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初陣


「諸君、本日から君たちには、いよいよ実戦に向かってもらう。一部の人員には、実際に貪食獣と格闘してもらうことになる。熟練者からの援護があるとはいえ、下手をすれば命を落とす可能性は十分だ。いいか、君たち抵抗者は貴重な人材だ。何よりもまず、死なないことを優先して欲しい。普通はあり得ないのだが、場合によっては特例として、敵前逃亡を許可する!」

ADFに来てから6日後、やっと(あるいはもう)現場に投入されることになった。

作戦会議室に集められたADFの新米兵士、つまりはわたし達抵抗者の各員に、上官から説明が下されている。

しかし、敵前逃亡を許可、か……

敵前逃亡のことだけ考えて走り込みをしてきたわたしにとっては、嬉しい限りである。敵前逃亡してもいいというのは、たった今初めて聞かされたけれど。


そして次に、具体的にどこで何と戦うのかという部分の説明を受けた。

抜粋するとこんな感じだ。

まずは、県内で未だ安全が確保されていないいくつか区域のうち一つ、長野市の危険区域に行き、索敵をする。避難しそびれた民間人の救助は別動隊が後から行うらしく、まずは我々ADFが2つの小隊(1つあたり20人から構成される、極めて小規模の小隊)を構成し、二手に分かれて市街地内に蔓延(はびこ)っている貪食獣を殲滅(せんめつ)するという手筈である。

避難しそびれた民間人を発見した場合は、その民間人を隠れさせた後で、上層部を通して別動隊(救助部隊)に位置情報を共有しなければならない。

因みにわたしの小隊の構成員には、寮内でわたしと相部屋となっている、梨乃ちゃんと日倭さんの二人がいて……残念ながら、馬垣くんもいるようだ。

あの不良っぽい男子、多分、集団行動には向いていないんじゃないかと思うんだよな。不安だ。

尤も、最も集団行動に向いていないのはわたしなのだけれど、最近はそれを棚に上げる能力を使えるようになった。成長したものだ、わたしも。

そうそう、最近と言えば、わたしは最近髪を切った。元はロングヘアだったのがショートヘアになっただけなのだが、理由はまあ、イメチェンだよ、イメチェン。イメチェンする理由までは訊かないで。

そして、馬垣くんと恐らく相部屋であるらしい、二人の男性もいる。点呼を聞いていたが、左門(さもん)さんと、枝倉さんと言うらしい。

…ん?枝倉?

初めて見る顔だが、名前はどこかで聞いたことがあるような気がする……、どこだっけ、気のせいか?


「説明は以上。確認しておきたい点はあるか?あるなら5秒以内に言え」

……………

「無いな。それでは作戦会議を終了する。全小隊、これより直ちに出動しろ。ヘリの出発は10分後だ!解散!」

上官の指令に応じて、作戦会議室にいた約40名の人員が、迅速に動き始めた。

約40名。抵抗者およそ20名と、熟練の自衛官がおよそ20名の、約40名である。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「死ぬんじゃないわよ?馬垣くん」

「死なない奴がその台詞を言うなよ、篠守。『お前の方こそ』みたいな良い感じの返しができねえだろうが」

「そこ、私語は慎め」

わたしが属す第二小隊の大型ヘリが、長野市の外れ辺りの空中で停止した。これよりわたし達は降下し、長野市での探索を始めることとなる。

何となく馬垣くんにお決まりの台詞を言ってみたが、彼は反応に困るといった態度でやりにくそうに答えるのだった。

「降下用意!」

大型ヘリの上からは、パラシュートではなくファストロープで降下する手筈だ。全員が諸々の確認をし合ってから、合図とともに降下を開始した。

…わたしが高所恐怖症で中々降りれなかったのは内緒。


「全員、降下完了したな。行くぞ」

全員が地に足を着けたところで、日倭曹長を始め、小銃と諸々の兵器を携えた上官が先導するように、第二小隊は動き始める。

行動開始だ。

ところで、長野市か。わたしが住んでいた町とは違うが、来たことはある場所だ。案の定、随分と荒廃した感じである。

あまり考えたくないし、任務中にこんな余計なことを考えるものでもないのだが、こうなってくるとわたしの家も心配になってくる。わたしとわたしの母の二人で住んでいたあの一軒家は、破壊されていないだろうか。

まあ、今は任務に集中するとしよう。


「………いる」

…っと。いきなりか。

全員が気配を殺して忍び足で移動する中で、先頭を歩いていた一人の上官が、曲がり角の先を覗くや否やすぐに身を引っ込めて、後続のわたし達に小声で報告した。

言うまでもなく、『いる』のは貪食獣だろう。

いよいよ、実戦だ。

「動きは遅く、身体も小さい。プランBでいくぞ」

ここで、我々の作戦を簡単に説明しておこう。

大まかではあるが、事前に3つの作戦を用意してある。

まず、プランA。純粋な攻撃による、単なる制圧。惜しげもなく兵器を使用し、貪食獣を仕留める。

ただしこのプランでは、抵抗者の異能をあまり使わない。異能にあまり頼らないと言うべきか。もちろん、異能でも使わなければ勝てないような怪物が出てきてしまえば、異能も有効活用するけれども。

