第13話:赤き騎士団
今回からタイトルをASTIA BINDからASTRIUM ➖アストリウム➖に変更いたしました。
今後ともよろしくお願いします。
時は少し遡り、イグダート王国の城下広場。明日のバザーに向けた準備が盛んに進められていた。広場にはさまざまな色とりどりの布で装飾された屋台が立ち並び、多くの人々の活気あふれる声が響き渡る。職人たちの力強い掛け声や子どもたちの笑い声、荷物を運ぶ商人たちの足音が交錯し、広場はまるで一つの生き物のようにうごめいていた。
年に一度のバザーは、王国中のあらゆる階層の人々が集まり、階級を越えて交流する貴重な機会である。王族から商人、職人、そして庶民まで、全ての人々が分け隔てなく集うこのイベントは、イグダート王国にとって誇り高い伝統だった。どこを見ても人々の表情は明るく、期待に胸を膨らませながら明日のイベントに向けての準備を進めている。
広場の隅では装飾品の準備が急がれ、色鮮やかな旗や花が次々と掲げられていった。多くの笑顔と熱気が渦巻き、祭りの前日独特の高揚感が広がっていた。
すると、王国騎士団長直属部隊が馬車に乗り、広場にゆっくりと姿を現した。彼らは国王に仕えることを許された精鋭の騎士であり、その登場に広場の空気は一瞬にして緊張感を帯びた。赤を基調とした装備に王家の紋章を誇らしげに掲げ、騎士たちは堂々たる姿で馬車から降り立った。
「騎士団長さんだ!」
「かっこいい!!」
その姿を見た民衆は、尊敬の眼差しを隠せず、ざわめきの中にも憧れと敬意が混ざっていた。彼らの威厳ある佇まいに、人々の間には自然と道が開かれ、敬意をもって彼らの進む道を見守る光景が広がった。
彼らは赤を基調とした装備を纏い、一目見ただけで他の部隊とは異なる威厳を持っている。筋骨隆々とした体つきの者や機敏な身のこなしを示す者など、各々の体格は異なるが、その存在感はどれも圧倒的だ。肩には重厚感のある赤い布が掛けられ、堂々たる姿勢で進む彼らはまさに国の盾そのものだ。
赤い羽織には王家の紋章が大きく刻まれ、その紋章は誇りを持って掲げられている。鋭い視線が常に周囲を警戒している。
「足元にお気をつけください。陛下」
騎士団長が馬車の扉を開け、周囲を警戒している。
「ああ」
扉の向こうからゆっくりとイグダート王国の国王バルタニス・ラング・イグダートが姿を現した。バルタニス・ラング・イグダート国王は、その威厳ある風貌でイグダート王国を支えている象徴そのものだった。ふくよかな体格は力強さと穏やかさを同時に感じさせ、広い肩幅とまっすぐに立つ姿勢が、彼の揺るぎない自信と統治者としての重責を物語っていた。黒髪はミディアムヘアで、丁寧に整えられ、その中にいくつかの銀の髪が混じり、経験と知恵を重ねた王としての成熟を感じさせる。
翡翠色の瞳は、深い思慮と静かな威厳を湛え、人々に安心感を与えるように優しさで包み込んでいるが、時には鋭く王としての決意を浮かび上がらせることもある。その視線はただ民を見守るだけでなく、彼らの心に触れ、何が必要なのかを常に考えているということを感じさせた。バルタニスの微笑みは、父のような温かさを持ちつつ、王としての覚悟を垣間見せる。
彼の身に纏うのは、王の威厳を象徴する赤いローブで、繊細な刺繍がほどこされた生地は深い色合いを持ち、見る者に王国の繁栄と歴史を感じさせる。胸元には王家の象徴があしらわれた豪華なネックレスが輝き、彼の存在感を一層引き立てる。この装飾品は単なる美しさだけでなく、代々王位を継いできたイグダート家の誇りを示しており、その輝きはバルタニス自身の持つ信念を映し出している。
彼の周囲にいるだけで民たちは自然と背筋を伸ばし、口をつぐむようになる。国王の姿には、民のために存在する守護者としての気高さと、同時に彼らの父親のような温もりがあった。広場に現れた彼は、ひとたび視線を巡らせるだけで、その場にいる全ての人々に彼が国の礎であることを深く印象づけた。バルタニスの存在感は、その場の全ての者に希望と安心をもたらし、まさに星のように人々の心を照らす存在だった。
バルタニスは何かを探すように周囲を見渡す。
「へ、陛下!御足労頂き光栄であります!」
