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後日談(2)


という訳で今、わたしは金足大学前にいる。

普通なら、あんな手紙を読んだからと言ってこんな所に来るものではないし、いつものわたしならば尚更だった筈だけれど、そう言えばこの場所では一つだけやり残したことがあったのだった。

貪食獣とのコミュニケーション。

もっと具体的に言うなら、腹から大きな口を生やした人型の貪食獣・鎌田とのコミュニケーションである。

これができてしまえば、状況が好転するかはともかく、少なくとも貪食獣の正体に迫ることはできる筈だ。


「二度と来たくないと思っていましたよ」

「わたしと梨乃ちゃんが出会った場所なんだから、もっとテンション上げていかなきゃ」

「二度と来たくなかった理由で、テンションを上げるのですか」

……相変わらず梨乃ちゃんはわたしにだけ辛辣だけれど、まあ、ツンデレということにしておこう。

わたしの周りにはツンデレばっかりだ。わたしとある程度深い仲になると、どういう訳か全員がツンデレになって、とげとげしい言葉を浴びせてくるようになるのだ。可愛い奴らだ、まったく。

あはは……

話を戻すけれど、今日こんな変な大学に来たのは言うまでもなく、鎌田に会うためだ。決して、『人のことを喰おうとしておいて何だってあんな手紙を寄越すんだどういう風の吹き回しだその腹の中に米と香味野菜を詰め込んで火炎の中で()け死ね』という、単純な(いきどお)りをぶつけるために会う訳ではない。

それでだ、わたし一人では心細いけれど、かと言って皆を巻き込むのもどうかと思って、梨乃ちゃんにこっそり『二人きりで金足大学に行かないか』と提案したのだが……

あろうことか梨乃ちゃんは日倭さんにチクってしまって、結局上官を含めた少数精鋭で来ることになってしまった。

「やけに変わった大学じゃんか。はは、こりゃ熱いな」

「変わった大学として有名だからな。さて篠守、確認だが、本当にここで合っているんだな?」

実はわたしと梨乃ちゃん以外のメンバーも普通に同伴しているという叙述トリックもどきを披露した途端、急に喋り出す馬垣くんと日倭さん。空気が読める奴らだ。

わたしが語らなかっただけだけれど。

「このメンバーなら、大抵の相手には負けないでしょうね」

と、今度は梨乃ちゃんが言う。

本日のメンバーだが、上官を除いて抵抗者メンバーだけを紹介すると、わたし・梨乃ちゃん・熔巌(ようがん)くん…

「だから俺のことを下の名前で呼ぶな。あんまり好きじゃねーんだよそれ。苗字で呼べ」

…馬垣くん・そして御水見さんがいる。

御水見さんの容姿については、長めの(つや)やかな髪をいつも縛ろうとしないのが特徴で、髪を縛れとか、髪をもっと短くしろとか、そういうことをいくら言われても全然何もしないため、抵抗者だからという点もあり、特別にそれが黙認されている。

