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エピローグ


狼型の貪食獣との激闘を終えた後も、引き続き長野市の貪食獣の駆除を続けたわたし達は、日が暮れて辺りが暗くなってから暫く経った頃、大量に(のこ)された貪食獣の死骸を片付けるという何とも嫌な作業に取り掛かって、その後にやっと葉川駐屯地に戻って来れた。

上官曰く、その辺にテントでも建てて野宿のように夜を明かしてもいい(わたしはよくない)が、今は暗闇の中からいつまた貪食獣が現れるかわからない状況であり、まだ経験の浅い抵抗者のメンバーがいざという時に応対できるかが不安であるため、一旦葉川駐屯地まで戻ることにしよう……とのことだった。

帰ってみると、1週間足らず過ごしただけの場所がやけに懐かしい。わたし以外は命がけ、わたしについてもほぼ命がけみたいな任務だったから、生物としての生存本能がそう感じさせるのだろうか?

一旦と言わず、ずっとここに居たい。もう長野市の安全確保とかやめにしないかしら?


「寝たいよ…休みたいよ…また明日も任務かよ〜…」

「干物女かよ〜」

「ちょっと前までの威勢はどうしたんだよ〜」

「この後も色々とすることはあるんですから、まだ気を抜いては駄目ですよ〜」

こいつら……

わたしの語尾を皆こぞってイジり倒してきやがる。しかも、日倭さんも馬垣くんも梨乃ちゃんも全員、一様に真顔でだ。これではわたしを単にからかっているのではなく、嫌っているのではないかという疑惑が出てくる。

大型ヘリから降りて、駐屯地の中にある寮を目指して歩き始めると、誰が誰に合わせたという訳でもなく、日倭さんはわたしの前に、馬垣くんがわたしの左に、梨乃ちゃんがわたしの右に、自然と並んで歩く形になったのだが。

「それにしてもあの狼型の貪食獣、何であんなに知能が高かったのかしら?ねえ馬垣くん?」

「俺に振るのかよ。紫野ならお前の右にいるぞ」

「馬垣さん、私になら振っても良いかのような言い方はやめてください」

「あの狼どもはさ、そんなに巨大ではなかったじゃない?なら脳容積もそんなに大きくない筈だったのに、随分と小細工を(ろう)してきたのよね」

「すげえな、誰一人として相手の質問に答えねえなおい」

日倭さんが振り返って、わたし達三人に突っ込んだ。

「まあ、脳容積が小さいのにってのは、言うほど不思議でもねーけどな」

日倭さんの言う通り、ここまでにおいて誰もわたしの問いかけにまともな受け答えをしてくれなかったが、ようやく馬垣くんが質問に答えてくれた。何気ない部分で意外と優しいというのは、不良あるある……なのか?

「身体が小さかったら知能が低いっていうことなのであれば、カラスやタコはどうなるんだよ」

「え?(からす)?鴉って、体長15mくらいじゃなかったっけ?」

「いつの話をしているんだよ。お前は何を言っているんだよ。前巻の話を俺にするなよ。俺は今回が初登場だから何も知らねえんだよ」

「冗談はさておき、まあ確かに身体が小さい分際で小賢しい鳥畜生もいるわよね。何でかしら」

「流れるようにお前の小動物に対する差別意識が露呈しているぞ。自分より体格が小さい相手をどれだけ見下して生きてきたんだよお前は。女の子相手でも平気で殴りそうなのは、むしろお前だよ」

馬垣くん、なんて酷いことを言うんだきみは。わたしはそんなこと、絶対にしないのに。自分より体格の小さい女の子に、体格差をチラつかせて脅すことはあるけれど、暴力を振るうことなんて無いぞわたしは。

「知能は、脳の絶対量の他に、肉体を機能させるために必要な量よりもどれくらい脳の量が多いかという基準でも左右されるのですよ、篠守さん。つまり、身体の大きさの割には脳が大きいという状態だと、知能が高くなるという訳です」

