釣り餌
「キェェェェェ!!!」
「くそおおおお!!!」
わたしは今、恐竜に追いかけられている。
囮として、こいつを罠に誘き寄せるために…って、やっぱり囮かよ!そんな気はしていたけれども!わたしの異能は、攻撃能力が一切無いからねえ!そんなこったろうとは思ってたけどねえ!
追いかけてきている小型の恐竜は、貪食獣なのだろうけれども…恐竜までいるのかよ。種類とかは浅学にして判別できないが、外見から適当に、ラプトルだということにしておくけれども(ジュラシックパークで見たことがある。あれは確か、集団行動をする恐竜だったな…って不穏なことを言うなよわたし)、もう何でもありだ。
ええい、かくなる上は、地獄の六日間で必死に鍛え上げた逃げ足の速さを見せつけてやる!最近、全速力で走るのにも慣れてきた!
後ろから迫って来ている奇声は、どんどん大きくなってきているけれども!
「今だ!」
上官の合図とともに、ネットランチャーによって巨大な網が発射され、ラプトルに命中した。案の定、ラプトルは減速する。
わたしとしては、何が『今だ』だよ遅えよと言いたいところだったが、上官に文句を垂れても仕方ない。代わりにと、走りながら全力で上官を睨みつけてみたところ、その上官の隣には梨乃ちゃんがいつでも異能を使えるよう待機しているのが見えた。
しかしそれはあくまでも、念のための保険。どうやら今回は、梨乃ちゃんの出る幕は無いようで……
「《万物融解》…!」
動きが遅くなったラプトルを追う形で、背後から気配を殺して駆け寄った馬垣くんが、ラプトルの尻の辺りに触れて、小声でそう言った。
……文面だけ見ると、あたかも馬垣くんが変質者であるかのように思えなくもないが、背後から忍び寄って尻を触った相手は人間ではないので、まあ、少なくとも人間には無害な変質者であるため、安心してほしい。
「キエッ…」
馬垣くんの異能は、《万物融解》。手で触れた物体を、例えそれがどんな大きさの物体であっても、その温度が元々融点を下回っていたのであれば、その物体の表面から深部まで、全体を融点+10℃くらいの温度に一瞬で変えてしまうという恐ろしい能力だそうだ(対象物が元々融点を上回っていたら何も起こらない)。
悲鳴を上げる間も無く、ラプトルの全身はたちまち融けて、炎と煙を上げながらドロドロの液体になって、たちまち発火し燃えてしまった。
「……」
「……」
いや、あのさ…グロいんだよ。なんでわたしの周りにはこんなえげつない能力者ばっかりなんだよ。
みんなドン引きだよ。
「ふい〜、ざまあみやがれ。へへへ、ケツを揉みしだいて熱々のトロットロにしてやったぜ〜!」
「篠守、勝手に俺のアテレコをするな。なんでお前はそうやって人を貶め嫉むんだよ」
「いや、馬垣くん、『貶め』の部分に関してはその通りだけれど、『嫉む』の部分については聞き捨てならないわ」
小説ならではのトリックを使って馬垣くんのイメージを悪くしようと試みたわたしに、彼は冷静に突っ込んできた。
にしても、『貶め嫉む』って。
源氏物語でしか聞いたことないよ。
「さておき……この能力は強力だけど、使ってて気分の良いもんでもねーんだな」
流石に女の子を平気で殴る馬垣くんでも、これだけグロい惨状を作り出す異能は微妙に気に入っていないらしい。
「だから俺のイメージを下げようとするのをやめろ。印象操作や偏向報道を超えて、思いっきり虚偽の情報を発表するな。なんでお前は俺をやばい奴に仕立て上げようとするんだよ」
周りの評価を気にしなさそうな馬垣くんも、流石に嫌気が差したように顔を歪めた。
もう、本当はわたしに揶揄われるのが嬉しくてたまらない癖に。欲しがってんのに〜。照れ屋さんめ。
あ、そうだ。
時に、今わたしはこうして普通に貪食獣を殲滅する任務を進めているが、この前の巻(校舎前の強化人間を参照)でわたしは、非侵攻主義で戦おうという旨の決意を表明した。
相手が攻撃してきても、自分は必要以上には反撃せず、こちらから積極的に仕掛けたりもしないという、平和主義スタイルで戦おうなどと嘯いた。
あれは、嘘は吐いていないつもりだ。
うそぶいてはいても、うそついてはいない。
直接攻撃しないだけで、敵…ごほんごほん、相手を味方が攻撃しようとするのを助けることはあるけれども。
わたしはあくまで平和主義。逃げたり防御したりすることはあっても、積極的な侵攻や進撃はしない。
