連係技
「篠守、お前は奴らを減速させるだけで良い!」
「盾にならなくても良いっていう優しい指示に見せかけた、的確に狼の突進を捌けっていう無茶振りをしないでよ」
おっと、間違えた。相手が馬垣くんならばツッコミを入れて良かったのだが、今わたしに指示を出してきたのは日倭さんだ。間違えて上官に突っ込んでしまった。
そう言えば言い忘れていたが、今わたしに対して怪訝な顔を向けている日倭さんは、大型ヘリ周辺で待機するグループに属していたため、今も小型ヘリの側ではなく、わたし達側にいる。というか、わたしの真後ろにいる。
その日倭さんが無茶振りをしてきたという訳だ。
左門さんを助けるために……いや、建前は、狼どもをことごとく殲滅するためにか、わたし達は左門さんを包囲する狼型の化け物の背後から忍び寄り、つい先程奇襲を仕掛けた。
奇襲によって殺り切れなかった狼どもが、すかさず応戦してきている状況だ。
ともかくわたしは前に出て、言われた通りに試みる。
狼の注意を引き、突進を避けて躱して、そのついでにちょっと力を込めて減速させようと試みるが……駄目だ、全然押さえつけられない。全然減速しない。
「駄目か…!」
と、背後から日倭さんの声。
強引に食らいつく感じで押さえつけようものなら、逆にわたしが引きずり回されそうだ。そりゃ狼の方が体格は圧倒的に上なのだから、仕方ないか。
って、仕方ないかじゃ済まないじゃん。どうしろと言うのだ?やっぱり無茶振りじゃないか。
失敗したら、罰だと言わんばかりにわたしごと撃たれるし。『駄目か』と判断されたらまずいんだよ。背中がめちゃくちゃ痛いし。ショック死しそう。
十分に引き付けてからと言わず最初から撃って欲しかったところだが、狼どもの向こうには左門さんもいるということを忘れてはならない。狼が十分に接近してきたところで、つまりは角度的に左門さんへ流れ弾が飛んで行かないところで撃たなければならないのだと言う。
いや、左門さんよりもまずわたしだろ。
わたしに当たってるんだよ。痛くて痛くて、ショック死しそうになってるんだよ。意識が飛びそうなんだよ。着用している衣類は全て防弾仕様だから、穴が空いたりはしないけれども、そんな些事が救いになるかってんだ。
「目だ!篠守、眼潰しを狙え!」
と、意識が朦朧としながらも必死に体勢を立て直すわたしに、今度こそ馬垣くんの指示。
喧嘩慣れしていそうな不良ならではのアドバイスだと思わなくもないが、実際にわたしに突進してきた狼に対して、突進を避けてから狼の眼を指の腹でぎゅっと押し込んでみると、確かに狼は減速した。
なるほど……、眼潰しをされると眼を瞑る。『目潰し』というよりは、『目瞑し』。そして眼を瞑ると、突進したくはなくなるものだ。何も見えず、周囲に何があるか把握できない状態で突進するのは危険すぎるため、あらゆる生物は本能的に、眼潰しを食らうと足を止めるものなのだろう。それが正体不明の生物である貪食獣にも当てはまるというのは、微妙に意外な気もするけれど。
「しゃあ!」
そうして足を止めた狼を、馬垣くんを始めとした、わたしの背後に控えていた他の皆が攻撃し、殲滅していく。これはそういう作戦で、そういう陣形だ。
……いや、やっぱりわたし、盾扱いじゃねーか!
何なんだこの陣形は。前衛が1人しかいなくて、後衛が10人以上いるぞ?どんな偏りだよ。
まあわたしの異能の性質上、これも仕方ないのだろうし…腐っても一応は前巻のエピローグであのような決意を述べたわたしだから、やるけれども。
もうそろそろいい加減に、こいつらのツノを避けて突進を捌くのにも慣れた。それでももちろん、集中し続けなければすぐにミスをしてしまいそうだけれど。
ならば、集中すればいい。
集中。
とにかく今は、こいつらを捌くことだけを考えろ。
よく見るんだ。口からカジキの如く生えたツノみたいな突起をわたしに向けて、突進してくるこいつらの動きをよく見ろ。
次はどこだ?どこを狙ってくる?腹か?胸か?
…ん?
「う!?」
ーーー不意打ちだった。
別に死角から攻撃された訳ではない。相手はわたしの目の前にいて、わたしも相手をよく見ていたのに、不意を突かれてしまったのだ。
二匹の狼が同時に向かってきたので、わたしは左の一匹を後ろにいる味方に任せて、右のもう一匹を捌こうとした。右の狼のほうが、やや先陣を切る形で向かってきたからだ。
予定では、わたしは右に避けるつもりだったのだが、しかしどうしたものか、わたしが担当しようとした狼は、ツノをやけに右に向けた状態で向かって来たのだ。
右に避けたいのにツノが邪魔で避けられず、仕方なく左に避けたのが、しかし、間違いだった。むしろそれこそが、狼の狙いだったのかも知れない。
あからさまに露骨に、わたしの右を狙った攻撃。
左に避けてくれと言わんばかりの攻撃。
そうだった。こいつらは、相当知能が高いのだった。
攻撃を左に避けたことで、自然とわたしは左にいた狼の前に躍り出る形になったため、ならば今度はこいつの攻撃を避けてやろうと思ったその瞬間。
わたしは首を斬られた。
「ぐッッ!?」
斬られて、そして、腹を突き刺された。
右にいた狼は、わたしが左に避けるや否や、そのツノをこちらへ振り回してきたのだ。もちろんツノは刃物ではないのだが、尖った先端がかするように当たれば、斬れ味は十分だろう。ツノで突き刺そうとするのではなく、振り回す動き…斬る動きで、わたしの不意を突いてきたのだ。
こういうのはどちらかと言うと、『不意を突く』ではなく『意表を突く』なのだろうが、しかしやられた側の気持ちとしては、不意を突かれたのと何ら変わりない。
もちろん言うまでもなく、《不壊》のわたしの首を本当に切ることは不可能なのだが、それでも痛みは感じるし、そして痛みを感じてしまえば、どうしてもどうしようもなく、意識がそちらに向いてしまう。
言い方を替えるなら、気が散ってしまう。
その、わたしの気が散った一瞬の隙を(二重の意味で)突くようにして、左にいた狼は急加速し、わたしの腹を突いてきたという訳であった。
「篠守まじか…!」
わたしは痛みに悶えながら、前衛が突破されたことに対する、後衛の馬垣くんの感嘆を耳にする。
そう、問題はわたしが強烈な刺突を不意に食らって、激痛でノックダウンされてしまったという点にある。
これでは盾としての、極めて重要なわたしの役割が果たせない。
まずいぞ、後衛のみんなが危ない。なんたる不運か…
…いや。
違う、不運ではなく戦術だ。決して偶然ではなく、この二匹の狼は、最初からわたしを攻略することで陣形を乱すために、戦略として戦術として、このような連係技を見せたのだ。
金足大学でも多少は目の当たりにしたつもりでいたが、ここまでわかりやすく、誰の目にも火を見るより明らかな連係を貪食獣が披露する様子は、これが初見であった。