相変わらず博識さを見せつけてくる梨乃ちゃんに対して、わたしが意地を張って「まあ、わたしもそれは知っていたわよ。今のは二人を試したのだわ」と言った辺りで、わたし達が生活するADF寮に着いた。

他の全員がわたしの言葉を無視し、「よし、着いたな」などと言った。


「じゃ、俺は部屋がこっちのほうだから」

そう言って別れようとする馬垣くんを、わたしはふと気になって呼び留める。

「あ、そういえば馬垣くんのルームメイトって誰?相部屋でしょ?相部屋……だよね?」

「安心しろ。相部屋を拒否されるくらいに問題児でもVIPでもないつもりだよ、俺は。お前だって相部屋なんだしな」

「え?それってわたしがVIPみたいなものだっていう…」

「俺のルームメイトは左門だよ」

わたしの言葉を(さえぎ)って、馬垣くんが言う。

「え、ああ、左門さんだったの?」

「お前、左門には『さん』付けなんだな…」

「いやまあ、歳上っぽいし」

「俺より1つしか上じゃないんだけどな」

「じゃあわたしよりは2歳上でしょ?それは誤差にはならないわよ〜もう〜」

「お前はいちいちムカつく喋り方をしないと生きていけないのか。もういい、さっさと部屋に行け」

そう言って、馬垣くんはこれ以上の問答は無用とばかりに背を向けて、わたしの部屋とは別方向に歩いて行った。

もういいかどうかを決めるのはわたしだったような気もしたし、何か他にもわたしから馬垣くんに質問したいことがあったような気もしたが、まあ、あまり重要ではなかったと思うから良しとした。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



部屋に着いてから、そこでまずはシャワーを浴びようという話になった。まだ入浴の時間ではなかったのだが、この寮にはそれぞれの部屋につき1つずつシャワー室があり、これを空き時間に自由に使うことができる。少し汗臭いからという理由で、(わず)かな空き時間を利用して迅速にシャワーを浴びることにしたのだ。

時間が無いため、わたしが「梨乃ちゃん、二人で一緒にシャワー室に入ってお互いに洗いっこをしてしまえば、効率が良いと思うの」という合理的な提案をしたところ、何故か梨乃ちゃんがそれを当然のように却下したため、一人ずつシャワーを浴びた。

おかしいな。彼女にはまだ何もしていないのに。


そうしてわたしと梨乃ちゃんの二人ともがシャワーを済ませた後、食堂に向かった。

ここの駐屯地の食事は質素ながらもそこそこ美味しいので、わたしは中々に気に入っている。学校給食とは違う感じだけれど、何だか懐かしさを覚えるようなご飯だ。

「んー……」

「『んー……』って?どうしたの、馬垣くん?」

食堂で馬垣くんと左門さんを見つけたので、わたしは馬垣くんの正面に座って食事を始めたのだが、そこで馬垣くんは難しそうな顔をし始めた。

「なあ篠守、お前の隣に座ってもいいか?」

「え?」

かなり意外な発言に、わたしと一緒に来ていた梨乃ちゃんや日倭さんが、動揺したような反応を見せる。

その二人の『馬垣、お前どういうことやねん?』みたいな顔をよそに、わたしはここぞとばかりに揶揄(やゆ)しようと畳み掛ける。

「なになにどうしちゃったの馬垣くん?もしかしてわたしに恋でもしちゃったのかなー?」

「いや、お前の顔を見ながらだと、飯が不味くなるから…」

「カメラ止めろ」

カウンターを食らってしまった。

やめて?なんにも悪気が無さそうな感じで、悪気は無いけど申し訳なさはあるみたいな感じで言うのはやめて?ガチっぽくなるから。

今度はわたしが動揺し、その一方で梨乃ちゃんや日倭さんは安心でもしたかのような態度で、

「なるほど。私はいつも隣なので、気付きませんでした」

「それはしゃーない。この辺の食器をこっちにずらすか」

などと言い出すのだ。

ちょっと待って?わたし、いじめられてないか?いや、これはむしろ、偶然、全員から別々に嫌われているかのような…?

