟を愁えて自身の左耳のピアスを渡したとされている」


 「 あ 、  私の父も代々の当主から、左耳のピアスを受け継いでいます。それは長男に受け継がれる予定です。それと同じような大きさの蒼い石です。

 そして父は、大事な家族だと言って同じ大きさの蒼石を用意して、もう一人の兄と私にもくれました。

 元のピアスの魔力を少し分けてくれたのだと思っていました。  そして向こうでの私の名前も、 蒼石と同じ石の名前の瑠璃でした  」

 またもやルリアの瞳から涙が溢れている。


 

「そうだったのか。・・・うん。きっとそのピアスがあの夢を見させたんだろうね」

 オーウェン王様の話はここで終わった。

 王妃様と二人の王子様達も涙を貯めてしんみりとした顔になっている。

 その時王子のマーベラスが「父上、僕とラークベルにも同じピアスを作って欲しいです」


 

「父上お願いです。僕も兄様と同じピアスを付けて、兄様の力になりたい」

まだ子供だと思っていたラークベルの力強い言葉に王様も嬉しそうだ。

 

「分かった。成人したら同じピアスを用意しよう」二人とも顔を見合わせて嬉しそうだった。

 この国の本当の歴史は、かなり辛い物だった。

 大学でも、様々な国の歴史を学んだが何処の国も何事も無く平和に続いた国など無かった。

 しかし自分の祖先や曾お爺さまが関わり、自分も当事者の一人と言うことが分かれば、この国への思いも強くなった。


【この国を良くしたい】ルリアとコーネリアスはその思いを強く抱きながら仕事に邁進した。

 


          ☆ またもや転生者が?


 ルリアとコーネリアスが転生して30年が経っていて、二人の間には8才の男の子・しゅんと6才の女の子・あおの二人の子供が出来た。

 可愛い子供達にも恵まれ、忙しくも楽しい日々を過ごしていた。


 ルリアは前世では想像も付かないくらい忙しくしているけれど、お化粧もほんの少ししかしていない。美容とかファッションにも疎くなっていて、これが定番の生活になっていたが、それを気にすることは一切無かった。


 コーネリアスは、心も体も前世より逞しくなっていた。

 前世では、瑠璃の事以外は薬の創薬研究だけを考えていて、スポーツで身体を鍛えるなんて事は考えた事が無かった。

 ヒョロヒョロとまでは言わないにしろ、細い見た目に眼鏡をかけていた姿は健康的とは言えなかった。

 こちらに来てからは、孤児院では畑を作ったり卒業した後は大工仕事を習ったりと、身体を使うことが当たり前の生活だった。自然と身体は大きく逞しくなっていた。

 二人がこの世界に来ても変わらなかったことは、お互いを思いやることだった。

 前世から相思相愛の仲だったけれど、こちらでも同じ思いだったし夫婦になってからも助け合い思いやって会社を大きくして行った。

 コーネリアスは「本当にルリアと一緒に転生出来て良かった。宗右衛門さんありがとう」と心の中で感謝していた。

 

 二人はどんなに忙しくても会社が休みの日には子供達と一緒にいろんな場所へピクニックに出掛けるようにした。

 フォギーケープの町を新しく作り替えた時は郊外に大きな公園を作ったが、その時に植えたサクラの木は幹も太くなり十分に大きくなった。

 この国にはサクラが無かったのだが、宗右衛門が持たせてくれたバッグの中にサクラの苗木が200本も入っていた。

 春になってサクラが満開を迎える頃は毎年家族で花見に来ている。子供達は木から散って落ちてくる花びらを拾おうとして一生懸命だ。

 

 この時期だけは、サクラの木に魔石のライトを取り付けて夜サクラも見られるようにしている。公園の周りに作ったお濠には、風によって散った花びらが川面に浮いて、それはそれは幻想的に見える。

 家族で「綺麗だね~」なんて言っているとき、一瞬強風が吹いて一斉にサクラ吹雪が舞った。子供達はあまりの美しさに両手を広げて固まっている。

「本当に綺麗だ」コーネリアスはルリアの手を握った。「うん」。二人の記憶は過去の思い出と重なっていた。

 こうしてここは、国の中でも有名な観光スポットになって行った。


 この国には菜種梅雨と言葉は無いが、この町の人のためにと食用の油を採るために植えた菜の花が咲くこの時期は雨が多い。


 久しぶりに晴れたこの日、見頃を迎えた菜の花畑を見に家族でピクニックに出掛けて来ていた。

 畑から離れた草地は白詰草が満開で、子供達に白詰草の花冠の作り方を教えたり、そこで親子4人で追いかけごっこをしたり寝転んだりした。

 一家から離れた所には護衛達が居る。


 あんなに天気が良かったのに、午後になるとやっぱり霧が出てきた。

 

