改めて、異能の話をしよう
うーん、やっぱり、異能をもっと詳細に説明しておくべきだっただろうか。
あ、いや、違う違う。こうじゃなかった。
こほん。
わたしの予想通り、この時点で読者の皆さんは、今わたしと一緒に戦ってくれている抵抗者メンバーの異能の効果を詳細には理解できていらっしゃらないだろう。
しかし、これは予想通りである。
一気に沢山説明しても読者にかかる負担が大きくなってしまうだろうという、粋な語り部たるわたしの粋な図らいだったのだ。決して詳細を忘れていた訳でなく、さっき皆が戦っているのを観て思い出した訳ではなく、わざと適当な説明をしていたのである。
しかし、それもそろそろ、もういいだろう。今度はもうちょっと詳しく、そうだな……図鑑みたいな感じで紹介してみよう。
図の無い図鑑である。
①わたし。淑女。篠守久凪。異能は《不壊》。自己対象。身体が頑丈で、基本的に外傷を負うことは無い。ただ痛みは感じる。
②紫野梨乃。後輩ちゃん。異能は《固定斬撃》。他対象。自分から30m以内の位置に、長さ最長100mの糸を1本だけ出現させる。糸の形状は自由。糸は、重力を含めて外部からどんな力を受けても全く動かず、最初に出現した位置に固定され続ける。この糸に触れると、どんなに軽く触れた場合でも、触れた部分が切れる。一度異能を解除すると、次に異能が使えるまで2秒くらいのクールダウンタイムを要するらしい。
③馬垣くん。ツンデレくん。下の名前は知らない。異能は《万物融解》。他対象。手で触れた物体が固体だった場合、その物体の任意の範囲を、融点よりも10°くらい高い温度にまで瞬時に加熱することができる。触れた物が固体でなければ、何も起こらない。手が熱を遮断するようになっているため、自分で融かした物の熱のせいで火傷をすることもない。
④国栖穴八束さん。女性。異能は《硬化》。他対象。自分から15m以内にいる全ての生物の肉体のうち、任意の部分を非常に硬質に変化させる。硬化した部分は、硬いとは言っても脆くて、硬度は少なくとも10に達するが、靭性は2くらいしかないそうだ。一度に硬化させられる範囲は1cm^3と狭いが、いくらでも無制限に連発が可能。これにより、貪食獣の身体を少しずつじわじわと硬化させ、最終的には石像のようにしてしまうことができる。
⑤左門凍さん。男性。異能は《月下湖面》。他対象。半径40m、高さは地上に3mと地下に3mの円状の領域を作り出す。この領域に入るのは容易だが、出るのは一方通行の障壁が邪魔をしてくるので困難。領域内の地面、つまり地上と地下の境界である二次元空間には、体長およそ6mの馬鹿でかい怪魚が一匹存在し、領域に入った生き物に無差別に襲いかかる(極めて小さい生物と左門さん本人は例外)。この怪魚は《不壊》のわたしの肉体のように、攻撃が効かない肉体を持つ。
⑥谷貝居萱さん。男性。異能は《干肉》。他対象。対象物に含まれる水分を、表面から深部へと順番に、急速に蒸発させる。それが凍っていようとも、フリーズドライのように蒸発させる。その際、温度は上がりも下がりもしない。
⑦御水見深海さん。女性。異能は《船幽霊》。他対象。一度に約500mlまでの水および水溶液を、自由自在に操る。正確には、液に含まれる水分子一つ一つの運動状態を操る(え?凄くね?)。大抵の場合、水を相手の呼吸器の中に入り込ませて相手を溺れさせたり、超高速で水をぶつける脳筋物理攻撃をしたりといった具合で使う。
⑧荻原萩原さん。女性。異能は《黄金剣》。他対象。いつでもどこでも黄金の剣をその手に出現させ、それを使って戦う。この剣でとどめを刺された貪食獣は眷属となって剣に吸収され、四次○ポケットのように、あるいはモン○ターボールのように、剣の中に収納される。いや、ごめん、適当に言ってる。理屈は知らん。とにかく吸収した眷属は任意で出現させることができて、能力者である荻原さんに絶対服従する。
