第5話:キュリナの町へ
森を抜けると、目の前に小さな町が姿を現した。その町は緑豊かな植物に囲まれ、どこか穏やかな雰囲気を漂わせている。しかし、よく見るとその植物たちは元気を失っているように見え、葉は萎れて色あせていた。目立つ建物の一つは町の中心にある教会で、その高い尖塔が町全体を見守るかのようにそびえ立っていた。
「あれがわたしの町、キュリナです!」ミレアが嬉しそうに指を差す。
ラスティードとアルザリアはミレアの後を追い、町の入り口へと進む。町の中心を流れる川は、透明感こそあるものの、その水面はどこか濁りを含んでいて、澄んでいるとは言えない状態だった。
町に入ると、人々のざわめきが耳に入る。中央広場には多くの人が集まり、その中の一人の女性がミレアに気づくと驚いた様子で駆け寄ってきた。
「ミレア!!」
「お母さん!」ミレアも駆け寄り、その女性の腕に飛び込む。
「どこ行ってたの!?みんなで心配してたのよ!」
女性はミレアの肩を掴み、大きな声で問いただす。
「ごめんなさい…。おばあちゃんに薬草を届けたくて…」
ミレアの手にある薬草に気づくと、女性の顔に安堵の色が浮かんだ。
「…もうこんな無茶はしちゃだめよ」
女性はミレアの頭を優しく撫でる。そして、彼女の目はラスティードとアルザリアに向けられた。
「あなた方が娘をここまで?」
「お姉ちゃん達が魔物から守ってくれたんだよ!」ミレアが嬉しそうに説明する。
「ま、魔物!?」
女性は驚きを隠せないようすだが、すぐに落ち着きを取り戻し、ラスティードとアルザリアに深く頭を下げた。
「娘の命を救って頂きありがとうございました」
「ありがとう!お姉ちゃん!お兄ちゃん!」ミレアも礼を述べる。
ラスティードは2人に目をやると横を向きながら、「たまたま通りがかっただけだ」と冷たく答えた。
「お二人は冒険者でいらっしゃるのでしょうか?」女性が尋ねる。
「私達はその様なちんけな存在ではない」アルザリアが冷静に答える。
「そ、そうですか。もしなにかあったら何でも言ってください。娘の恩人ですから」女性は微笑んで言う。
「なら道具屋はあるか?地図が欲しい」ラスティードはミレアの母に尋ねた。
「あるにはありますが、地図は置いてなかったかと…」ミレアの母は困ったように顎に手を置く。
「地図ならわたし、教会で見たよ!」ミレアが手を上げながらラスティードに笑顔を向ける。
「本当か?それは」アルザリアがミレアに聞く。
「うん。前に神父さんに見せてもらったから」
「なら教会に行くとするか」ラスティードはアルザリアと視線を合わせた。
「ミレア。お二人を教会まで案内して差し上げなさい」
「うん!」
町の中には綺麗な花壇が点在しており、色とりどりの花々が咲き誇っていたであろう形跡があった。周囲に咲く花々も、かつての鮮やかさは影を潜め、ほんのわずかに色づいた花弁が風に揺れている。3人は教会に向かう道中、その中でもひと際目立つ大きな樹の前に立ち止まった。
「やけにでかい樹だな」ラスティードが言う。
「キュリナの樹っていうんだよ!」ミレアが嬉しそうに説明する。ラスティードはその樹の実を掴み、中身がスカスカのようで簡単に砕けた。
「死にかけだな。樹が毒に侵食されてやがる」ラスティードは神眼を使い樹を見る。
「お兄ちゃんわかるの!?」ミレアが驚いて尋ねる。
「ラスティード様にかかれば造作もない事」アルザリアが自信満々に答える。
「まあな…ウッア━━━!!?」
突然ラスティードは胸を押さえ込み、その場に倒れた。全身に襲いかかる痛みに意識が朦朧とする。
「ラスティード様!!」
心配したアルザリアがラスティードの元へ駆け寄る。ラスティードは自分を呼ぶアルザリアの声が遠くなっていくのをかすかな意識の中で感じた。
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その背中はとてもふかふかで大きく、ラスティードはその上で眠るのが大好きだった。幼少の頃の温かい記憶。ラスティードを乗せた大きな狼を先頭に狼の群れが歩いている。