「ピクニックに出掛けられて良かったね」

「ああ。子供達も走り回ったり、花を見ては綺麗だと喜んでいたし、何より外で食べるお弁当が美味しかった。ブラウンさんもこの手のお弁当が本当上手になったよ」


「本当にね。最初は庶民の食事を作るのに抵抗があったみたいだけど、今は色々チャレンジしているしね」


 その夜、子供達を寝かしつけてから二人で子供達の話しをしながらのんびりしていた。

 ルリア、君とこっちに来て本当に良かった。結婚してくれてありがとう。「愛してるよ」

 お酒も少し入っていたせいか、コーネリアスの言葉はいつもより甘い。

 ルリアもコーネリアスの紡ぐ甘い言葉は恥ずかしいけど嬉しいと思っていたから「ありがとう、私もよ」と返した。


「ウオーン・・ウオーン・・・・・」

 

「ゲルッサ様の遠吠えだ」

 何かがあったのだと直ぐに悟った。

 コーネリアスは寝室の窓を開けた。

 暗い夜中に見えるわけが無いのに、何故か外を見たくなったのだ。


「満月?・・・」

 それを聞いてルリアも窓の側に来て外を眺めた。

 霧と雲の切れ間から大きな二つの月が見えた。満月なのだろうが、ゲルッサ様が鳴いていると言うことは・・もしかしたら三つ月の夜かも知れない。けれど人間には三つ目は見えない。

 

「行ってみよう・・・」。

 コーネリアスの言葉に、「行きましょう」と即座に答えた。

「ちょっと待って。あれを忘れないで!」

 コーネリアスの言葉に、ルリアは「そーだった」と返した。

 二人は魔石を使ったカンテラの形をした照明道具を持って部屋を出た。

 主人達の行動に慌てたシュバルツだったが、聖獣様達が集まっていることが予想出来たために、護衛を誰も付けないで行くと伝え、子供達のことを頼んだ。


 二人で馬車の御者台に並んで座り馬を走らせた。

 夜の9時をとっくに回っていて外は暗闇に近いはずだが、霧が少し薄くなって来た事と月の明かりのお陰で周りが確認できる。

 

 森の入り口まで行ってみると、ゲルッサ様の他に、他の聖獣様達まで来ていた。


「何が起きているのですか?もしかして三つ月の夜ですか?・・・」私達の不安な言葉に、

 ゲルッサ様も

「そうだろう。この上に道が出来つつある。

 誰か・・何者かがやってくるかも知れないから用心して待っているのだ。

 道が消えるまでは用心しなければならない。私達がいるけれど守り切れない場合があるかも知れないから、お前達は後ろに下がっていろ」


 ゲルッサ様やギトーク様達は身じろぎせずに、じっと道の出口のある方を見ている。

 私達も息を小さくして、一言も言葉を発することもせず聖獣様達の後方から同じ方を見ていた。


 20分位そうしていただろうか。


「来るぞ」聖獣様の誰かが言ったと思ったら、

いきなり森の中から聖獣様の番である相手が、人の姿で出てきた。次々と、それも5人。

 

「ギトークいるなら声を出して!」大きな声で叫んでいる」

 次は「ゲルッサ、ゲルッサ!」と叫び声が・・・

「ダルク生きているの?・・」

「バローワ・・・私のバローワどこ?」

「ユニタファこの世界にいるのよね」

 五頭がそれぞれ番への思いを口にした。


 当の聖獣様達はビックリして唖然としたまま動けないでいる。

 あの時に王子達を、二人を守る命を受けて必死にあの道を駆け抜けた。

 しかし番達には別の命が下されていた。

 それは王様とナルカミア王子、そしてサヤハナ様をお守りする事だった。そのために別れての行動になった。


 皆、番を抱きしめて、喜んでいた。

 周りを見渡した麒麟様が言った。

 ナルカミア王子はどうした?


 雌の番達が目配せしながら、どうしようという顔をした。

 すると麒麟の番ジャスミンが仕方ないという感じで話し始めた。

 ナルカミア王子は今はもう王様になっていたの。あの時、この道が出来はじめたのを見て、彼は番である皆の所に行けるかも知れないから行こうと言ったんです。


 あの通り狭い道なので、皆が人化したのを確認した彼が次々と私達を道の中に押し込んで・・・彼は最後に道の中に入りました。

 皆で《道が消える前に》と必死に走っている途中、道が大きく揺らいで全員が倒れました。

 必死になって王様は大丈夫かと見たら、彼のすぐ横に細い別の道が出来ていて、その中に吸い込まれてしまいました。

 追おうと思ってもその道はスーと消えてしまって・・・・私達の道も後ろの方が薄くなって来ているのが見えたから急いで立ち上がって走って、走って・・やっとこの地に辿り付いたのです。


 人間の姿で走って来たから、体力も相当使っただろう。元の姿になった皆は番に寄りかかっている。


 聖獣様達は話しに夢中だ。

 それをよそに、コーネリアスは慌てて道の出口に向かってある物を思い切り投げ入れた。道の青さは薄くなり、道が消えつつあることを示していた。

 

