第12話:骸骨兵士
「デ…骸骨兵士だと!?」
騎士の1人がまるで悪夢に遭遇したかのように驚嘆の声が漏れる。
骸骨兵士たちは静かに、だが確実に一歩ずつ前に進んできた。その姿は、一瞬で場の空気を凍りつかせるほどに不気味だった。鎧の一部が腐食し、赤茶けた骨が剥き出しになっている。頭蓋骨の奥にある黒い眼窩は、底知れない暗闇のように虚ろでありながら、何かをじっと見つめているようで、息を呑むほどの不気味さを放っていた。
カチ、カチ、と骨同士が擦れ合う音が通路に響き渡り、そのたびに乗客たちは恐怖に震えた。足元の石床に乾いた音が響き、動きは緩慢だが、絶え間なく迫ってくる姿はまるで死そのものが歩んでいるかのようだった。
骸骨兵士の手には、錆びついた剣が握られており、その刃は何度も戦闘を経たかのように深い傷が刻まれている。しかし、その剣は今なお致命的な力を秘めているかのように見えた。彼らの背後には、星霊陣からゆっくりと新たな骸骨兵士が召喚され続け、空間を埋め尽くしていく。
何も言わず、何も表情を持たない。だが、その存在は圧倒的な恐怖を放ち、目の前に迫る死の象徴として、息を殺したままじわじわと獲物に近づいていく。
「ああぅ…く…来るな…!」
恐怖に凍りついた乗客の一人は、後ずさることすらできず、骸骨兵士の冷たい眼窩が無言で彼を見据えていた。骸骨兵士の剣が無機質な音を立てて振り下ろされ、その動きはまるで死神が刃を振るうかのような容赦のない一撃だった。
「ぐぅああああッ!!?」
鋭い金属音が響き渡り、乗客の肉体は剣に裂かれ、鮮血が飛び散った。血しぶきが宙を舞い、あたりに赤い霧のように広がっていく。斬りつけられた乗客は無残にも倒れ込み、呻き声がその場にこだました。痛みと絶望に満ちた声が他の乗客の耳に突き刺さり、空気が一層張り詰める。
その光景を目にした他の乗客たちも次々とパニックに陥った。だが、逃げ道はなく、骸骨兵士たちは次々と無機質な動きで襲いかかってくる。彼らの動きは不気味に正確で、まるで命ある者の苦悶を楽しむかのように、絶え間なく剣を振り下ろしては血を撒き散らしていく。
恐怖の渦が広がり、悲鳴が絶え間なく続く中、骸骨兵士たちの無表情な面が、戦場に冷たい死の静寂をもたらすように迫り来る。
「そ…そんな…」
レイオリアの悲痛な声が漏れる。その優しい翡翠色の瞳は、今や広がる惨劇に震えていた。彼女の手は無意識にドレスの裾を握りしめ、目を背けたくなる現実が目前に迫るたびに、冷たい恐怖が胸を締め付ける。
骸骨兵士たちが無情に剣を振りかざし、命が次々と散っていく光景が続く中、彼女の足元まで震える恐怖が迫りくる。だが、その場を動くこともできず、ただ祈るように見守るしかなかった。
「なにがあっても殿下をお護りしろ!」
ビクターの鋭い声が、まるで鎖を断ち切るかのように響き渡る。その声に反応するかのように、レイオリアの護衛騎士たちが一斉に奮い立ち、顔に決意を浮かべて彼女の周りを囲むように立ち上がる。青を基調とした彼らの服装が、火花を散らしながら迫る骸骨兵士たちに対して、盾のように光る。
「雷蒼剣!!」
ビクターが叫ぶと同時に、その剣に蒼く輝く雷が一瞬にして纏われた。剣は雷の力で活気を帯び、周囲の空気がピリピリと震える。雷光は剣の刃を伝い、蒼い光が影を押しのけるように広がっていった。彼の剣が振られる度に、電光が骸骨兵士たちの体に走り、彼らは一瞬で硬直した。
「ハアッ!」
