第6話:瘴気
教会の別室は、四角い形状で少し広めのスペースが広がっていた。部屋の中央には大きな木製のテーブルが置かれ、その上には広げられた古びた地図が一枚広がっている。地図は、長年の使用によって端が少し擦り切れており、地名や地形が細かく描かれていた。
部屋の壁にはいくつかの棚が取り付けられており、棚には様々な小道具が整然と並べられていた。聖書や魔導書が所々に置かれ、その背表紙には古代文字が刻まれている。これらの本は、教会の歴史や宗教的儀式についての知識を蓄えているように見える。棚の一角には、祭壇で使用される聖具や祈りの道具が大切に保管されていた。
全体的にこの別室は、教会の中でも特に物を保管するための実用的な空間として設けられているようだ。訪れる者に対して特別な感情を呼び起こすことはなく、冷静かつ慎重な雰囲気を漂わせている。しかし、その無機質さの中にも、古い書物や地図が語る歴史と知識の重みが感じられ、静寂と知恵が共存する場所であった。
「これがこのベルエッタ地方の地図です。ベルエッタは主に3つの王国があり、ここキュリナはイグダート王国に属しています」
神父が机の上の地図に手を向ける。地図には3つの主要国が描かれており、イグダート王国は南西に位置していた。
「もっと他の地方も載ってる地図はないのか?」
ラスティードは地図を見ながら神父に問う。
「残念ながらここには」
神父は申し訳なさそうにふたりを見る。
「つかぬ事をお聞きしますが、お二人の旅の目的を聞いてもよろしいですかな?」
「おれはこの世界の神になる。その為に情報が必要だ」
「な、なんと大それた事を!?」
神父は驚き目を見開く。彼の顔には疑念と不信が浮かんでいた。慌てる神父の姿にミレアは少し動揺している。
「いち人間が冗談で口に出して良い事ではありませんぞ!自分が言っている事を理解しておいでか!?」
「もちろん理解してるぜ」
ラスティードはニヤリと笑いながら神父に向かう。その発言に嘘偽りない事はラスティードの目を見ればわかった。
「神がいなくなったこの世界をおれのものにする」
「なんと無礼な!神がいなくなったなど」
神父がラスティードに逆上したその時、
「よせ。これ以上、我が主に無礼を働けばきさまの命はない」
アルザリアの目はとても冷酷に神父を捉えていた。
「ぐッ……!!」
行き場のない思いが神父の拳を言い表していた。
神父は若い頃、罪を犯した過去があった。しかし、その罪を償うために救いの手を差し伸べられ、神父としての道を歩むことになった。彼はその救いを神の加護と信じ、神に仕えることでその罪を浄化しようとしていた。そのため、ラスティードのように神を自称する者には警戒心を抱かずにはいられなかった。
「星鍵についてなにか知ってる事はないか」
ラスティードが神父に言うと神父はゆっくり部屋を出て行き主祭壇の前に止まり、主祭壇の奥にある神の彫刻に手を拝んだ。
主祭壇の奥には、最高神エレスフィリアの彫刻が厳かに立っている。この彫刻は彼女の慈愛と知恵を象徴しており、全体的に柔らかな曲線で構成されている。エレスフィリアは長いローブをまとい、その衣装は細かい折り目や質感が表現されている。ローブの裾には星や花の模様が彫り込まれている。
「最高神エレスフィリア様に仕えて40年。私は神と共にありました。…私は━━━」
神父の言葉が続こうとしたその瞬間、『キュリナの樹が!!!』教会の外から悲鳴とも思える声が響いた。4人は教会を出て樹の場所へと向かう。
キュリナの樹の周りには大勢の人だかりが出来ていた。キュリナの樹を見ると樹は徐々に枯れ始めていた。葉が茶色く変色し、幹には黒い斑点が広がっている。まるで樹自体が苦しんでいるかのようだった。
「…そんな…これじゃあ」
ミレアは悲しそうに樹を見ている。
「このままじゃキュリナの樹だけでなく、他の樹や薬草達も枯れてしまう!」
「あいつら退治しないとこの町は終わりだ!」
「でもどうやって!?冒険者は来れないんだぞ!」
「このままじゃ俺たちだって!」
町の住人達が次々と声を出しては問題に突き当たっていく現状に次第に声を出す者はいなくなっていた。
「10日前に川の上流に瘴気が発生し町の人間で調査に行きました」
神父がラスティード達に説明を始めた。
「瘴気の原因は魔物達でした。調査に行った者の中には深傷をおった者や死者も…奴らは私たちからこの地を奪うつもりなんだ…!!」
悔しそうに拳を握る神父をラスティードは横目に見る。
「原因はそれだったのか」
「わかっていらしたんですか?」
アルザリアがラスティードに言う。
「さっき見た時、樹が毒で侵されていたからな」
「な、なんと…!君はいったい…」
神父は驚きを隠せずラスティードに問う。
「言ったはずだぜ。俺は神になる男だってな」
ラスティードはニヤリと笑いながら歩き出す。
「お兄ちゃんどこ行くの?」
ミレアがラスティードを追いかける。
「魔物をぶっ飛ばしてくる」
「む、無茶だ!魔物は群れをなしているのですぞ!」
神父は歩き出すラスティード達を引き止める。
「奪うのは俺の専門だ。魔物の出番じゃねェ」
不敵な笑みを浮かべながらラスティード達は歩き出す。
神父はその後ろ姿を見送りながら、心の中で葛藤していた。彼は過去の罪を悔い改め、今は神に仕える身であったが、ラスティードのような者に対しては警戒心を抱かずにはいられなかった。しかし、ラスティードの言葉に、彼は何かしらの希望を感じ始めていた。
「…大丈夫なんですか?あの2人」
町の青年が神父に尋ねる。
「……わかりません。しかし、彼らの目には嘘がない。」
神父は深い息をつきながら、心の中でエレスフィリアに祈りを捧げた。彼自身もかつての若き日の夢を思い出しながら、彼らの旅の行方を見守ることを決意した。