 

「上手く行けば良いな・・・」

「ほんとね・・」


「今晩はもう休もう。そして明日になったら皆で城に行って報告しよう」

 ギトーク様がそう言うと、他の聖獣たちは番を伴ってちりぢりに森の中へと消えて行った。

 今日は飛ぶこともままならないのだろう。この森の中で休む事にしたようだ。


 私達も一連の様子を目にして驚くばかりだったが、コーネリアスが「帰ろう」と言ったことで、ようやく二人で馬車に乗り込み屋敷へと向かった。

 多分私達も明日はお城に行くことになるだろう。


 翌日聖獣様とその番、そして私達は王宮の広い部屋に集まっていた。

 皆、人化している。

 私とコーネリアスはゲルッサ様とルルフェロ様の背中に乗せて頂いてやって来た。


 すると慌ただしく部屋の扉が開いた。

 王であるオーウェン自ら開いたのだ。

「ギトーク、ゲルッサ、ダルク、バローワ、ユニタファ・・・良かったな・・・本当に良かった・・。

 それぞれの故郷がこの大陸に残っているにしても、生まれたときから一緒の番を忘れられないだろうし、寿命の長いお主達がこれからも一人で生きていくと思うと・・心を痛めていたのだ。

 愛せる番が来ることが出来て良かった」


「・・しかし感動ばかりはしていられない。申し訳無いが、誰か昨日の事を教えてくれないか?」


 ジャスミンが王様の前に一歩出た。

「それでは私が代表してお話しましょう。事実と違うと思ったら直ぐに教えて頂戴ね」そう言って一緒にやって来た聖獣の雌達を見ると、皆真剣な顔でこくりと頷いた。  


「サヤハナ様が亡くなる前に、ナルだけには教えていた事があったんです」


「ちょっと待て。ナルって呼び方はなんなんだ」


「貴女ねえ、私の話を最後まで聞いていなよ。ナルカミア王は家族のみんなを亡くしたり離ればなれになって寂しかったんだよ。だから私達の事を家族だって言って下さって、そう呼ぶように頼まれたんだ。黙って聞いておくれよ」


「すまない、悪かったよ。続けてくれ」


「先ほどの話しだけど、サヤハナ様は亡くなる前にナルカミア王だけに伝えていた事があったんです。それは、

【今日から丁度30年後、又ここに道が出来るでしょう。それに入れば子供達か、その子孫に会えるかも知れません。そうすれば聖獣殿も番と会えるでしょう。だから道を見逃さないように】そう言い残したらしいんです。


 サヤハナ様は、ナルと結婚する前から侍女としてそばにいたせいか、私たちとも仲が良かった。とても優しくて思いやりのある方で、私達は彼女が大好きだった・・。

 だから、ナルと結婚しても【今まで通りサヤハナと呼んで下さい】と言ってくれたけれどさすがにそれは・・ということで、妃様ではなく、サヤハナ様と呼ばせて貰っていたんだ。


 あの日の戦いが起こる直前、二人の王子達を守る聖獣と、ナルやサヤハナ様を守る聖獣をどう分けてお守りするか私達の間で話し合った時は、将来を背負う王子達を守っていくなら雄に託そう。ナルとサヤハナ様は私達が必ず守る。そう決めたんです。

 

 あの後混乱した国を何とか鎮め、レオーク王様とナルカミア王子は必死に国を立て直して行ったよ。

 その中で何故か暴力的な人間や、欲深く人を欺く人達はどんどん亡くなって、まあその中には大貴族達の大半もいたけれど・・、国の人口が半分以下にまで減ってしまった。何故こんなに人口が減ったのか、その理由はサヤハナ様が魔法を掛けたせいだと言えるはずもなく、国民には知らせなかった。


 それでも、国を元のように強くするために、外に繋がるあの一本の道を塞いだままで畑を広げ続けた。懸命に食べる物を作っていったんだ。

 ナルを王様にし、優秀な若い人達を取り立てて国を動かすようにし、彼等の指導と采配の元で、暖かい地方では果物も作るようになり、寒い地方では根菜の種類を増やして農家を増やし潤して行った。


 王都や比較的温暖な地方では薬草を育て、昔の通り薬作りを再開させたのさ。

 そうして国が落ち着いた頃、王様が亡くなった。

 ナルと国中を回って国を立て直した王様の死に国民が皆、涙を流したよ。

 それから3年したころ、新しく王様になっていたナルが、国民のあの伝言板に呼びかけた。

【王を継ぐ者がいない。これからは国民が国民のための国作りをする事が重要になってくる。そのためには王制を廃止する。

 これから、各地方から皆で選挙をして代表を一人選んで欲しい。その者達を集めてこれからこの国をどうしたいか話し合って決めて行こうと思う。初めの5年は私が指南して行く】