御水見さんはどこぞの無口ナイフおじさん…もといナイフ使いの上官みたいに、寡黙な女性である。


にしても、成る程これは少数精鋭である。

最強の盾、最強の(ほこ)、最強のあやとり、最強の水使い。これだけでも十分に負ける気がしない。

「確かに盾としては最強だが、まあ……その表現じゃ違和感は拭いきれねえぜ」

うるせえよごろつき野郎。てめえの女子の好みをアップデートしてやろうか。

「まあ、とりあえず中に入るぞ。篠守、例の鎌田とやらと遭遇したのは、医学部の五号館だったんだな?」

「はい確かです。忘れもしませんよ、あんな地獄のような体験をした場所ですから」

本当は、さっき思い出したんだけども。

さて、まだバリケードの名残として瓦礫が残っている校門を抜けて、わたし達は構内に入った。

懐かしいような気もするな。懐かしの場所というか、どちらかと言えばトラウマの場所だけれど。

「何だあの建物……、やっぱ変な大学だよな」

馬垣くんが呟いたけれど、初めて見る人はやっぱりそういう反応になるよね。この大学は、建物が現代アートみたいなものだから。

そうして、道中特に何があるということもなく、文字通り無事に、五号館に到着した。

驚く程の人気(ひとけ)の無さだ。妙な静けさだ。


「何度も繰り返して言いますけれど、ここ、本当に迷路なので。油断していたら普通に迷いますから。本当に気を付けないと」

「わーってるよ、そう何度も言うな」

いやいや、うるさいと思われようと面倒臭がられようと、何度でも言うとも。この迷路は本当にやばい。

中に入ってみると、ちょっと内装を見ただけで全員がその異様さを察したらしく、「見取り図を確認するか」という日倭さんの提案が満場一致で採用された。

近くにあった校舎内の見取り図を入念に確認し、どっちに行って、どこをどう曲がるかということをしっかりと考えた上で、それからやっとわたし達は校舎内を歩き出した。

階段を見つけて二階へ上がり、そこからは更に道が複雑化したため、曲がり角を曲がる度に後ろを振り返って帰り道の風景を確認し、それを幾度も繰り返した。


そうしてついに、見覚えのある場所に辿り着いて。

今、少し遠い位置に、『北準備室』の文字が見えている。


あの場所。文字通り、鎌田の餌食になってしまった人達の遺体があった場所。流石に、もう無いとは思うが。

「間違いなくあそこです。でも、あの中にいるとは限らないので、なるべく全方向を警戒してください」

意味があるかは分からないが、足跡を殺して歩くわたし達。

「うわ、くせえな……」

徐々に強まる異臭に顔が歪む馬垣くん。

しかし、これは。

この血生臭さと腐乱臭は……


まさか、片付けていないのだろうか?


「明らかにここから(にお)ってるよな…」

北準備室の真ん前に到着した。

当然のように、わたしがドアを開けることになっている。まあ、開けた瞬間に中から攻撃されるリスクを考えると、合理的なのかも知れないけれど。

わたしの背後には、臨戦態勢の馬垣くんと梨乃ちゃん、周囲の警戒を怠らない日倭さんと御水見さん、そしてナイフを構えた無口な男性の上官が一人いる。またあんたかよ、ナイフ使い。一体あんたは誰なんだよ、前から思ってたけど。

更には、大学の校門付近にも、もしもの時のために他の自衛官が控えてくれている。

初めてこの場所を訪れた時と比べると、随分心強い。

実際、ここまでの緊張感が必要なのかは疑問だ。わたし一人さえも捕まえられなかった鎌田が、このメンバーに傷一つでも付けられるとは思えない。どちらかと言うと、鎌田とかの貪食獣に襲われることよりも、この迷路のような道に迷うことのほうが危惧すべき問題だ。

とは言え、やはりドアを開ける瞬間は緊張するものであるが、それとは別に抱いていた嫌な予感が的中してしまったのは、かなり良くなかった。


「うっわ!」

「こいつ…!」

ドアを開けた先には、明らかに腐敗した人間の死体と。

その腐敗を気にも留めず、腹から伸びた首の先に付いた大きな口でそれらを貪り喰う、人型の貪食獣の姿があった。


「攻撃用意!」

日倭さんが叫び、それに呼応するまでもなく、わたし達は並び方を微妙に変えて陣形を組む。

それに対して貪食獣……鎌田は、ゆっくりと振り返る。

「ああ…ひさ…し、ぶり…グ…グウゥ…ギィ…」

「おいおい、こいつ、本当に会話ができる状態かよ?」

馬垣くんの疑問も尤もだ。わたしに襲いかかって来たあの時よりかはまだマシとは言っても、それよりもっと前の、初対面の時のように流暢(りゅうちょう)に喋ってくれるようなことは、どういう訳か、なかった。

喋り出した鎌田は、身体をぶるぶると震わせながら、まるで何かを抑え込むように、言葉を途切れ途切れに発する。

「あ、あの!鎌田さんですよね?あの手紙はあなたが送って来たんですよね?」

「そ、そウ…だよ。ぼくが…アア…送ってえ…送ったんだ」

「聞きたいことがあって、あの…」

「うぅ…アア…ア…ちょ、ちょっと…まって…」

鎌田は苦しそうに頭を抱えている。

一体どうしたのだろう?何が起こっている?

