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緊急事態発生


「気を抜くな!」

囲まれながら、一所懸命に銃を連射する上官。

一所懸命。大型ヘリを守るような動きだ。

四足歩行の化け物は、見た目はほぼ狼なのだが、口の先端が極端に尖っている。カジキのように、口からツノみたいな剣みたいなクチバシみたいな突起を生やしている。

何なんだ、この異形の狼は。

しかもその狼どもは勿論、単独ではない。どころか、パッと見ただけだと数えきれない。恐らく20匹はいるだろう。

金足大学の大鴉と同様に、またもや、集団行動をするタイプの貪食獣である。身体はそこまで大きくはないが、それでも虎とかライオンくらいの大きさはある。

体長は2m弱といったところか。


「おい篠守、ちょっと俺の盾になれ」

「え?そ、それはぁ〜…まあ、しょうがな…」

「はよしろ」

あんな尖ったクチバシみたいなやつで刺された時の痛みを想像して躊躇するわたしだったが、そこで馬垣くんがわたしの腕をがっちり掴み、素早く背後を取って羽交い締めにしてきた。フルネルソンホールドだ。

「ちょっと!?変態!痴漢!」

「状況に全くそぐわない反応をするな!」

そうしてわたしを、文字通り盾にするように狼どもに向ける馬垣くん。いや、わたしは逆らうつもりなんて無かったのに。守るくらいしか取り柄の無いわたしが、こうでもされないと味方を守らずに逃げると思っているのだろうか?

逃げるけれども。

案の定、一匹がわたしに向かって突進してきた。

「やるから!そんながっちりホールドする必要はないから!…ぐえあっ!!!」

「今だ!」

わたしは腹を突かれて悶絶したがために、今だじゃねえよと文句の一つも言うことができなかったが、腹を突かれて後ろに吹っ飛んだわたしをひらりと(かわ)すようにして、馬垣くんは一気に狼との距離を詰めて懐に入り込み、そのまま狼に触れた。

「融けろ」

「ギャッ!」

《万物融解》によって全身が融けていく刹那、一瞬だけ狼が上げた断末魔は、強制的に盾にされたわたしの怒りと悲しみを表しているかのようだった。

「み、鳩尾(みぞおち)に入った…」

「しっかりしろよ、《不壊(ミョルニル)》の篠守」

「誰がカナヅチよ。そして、さっきわたしの肩と脇に手を回してさりげなくボディタッチをしたでしょ?えっちめ」

「してねえよ」

「正直に言え。えっちめ、言え!」

「痴漢冤罪やっとる場合か。次が来るぞ」

わたしが状況によっては洒落にならない冗談を言っている間、他の自衛官が援護射撃などで時間を稼いで(わたしが冗談を言うための時間を稼いで)くれていたが、そろそろ弾切れになりそうだ。

気を取り直して、わたしは構え直す。

と、ちょうどその時。

「弾切れだ!援護を!」

「来るぞ!」

「うわ、来た」

本当に来た。

誰かが『来るぞ!』と言ったのは、あくまでも警戒を怠らせないようにするための方便か何かだろうと思ったのだが、ところがどっこい、本当に来た。

狼どもは、まるで『弾切れ』という言葉を理解しているかのごとく、その瞬間に一斉に突っ込んできた。

「篠守!お前がいなきゃ誰か死人が出る!前に出ろ!」

「了解了解!」

「展示は一回だ!」

「……ビエンナーレ?」

ともかく、確かにここはわたしの出番である。

さっき腹を刺された時、もちろん腹は無傷だったけれども、しかし痛いものは痛いのでかなり躊躇はあった。しかしそれでもわたしは前に出て、レスラーさながらに身を低くした構えを取る。

「胸を貸してやるわよ…ぬっ!?」

あるいは相撲部屋で兄弟子が胸を貸すかのように、ツノで突き刺してくるのを避けつつ狼の突進を受け止めようとしたわたしだったが、全然止められなかった。ちょっと吹っ飛ばされた。

しかし、止めることはできずとも、減速させることくらいはできる。そして、減速した隙を突くように、やはりわたしの背後から体を入れ替えるように飛び出した馬垣くんが、今度は狼の顔…カジキのごとく尖ったツノの根本、額の辺りに触れて、異能を発動した。