ただ、わたしがふとやってみたことが偶然、相手の危害に繋がってしまったり、不幸な事故が起こってしまったりするだけで……、例えばそう、わたしが撃った弾が偶然、相手に当たってしまうという不運な事故が起こってしまったりするだけなのである。
今回は相手から襲いかかってきたのだから、当然わたしを守るために他の人達が相手を殺した(融かした)のは正当防衛だけれども……、別にそうでなくとも、例え相手からは襲いかかってこなくとも、わたしはただ、相手の方に体を向けたまま、ついうっかり何となく射撃の練習をしてしまうだけなのである。
それは攻撃でも侵攻でも進撃でもなく、ただひとえに、不運で不幸な事故に過ぎないのである。へへっ。
「まあまあ」
わたしと馬垣くんが慎ましさの欠片も無い振る舞いをしていたところに、上官が割って入ってきた。私語をしまくるわたし達を見かねたのだろう。
ADFにおけるわたし達抵抗者グループは、つい先日まで一般人だったとか、望まなかったのに所属させられた人もいるとかっていう理由から、自衛隊の割には色々とゆるい。これだけ私語をしていてもそこまで厳重には注意されないくらいには。
「とにかく、どうだ馬垣?貪食獣に対して異能を使う感覚は掴んだか?」
「まあ、掴んだは掴んだな。さっきのは中々、良い訓練になったわ」
「馬垣、お前、敬語……」
「ああごめんごめん、敬語とか使えなくてさ」
いや、使えよ。上官との会話だぞ。
使えなくてさ、じゃねえんだよ。やっぱり不良じゃねえかよお前。わたしでさえ使っているのに。
これが許されるのだから、どうにもゆる過ぎる。
「それでは全員、一時撤退だ。着陸した地点まで戻るぞ。着陸地点まで戻った後は予定通り、抵抗者・左門、紫野、国栖穴は、小型ヘリに搭乗しろ。それ以外は、大型ヘリの周囲で待機だ」
おっと、次の作戦か。上官の指示に従って、わたし達は一時撤退することとなるようだ。
これには、ちょっとした理由がある。
ちょっとした、とは言うものの、かなり危険な理由だが。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて、これがもし私小説でなければ、わたしと別行動をする彼らの興味深い活躍を直に語ることができた筈であるが、残念ながらこれは私小説であり、わたしの目の前で起こった出来事をしか語ることができない。
その代わりに、別行動をする彼ら三名がこれから具体的に何をしに行き、そして何をして帰って来る手筈なのかということを、僭越ながら語り部たるわたしが、皆さんにお伝えしようと思う。
「本当に僭越だよな。作戦会議中に居眠りをしそうになっていた篠守が、作戦の内容を説明しようってんだから」
黙れ馬垣。
まず、『三名』というのは以下の抵抗者のことである。
・紫野梨乃
・左門凍
・国栖穴八束
更に、加えて4名の上官が一緒になって、計7名の超少数精鋭(うち三人が新人だけど)で任務をこなすらしい。
作戦の内容を説明する前に、とりあえず今言った三名の抵抗者の異能の内容を、しっかり説明しておこう。
梨乃ちゃんはご存知の通りなので、割愛する。
左門さんの異能は、《月下湖面》というらしい。この作戦は彼の異能を主軸とするものだが…これが厄介なのだ。
この異能の説明は、少々長くなる。
この異能を使うと、まず半径40mの円状の領域が発生する。領域内には一匹の超巨大な怪魚(体長6mくらい)が存在し、この怪魚は円の平面の二次元空間内を潜って泳いでいて、領域内に入った者に対して三次元世界に姿を現し、襲いかかって喰らいつくそうだ。
何て言えば良いのかな…例えば体育館でこの異能を使うと、体育館の床に怪魚の魚影が現れるんだけれど、それは別に体育館の床下に怪魚が存在している訳ではなくて、床の表面に、二次元的な平面体として怪魚が存在しているだけらしい。獲物に襲いかかる時だけは床から地上に顕現し、普通の怪魚(普通の怪魚ってなんだ)としての三次元的で立体的な姿で獲物に喰らいつくということだ。
この怪魚は攻撃力が高く、咬む力はかなり強いらしいのだが、更に厄介なことにも、こいつはさながらわたしのように絶対に斃せないそうだ。どんな攻撃も効かないらしい。
怖いな。
これだけでも既に凶悪すぎる能力だが、そんなことでは飽き足らず、更に残忍な部分がある。
タチの悪いことに、この領域の周りには障壁が発生するため、領域からの脱出が困難なのだ。何回か攻撃すれば障壁を破壊することはできるものの、そんな事をしている間に怪魚に追いつかれてしまうのでかなり理不尽である。