⑨真鈴真鈴さん。女性。異能は《冷凍庫》。他対象。最大で半径4mくらいの、任意の球状範囲内にある全ての物質を瞬時に膨張させ、密度を下げる。大体、密度が半分になるくらいまで膨張させられるらしい。そして、任意のタイミングでそれを元に戻す、つまり瞬時に収縮させることができる。膨張する際には普通に温度が下がり、収縮する際には普通に温度が上がる。そこは物理法則に従うようだ。使用後は、5秒間だけ使用不能になる。大抵は、膨張させた空気をタイミングよく収縮させ、その位置に貪食獣を吸い込んで貪食獣の体勢を崩すという風に使うか、貪食獣に直接使っているみたいだけれど……なんか、物理に詳しい梨乃ちゃん辺りから言わせると、これもこれで相当凄い能力らしい。なんでも、膨張や収縮の速度があまりにも速すぎて、普通ならあり得ない現象が起こる可能性もあるんだとか…?
⑩髭根まいさん。女性。異能は《研磨》。自己対象・他対象両方可能。自分から80m以内にある対象物の表面の任意の範囲を、ツルツルの滑らかな状態にして、摩擦が起こらないようにする。摩擦係数を0にするっていうやつだ。同時に9箇所の場所に対して有効。大抵、貪食獣の足元の地面をツルツルにして、貪食獣の足を滑らせて転倒させるように使う。因みに、長野県支部の抵抗者隊員が持つ異能の中で、射程距離が一番長い異能がこれである。
以上。
さて、何故ここで改めて異能の解説をしたのかというと、それはここからの展開において、全員の異能が余すところなく役立つことになるからだ。一人でも欠けていれば、こうも都合良く勝利することはできなかっただろう。
勝利。まあ、これくらいならネタバレにはならないだろう。殺し合いのような命のかかった場面において、主人公はどうせ勝利するか、そうでなくとも死にはしないものなんだから。あはは、楽なもんだぜ。
ではでは、重ねて改めて、本題に戻ろうか。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「なかなか総員撤退が許されないってのが、殲滅を目的とした任務の辛いところだよな」
物憂げに、日倭さんは言う。
「そうですね。こんな言い方をすると怒られてしまいそうですけれど、この場合に限って言葉を選ばずに言うなら、今わたし達は侵攻するために戦っているようなものですもの」
「本当に全く言葉を選ばないのも珍しいなおい。自衛隊は侵攻はしないぞ。ただ奪われた領域を取り返すだけだからな、そこ間違えちゃいかんぞ」
「覚悟はいいですか?わたしはできてません」
「恥知らずのスティッキーフィ○ガーズかよ」
少し前に、小型ヘリから無線での連絡があった。
その内容は、地上にいるわたし達にも推測できることで……
曰く、『左門さんの領域を囲んでいた狼のうち、待機グループが奇襲をかけて狼を殲滅し始めた場所と反対側にいた狼達が、迂回して待機グループの方面に移動している』とのこと。
ここで言う『待機グループ』というのはもちろん、元々大型ヘリの周囲で待機していたわたし達のことであるが、わたし達が来て狼どもを攻撃し始めてから少し経った頃、(左門さんを中心に考えて)わたし達と戦っている狼と反対側にいた狼どもが、突然どこかに行ってしまったそうだ。
まあ、そうは言ってもここは大都会ではない。ヘリの上からなら、どこに行っているのかは割と普通に目視できる。『どこかに行った』と言う程に、行き先は不明瞭ではない。
狼どもは解散し…あるいは散開し。
二手に分かれて、わたし達のほうに迂回しながら向かって来たということだったらしい。
で、今のこの状況に至る訳だ。
わたし達は今、狼に囲まれてしまっている。