ビクターが素早く剣を振り抜く。骸骨兵士たちは次々に雷の閃光に包まれ、動きを止めたかのようにその場に崩れ落ちていく。雷はまるで命を持っているかのように次の標的へと流れ、広がり続けた。
その光景に、騎士たちや乗客たちは一瞬驚きの表情を浮かべるが、ビクターは冷静な眼差しのまま、次々と攻撃を繰り出す。彼の動きは無駄がなく、的確で、骸骨兵士たちはその力の前にまるで手も足も出せない。
「だ、大丈夫ですか!?」
エヴァンは慌てて駆け寄り、ビクターの凄まじい攻撃で消え去った骸骨兵士たちを見下ろしつつ、倒れた者たちに急いで手当てを施し始めた。彼の手は素早く、的確に動き、負傷した乗客を救おうと懸命だった。
だが、その瞬間、再び地下の空間が不気味に震えた。
「な、なに!?」
エヴァンが驚きの声を上げた瞬間、再び地面に赤い光が走り、星霊術の紋様が淡く輝き始めた。その中心から、骸骨兵士が再びゆっくりと召喚される様子が、まるで悪夢のように広がっていく。
「そ…そんな…!」
レイオリアが震える声で呟く。蒼ざめた表情で、召喚された骸骨兵士を凝視する。ビクターは剣を握り直し、再び立ちはだかるようにその場に立ち尽くしていたが、その眉間に深いシワを寄せ、焦燥の色が隠せなかった。
「何度でも現れるのか…!」
ビクターの声は静かだが、内に秘めた焦りがにじみ出ていた。
次々と召喚される骸骨兵士たちに、ナージュや他の騎士たちも臨戦態勢を取って加勢する。剣と星霊術が交錯し、戦場はますます激しさを増していく。ビクターもまた、雷を纏った剣を振りかざし、骸骨兵士を一体また一体と斬り倒していく。
その混乱の中、エヴァンは必死に負傷者の手当てに没頭していた。しかし、ふと気づくと、自分の背後に不気味な気配が迫っているのを感じた。振り返ると、骸骨兵士の鋭い剣が振り下ろされんとしている。
「━━━ッ!!?」
(も、もうだめだ…ッ!)
恐怖が全身を支配し、エヴァンの動きが止まった。瞳に骸骨兵士の冷たい光が映る。だが、次の瞬間――
━━━ゴンッ!!!━━━
重い衝撃音が響き渡る。エヴァンの眼前で、骸骨兵士の体が宙を舞い、壁に叩きつけられて粉々に崩れ落ちた。エヴァンが驚きに目を見開くと、そこにはラスティードが不敵な笑みを浮かべて立っていた。彼の一撃が、まるで嵐のように骸骨兵士を吹き飛ばしたのだ。
「ラ…ラスティードさん!?」
エヴァンは恐怖と驚きで足元がふらつき、冷や汗が背中を伝った。一瞬の出来事に心が追いつかないまま、ラスティードを見上げる。その瞬間、彼の表情には荒々しい強さが漂っていたが、どこかその目には仲間を気にかける暖かさも感じられた。
ビクターやナージュ、その他の騎士たち、さらにはレイオリアもまた、ラスティードの強さと、その戦いぶりに目を見張り、驚きの色を隠せなかった。骸骨兵士を一撃で吹き飛ばすその力――ただ者ではないことを皆が理解していた。
「お前には借りがあるからな」
ラスティードはエヴァンに向かってニヤリと笑いかけた。粗野な言葉だが、その中には確かな優しさが含まれていた。それを感じ取ったエヴァンは、一瞬、緊張がほどけたのか安堵の息をついた。そして、その胸の中に、ラスティードという存在への信頼が静かに芽生えているのを感じた。
「…ありがとうございます」
小さく震える声でそう言うエヴァンに、ラスティードは視線を逸らしながら一言「礼は要らねぇ」とだけ返した。そしてすぐに戦況を見渡し、鋭い眼差しで次の動きを見据えた。