ただし、領域の外から中へ入る物体だけはその障壁を通り抜けるようになっているらしい。外から中への一方通行だ。貪食獣には同情するよ……
……って、いや……だからさ。
なんでいちいち、えげつなかったり残忍だったりするんだよ、異能が。なんかおかしいぞ?わたしの小隊。
わたしを見習えよ。
ちなみにこの領域内で、高低差のある位置にいる対象に怪魚が襲いかかる場合には、襲いかかる範囲は円から±3mの高さまでとなっているらしい。
ふう…よし、かなり長くなってしまったが、左門さんの異能の説明はまあ、こんなところでいいだろう。
次は、国栖穴さんの異能について。
国栖穴さんの異能は、《硬化》という。
なんか嫌な名前だな。
なんでも、対象生物の体の一部を、表面だろうが体内奥深くだろうが、非常に硬質に変えることができるんだとか。自分から15m以内にいる、貪食獣を含むあらゆる生物に対して有効で、硬化させられた部分は能力の解除に伴って元通りになり、発動の頻度には制限は無い(つまり、この異能は存分に連発できる)のだが、一度に硬化させられる範囲は最大で1cm^3までであるらしい。
うーん……なんか、変な異能だな。
好きなだけ連発できるものの、一回あたりの有効範囲が狭すぎやしないか?もちろん、連発していけばいずれ全身という全身が硬化して、全く動けなくなってしまうし、心臓や肺の動きも止まって死んでしまうのだろうからかなり強力と言えなくもないけれど……。
一回や二回では、まあ硬化させる場所にもよるけれど、貪食獣のような怪物ならばちょっと苦しむくらいの影響しか受けないのではないだろうか。
いや、硬化させる場所は自由に決められるらしいから、心臓などの急所を積極的に硬化させていけば、また話は変わってくるのかな?
しかし、そうなると……
やっぱり残虐じゃねえかよ!
まあいい。何はともあれ、三人の異能はこれで大方明らかにした。それではいよいよ、作戦の内容を説明しよう。
先程も言ったように、この作戦の主軸は左門さんだ。
彼の《月下湖面》によって貪食獣を攻撃し、国栖穴さんが援護し(貪食獣をちょっとずつ苦しませ)、もしもの時は梨乃ちゃんが代わりに仕留めるという訳であるらしい。その辺りの柔軟な判断は、同伴する指揮官に委ねられる。
《月下湖面》によって出現する怪魚は、恐らく左門さん本人を除いて、領域内にいる全ての生物を無差別に攻撃する(微生物や虫などは例外らしい。身体の体積がおよそ10cm^3以上の生物が対象だそうだ)。そのため、梨乃ちゃんも国栖穴さんも、指揮官などの上官も、左門さんを援護しようとして普通に近寄ってしまえば領域内に入ってしまい、非常に危険だろう。
そこで、小型のヘリを利用するのだ。左門さん以外の全員がヘリに乗って、空から通信によって指示を出したり、援護をしたりするという訳だ。
《月下湖面》の領域は、水平方向には半径40mと広いけれども、高さは±3mの計6mと狭い。余裕をもって6m以上高い位置にいれば安全だろう。実際には8m~9mくらいの高さを飛ぶらしいが、この距離ならば梨乃ちゃんの異能、射程距離30mの《固定斬撃》も、国栖穴さんの異能、射程距離15mの《硬化》も、地上まで普通に届く筈だ。
もちろん、そんな低空飛行を大型ヘリで行うのはリスクが高いし、遠距離の対象に使える攻撃系の異能を持つ抵抗者も少ないため、小型ヘリを使おうという訳である。
「じゃ、いってらっしゃい。お土産は忘れないでね」
「何を持ってこいと言うのですか。貪食獣の首ですか」
そんな訳で、待機グループになったわたしは、少数精鋭(?)グループになった梨乃ちゃんを、軽口を言いながら見送った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして。
わたしが大型ヘリの周囲で暇を持て余しながら待機を続けて、少し経った後にようやく、無事に作戦を終えた抵抗者と上官の七名が小型ヘリで帰ってくるということには、しかし、ならなかった。
帰ってきたのは、連絡一つだけ。
それも、救援要請だった。
「小型ヘリの少数隊に何かあったようだ。我々はこれより…」
「敵襲!!」
「え!?」
そして、待機していたわたし達にもまた、何かが起ころうとしていた。何かが近づいてきていた。
七名の少数隊のアクシデントを、見計らったように。
好機を逃すまいと食らいつくように、唾液を垂らしながら。
わたし達待機グループが集まっていた広場に、四方八方から、四足歩行の化け物が集まってきていたのだ。