「起きろ。ラスティード」俺を呼ぶ声が響く。
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「━━ド様!ラスティード様!」
目を開くとアルザリアが心配そうな目をしながら俺を呼んでいた。見慣れない天井がそこにはあった。
「……ここは?」
「おや。お目覚めになられましたか」
穏やかな顔をした神父が部屋に入って来た。
「ここは教会の救護室です。君は町で倒れ眠っていたのですよ」
「そうか。厄介をかけたな」
「ここは教会。困っている者を救う場。それにミレアの恩人とあらば厄介だなと思いもよりませんよ」そう言いながら神父は枕元に水を置いた。
「ミレアを呼んで来ましょう。とても心配していましたから」神父は優しくドアを閉め部屋から出て行った。
ラスティードは倒れた時の事を思い出す。
(神眼を使ったあと全身に電気が走ったかの様な痛みがあった。神眼を使う事にリスクがあるのか。)
ラスティードは神眼を発動しようとするが紅い光が拡散されて発動出来なかった。
(婆さんの時と同じ!)ラスティードは元神の老婆の言葉を思い出す。
『その神眼はただの星霊術ではない。星呪紋という』
「ラスティード様」
しばらく黙っていたアルザリアが口を開ける。
「なんだ?」
「ラスティード様のあの眼。ただの星霊術ではありませんね」
「気づいてたか」
「もちろんでございます。あの力はあまり多用なさらない方がよろしいかと」
アルザリアは真剣な眼差しでラスティードを見る。
「星呪紋ってわかるか?」
ラスティードがアルザリアにそう聞くと彼女は少し目を見開いた。
「やはり持っておられましたか」
「どういう意味だ?」
「星呪紋とは高次の存在。神や大星霊が有しているとされる特別な力でございます。」
「神や大星霊…なるほどな」
「いやはや…ただの人間ではないと思っておりましたが星呪紋を有しているとは。ますます面白いお方でございますなァ」
アルザリアは嬉しそうに目を細めながら手をラスティードの胸の上に置く。
「おそらくラスティード様がお倒れになったのは星霊力を使い切ったからだと思われます。足りない星霊力を生命力で補った為に体が悲鳴を上げたのでしょう」
「星霊力は回復するのか」
「ええ。ただ星呪紋によりかなりの量を消費しています。完全回復には時間がかかるかと…」
アルザリアはなにかを思い出したかの様に「星粒子が濃い場所に行けば回復が早まるかと」
「星粒子?」
「星霊力の源でございます。星霊力の濃い場所では━━━」
「お兄ーちゃん!」ミレアが勢いよくドアを開け部屋に入ってきた。
「ミレアよ。目覚めたからとはいえいきなり大きな声を出してはいかん」
神父が優しくミレアに優しくミレアに諭す。
「ごめんなさい。あ、そうだこれ!」
ミレアはバスケットをラスティードに見せる。
「お母さんがねサンドウィッチを作ってくれたの!お姉ちゃんの分もあるよ!」
バスケットの中身を見ると彩りが美しく、とても美味しそうなサンドウィッチが並んでいた。
「おお!めっちゃ美味そうだな!全然食ってなかったから助かるぜ」
ラスティードは勢いよくサンドウィッチを頬張る。ラスティードの姿にあ然となっているミレアに「どうした?」と聞くラスティード。
「お兄ちゃんてちょっと怖い人なのかなって思ってたから。やっぱ優しいんだね」
「あァ?」ラスティードは眉間にシワを寄せながらサンドウィッチを食べ続ける。
「良いではありませんか。民の心を掴むのも神の御業といえましょう」アルザリアが微笑みながら言う。
「ふん。俺は敬われるような神になるつもりはねェ。それよりお前も食え」
ラスティードは若干不機嫌になりながらアルザリアにサンドウィッチを差し出す。
「お心遣いありがとうございます」
アルザリアはサンドウィッチを口に運び、「これは美味だのぉ」と呟いた。
サンドウィッチを食べ終わるとラスティードは神父に顔を向ける。「おっさん。地図を出してくれ」
「用意しています。こちらの部屋へ」神父はドアを開け、「どうぞ」と手で示しながら部屋の外に出た。