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ADF寮


「えー早速だが、言葉を選ばずはっきり言ってしまえば、本日ここに抵抗者の諸君を集めたのは他でもなく、諸君に戦ってもらうためだ。誠に申し訳ないが、抵抗者は全員、我々が運営する対貪食獣戦闘部隊、通称ADFに所属することが、少し前から義務付けられている。もちろん、必ずしも命懸けで戦えと強いる訳ではない。恐怖心からそういったことができない者もいるだろうし、戦いに向いていない異能を持っている者もいるだろう。我々もそこは工夫して、どうにか適材適所を実現しようと尽くすつもりではあるが、いずれにせよADFに入ってもらうことに変わりはない。勝手を言ってしまって大変心苦しいが、ここに揃っている諸君にはそのように、心してもらう」

体育館のステージ上から、わたしを含めた抵抗者の面々に向けて、年配っぽい男性の自衛官が話している。名前は確か、枝倉(えだくら)さんだったか。階級は…多分、上の方の階級の偉い人なのだろう。具体的に何だったかは忘れた。

ここは駐屯地であるが、どうやら防衛省防衛局の方から来たお偉いさんだそうだ。


「私からは以上。次に、具体的に君達がこれから何をするのかという点を、本田3尉に説明してもらう」

そう言ってステージから降りる枝倉さんと、入れ替わるようにしてステージに上がったあの男性が、本田さんか。

「本田と申します。さて…」

短く、かなり短く自己紹介を済ませた後に、ここはどういった組織なのか、今からわたし達は何をするのかという事を、本田さんは丁寧に説明し始めた。

ちょっと丁寧すぎたため、わたしが要約して語ろう。


まず、そもそもADFの部隊は全国にある訳ではない。北海道、岩手県、山形県、福島県、長野県、島根県、高知県、宮崎県。以上の八箇所に、それぞれ一つずつADFの支部が存在する。これらの地域は貪食獣の被害が比較的少ないらしく、急遽、それらの地域にある自衛隊駐屯地やその周辺に、全国から抵抗者を含むあらゆる戦力を集めたそうだ。成る程、どうりでこの駐屯地の敷地内に入るより大分(だいぶん)前の段階から、周囲にかなりの人気(ひとけ)があった訳だ。あれは他県の駐屯地や警察署から移動してきた自衛官や警察官だったのか。

わたし達が今いるこの葉側駐屯地は、ADFの長野県支部がある駐屯地の一つという訳だ。


そしてわたし達はこれから、急遽定められたADFの寮に入り、生活することになる。この寮は元々違う部隊のものだったらしいけれど、それについては説明されなかった。

実際にどう生活するかなど、詳しいことはこの後案内されてから説明してもらうらしい。

その後、基礎的な体力鍛錬と、戦闘訓練を行うそうだ。この辺りは普通の自衛官と同じようなものだろうか?面倒だなあ……

そしてその後が、普通の自衛官との違い。抵抗者それぞれが独自に持つ、異能の訓練をするらしい。自分の異能がどういうものなのかをよく把握し、完璧に使いこなすことが目標であるようだ。

まあ良い。先々のことを億劫に思っていたら気を病んでしまう。まずは、わたし達が生活することになる寮の中を見せてもらうとしよう。


「はい、今配った紙に、氏名と部屋番号が書かれていると思うけれど、大丈夫だよね?君達には、自分の紙に書かれた番号の部屋で生活してもらうことになる。では、この私が寮まで案内するから、それを持って今から私について来ること。はい、行くよ」

男性自衛官がそう言って体育館から出て行こうとするところに、わたしを含めた抵抗者一同がぞろぞろと続く。

因みにわたしの部屋番号は、7。

7番目の部屋に行くことになるらしい。


体育館を出て敷地内にある道路を進んでいくと、やがてそこそこのサイズの建物の前で、先頭の男性自衛官が止まった。ここが寮か。

急遽定められた寮であるからなのか……抵抗者の人数は20人程度だが、その人数を収容(言い方が悪いか?)するにはやや建物が小さいような気もしつつ、わたしが建物を見ていると、

「ではここの見取り図を確認して、各自、自分の部屋に行ってみろ。その後は、他の自衛官が来るまで待機すること。良いな?」

と、男性自衛官に言われた。

「返事は?」

「はい!」

おっと、気が抜けていた。

もうお客様気分では駄目なのだ。しっかり返事をしなければならない。他の人達も同じだったようで、『返事は』と訊かれてから返事をしたが、小声で返事をしてしまったわたしとは違ってしっかり返事をしてくれたので、わたしの小声は何とか誤魔化せた。


さて、わたしは見取り図を確認する。

七号室は…二階の真ん中の部屋か。

ん?妙だな。

一階に部屋が5つ、二階に部屋が5つ。

合計で10箇所しか部屋が無いぞ?