どういうことだ。


ところで、先程から気まずそうにしている左門さんだが、改めて見てみると、まあ……普通である。

外見の特徴の無さで言うなら梨乃ちゃんを男性にしたみたいな感じで、しかし特段、物静かという訳でもなく、普通の男性だった。

「そうだ。左門さん、今日の任務では結構な活躍をしてましたよね。お疲れ様でした」

ちょうどわたしも皆から嫌われそうになってて気まずかったから、気まずい者同士喋ってみようと、わたしは左門さんに話しかけた。

何とかせねば、この空気を!

「ああ、いえ、そんな大したことはしていませんよ。僕は守られてばかりで……」

それは確かにそうだったのだが、気まずい空気をどうにかするために、わたしは社交的に話さなければならない。

「いえいえ!そんなことありませんよ!最後のほうの、狼型の奴らを一網打尽にする作戦の時なんて、左門さんがいなかったらどうなっていたことか!」

「篠守さん、何も場を持たそうとして無理に雑談をしようとする必要は無いのですよ?どうぞ黙っていてください」

と、今度は梨乃ちゃんが言ってくる。

どうぞ黙っていてくださいと言われると、それは本当に親切心から配慮しているだけなのだろうか、ただわたしを嫌っているだけなのではないかという疑念が生じてしまうが、わたしが梨乃ちゃんから嫌われる理由は何一つとして思い当たらないので、これは邪推だろう。

わたしは黙らない。

「あはは…まあ、誰か一人でも欠けていたら、ああまで上手くはいかなかったと思いますけれどね」

「それについてはその通りだな。最後の最後、狼の奴らを一網打尽にした時こそ余裕があったけれど、それまでは本当に余裕が無かったからな」

味噌汁を飲みながら、左門さんに同意する馬垣くん。

「まあ、約1名、余裕の無い状況でも調子に乗ることを貫いた酔狂な奴もいたけどよ。本当にもう、なんならこいつのせいで余裕が無くなったと言っても過言じゃねえな」

「そうなの?馬垣くん。うわー、そんな奴がいたなんて、許せないわ。せっかく皆で必死に戦っていたのに。陣形が崩れそうになっては立て直して、誰かがやられそうになってはカバーして、啐啄(そったく)同時のコンビネーションを繰り広げていたというのに。誰かしら、そんな風に、腹を刺された痛みで悶絶すると見せかけてサボっていたり、前衛なのに陣列の後ろに居たり、撃たれても怪我しない癖して撃たれるのを嫌がったりしたような役立たずは」

「そこまで言ってねえし、そこまで言うつもりも無かったし、反省してるんだか反省してないんだか分からねえし、もう訳わかんねえよ」

反応に困るぜと、呆れたように言いながら、再び味噌汁を啜る馬垣くんだった。

果たしてわたしは、叱責の回避に成功した訳だ。へへっ、これが世渡りのテクニックである!

……悲しくなってきた。


その直後もわたし達は、他愛の無い話を繰り返しながら食事を続けた。

何というか、いつも通りだ。いつも通りなのだけれど、随分と落ち着く。我ながら、微妙にダサい気分だ。『こんな当たり前が実は幸福なんだ』みたいな月並みな感想を、痛い程に実感してしまっているのだから。

ご飯を食べて、そこそこ美味しくてお腹も満たされて、ただそれだけのことで『明日も頑張ろう』などと思えてしまうのだから。

まあ、まだお腹六分目といったところだし、ご飯も残っているのだから、『お腹が満たされた』と言うのは語弊があるかも知れないけれど。

「ごちそうさまー」

「……早くね?」

意外なことに、先に食べ始めていた馬垣くんと左門さんを差し置いて、一番最初に食べ終えたのは日倭さんだった。結構な量を皿に盛っていた筈なのに……、これには馬垣くんも間を置いて困惑する。わたし達のようなひよっこどもとは、どうやら食べる速度すらも格が違うらしい。