 もう国中が大騒ぎになった。

 さすがにあの内乱の後で選挙の不正をする物はいなかったし、騎士だった人達は警備の仕方を各地に出来た新しい警備隊に指導をし、自らそこの隊長になる者もいた。


 そんなこんなで始めた新しい国も10年が過ぎる頃には皆が積極的に国を運営していたよ。

 

 閉鎖していた外交を再開するために資金を集めようとして、城の中にある金目の物を売ったらどうかと言う話しが出たけれど、いつの間にか中にいた人達は外に追い出されてしまっていた。

 そして入ろうとしても城の全ての入り口が強固に閉まっていて、二度と誰も入ることは出来なかった。だから城の代わりに、潰れた貴族の屋敷を利用していたんだ。

 サヤハナ様が魔法を掛けて城を守ろうとしたんだと皆が思った。

 ナルはというとすでに国政から手を引いていて、城の裏手にある森に近い小さな小屋のような建物の中で暮らしていた」


「何も困ることはないよ。何もかも全て自分でやらなくちゃいけないからね。狭い方が、勝手が良いよ」

 そう言いながら、小屋の近くに薬草畑を作っていた。

 そして昨日、ナルが私達を呼んだ。

 私達を直ぐに人化させてから、周りに誰も居ないか気にしながら小さな声で言った」


「今晩、あの道が出来る。この国は私が居なくてももう大丈夫だ。

 だから良いか、みんなで入るぞ。もしかしたらだが、皆の番達に会えるかも知れない。このまま月が昇るまで、みんなでここにいよう」

 

「そう言われて胸が張り裂けそうだったよ。もしかして、又、ギトークに会えるかも知れない。一緒に暮らせるかも知れない。

 皆の胸が高鳴ったよ。そしてその時が来た。

 私達には見えた。大きな月の後ろに小さな月が恥ずかしそうに一寸だけ顔を見せて居る。

 すると森の中に風が吹き始めた。風は段々と強くなり、森の木々の葉がザーと音を立てて巻き上がった。そして青白い道が渦を巻くように現れたんだ」


「入るぞ。一番前に居た私を後ろから押して入れると、他の皆も次々に押されて入った」

 みんなで「ナル、ナルも早く入って」と叫んだ。


「分かっている。今入った」

 

「そうして私達は走り出した。後ろを見ながら、みんなでナルを気にしながら走った。

 暫く走ったときだった。突然渦が激しく捻るように動き出したんだ。

 右に左に大きく揺れた。捕まるところは無く、渦巻きに触れればバチバチと熱を発し傷みが伴った。

 やっとの思いで後ろのナルを見てみると、ナルのすぐ横に渦を巻いた細い道が出来ていた。

 突然だったよ。近くに居たナルがその細い道に吸い込まれてしまった・・・そして・・すぐにその道は消えた。

 あっという間だった。・・・・そうしてここに辿り付いたのが私達だけになってしまった。・・・・ご免なさい、王様」


「ふー・・・・・・・・。何も謝ることはないよ。よく話してくれたね。ありがとうジャスミン。多分ね、ナルカミア王は、君たちを何とかして番に会わせたいと思ったんだろう。

 先ほども言ったが、我々とは寿命が違いすぎるからね。一人ぼっちにしたくなかったんだ。

 勿論それぞれ一族の里に行けばいつかは会えるだろう。だがその時はどちらかが何百才或いは千年も年上になっているかも知れない。

 そんな風にして会わせたくなかったから、皆を先に押し入れたんだろう。 

けれど・・・・別の道が出来たと言うなら、ナルカミア王は別の世界に飛んだんだろうか・・」



          ☆ すれ違い


「王様、穣太郎曾お爺さまの残した遺品は何かありませんか?」瑠璃が慌てた声で言った。

 

「待て、何か分かったのか? 誰かいるか・・・穣太郎殿の遺品をここへ持ってこさせてくれ」


 その間、ルリアの心臓は苦しいくらいにドキドキしていた。

 コーネリアスが「何か思うことがあったのかい」と。聞いてきたが、うんうんと頷く事しか出来なかった。

 

 暫くのあいだ、皆は静かに待っていた。


「お持ち致しました」従者の声に皆も同じ方を向いた。


 それは大した物ではなかった。

 着ていた物は一緒に火葬されていたし、持ち者もそんなに無かったからだ。

 

「そう言えば、先代が言っていたよ。穣太郎殿が持っていた古くて小さな皮袋が彼の部屋の棚にあったんだが、魔法が掛っていて中を見ることが出来ないんだよ。とな。これがその袋か。確かにボロボロだな。けれど袋なのに手を入れることも出来ない」


「それを・・貸して頂けますか?」


「勿論だ」そう言って私の手の上にのせてくれた。

 