言うまでもなくやはり狼は全身が融けて、既に何度も凄惨な光景を目の当たりにした経験のあるわたしですら目を()らしたくなるような、見るも無惨な状態になる。


わたし達の猛反撃に、流石に狼の群れも警戒心を強めたのか、少ししてから動きが消極的になってくれた。

狼の数は、あと5〜6匹くらいか。大型ヘリの周りに陣取るわたし達に対して、更にその周りを囲んだ上で、木陰に隠れて様子を窺うように距離を保ったまま、中々攻めてこない。

わたしを始めとした(あまり戦力にならないわたしを始めとした)抵抗者の各員も、陣形を崩さないためにあまり動けず、上官も弾切れを恐れて、射撃の手が少し緩む。

膠着(こうちゃく)状態…なのか?これ。

もちろんその巨体が完全に隠れる訳でもなし、そもそも大型ヘリが着陸したこの場所は、見晴らしが良いから選ばれたのであって、木もそんなに生えていないと思っていたのだが、それでも狼たちは数少ない木の影からこちらを覗くようにして様子を見ている状況だ。

撃っても、当たらない可能性はあろう。しっかり狙って撃とうにも、その隙を突いて別の狼が襲いかかってくるかも知れない。


「抵抗者の人員は、援護をしろ!それ以外は一度、弾丸の再装填をしろ!」

迷った末になのだろう、上官が声を上げる。

そう、わたし達は急いで、梨乃ちゃん達の救援に向かわなければならないのだ。時間はかけていられない。

「篠守、次は何とか狼を押さえ込めるか?」

馬垣くんが狼から目を離さないまま、わたしに言う。

「ええー、難しい…と言い訳をしたいところだけれど、さっき二度も突進されたから動きは大体見切ったし、前に徒手格闘訓練も受けたしね。やれば良いんでしょ?はいはい、やるわよ。仕方ないわね…やりますか」

「戦闘中盤でようやく本気を出し始める強キャラを気取るな。最初から本気を出せ」

正論を言うな。梨乃ちゃんかよ。


「全員、弾倉を再装填しろ!」

…と。

上官の一人が、他の上官に向けてそう合図した瞬間、それに従うように、呼応するように、狼どもは一斉に突進してきた。

あたかも、上官が狼に対して『全員、突撃!』と指示したかのように、偶然にしては明らかに出来過ぎなタイミングで、仕掛けてきたのだ。

「やっぱりか…篠守!任せたぞ!」

「う、うん!任された!」

やっぱり……そう、予想通り。

こいつら、人間の言葉をある程度理解しているらしい。いやはや、それ程までの知能の高さだとは。

身体の大きさはたった2m程度なのに、金足大学の時の15mの大鴉にも引けを取らないくらいの知性だ。身体が大きければ大きいほど脳も大きくなるんだから、知能が高くなるんじゃないのかな?違ったっけ?

考えている暇も無いか。

狼のうちの一匹がわたしに対して、ツノというかクチバシというか、とにかくまんまカジキと同じ見た目の口を向けて、突進してくる。わたしの腹に狙いを定めて、突き刺そうとしてくる。

しかし、それはわたしにしてみれば…いや、わたし達にしてみれば、もう見慣れた動きなのである。

それは、先程から同じ攻撃ばかりだという理由もあるけれど……

(見切った…!)

それは戦闘訓練で、ナイフを持って向かってくる上官から、散々経験した動きだった。

わたしは胴体を右に回転させながら左に移動させることで、ツノを紙一重で左に避けて、勢いのまま突っ込んできた狼の頭を抱き抱えるようにし、必死に押さえ付けた。咄嗟に、これってフロントチョークやギロチンチョークの体勢に似ているなと思って、腕を滑らせるようにして抱き抱える位置を首に移動し、自分の脚を狼の脚に巻き付けて絡ませるようにして、狼の動きを封じようと試みる。

凄い!わたし、格闘IQが高くなってる!

わたしごときの締め技なんてこんな巨大な狼には効かないだろうが、首に50kg弱の重量の物体、つまりはわたしがぶら下がっていて、脚を絡ませているとなれば、この狼とて動きにくいだろう。

……あっ、わたし今、自分の体重を言っちゃったか?

いけね、間違えた……間違えた間違えた、わたしの体重は40kgくらいだから、そんなに狼にとっては重くないのだろう。わー、やっちまったあ!

さておき。

「馬垣くん!」

「………」

………ん?

「馬垣くん!?」

「おう!今行く!」

なんだ?今の間は……

そういえば、わたしは狼を押さえ込むのを任されたけれど、ところで馬垣くんは何をしていたのだろう?