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



寮は、全部屋が相部屋だった。

二段ベッドとかあるし。

考えてみれば、それもその筈なのか?寮での生活で何か教えて欲しい事があった時に、すぐ質問できるように上官とかと相部屋で過ごすという訳であるらしいのだが、それは合理的である。普通の自衛官も同様に相部屋で過ごしているのだろうか?まあ、この際もう構うまい。

「あぁ、梨乃…ちゃん…」

「………」

少なくともわたし側は、問題という程の問題だと思っていないのだが、とにかく問題は、わたしと相部屋になったのが、これからこの部屋に来るであろう上官を除いて、一人。

紫野梨乃ちゃんだったという点だ。

「…これは試練ですね。日常生活にまで苦労を強いられるという試練だと、私は受け取りました」

わたしにとっては問題ではなく、むしろどちらかと言えば嬉しいほうなのだけれど、対して梨乃ちゃんにとっては、どうやらわたしと相部屋になったことに問題があるようだった。

「いやいやいや、そんな(たか)を括っていた自分を悔いて腹を括ったみたいな勇ましい顔になるところじゃないでしょ」

梨乃ちゃんはここに来るまでの間、わたしとそれなりに仲良さそうに話していたのだが、自分のいた七号室にわたしが後から入ってきた時、わたしと相部屋だと分かった途端に面倒そうな顔をし始めた。

え、わたし、もしかして既に嫌われているの?

護送車の中であんな風にお喋りしていたのに?

「どうしたんですか?座って下さいよ、篠守さん」

「は、はい」

梨乃ちゃんの圧力のある指示に、わたしは気圧されて大人しく従ってしまう。って、いや、何なんだよその圧力は。『覚悟を決めた人間は強い』じゃねえんだよ。

梨乃ちゃんは椅子に、わたしはベッドに。それぞれ座って、上官がこの部屋に来るのを待つ。


「………」

「………」

やばい、何でだ。

何でこんなに気まずくなるんだ。

さっきまであんなに親しげだったのに。

「あ、あのさっ、梨乃ちゃん」

「何ですか」

「そう言えば、まだあんまり詳しく聞いてなかったから、改めて、梨乃ちゃんの異能について教えてよ」

何とかしなければ。気まずい空気を何とか。それとも、わたしが勝手に気まずくしているだけなのか?この期に及んでまだ、この子は『私には悪気は無かったのです』とでも言うのだろうか?

わたしの内心の穏やかでないのとは無関係に、さしもの彼女もそこまで冷たいということはなく、普通にお喋りに付き合ってくれた。

「私の異能、ですか。前に話した通りですが、まず細い糸を任意の場所に出現させることができます。私の位置からどれくらい遠くまで出現させられるのかは、まだ不明です。出した後から糸の形を変えることはできず、糸は例え空中にあっても全く動かず、完全に固定されたままの状態で保たれるようです。出せる本数は同時に一本までですが、如何様(いかよう)に折り曲がった状態でも出現させることができますので、そこはまあ工夫次第ですね」

「異能が発現してからまだそんなに経っていないのに、自分のこととはいえ結構詳しいのね」

「私は比較的真面目ですからね」

他の人は違うみたいな言い方をするな。

比較対象は私の目の前にいますみたいな言い方をするな。

「それで…私は最初、この糸が細いから切れ味を帯びているだけだと思っていたのですが、どうやらそんな単純な話ではないようです。いくらゆっくりと慎重に、頑丈な物体をそっと当ててみても、この糸に当たった部分だけがたちどころに崩壊し、斬られたような跡が付くのです。恐らくこの糸は、当たった物体の当たった部分を問答無用で破壊する効果があるのでしょう」

「それはまたえげつないわね…」

わたしが金足大学で20mの巨大な鴉と戦っていた(逃げ回っていた)時、梨乃ちゃんが駆け付けてくれたあの時も、だからあの大鴉はバラバラに解体されてしまったのか。あの何気に…