次に、プランB。抵抗者の異能による攻撃に重きを置く戦法。例えば貪食獣に網を発射したり、人類が作れる限界の効果を持つくらいに強力な麻酔銃を撃ったりして動きを鈍くさせ、その隙に抵抗者の異能で仕留めるとか。もしくは、これは余裕がある場合に限ったことだけれど、抵抗者の異能によって貪食獣の動きを鈍くさせ、そこを別の抵抗者が仕留めるというパターンも想定している。

このプランは、異能を使わなければ勝てないような強大な敵が出てきた時のためのプランというよりかは、楽勝そうな弱い敵が出てきた時、それを練習台として抵抗者を鍛えるという目的で採用するプランなのである。

今回は相手が弱そうだから、プランBが採用された訳だ。


「では紫野、手筈通りに頼むぞ」

「はい」

梨乃ちゃんが慎重に曲がり角の向こうを覗き込む。

「グゥ…グゥ…」

静かに鳴き声を漏らすその貪食獣は、豚のような外見をしていて、体長3mほどの怪物だが、貪食獣の中では小さい方だ。

この程度なら、簡単に…

「《固定斬撃(キャッツクレイドル)》」

紫野梨乃は静かに呟いた…唱えた。

「グ…グゥッ!?」

暴れる豚は、数秒後に気付く。自分の身体が、宙に浮かぶ糸でがんじがらめに巻かれるように囲まれていたことに。

しかし、気付いた時にはもう遅い。豚の怪物は、その糸に触れ過ぎてしまっていた。むしろ、自らの死に気付くことができただけ、まだ頑張ったと言えるだろう。

「うわあ……やっぱりえげつない……」

豚の怪物は、バラバラに解体された。ちょうど、金足大学で大鴉(おおがらす)の怪物が切り刻まれた時と同じように。

これが《固定斬撃(キャッツクレイドル)》。抵抗者・紫野梨乃の異能である。


ちなみに、異能の名前は割と自由に決めることができる。決めたら上に報告しなければならないようだが、自分で決めて良くて、他の人と相談して決めても良いとのことだ。自由だなおい。

因みにわたしの異能の名前は、北欧神話の雷神トールが使用する、決して壊れないというハンマーの名前から取って、《不壊(ミョルニル)》という名前にするように梨乃ちゃんや馬垣くんから勧められて、それにした。

わたしは初め、まあまあ良い感じの名前じゃないかと思っていたのだが……、後からよくよく考えてみたらこれ、わたしが水泳訓練で全然泳げなかったことに由来しているのではないか?

「馬垣くん、もしかしてこの名前、わたしが泳げないから…とか、そういう理由じゃないでしょうね?」

「篠守お前、今気付いたのか」

と、馬垣くん。

おい、ちょっと待てや。

誰がカナヅチだよ。ふざけんな。

もう上に報告しちゃったんだけど。

変更できないんだけど。


それはともかく、金足大学の時は大鴉の残骸をまじまじと観察したわけでもなかったが、こうして豚型の貪食獣のバラバラ死体を見て、改めて気付いてしまった。

これ、かなりグロいぞ?

やばいぞ?まさかこんなところに、PTSDを発症する原因となり()る要素が存在しているとは思わなかったのだが?

「よくやった、紫野」

「はい。完全に感覚を掴みました」

わたしは気分が悪くなりかけたが、しかし、これでひとまず安心だと言うこともできる。

ここで、他でもない紫野梨乃の異能によって貪食獣を(たお)したのには、しっかりとした理由があるのだ。

例え自衛隊が所有する中で最大のネットランチャーを使用したとしても、一部の貪食獣に見受けられる超巨大な体躯(たいく)には通用しないだろう。例えば金足大学の大鴉なんかには、まず通用しない。

もちろん、それだけ大きな生き物が自重を支えるためには、体内がスカスカの空洞になっている必要があるため、超強力な銃器であれば通用する場合もあるだろうが、それとは別に抵抗者の異能による戦闘を行う場合には、抵抗者の身の安全を確保するために、やはりどうしても貪食獣の動きを封じるためのより強力な手段が欲しいのだ。

梨乃ちゃんの《固定斬撃(キャッツクレイドル)》によって出現させられる糸の本数は一本までだが、長さは最長で100mくらい出せることが確認されているし、糸の形状も自由だ。上手く工夫すれば、ある程度巨大な貪食獣の身体の周りを囲むこともできるだろう。そのため、この異能が貪食獣の動きを止めるために効果的だと考えられた訳だ。

まあ実際には、今みたいに貪食獣が暴れてしまったら、自分から勝手に切り刻まれて死んでしまうのだけれど、それはそれで別にデメリットは無い。

という訳で、プランBの作戦で貪食獣と戦う場合、最初は誰よりもまず紫野梨乃の異能の実践をさせようという風に取り決めていたのである。


「ご安心ください、篠守さん。これでもしものことがあっても、私が守りますので大丈夫ですよ」

「………」

うーん……。

わたしが素直に喜べないのにもまた、理由があった。


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