わたしはてっきり、押さえ込んだところを馬垣くんの異能で融かすのかなと思っていた(それだとわたしが火傷しそうになるくらい熱い思いをすることになるか。じゃあわたしが放した瞬間に融かしたりしてくれると嬉しい)のだが、冷静に考えてみれば、先程わたしが馬垣くんの盾になった時のようなやり方でも良いのでは?いや、わたしは痛いのは嫌だから、ああいうのは二度と御免だけれど、人の痛みなんてこれっぽっちも考えなさそうなごろつきであるところの馬垣くんに、そんな配慮ができるのだろうか?

まさか、サボってたんじゃないだろうな?

もしくは、わたしが今にも振りほどかれそうになっているのを見て、楽しんでいるのではないか?

「篠守お前なぁ…人のことを邪悪の化身みたいに…」

「馬垣くん!?もう良い!?もう押さえるのやめて良い!?融かすんでしょ!?」

「…いや、篠守、そのまま押さえてろ」

「え!?なんで!?早く融かしてよ!」

「融かすさ。おらよ」

「ちょっ!?なんっ…うぎゃああああああ!熱いいいいいいいいいいいいいい!!!」


結局。

わたしと馬垣くんが(主にわたしが)悶着している間に、他の抵抗者の皆が他の狼達を何とか抑えてくれたらしく、その間に上官のリロードが完了し、全ての狼を射殺することに成功したのだった。

馬垣くんの《万物融解》によってわたしが押さえ込んでいた狼が融かされた時、もちろんわたしも素早く狼を放してエスケープを試みたが、手で狼を押し飛ばそうとしたのが間に合わず、超高温に融かされた狼の肉体にモロに触れてしまったため、火傷こそしなかったものの掌の痛みに悶絶する羽目になった。

「お前が人のことを悪く思っていそうな顔してたからだろ」

「顔って…」

確かに、悪く思ってはいたけれども。

それにしても、わたしが触れている最中に狼を融かそうとすることはないだろ。隊服が融けたらどうするんだよ。

「あのなあ、俺はサボっていた訳でもお前を痛めつけようとした訳でもお前がやられそうになってるのを見て楽しんでいた訳でもなく、先に一人で狼一匹を始末してただけなんだよ。すぐにお前の方に行けなかったのは、それが理由だ」

うわ……真っ当だ……

わたしを盾にするのをやめて、それこそわたしがやったように、自分で狼の突進を避けて捌いて、一人で狼を斃したというのか。

わたしのように怪我をしない身体でもあるまいに、そんなリスキーな戦い方をしたというのか。

それで続けざまに、わたしが押さえていた狼のほうも斃そうとしたところで、わたしから自分に対する舐めたような感情を読み取って(お前も読心術の使い手かよ)、気分を害した馬垣くんは、わたしがまだ触れている最中に狼を融かしたという訳だ。

やっべえ…わたし、めっちゃ厚かましい奴じゃん。

…今に始まったことではないけれど。


「わたしの思い違いも悪かったかも知れないけれど、やっぱり日頃からの行いっていうのはあるものだわ」

「お前もしかして、あの時お前の髪の毛で実演したことを、まだ根に持っているのか…?」

「そうとも、わたしは根に持つタイプよ。わたしはしつこいのよ?わたしみたいな人間がストーカーなんかになったら、一番やばいんだから」

「怖えよ…」

ごろつきを怖がらせてしまった。

わたしも中々に、あなどれない奴である。


「遅れてしまったが、これより小型ヘリの少数隊の方に合流する!」

そうしてわたし達待機グループは、改めて救援要請を出してきた少数隊のいる場所へ、移動することとなった。

大型ヘリで移動するものと思っていたのだが、残念ながら徒歩だそうだ。まあ、そこまで遠距離を歩く訳でもないのだけれど…

少数隊の方は一刻も早く救援を要する状況なのではないのか?なぜ、時間のかかる徒歩での移動を?

「少数隊のほうの状況だが、多数の貪食獣に一人が包囲されているらしい。ヘリの上からそいつを守ってはいるものの、ちょっと隙を見せたらすぐに襲いかかられるという膠着状態だそうだ。従って、我々は地上からそれら貪食獣に近寄り、包囲を崩す」

…ほう。

この説明だけでは微妙にわかりにくいのだが、説明を聞いた時点で、なんとなく嫌な予感はしていた。

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