ADF・長野県支部
「月並みな感想だけれど、緊張するわね」
護送車から降りたわたしは、独り言を呟く。
「それでは案内します。ついて来て下さい」
自衛官のお姉さんが、わたし達にそう呼びかけて歩き出したところを、わたし達も後に続く。
自衛隊によって確保された安全地帯の真ん中、通称『特別保護区域』から、護送車に乗せられて30分ほど経った後、着いた場所は自衛隊駐屯地であった。
長野県某所、陸上自衛隊・葉川駐屯地。
駐屯地というのが県内に複数存在するのかは知らないが、この場所は同時に、対貪食獣戦闘部隊…別称ADF、つまりはあの巨大な怪生物と戦うための《抵抗者》の人員から成る部隊が所属するものと定められた、数少ない一つであるらしい。
それはそうか。抵抗者の数はそんなに多くない。全国津々浦々の駐屯地にいちいち配属していたら、一つの部隊あたりの人数が異常に少なくなってしまうから、ある程度は一箇所に集中させるように抵抗者を集めようという訳か。
「行きましょうか」
他にもそこそこの人数の同乗者がいたのだが、そのうちの一人である紫野梨乃ちゃんが一言そう言ってきて、わたしはそれに「うん」とだけ応えて、駐屯地南部の正門から中に入った。
数時間前、特別保護区域でのキャンプを楽しん…もとい、スマホゲームとか体を動かすとかくらいしかやることのない生活に辛い思いをしながらも何とか堪えていたわたしは、突然自衛官から呼び出されて、なんだ説教でもされるのかと身構えているところに、一応の簡単な契約書や誓約書に署名をさせられた。
その後、「ではこれから駐屯地に行ってもらいます。支度をして下さい」と言われ、護送車に乗せられてここまで来たという訳だが……
わたしの脳内での勝手なイメージで、自衛隊駐屯地といったらそれはもう大仰な、軍事力が一目で判るようなイカツい様相を呈しているのだろうと思い描いていたのだが、実際に目にしてみればあっさりしたものである。
わたしと梨乃ちゃん、更には同乗者の数名が、自衛官のお姉さんに追従する形で歩くことになっているのだが、不注意ながらもよそ見をすると様々な建物が立ち並んでいるのが見えて、たまに運動場のようなグラウンドもあるのがわかる。
割と、大学とかと似ているような印象を受けた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ここの中で、適当に並んで待ってて」
そう言って案内されたのは、体育館だった。
自衛隊駐屯地にも、体育館ってあるんだなあ。てっきりわたしは、訓練場とか鍛錬場みたいなガチな施設しか無いのかと思っていた。
「自衛官にもちょっとした遊びは必要ですからね。スポーツなどを楽しむために、こういった施設があってもおかしくはありません」
「それもそうか」
わたしは納得を示す。
学校っぽいとも思うが、それにしてはやや広い体育館だ。辺りを見回すと、人混みという程の量とは言わずとも20人程度の人達がいるようだが、これだけ人がいても全くもって密集している感じがしないというのが、この体育館の何気ない広さを意味しているのだろう。いやまあ、密集していると感じるかどうかは、わたしの感性の問題かも知れないけれども。
ん?待てよ、自衛官の迷彩服を着ていない人が結構多いのだが、ということは、この人たちは民間人…否、元・民間人なのか?
わたしと梨乃ちゃんがここに連れてこられたということは、さっきの護送車の同乗者もそうだが、もしやここにいる全員が、異能を持つ『抵抗者』なのか?
「篠守さん、私は少しお手洗いを借りることにします」
「ああ、いってらっしゃーい」
すたすたと歩いて、梨乃ちゃんは退出していった。
ここで待っていろとは言われているが、待った後のわたし達の身に何が待っているのかは実のところ聞いていない(言われていないのか、わたしが聞いていなかっただけなのかは定かではない)。
概ね、これからのことについて色々と説明を受けるのだろうが、梨乃ちゃんはそれまでに戻って来れるかな?
わたしに何か、できることは無いだろうか。梨乃ちゃんが戻って来れないようにして恥をかかせてやるために、何かできることはないのだろうか?どうすれば、あの抜け目の無い後輩は遅刻するだろうか?考えろ、考えろ…!
……と。
「なぁんか、変な奴がいるなぁ」
横から声がしたので見てみると、そこにはわたしを窺うようにして見ている青年がいた。
観察しているという感じか、しかしじっと見つめるでもなく、じろじろ見るでもなく、舐め回すようにいやらしく見るでもなく、強いて言うならば懐疑的な眼差しを向けてきているという風な態度で、わたしを見ている。
青年というか、もしかしたら少年なのかも知れないような、わたしと同じくらいの歳に見える容姿だ。橙色が混じったような鮮やかな茶色の髪は、普通程度の長さ…短髪とも長髪とも言えない程度の長さで、カジュアルな感じのジャケットの下には朱色のシャツ。デニム生地のズボンを纏った脚は割と長く見えるような気もするが、頭抜けて…文字通り頭抜けて身長が高いという程でもなく、平均的な身長の持ち主であるように見える。170cmくらいか。
「よう、俺は馬垣ってんだけど…ああいや、『変な奴』ってゆーのは、別にお前のその狡猾で陰湿そうな雰囲気のことを言ってるんじゃねえからな、安心しろ」
……えぇ?