(倒しても次から次へと出て来やがる。あの術式を消すには…)
「アルザリア!エヴァンを頼む!」
「かしこまりました」
ラスティードの言葉に素早く反応するアルザリア。彼女の強さに対する絶対的信頼が石板の方へ向かうラスティードの背中から伝わる。出会って間もない2人だが長年の信頼がそこにはあった。
「石版を並べ替えろ!正しい並びがあるはずだ!」
ラスティードの叫びが空間に響き渡る。
「…簡単に言うな!倒すだけで手一杯だ…!」
次々と現れる骸骨兵士に、ナージュや他の騎士たちも疲労の色を隠せなかった。彼らの動きは次第に鈍くなり、額には汗が浮かび、呼吸は荒れている。それでも騎士たちは懸命にレイオリアを守るべく彼女の周囲を囲むようにして戦い続けていた。
その中で、突如レイオリアが決意を固めたかのように動き出す。彼女は一瞬、周囲を見渡し、そしてまるで誰かに背中を押されたかのように石版の方へと駆け出した。
「殿下!危険です!!」
ビクターの叫び声が空間に轟き、騎士たちはレイオリアを追おうとするが、次々と押し寄せる骸骨兵士たちによって足止めを強いられていた。
レイオリアの目は強い決意を秘めていた。彼女の心には、ただ護られるだけの存在ではいたくないという熱い想いがあったのだ。
「護られてばかりは嫌…!!」
その声は震えていたが、言葉には揺るぎない意志が感じられた。その姿を見たラスティードは、驚きとともに何か深いものを感じた。その少女の強さ、ただの王女という枠には収まらない力強さに、彼の目が一瞬柔らかくなる。
「お…俺たちもレイオリア様に続け!」
その一言が、重く垂れこめていた恐怖と絶望の雲を切り裂いた。レイオリアの背中に宿る勇気は、ただの王女としての威厳以上の力を持ち、他の者たちに希望を灯した。怯えていた乗客たちの中には、手が震え、冷や汗が滲む者も多くいたが、彼女の強い決意に触発され、次第にその恐れを振り払うように石板の方へ向かって動き出した。
「レイオリア様に続くんだ…!彼女があれだけ勇敢に立ち向かっているんだ。私たちだって…!」
騎士たちの背後から、数人の乗客たちが不安に揺れる声でそう叫びながら、恐怖を押し殺して走り出す。恐怖が残る瞳の奥に、それでも何かを変えようとする小さな光が灯っていた。しかし、骸骨兵士の脅威は止まらない。
「ぐぅあああああ!!」
「きゃあああああ!!」
乗客や騎士の数人に骸骨兵士の無慈悲な一振りが降ろされる。剣や床は血で染まり倒れていく者たちの姿に恐怖や悲しみが押し寄せてくる。あまりに残酷な現実にレイオリアは瞳に涙を浮かべるが、拳を強く握り石版へと走り出す。死者の命を無駄にしない為に。その姿は若干19歳にしては王族として相応しいと言わざるをえなかった。
(あの石版の模様…もしかしたら━━)
「きゃあッ!!」
石板を目指して走る中、レイオリアは足を石畳の隙間に取られ、地面に倒れ込んだ。石板まではあと少しというところで、周囲の空気が急速に冷たく重くなるのを感じた。
骸骨兵士がゆっくりと、しかし確実に彼女に近づいてくる。レイオリアは、立ち上がろうと必死に自らの足を叩き、「お願い…!立って!!」と心の中で叫んだが、恐怖に凍りついた体は言うことをきかなかった。
その瞬間、骸骨兵士がレイオリアの真上に立ち、冷酷無比な漆黒の眼窩が彼女を見下ろした。乾いた音を立てながら、骸骨兵士は剣を高く振り上げる。振り下ろされる刃の影が彼女を覆い尽くし、レイオリアは耐えきれず、恐怖で強く瞳を閉じた。