 私は思い出していた。小さいときに何度も会った事があるけれど、「瑠璃は可愛いなあ」と、会うたびに言われていた。

 もしかしてその言葉が袋を開ける呪文になっているかも知れない。

 自分で言うのは恥ずかしいけれど、袋を両手に持って、心の中で唱えた。

「瑠璃は可愛いなあ」

 

 すると袋が一瞬だけほわっと光った。

 それは蛍のような優しい光だった。

 

 ルリアが袋に手を入れると、二冊の日記とピアスが出てきた。父と同じピアスだ。

 ルリアは日記を王様に渡した。すでに涙を貯めている自分は、きっと泣いてばかりで読めないと思うから。


 その事を理解した王様が大きな椅子に座ってから、小さく汚れた日記を開き読み始めた。


 私の名前はナルカミア。聖獣たちと異世界へ繋がる道に入ったが、途中で道が大きく揺れたり捻れたりするうちに、目の前に小さな道が出来た。

何とか皆の方に行こうと思ったが、新しい道の力に引き込まれてしまった。


 辿り付いたのは、私達の国からしてみれば随分生活水準が遅れた世界だった。


 森を抜けて私が着いた場所は、小さな村のようだった。子供も含めて30人もいただろうか。

 森の中から現れた私を恐れることも無く、まるで神様のように扱かってくれた。


 今思えば、私の姿が原因だろうなあ。

 金髪を紐で纏めた髪、首には蒼い石の首輪がしてあった。その姿が村の人々には神に見えたのかも知れない。


 首輪は、サヤハナが肌身離さず付けていたのだが、亡くなる直前に渡された。

 子供達と別れるときに、サヤハナのピアスは二つ共ハリューミヤに、私から渡した片方のピアスはジョージに付けてあげたと言っていた。

 もう片方のピアスは、自分の子供か子孫に会った時の、親子又は親族の印として見せるために隠し持っていた。


 村人と一緒に村の中を見て回った。

 小さな畑には、小さな葉物の野菜が出来ていたけれど、幾ら30人程度だとしてもこの村で食べるには明らかに少ないと思われた。

 別の畑には芋が植えられていて、収穫していたがどれも小さな芋ばかりだ。

 貧しい村なのだと分かった。


 周りの村人より年かさの男性が村長のようで、皆で集まっては何事も決めていた。


「私にも手伝わせてくれないか?」


 そう言うと、持って来た袋の中から沢山の種を出した。

「この種は薬を作る薬草の種だ。栽培が難しいから私が育てようと思う。皆の邪魔にならぬように森の近くに畑を作っても良いか?それで薬が出来たら、この村で売ったら良い。

 その言葉に皆は驚いた。


「薬だってよ。あんな高価なもん作れるのか?」

「畑は向こうに作るって言っているんだから良いんじゃないか。誰の邪魔にもならないし」

「そうだよな。それにもし、薬が売れたら他の村や町からいろんな物が買えるようになる」


 そうして私は畑を作り出した。


 柄のぐらぐらした鍬を借りて、草だらけの土地を耕しては以前の記憶通りに種を蒔いた。


 実を言うと、私の持っている種は、サヤハナが魔法を掛けてくれた種だ。

 殆ど水も要らず、肥料も要らない、収穫も早い特別な種。

 二ヶ月で実がなって種を取り又植えれば同じ効果が得られる。そのため、他の誰にも手伝わせないし教えられない。だから森の脇でひっそりと畑仕事をしていたのだ。


 二ヶ月後、薬草が収穫できた。種は別に取ってある。

 村人が作ってくれた小さな家は、木の板で出来た家だ。冬は寒そうだな。

 この国の人々は皆このような家に住んでいるのだろうか?

 人々を思いながら薬を作った。


 今ここで必要な薬は、【解熱・痛み止め】・【咳止め】・【胃腸薬】・最後に【傷薬と消毒薬】だ。

 傷薬と消毒薬は本当に必須だった。

 単純な農機具しかない事と、人数が少ないことから力の無い女性や子供までが畑の手伝いをしているため怪我が多かった。それに不衛生だ。


「良かった。これで役に立てる」


 私は村の男性に頼んで薬を使える人を紹介して貰った。

 丁度、お腹を壊した子供が居て両親が了承してくれたと言う。その両親は恐る恐る私の薬を子供に飲ませた。

 すると子供のお腹の痛みは数分で治ってしまった。母親は泣きながらお礼を言ってくれた。


 村人達も驚いて、薬が必要な人がまだまだいるからと連れていかれて、次々に薬を与えて歩いた。どれも効果は抜群だった。

 

 この薬のお陰で村は潤って行った。

 私も信頼されたようで、村長と村人は色々と相談をしに来るようになった。

 

 耕そうと想えば未だ沢山の未開の土地がある。私の薬に頼らずに畑を増やし、作物の種類も増やすように教えた。そのためには新しい農機具が必要だった。

 