「順調なようだな。ところでレイオリアはどうした?」
バルタニスは我が娘を探すように周囲を確認する。
「…もうすぐご到着のはずですが…」
突如、青を基調としたレイオリアの専属騎士が慌てた様子で駆け寄りバルタニスの前に膝まずく。
「陛下!鉄道会社より緊急連絡が入り、レイオリア様の乗車した汽車で火災が発生した模様です!!」
「…それでレイオリアは無事なのか?」
周囲が驚きと戸惑いの声を出すなかバルタニスは落ち着いた声で聞き返す。
「幸い怪我人は出ていないようですが、停車した場所がタルスト渓谷でして…」
「ガスタルド。特別部隊を編成し救援に向かわせてくれ」
バルタニスは冷静にガスタルドに命令する。ガスタルドは一瞬の迷いもなく振り返り、すぐに直属の部隊へ指示を飛ばした。その目は鋭く、周囲の混乱を抑えるべく冷静さと緊張感を併せ持っている。
赤を基調とした装備を纏った王国騎士団長直属部隊が、ガスタルドの号令に従い素早く整列した。彼らの表情には威厳と決意が浮かび、いかなる任務も完遂するという信念が宿っている。
バルタニスはガスタルドの迅速な行動を見て一つ頷き、再びゆっくりと周囲を見渡した。その瞳には冷静さの中にも父親としての心配が垣間見える。
「皆、心配するな。我が娘レイオリアは強い。」
バルタニスの声には重みがあり、その言葉が広場にいる全ての者に安心感を与えた。人々は緊張の面持ちを保ちながらも、国王の落ち着いた態度に少しずつ動揺を和らげていく。
会場準備の責任者であった男は恐る恐る国王の様子を見つつ、再び頭を下げた。
「陛下…お言葉通り、我々も全力で準備を進め、無事にレイオリア様を迎える所存であります」
バルタニスは軽く手を振ってそれに応じた。
「ああ。バザーの成功こそが、民の不安を払拭することに繋がる。皆の力を信じている」
その言葉に、周囲の者たちの背筋が再び伸びた。国王バルタニスの強い意志と落ち着きが、まるで光を失いかけた灯火に再び火を灯したかのように、人々の心を照らしていた。
ガスタルドによって編成された部隊は素早く馬を駆り救援へと出発する準備を整えていく。騎士たちはそれぞれの馬に跨り、指示を受けた者たちは素早く広場を後にした。
✦✧✦
鬱蒼とした樹々が生い茂り、いくつもの大きな岩が無造作に転がる広々とした場所。その静寂の中、白銀の毛並みを持つ狼たちが集まり、その中心には一際目立つ銀髪の少年ラスティードが尻もちをついていた。彼の前には、群れの中でも一際大きな狼がその鋭い眼光を彼に向け、対峙している。その緊張感のある光景を取り囲むように、他の狼たちは興味深そうに、そしてどこか微笑ましい様子で見守っていた。太陽の光が葉の隙間から漏れ、二人の姿を幻想的に照らし出し、自然と力が交差する瞬間を鮮やかに彩っていた。
「何度言えばわかるラスティード!気配を消せと言ってるだろ!」
「犬相手にどうやって気配消せばいんだよ!」
「犬ではない!狼だ!!」
「いってぇぇぇッ!!なにすんだクソ親父!!?」
ラスティードが叫び声を上げると、大きな狼は顔をしかめながらもその表情にはどこか優しさが漂っていた。彼の頭を叩いた直後、狼はふんと鼻を鳴らし、再び威厳ある姿勢を取り戻す。一方、ラスティードは頭を押さえながら怒りを込めて狼を睨みつけるが、その視線はどこか子供っぽさが残り、真剣さは感じられなかった。
周りの狼たちは、この二人のやりとりに慣れた様子で軽くため息をついたり、仲間同士で目を合わせて笑ったりしている。「また始まったな」と言わんばかりに、彼らは親子のような関係性を微笑ましく見守っていた。青空の下、陽射しが二人の姿を照らし、森の中で繰り広げられるこのやりとりが、緊張感と温かさを同時に感じさせていた。
「ヴォルフェンド。ラスティードには無理だぜェ」
笑いながら見ていた陽気な狼が言葉を投げる。その声にはからかうような軽さがあり、周囲の狼たちもつられてくすくすと笑い声を立てた。
「うるせェ!俺にだって出来らァッ!!」
ラスティードは怒った様子で、頬を膨らませながら睨み返す。その顔は真剣そのものだが、若さゆえの反抗心と意地っ張りが見え隠れしている。ヴォルフェンドはそんなラスティードを見て、ため息をつきながらもどこか嬉しそうに目を細める。