それから次に食べ終えたのは、左門さんだった。食べる速度が早いというのもあるが、彼の場合はそれだけでなく、そもそも食べる量が少ないらしい。少食男子ってやつか。

「さて馬垣くん、もしかしてお残しするのかな?」

「抜かせ。食べ切るわ、こんな量」

馬垣くんの皿には結構な量が残っている。ただその割には、食べるペースが落ちてきているようだ。

「だってお前、この後も鍛錬をしなきゃならねえんだろ?栄養補給をしっかりしとかねえと」

「意外と真面目なんだね。梨乃ちゃんみたい」

「篠守さん、その発言はやめましょう。気まずくなります」

「気まずくなるな、確かに。ここで俺が怒ったら紫野に失礼だし、かと言って喜んでも変だし、反応に困るからよ。やめろ」

「そ、そう……」

この二人に結託されて、ましてや本当に切実な態度で頼まれてしまっては、さしものわたしも引き下がるしかない。


と、引き下がったとは言え。

「あ、そうだ。良い機会だし」

そこでわたしはあることを思い出したため、あまり重要ではないものの、それまでずっと疑問に思っていたことを、馬垣くんに確認してみた。

「ねえ馬垣くん。聞き忘れていたけれど、馬垣くんの下の名前って、何ていうの?」

「あん?……ああ、下の名前。オリジナルネームな。一瞬、また品の無いことを言い出したのかと思ったわ」

「『下』の読み方が違うのよそれは。馬垣くん、流れるようにわたしに対する甚だしい偏見が露呈しているようだけれど。わたしはさっきまで馬垣くんのことが好きだったけれど、今嫌いになったわ。残念ね、こうやって人心は離れていくのよ」

「流れるように嘘を()くな。そして吐いた嘘を流し(ひな)のように流すな。質問に答えてやらねえぞ」

『流し雛のように』という聞いたことのない比喩はともかく、答えないぞと言いながらも、馬垣くんは答えてくれた。

こういうところだよな。

悪ぶっているだけか?こいつ。

熔巌(ようがん)だよ。馬垣熔巌。熔化(ようか)の熔に、巌窟(がんくつ)の巌で、熔巌って読む。うちのクソ親父がな、変に読みにくくて書きにくい名前を付けてくれたもんでな。意味は溶岩と大体同じらしいんだけどよ」

「……ふーん」


ここまで彼に対して、掴みどころの無い不良少年とか、あるいはただのツッコミ担当だとか、そんな風な印象しかわたしは持っていなかったのだけれど、少しだけとはいえ、珍しく気恥ずかしそうに自分の名前を語る彼は、本当に少しだけではあるが、人間味があるように見えた。

その感覚を、この後食事を終えて課業を終えて、就寝時間になってベッドに寝転んだ時にも、ふと思い出すことになるのだが。

親から、もしくは祖父母から付けられた名前を、表面的には恥じつつも、心のどこかで気に入っている。

わたしの中では少し前までよくわからない男の子だった彼だって、結局はわたしと同じ人間なんだなと、改めてそう思った。

しかしながら、他者を理解したところで、自分に対する理解が浅ければ、自他の相違(そうい)近似(きんじ)を正しく認識できる訳ではないのであって。

そもそも他者を…この場合で言う馬垣熔巌くんを、理解したと言う程に理解している訳でもないわたしに、そして何より、自分自身をあまり理解できていないこの時点でのわたしに、果たしてその親近感が妥当なものであったか否かを断ずることは、できなかった。


「あーあ。難しい」

「何がだよ」

「さあね。この後の課業の内容じゃないかしら?」



(続)


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