「『何気なく』ですね」

「…」

あの何気なく凄惨な光景は、正直、大鴉なんかよりもずっと怖かった。それまでは肉体にダメージを受け続けていたところを、あの光景を目の当たりにしたことによって精神的なダメージも受けたくらいだ。


と、わたし達がとっても愉快に談笑しているところで、わたし達のいる七号室のドアノブが、ガチャっと音を立てて回った。

外から上官が入って来る。

「はいはい、確認するぞー。点呼!篠守!」

「は、はい」

「紫野!」

「はい」

部屋に入って来たのは、女性の自衛官。

入って来るなり名前の確認をし始め、当然2人しかいないのだからそれはすぐに終わり、

「よし、揃っているな。私は今日からこの部屋でお前達と一緒に生活することになった、日倭(ひわ)かおりだ。敬称を付けて呼べよ。よろしく」

と、彼女は名乗った。

「よろしくお願いします」

わたしと梨乃ちゃんが、同時に返事をする。

日倭さんは、服装はもちろん隊服なので個性は無いが、顔についても特段個性的という訳ではない、平凡な容姿の女性だった。

ただ、背は高い。175cmくらいかな?

女性にしては、声はやや低めだ。


「あ、座ったままでいいぞー。そしたらこれから、今日の予定を発表する。さっきの集会でも聞いたと思うけど、何はともあれ、まずは隊服を支給する。ほら、これ」

言いながら、包装された服をわたし達に配る日倭さん

「開封してみろ。これは一般の部隊とは違う特別仕様で、抵抗者専用の制服だ。一目で抵抗者だとわかるようになっている。その下に着るインナーとかは、なるべく動きやすいもの、無地に近いものをという制限があること以外、自由とする。それで…ああ、もう今すぐ着替えちゃっていいぞ。詳しい説明は着替えながら聞け」

「…失礼、更衣室はありますか?」

梨乃ちゃんが恐る恐る尋ねる。

どうやら、着替えを見られるのに抵抗があるようだ。

「あー悪いけど、更衣室は無い。ここで着替えてもらう。強制入隊の割には、そこまで待遇が良くなくてごめんな。まあ女同士だし我慢しろ」

まじか。

わたし今日、全く色気の無い下着を着けて来てるんだが。わたしの女子力の低さがバレてしまう!

いや、待てよ?冷静になって考えてみれば、これは梨乃ちゃんの下着姿を拝むチャンスなのでは?へへっ。

と思って梨乃ちゃんを見ると、彼女はわたしを物凄い形相で睨みつけていた。

「篠守さん。貴方、そういう訳なんです?」

「な、なによ。そんな(うたぐ)って。別にそういう訳じゃないし。わたしは何も、やましいことは考えていないわ」

「いいから早く着替えろお前ら」

おふざけをしても上官からの印象が悪くなってしまうだけだろうから、冗談も程々に、わたしはなるべくチラチラ見ないようにして、渋々と服を脱ぐ梨乃ちゃんよりも先に、率先して服を脱ぎ始めた。こうすることで梨乃ちゃんが脱ぐハードルを下げてあげようという粋な図らいである。

「それでこれから体育館とかに行って、基礎体力を高めるための訓練を受けてもらう。今から20分後くらいかな?13時55分には到着してないといかんからな。初めて行く場所は私が案内するけれど、既に行ったことがある場所には自分達で時間通りに集合すること。わからなくなったらそこにある見取り図を読め。いいな?」

「はい」

当初の予定通りではあるのだろうが、あるいは気まずい空気を察するように、日倭さんは着替えている最中のわたし達に淡々と説明をした。

隊服は、中々着やすくて動きやすそうだ。

一般の自衛官が着るような迷彩柄ではなく、白と黒の二色でデザインされた柄の、抵抗者専用の制服。

うわあ、何だかテンション高いわ。高揚するって意味と、緊張するって意味の両方の意味で。


……因みに梨乃ちゃんの下着はやはり質素で、白だった。


「よし、そろそろ時間だ。行くぞ」

「はい」

日倭さんが立ち上がり、部屋のドアを開けて先に退室する。後から追うようにしてわたしと梨乃ちゃんも退室し、待っていた日倭さんがドアを閉めて施錠して、

「ついて来い」

と歩いて行く。

追従するようにわたしも歩き出したが、そこで不意に背後から、歩きながらに梨乃ちゃんから小声で声をかけられた。

「さっき私が着替えていた時、チラチラ見てましたよね」

「………」

バレてた。


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