 村長には冬が来る前に薬を売ったお金で井戸を掘るための道具と、畑を新しく作るための農機具を多めに購入してくるように頼んだ。

 農機具が沢山手に入ったお陰で畑を作る作業が進み、次の春には沢山の種を蒔くことが出来そうだ。


 井戸も三カ所増やすように進言したが、井戸を掘るのはもの凄く大変だった。

 それでも皆で協力して離れた位置で三つの井戸を掘ることが出来た。


 この人口なら、今ある井戸と合わせると干ばつ時にも耐えられるだろう。

 

 この土地は、夏は割と暑いが冬は雪が積もるくらい寒い。

 今年増やした畑のお陰で、沢山の種類と量の野菜が出来た。

 その野菜を保存するための小屋を作り、種類によっては、雪室を作って保存することを教えた。

 冬になった時は、少し離れた湖が凍るのを確認して、氷に穴を開け竿を吊す。

 周りの景色を見渡しながらも竿の先が動くのをジッと待つ。

 小さいけれど、魚が掛ったときの楽しさは格別だった。そんな楽しみも村人に教えた。


 丘にある畑の上から、粗末な手作りのそりで子供達と一緒に滑り降りた。

 (自分の子供達ともこんな風に遊びたかった)

 そうして冬の楽しみが増えると村人がどんどん活発になって行った。

 自分達の暮らしが良くなるように、いろいろな考えをぶつけて話し合うようになった。


 翌年には、村は益々潤っていった。 

「良かった」

 私は村人達の集会の中で言った。


「これからは私の薬には頼らない方が良い。なぜなら、私の命が一年持つか分からないのだ。

 今年出来た薬草で、なるべく多くの薬を作って置く。

 私が居なくなった時に困らないように、いつも物事を考えて動いて欲しい。

 大丈夫。もうそのように動けているから。

 最後に、私が来たあの時のように特に明るい満月の夜、森から誰か来たら私の時と同じように優しく迎えてあげて欲しい」


 その言葉を聞いて、村人の誰もが言葉を失っていた。泣く者もいて、自身の腕で目を隠している。

 この人のお陰で、たった二年足らずの間に村はどんどん変わって行った。

 今までに考えたことも無いくらい豊かになったのだ。

 皆はありがとうございますと頭を下げた。


 あの時、城でルナハデカを後ろから切りつけたとき、ルナハデカは倒れながらも私の身体に魔法を投げ掛けたのだ。

 身体の臓器が徐々に腐っていく魔法だった。

 サヤハナがどんな頑張ってもその魔法は解けなかった。

 ルナハデカを恨んだサヤハナは、国民に語りかける私の後ろからルナハデカに心酔し影響を受けた人が、孤立したり死んでしまうような魔法を狂ったように国民の皆に掛けまくっていたという。まさかそんな事を考えていたとは・・・

 国を再建するために、少しずつ膿を出していく予定だったのに。一気に人口が減ってしまった。


 国民に膨大な魔法を掛けて力が尽きたサヤハナ。

 いつも付けていた蒼石の首輪を手に取り、私の両手に首輪を握らせて言った。

 30年後の今日、又、道が出来る。ハリューミヤとジョージに会えるかも知れない。忘れないで・・・・ そう言い残して死んで行った。

 魔女の寿命からすれば未だ未だ若かった。

 私の命が短いことを悟って、いつもずっと多くの薬を作ってくれた。


 こちらに来てしまった以上、残念だけれどサヤハナとは同じ墓には入れないのだな・・・。


「そして私が死んだらこれを・・・・いつか同じように来た人間に渡して欲しい。と村長に託した」


 それは、小さな革袋マジックバックだった。

 バッグはサヤハナが残してくれた物だ。私はその中に残せる物として、蒼石の首輪と片方のピアス、暇を見てはサヤハナを想い彫った木彫りの人形。それとこの薄い日記だけだ。


 ハリューミヤ、ジョージ。会いたかった。

 二人きりにしてすまなかった。けれどきっと聖獣殿が守ってくれただろう。

 いつかあの世で会えたら・・・・

 

 日記はそこで終わっていた。


 みんな複雑だった。あの道に吸い込まれても生きて居てくれたと聞いたとき本当に良かったと思った。

 けれど、過酷な生活をしながらたった三年程しか生きられなかったなんて。


 ナルカミア様とジョージ王弟殿下が辿り付いた場所が偶然だったのか必然だったのか分からないけれど、同じ場所へ導かれたと言うことだった。

 あともう少しで、親子として会えたかも知れないと思うと皆の胸が苦しくなった。


 「曾お爺さまがそのバッグを持っていたということは・・・、日記を呼んだ曾お爺さま、は、今度は自分がハリューミヤ王の助けになれればと思って来たのでしょう」


 三つ月の夜に出来る道は、日記から推理すると、神社の社の裏手の森のもっと奥に行った場所のようだ。

 月の周期ぐらい、今までの歴史から分かるデータを、コンピューターで計算すれば直ぐに分かっただろう。

 曾お爺さまならそのくらい調べる事は簡単な事だったはずだ・・・・

 