「レイオリア様ァー!!」
騎士たちの悲痛な叫びが空間に響き渡り、その瞬間が永遠のように感じられた。
しかし、次の瞬間━━━
「【蛇迅鎖縛】」
ラスティードの冷静な声が響き渡ると、地面から突如現れた鎖が骸骨兵士に巻き付き、一瞬で粉砕した。破壊された骸骨の破片が舞い上がり、空間に散らばる。
レイオリアの前に立ちはだかるのは、無情なまでに冷静な表情を浮かべたラスティードだった。彼の背中は、まるで彼女を守る盾のように広く感じられた。
「お前、石版の模様が何かわかったのか?」
「…確証はありませんが…」
ラスティードの背中に向けてレイオリアが返事をする。彼は振り返りもせず、そのまま骸骨兵士と対峙している。
「なら急げ。時間は稼いでやる」
ラスティードの冷静で短い言葉が彼女の背中を押した。レイオリアは一瞬、驚きを隠せなかったが、すぐさまその意図を理解した。迷う時間はない、ラスティードが稼いでくれる時間を無駄にはできない。
(私の考えが正しいなら…)
彼女は勇気を振り絞り、石板の前に立ち、一つ一つを並べ直していく。手のひらは冷や汗で湿っていたが、彼女は確信を持ちながら慎重に動かした。
一瞬の静寂が訪れ、次の瞬間、石板が輝きを放った。まばゆい光が、まるで太陽の光が差し込むように広がり、暗い空間全体を覆っていく。
光が骸骨兵士たちを包み込み、次第にその姿が霧散していった。その光景を見つめていた騎士たちや乗客たちは、一様に驚きと安堵の表情を浮かべていた。骸骨兵士たちはまるで幻のように消え去り、その場に静寂が戻った。
「…やった…!」
レイオリアの声には、ほっとした安堵と、勝利の喜びが混じっていた。その瞬間、石板をはめ込んだ壁が音を立てて開き、通路が姿を現した。
「開いた…!」
ナージュや他の騎士たちは喜びを表すように息をついた。乗客たちも、光の中から現れた新たな道に希望を見出したように顔を輝かせていた。
ラスティードは、一度背後を振り返り、レイオリアの方を見た。その瞳には微かな評価の光が宿っている。
「殿下を危険にさらしてしまい申し訳ありません」
ビクターは深々と頭を下げと重く言葉を紡ぐ。その表情には、自らの未熟さに対する悔しさと、殿下への尽くしが垣間見えた。
「いえ、ビクター。私は王族として責務を果たしただけです。ここで流れた血を無駄にしない為に」
レイオリアは真っ直ぐな瞳で答えた。その表情には、激しい試練を乗り越えた後の威厳が宿っており、その瞳は他の騎士たちの心にも新たな決意を与えた。ナージュもその力強い瞳に、より信念を固めた。
「それにしても、王家の紋章だったとは…。殿下のおかげでこの先に進むことができました。」
ナージュが浮かび上がった石板の紋章を見つめながら、感服したように言葉をこぼした。
「勘が冴えわたりました」
レイオリアは微笑みながら軽く肩をすくめた。その控えめな自信の表れに、ビクターとナージュも口元にほのかな笑みを浮かべた。彼女の笑顔には、苦しい状況の中で仲間たちを引っ張る強さと優しさが感じられた。
周囲の騎士たちも、その笑顔に何かを感じたように、少しずつ表情を緩めていく。騎士たちはお互いに視線を交わし、深い呼吸をして気持ちを整えた。そして、皆の視線は自然と新たに現れた通路の先へ向けられた。
「進みましょう」
レイオリアの声が再び空間に響き渡った。その声には迷いがなく、皆を鼓舞する力があった。騎士たちは整然と歩き出し、乗客たちも彼女に続いて通路に向かった。