「ウアア……ア…き、ききたいこと、なに」

「あの、あなたはどこから来たんですか?」

「どこから…き…グ…グゥ…」

「お前らの正体は何だ?」

見かねた日倭さんが、わたしの後ろから鎌田に尋ねた。

「お前ら貪食獣は、どこから現れた?」

「ウウ…ウゥウ…どん、しょく…え」

……すると。

日倭さんの質問を聞いた途端、鎌田の態度が変わった。

「『え』?何だ?」

「おまえら…おまえら…?ウ、ゥ、グ…ギィ…」

「おい、一体どう…」


「ギィ…アアアアアアアアアア!!!!」


「っ!」

突然、襲いかかって来た。

あの時、わたしに襲いかかって来たように。

奇しくも、今度も前にいたわたしに、腹から大きな口を伸ばして、わたしに噛み付いてきた。

わたしは咄嗟に腕を出して、噛ませる。

腕に走る激痛。さりとて、この程度の痛みには悲しいことに、もう慣れてしまったわたしだ。

「鎌田さん!?落ち着いてください!」

「ア゛ア゛ア゛アアアアアアア!!!!」

「もう無理だ、紫野、攻撃しろ!」

日倭さんがそう言うと、馬垣くんと一緒にわたしの服を掴み、後ろに引っ張った。わたしの服は防弾・防刃仕様であるため、この程度で破れる訳は無いのだけれど、引っ張られた拍子に首が絞まったことだけは残念だ。

そして、わたしが引っ張られて後ろに下がると同時に、梨乃ちゃんの《固定斬撃(キャッツクレイドル)》の糸が鎌田を覆い尽くし、わたしを放すまいとそれでも前進してきた鎌田は、例によってバラバラに切断されてしまった。

腹から伸びた口は、しばらくわたしの腕を咬んだままだったが、やがて力が抜けて、ぼとんと床に落ちた。

後に残ったのは、鎌田の死体と、わたし達の沈黙だけ。


「………」

「………」

「うん……やはり、貪食獣とまともにコミュニケーションが取れると考えたのは甘かったのかも知れません」

梨乃ちゃんが、フォローとも叱責ともとれるようなことを言う。確かに、前に一度こいつはわたしを襲っている訳だから、普通に考えたらまた襲われるのは当然なのだけれど……

「でも、この化け物と最初に会った時は普通に会話できていたし、あんな手紙も寄越してくれたし、さっきだって、少しはわたし達と話をしようとしてくれていたのよね……」

「それについては、その通りだけどな……」

と、日倭さん。

「いずれにせよ、もうこの化け物は死んでしまったからな。死んだ者からは、情報を聞き出すことはできない」

「うーん……」

せっかく、何かしらの手がかりを掴めると思ったのに。


ここまで来てただでは帰れないと、念のためわたし達は北準備室の中を探索し、その周りの部屋も探したが、特にこれと言って変わったものは見つからず。

一応、腐敗しているとはいえ人の遺体に変わりはないそれら死体は、後から回収するらしいけれども。

「……帰るか」

結局、10分間程の探索の後に、わたし達は何の成果も挙げられないままに、金足大学を後にすることとなった。


後に鎌田の死骸が解剖され、色々と調べ上げられたそうだったが、専門用語とかはともかく、結論としてはただただ『よくわからない』らしかったし。

あの鎌田は、一体何だったのか。

そもそも、貪食獣とは何なのか。

全くもって、謎は深まるばかりである。

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