 けれど不思議に思った。


「あの道は分かれたりするのか。時空も場所も変わる?・・・いや、それでもあの道はこの国と、私達の前世で暮らしていた国とを何回も繋いだ。分かれ道によって時間が変わるのだろうか」

 コーネリアスの言葉にそこにいた皆が答えを出せないでいた。

 

 家に帰った二人は、過酷な人生を生きたご先祖様達を想った

 お墓はお城の中だけれど、感謝の気持ちを伝えたいと二人で考えたのが小さな神棚のような物だった。

 嬋媛大御神様の名前を書いた紙と、カルハズナ様、アヤトナ様、ハクヤ様、ナルカミア王様とサヤハナ王妃、ハリューミヤ王様、晴宮穣司初代様以下晴宮家代々とそれぞれ丁寧に書いた紙を重ねて、小さなお社を作って中に入れた。

 神社に使えてきた娘だった時と同じでなくて良い。

 感謝する気持ちがあればそれで良いと、いつも父が口にしていた。


 

 コーネリアスとルリアは毎朝二人で並んで軽く手を叩き、そのまま手を合わせ【心の中で思い思いの言葉をつむいだ】そして最後に頭を下げた。

 子供達も、意味が分からずとも同じく手を合わせることを真似している。


 ちょうどその頃、晴宮家のご先祖様の部屋は騒ぎになっていた。

 曾お爺さま達が夫婦で姿を現したのだ。

 本当は、瑠璃が亡くなる時には既にこの部屋にいたらしいが、皆が顔を出すたびに木の影に隠れていたのだという。


 その事は息子の宗右衛門は知っていた。


 だから瑠璃達に、マジックバックの中に何を持たせたら良いかアドバイスを貰っていたというのだ。


 それを知った家族はもうカンカンだった。

 異世界へ転生させることは仕方なかったとしても、マジックバックを持たせる事は計画していたなら、もっとあれもこれも持たせたのにと怒っている。勿論本気で怒って喧嘩している訳では無い。


 ここでも皆の前で、穣太郎が晴宮家の過酷な成り立ちの話をしていた。

 宗一が言った。

「俊介と瑠璃に作ったピアスは、カルハズナ様が麒麟様から賜った首輪の石を使って作り直した物だ。イミテーションでは無く私達と同じ石なんだよ」いつもの口調とは違う優しさに、俊介は「ぐっ」と来て、目頭が熱くなった。



          ☆ これから 


 普段通りの生活に戻ったルリアだが、初めてお城に行ったときに王様から聞かされた言葉が忘れられないでいた。


 それは穣太郎曾お爺さまが言った言葉。

「少しの不便までも便利に改良していく事が聖獣の棲む場所と引き換えたことに何の得があったのだろう」と言った事。


「でもね、曾お爺さま。生活のちょっとした不便さを無くすことで、生活ってとても幸せになるのよ。

 要は聖獣様達の居心地が良いままに、土地を守る事が出来れば良いのでしょう」


 そう独り言を言って、自分達が孤児院での生活の中で、こんなことが出来たら良いなという出来事を思い出していた。


 この町の人々は、朝一番に暖炉やストーブの火を起こす。

 異世界とは言っても、人々にとって魔法とは縁が無い。

 薪は安いが火起こしはちょっと面倒だ。紙が高価なので枯れ葉を拾って用意しておかなければならない。

 この国の周りは森が沢山あるから薪には困らないが、予備の分も考えて集めるのは決行大変な事だ。自分で集めることが難しい人は建設業ギルドや職人さんから買えるようになっている。

 この事を議題として提案し、商業ギルドで話し合って貰った。

 そして決まったことは、建設職人が削った後の削りカスや資材として使えない枝や集めた枯れ葉を、薪購入した人に無料で配るということだ。

 削りカスや枯れ葉は火付けに最適な材料なので、町中の人が喜んだ。


 殆ど使い古した魔石を、昔の日本のような「火打ち石」として仕えないか実験した所、同じように仕える事が分かった。

 国の生活道具課に陳情して古い魔石は、各地の領主様か商業ギルドでも管理出来るようになり、「火打ち石」として国民が使えるようになった。

 そしてその役目が終わった魔石は、国に戻すことになる。

 そのうち、「火打ち石」に変わる物が出てくるだろう。


 冬になると床板が冷えて、靴下をはいても寒い。

 だから、不用品になった生地や出来の悪い綿を混ぜて、ラグマットを作った。

絨毯と違って安く、洗濯もしやすいので庶民が購入しやすくなった。


 こうしてこんな物があれば助かる。と言う物を少しずつ作っていった。

 これにより、他の商会でもその地方に必要な物を考えたりしながら商品にしていった。

 それはその土地、その地域だけでなく広まっていく物も出てきた。

皆が物事を考えるようになってくれた証だ。

 これからこの国はもっともっと発展して行くだろう。


「曾お爺さま、私達は自然を壊さず自分達の生活を豊かにして行ければと思っています。見守っていて下さいね」


 あの日、聖獣様の番の皆さんが通って来た蒼い道に、ある物を投げ入れた。

 それは、【ゴム動力の飛行機】で、道が出来た時のためにと作っていた物だ。

 