✦✧✦
ラスティードは横たわったまま、まるで深い霧の中を彷徨うような意識の中で、ほんの少し前に見た夢の断片を感じ取っていた。あの懐かしい匂い、大きな白銀の背中、そして厳しくも温かい言葉──心の奥底で微かに疼く記憶が、彼の眠りをそっと引き裂いた。
ゆっくりとまぶたが開かれる。視界がぼんやりとしたまま、彼は夢の中の情景を思い返す。あの懐かしい声、目の前で自分を導いてくれた存在が、心の中に鮮明に蘇ってくる。
「…親父…」
思わず零れたその言葉には、どこか懐かしさと痛みが入り交じった響きがあった。
ラスティードたちは地下通路の途中にある広めの空間でひと息ついていた。そこは唯一安全が確保できる場所として選ばれ、エヴァンや怪我の浅い騎士たちがレイオリアの指示に従って怪我人の手当てを進めていた。
距離的に王都まではまだかなりの時間がかかると予想され、レイオリアも疲れが見えていた。そのため、ビクターが彼女の体力を考慮し、この場所で短い休憩を取ることを提案したのだ。彼の提案には全員が賛成し、疲労の色濃い表情を持つ者たちにとって、この小休止は一時の救いであった。
辺りにはかすかな光だけが届き、石造りの壁に反射するその光は、かつての名残を彷彿とさせた。静かな時間の中、かすかな声と、薬を配るエヴァンの動きが響き渡り、緊張していた空気がわずかにほぐれたように感じられた。
「ラスティード様、少しは疲れがとれましたか?」
アルザリアの言葉に、ラスティードは少し顔を赤らめたように見えた。彼は頭をかきながら、あまり気にしない素振りで視線を逸らす。
「親父の夢を見た……」
ラスティードは小さく呟いたが、その声にはどこか懐かしさが混じっていた。アルザリアはそんな彼の様子を静かに見守っていた。彼の表情に浮かぶわずかな柔らかさは、普段見せない一面であり、アルザリアの胸に優しい温かさを感じさせた。
「お父上ですか…?」
アルザリアが少し控えめに尋ねると、ラスティードは「ま、親父ってのは狼だけどな」と軽く笑みを浮かべた。
「まあ…!どうりで鼻が効くわけですね」
アルザリアも微笑を返し、ラスティードはほんの一瞬だが彼女と目を合わせた。そして、わずかな沈黙の後、再び彼は立ち上がり、疲れを振り払うように肩を軽く回した。
すると、ラスティード達の元にレイオリアがゆっくりと歩み寄ってきた。その足取りには一瞬のためらいが感じられ、彼女の表情には少し緊張が浮かんでいた。彼女の翡翠色の瞳は、ラスティードを見据えながらもどこか不安げで、その優しい目元には決意と躊躇が交差している様子が伺えた。
彼女の黄色のドレスが通路の明かりに照らされ、柔らかな光が揺らめくたびに、その気品と同時に人間らしい弱さも感じられた。ラスティードはそんなレイオリアに視線を向け、一瞬だけ何かを読み取るように彼女の様子を見ていた。
「…ラスティードさん…でよろしかったでしょうか?」
ラスティードは「なんだ?」と目を合わせることなく返事をした。その返答に、冷たさはまだ残っていたが、以前とは少し柔らかくなった声色に、レイオリアはわずかな安心を覚えたように、ほっとした息をつく。彼女の表情はわずかにほころび、柔らかな視線を二人に向けていた。
「先程はありがとうございました」
レイオリアがゆっくりと頭を下げる。その姿には真摯な感謝の気持ちが込められていた。
「勘違いするな。あの場ではあれが最前だっただけだ」
彼の言葉はそっけなかったが、レイオリアはそんなラスティードの態度を深く気にすることなく、微笑んで「はい」とだけ応えた。彼女のその柔らかな微笑みは、周囲の騎士たちの緊張もほぐすような穏やかさを持っていた。
レイオリアはラスティードの言葉に何も言わず、静かに頭を下げたまま立ち去った。そしてビクター達の元に戻ると、彼女の表情はやや落ち着いたものに変わり、周囲の騎士たちが敬意を持って彼女を迎えた。ビクターもレイオリアに軽く会釈し、少しの間その表情から心配を取り除いたようだった。
「命を狙われているというのに大した落ち着きでございますねェ」
アルザリアは感心するように、しかしどこか皮肉交じりに言葉を放った。彼女の表情には、レイオリアの安全をさして心配していない様子が見えた。彼女の言葉にラスティードは少し考え込むように目を細める。
