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訓練開始


「頑張れー。はい、ちゃんと走る!そこ、スピード落ちてるぞー!」

「はあ、はあ…!」

「ん……あー、篠守、あんまり無理すんなよ」

「え?」

グラウンドで走り込みをしているところを、声かけをしながら見ていた日倭さんが、わたしだけにそう言った。

それは、別にわたしが日倭さんに媚びへつらったり賄賂を渡したりして甘やかしてもらえるように裏から手を回したという訳ではなく、ただわたしが頑張りすぎているのが伝わったというだけのことであろう。

わたしは異能の性質上、いくらでも無理をすることができる…できそうなのだ。多分。だから、普通の人間ならオーバーワークになるような鍛え方をしてしまっても多分大丈夫な筈だし、ましてや走り込みの訓練では特にそんな限界突破を遺憾無く発揮しようと考えていたのである。

だってほら、逃げ足の速さは…もとい、わたしの異能の性質上、やはりわたしには偵察が向いていると思うのだが、偵察兵の機動力は大切ではないか。情報の伝達速度は大事だ。

従って、なるべく速く、なるべく長く走り続けられるようになりたいという訳である。

今のわたしはの肉体は無敵だ。無理をするなって?いやいや、どんな無理でもできる!

絶対に壊れない肉体は、絶対に壊れなくて……

死ななくて…あれ、なんか目の前が白く……

え?

変だぞ…?

地面が、起き上がって……

「んぐっ!?」

気付いた時には、倒れていた。顔面から突っ伏すように、受け身も取れずに倒れていた。


「あーあーあーあー」

ゆっくりと上体を起こしたわたしに、呆れたような声を出しながら駆け寄ってくる日倭さん。

「だから無理をするなって言ってんじゃん」

「はい……」

「なんか変な症状とか出てる?」

「なんか、景色がめっちゃ明るく見えます」

「明るく?白っぽい感じ?」

「白っぽい感じ」

「耳鳴りとかは?」

「あー、ちょっとあります」

「貧血みたいなアレか」

どうやら、貧血みたいなアレらしい。

そうか、わたしの肉体は壊れないが、エネルギー切れは普通に起こるのか。筋肉痛だとか喉が枯れるとか関節やら靭帯やら腱やらを痛めるとかっていうことが無いだけで、エネルギー切れになれば普通にぶっ倒れる訳だ。もちろん怪我はしないから、ぶっ倒れたところで無傷なんだけれども、ここがもし砂が剥き出しのグラウンドだったなら嫌なことになっていたな。芝生(しばふ)で助かった。

繰り返しになるが、極度の疲労から全く受け身を取れず、わたしは顔面から突っ伏したのだ。砂が顔にかかって、目に入ったりなんてしたらもうやってられない。本当に芝生でよかった。

……あれ?本当にただ繰り返して言っただけじゃないか?今、同じことを2回言わなかったか?わたし。

ちょっと駄目だなこれは……休まなければ。

やれやれ、次からは倒れる程に走りすぎないようにしないといけないな。…って、いやこれ、金足大学でも同じようなことを経験してたじゃねえか。学習しろ、わたし。

「ちょっと休んだらまたいけそうか?」

「はい、もうそこそこ治ってきてますし」

「立てるか?」

「はい」

貧血のような症状はごく一時的だったようで、体力の回復とともに症状も和らいできた。

「いいか篠守、人間の身体は本来、常に全力を出し続けても鍛えられない……と、言いたいところなんだがな、お前の場合は……いやしかし、確かにお前の身体は特別なんだけども、それでも今みたいにすっ転んだら困るだろ?次からはあんまり飛ばし過ぎるなよ?」

「わかりました……」


ところで梨乃ちゃんはというと、持久力はそこそこといったところであるらしい。わたしとは違って余裕を持った速度で、息を切らしながらもペースを落とすことなく走っているのが見える。あの子この調子だと、何でもそつなくこなしていきそうだ。