 この世界にもゴムがあった事から二人でずっと考えていた。

 機械が得意だったルリアが設計し手の器用なコーネリアスが作った。

 難しかったのはいかに軽く作れるかだった。

 けれど、あの道は渦を巻いていて、両側から反対側に向かって力が働いて要るようなのだ。

 こちらに出て来る人がいても、こちらからも入れるだろう。もしかしたら同時もあり得るだろう。その時は、途中で別の道が出来るのかも知れない。


 あの時聖獣様の番の皆さんが出た後の道に、ゴムを一杯一杯に蒔いた状態の飛行機を、コーネリアスは想いきり投げ入れた。それに追加でルリアが魔法を掛けた。魔法が掛かった紙飛行機は、紙や細い木それにゴムで飛ばしているとは思えないほどに速い速度で飛んだ。もうすぐ消えると思われる青い道を難なく飛び進んで行った。

 青い道の中が見えるわけでもなくので、そこまで早く飛んでいるとも分からない。兎に角壊れずに早く飛び続けられるようにと。

 何とか晴宮神社の近くに届いてくれたら良いな・・・と、願った。



 ある日、鈴が祠の掃除をするために歩いていた。祠までもう少しと言う所の右側の草地に、何か白っぽい物が落ちている。

「大きなゴミでも飛んできたんだろう」と思って拾い上げた。もちろんゴミではない。

 鈴は涙を流しそれを持って、走って家まで戻った。

「あなた・・宗一さん・・」鈴は転びそうになりながら、家に入って来た。


 丁度、ご祈祷を終えて部屋に戻ってきていた宗一が慌てて出てきた。

「どうしたんだ?そんなにあわてて」


「これを、これを見て下さい」

「なんだ?・・これは・・・」

 鈴から手渡された飛行機の両翼には、「晴宮家の皆様へ」と「幸貴と瑠璃」とそれぞれの羽に書いてあった。

 飛行機のお腹の部分には小さく畳まれた手紙が装着されていた。

 二人並んで玄関の上がり框に膝をついて、手紙を読み出した。

 その小さな紙には、びっしりと小さな文字が書かれていた。



【大好きな晴宮家の皆さん、お元気にしていますか?

 こちらは未だ未だ発展途上の国ではありますが、五大聖獣様達も棲むくらい美しい国です。

 西洋の聖獣様の中に東洋の麒麟様が入っているのが不思議なんですよね。

 それでも聖獣様方はとても優しく頼りになります。


 私達の暮らす地域を守って下さるオオカミ様は真っ白いふわふわの毛をしています。そんな聖獣様と同じ位良くして頂いているのが王様とそのご家族様方です。

 同じ血が繋がっているとのことで、爵位まで頂き守って下さっています。

 

 こちらに来て30年が過ぎました。

 8才の長男(俊)と6才の長女(蒼)の親になりました。私達の仕事も順調です。

 行き来の出来ないくらい遠くに来てしまいましたが、私達はとても幸せです。

 穣太郎曾お爺さまと和曾お婆さまはこの国に多大な貢献をしたようです。王家のお墓と並んで墓石が建てられていて大事にされています。

 皆様、どうかお元気で】

 追伸‥晴宮家の皆様、瑠璃と一緒に転生させていただき本当にありがとうございました。

    愛する瑠璃と一緒にいられて僕は幸せです。この国で仲良く生きていきます。

                            幸貴コーネリアス

                            瑠璃ルリア


 この日、宗右衛門も呼ばれ、兄達も含めて、皆で手紙を回し呼んだ。

 こんなに短い手紙なのに、何回も何回も順番に回し呼んだ。

 誰の目からも涙がこぼれ落ち、目の前の箱ティッシュは二箱目も空になりそうだ。


「30年かぁ。こっちでは半年しか経って居ないんだけどな」俊介が呟いた。

 でも幸せに暮らしていて良かった。甥っ子と姪っ子にも会って見たいけど敵わぬ夢だし・・・。 

 兄さん、俺たちもそろそろ本気で幸せを見つけようか?」


 その言葉でその場に笑いが起こり、みんながそうだそうだと泣き笑いの顔になった。


 幸貴君、瑠璃。まだまだずっと先になるだろうけど、いつかあの部屋で会えるだろう。

 その時はそっちでの暮らしを教えてくれな。家族の中では儂が一番先にあの部屋で待っているからな。

 宗右衛門はあの部屋の仲間入りを初めて楽しみに思えた。


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