「その事だけどよ。本気で殺る気なら、なぜ汽車の時にやらねぇんだ…?」
ラスティードの疑念は、単なる不満以上のものだった。アルザリアは彼の言葉に頷きながら、顎に手を当てて考える。
「言われてみればそうですねェ。車両まるごと爆発させれば済んだものなのに…何かしら他に目的があるのかもしれませんねェ」
アルザリアの声には、少しの疑念が混じっていたが、そのトーンには余裕が感じられる。
「それにしても意外ですねェ。まさかあの小娘のことを心配しておいでで?」
アルザリアの少しからかいのある言葉に、ラスティードは顔をしかめた。鋭くアルザリアを睨みつけながら、彼は言葉を吐き捨てるように応えた。
「バカ言え。俺はどっかのバカのせいでこんな回り道させられてんのが気に入らねぇんだよ」
その言葉には、いかにも不機嫌さが滲んでいたが、その背後には何かを感じ取っているかのような鋭さもあった。アルザリアはその態度にくすっと笑い、肩をすくめる。
「皆さん。休息は十分ではないかと思いますが先に進みましょう」
レイオリアの落ち着いた声が、広い空間に静かに響き渡った。その声に促され、座り込んでいた者たちは疲れた体を引き上げ、互いに助け合いながら立ち上がった。薄暗い通路の向こうに、再び旅が続くことを覚悟するように視線が集まる。
ラスティードも無言で腰を上げ、軽く伸びをしながら通路の先を見据えた。その表情には、どこか先を見据える冷徹な決意が宿っている。隣に立つアルザリアも静かに頷き、準備が整ったことを示すように足元の埃を払った。
「では向かいましょう」
レイオリアが言葉を口にしたその瞬間、遠くから響いてくる不穏な足音が聞こえた。重く、規則的な音が通路に反響し、次第にその数の多さを感じさせる。響き渡る足音は徐々に近づき、静まり返った空間の中に緊張が走る。
「ま…まさかまた骸骨兵士…!?」
エヴァンが怯えたように口を開く。彼の声は恐怖を隠しきれず、他の乗客たちにもその不安が伝わった。人々は恐怖に顔を曇らせ、再び襲ってくる危機を予感したように体を強張らせた。
レイオリアを守るため、騎士たちは即座に動き、剣の柄に手をかけて構えを取る。その鋭い目つきが通路の先に注がれ、何が出てくるのかを警戒していた。通路の奥から響く音が徐々に大きくなり、誰もが息を詰める。
「レイオリア様ァー!!いらっしゃいますかァー!!」
足音の方からレイオリアを呼ぶ声が聞こえる。その声が次第に近づき、通路の先から現れる姿が徐々に鮮明になっていく。赤を基調とした装備を纏い、堂々とした威圧感を放つ騎士たちの姿が視界に入った。彼らの胸元には王家の紋章が刻まれ、その重厚な雰囲気が広がる通路内に威厳を与えている。
「…騎士団長部隊…!!」
ナージュの驚きと安堵が入り混じった声が漏れる。その言葉に、レイオリアや他の者たちの顔にも希望の光が戻った。困難な状況に直面していた一行にとって、彼らの登場はまさに救いの一手だった。
騎士たちがレイオリアの前で跪くと、その行為は全員に安心感を与え、通路内に漂っていた緊張が徐々に和らいでいく。胸に手を当てて礼を尽くす騎士たちの姿に、レイオリアは微笑みを浮かべ、目に見えぬ力が周囲の不安を押し流していった。
「レイオリア様、良くぞご無事でいてくださいました」
騎士団の部隊の責任者と思われる人物が、深々と頭を下げ、レイオリアの無事を心から喜んでいるのが見て取れた。その声には安堵と誇りが混ざり、彼の背後に控える騎士たちの表情にもほっとした様子が見える。
「我々が来たからには安心してください」
その力強い言葉に、レイオリアの顔にも微笑みが戻り、他の乗客たちもほっと息をつくのが見えた。彼らの中には緊張から解放された表情で顔を見合わせ、小さく頷く者もいた。まるで騎士団の到着が状況を一気に好転させたかのように、あたりには徐々に落ち着きが広がっていく。
騎士たちは姿勢を正し、周囲に目を配ると、その厳格で毅然とした態度により、一行を再び守護する盾としての役割を全うする覚悟がにじみ出ていた。その姿に、レイオリアも静かにうなずき、改めて彼らに感謝の気持ちを込めた微笑みを向けた。