揺れ方からして、胸はそこまで大きくないようだ。

よっしゃあ。

「じゃあ、わたしもそろそろ戻ります」

「おう、行け」

少しの休憩を取ってから、わたしもゆっくりと余裕を持った速度で、走っている数十人の抵抗者たちに再び混ざった。

そうしてようやっと目標の距離を走り終える頃には、わたしに限らず、抵抗者全員が座り込んでいた。

「よし、10周したな。全員集合!」


さて、走った後に筋トレとかストレッチとか色々やって、特に面白みの無い体力鍛錬を終えて、次はお待ちかね、戦闘訓練である。

やれやれ、やっとか。匍匐(ほふく)前進とか特にキツかった。

さて、戦闘訓練というのはつまり、抵抗者とはいえ、戦うためには格闘術や銃を操る技術を身につけておいほうが良いからということなのだろうか?


「戦闘訓練とは言っても、まずは受け身の訓練から始めるからな!」

心なしか、上官がわたしを見ながら言っているように見えた。先程の場面で受け身を取れずに転んだ、わたしを見ながら。

「まずは後ろ受け身、これは簡単だ。基本的に、誰でも本能でできる動きだからな。頭を手で守ったり地面を手で叩いたりするのはオプションみたいなもので、後ろ受け身の基本であり本質たる部分はそこじゃない。身体の背面を丸めるようにして、転がるように着地するってのが本質だ。常に自分のへそが見えるくらいに、身体を丸めろよ?まあとりあえずやってみろ!人は、後ろに倒れそうになったら自然と後ろ受け身を取るように出来ているから!はい、後ろに倒れてみろー、倒れろー」

上官がそう言うが、わたしとしては微妙に実感が湧かない。

本能でできる動き?本当か?

いやまあ、尤もわたしの場合は異能がアレだから、受け身とか取れなくても別に……

「おいお前、ちゃんとやれー」

「はい」

…わたしは後ろに倒れた。

お、やってみればできるもんだな。知らんかった。

あー、自分からお尻を落としにいく感じか。

なるほどね。じゃあ次。

「はい次は横受け身!こうして手を付いて、背中から落ちてこう転がる。最初はしゃがんだ状態からで良い!やってみろ!」

言われた通り、まずはしゃがんだ状態からやってみる。割とこれも、やってみたらできるものだ。慣れないうちは結構怖いけれど、この調子なら割と楽勝なんじゃないか?受け身の訓練っていうのは。

「じゃあ次は前受け身!これはちょっと難しいけど、お前ら小学校とか中学校とかでマット運動やったろ?あれの前転みたいな感じだから。フォームとかは汚くても良いから、立った状態から前転をしてみろ。できるか?」

わたしは身体を前に倒して、やってみた。


わたしの頭が地面に突き刺さった。


頭が地面に突き刺さった。

「ちょっ…大丈夫か?」

はい。何とか。

「うーん痛いよ…」

「お、おう、痛いか。お前は確か、怪我をしないんだったよな。耐えられそうか?」

「はい…」

ん?なんか今、深刻な言い間違いを犯したような…?

心の声と実際の声が、逆になったような…?

まあ、気のせいか。

「……魚雷?」

おい、誰だ今わたしを魚雷とか言ったやつは。上官の声と違ったぞ。わたしの横から聞こえたぞ。

横を見ると、誰が言ったのかはわからなかったが、馬垣くんが明後日の方向を向いて震えていた。

あいつ、笑いを堪えてやがる。くっそー。

「ええと、前受け身はな、足で地面を下に蹴るんだよ。前傾姿勢で前に倒れそうになるのを、地面を蹴って身体が上に飛び上がる力で相殺するんだよ。そんで上半身はその場で止まって、下半身だけが上に行くから身体が回るんだ。初心者はこうやって、前屈みたいな姿勢からやってみるとやりやすいぞ」

「なるほど」

アドバイスに従ってやってみると、そもそもわたしは前屈があんまりできないということに気付いた。脚が固いという女子力の無さを公衆の面前で暴かれてしまった。

なんたる恥辱!くっころ!


まあそんな訳で、なんやかんやと色々ありながらも、一応はわたしも一通りの受け身を取れるようになったところで、受け身の訓練は終了した。


次は、楽勝じゃないほうの訓練の時間である。


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