第10話:イグダート王国の王女
その瞬間、汽車の車両が轟音と共に大爆発を起こした。2号車から5号車までの範囲が一瞬にして炎に包まれ、巨大な火柱が空に突き刺さるように立ち上がった。爆風が周囲の空気を巻き込み、衝撃波が大地を震わせる。
「うわああああ!!」
「助けてくれ!」
悲鳴と混乱が一気に広がり、乗客たちはパニックに陥った。上級貴族が乗る特別車両である1号車から3号車の乗客たちは、恐怖に駆られ駅員に詰め寄り、怒りと不安をぶつけていた。貴婦人たちはドレスの裾を握りしめ、状況を訴えた。
「一体どうなっているの!?この汽車は安全だと聞いていたのに!」
「早くこの場を離れさせてくれ!」
駅員たちは対応に追われながらも、状況を把握しようと必死だった。しかし、爆発の原因が何であるかは誰も知る由もなく、ただ事態の収拾に追われるばかりだった。
火災は激しく燃え広がり、炎は次々と隣接する車両に移っていく。煙が濃く立ち込め、息苦しさが増していく。木造の内装は瞬く間に炭化し、ガラス窓が割れる音が響いた。車両内の金属部分が高温で赤く染まり、周囲の熱気が肌を刺すように感じられた。
ラスティードとアルザリアは、その混乱の中で冷静さを保ち、事態を静観していた。アルザリアの瞳は鋭く周囲を見渡し、ラスティードは眉をひそめながら爆発の原因を考えていた。
「皆さん、落ち着いてください」
その時、一人の若い女性が混乱の中から現れた。彼女は桜色のロングヘアーをハーフアップにしており、翡翠色の優しい目が周囲を見渡している。彼女の姿は、混乱の中でひときわ目立っていた。黄色を基調とした華やかなドレスを身に纏い、ネックレスと髪飾りが彼女の美しさを引き立てている。色白の肌がまるで光を反射するかのように輝き、その表情には深い優しさと冷静さが漂っていた。
レイオリアの背後には、彼女を守る専属騎士たちが立っていた。青を基調とした服装に一部鎧を纏い、腰には剣を帯刀している。特にレイオリアの側には背の高い黒髪の男性騎士とオレンジ色の長髪をポニーテールにしている女性騎士が控えており、彼らの目つきは鋭く、外敵を警戒しているかのように殺気立つ雰囲気を醸し出している。
「レ、レイオリア様…!」
「レイオリア様だ!」
誰かがその名を呼び、周囲の人々は驚きと尊敬の眼差しを彼女に向けた。イグダート王国の王女、レイオリアだった。彼女の姿は人々に安心をもたらし、冷静さを取り戻させた。
「火災はまだ続いていますが、皆さんが無事でいることが第一です。まずは落ち着いて冷静になりましょう」
レイオリアの言葉に駅員に怒りを露わにしていた貴族達や他の乗客達は落ち着きをとりもどしていく。
「レ、レイオリア様…やっぱりすごい…!!」
エヴァンはつい本音をもらす。
「車掌さん」
レイオリアの呼びかけに駅員は「は、はい!」と返事をする。
「救助の手配はすでにされているのでしょうか?」
「は、はい。火災が発生した時点で本部にで報告しているのですが…」
車掌がそう説明したその時、比較的火災が弱い8号車の無線機に入電がなる。
『本部より緊急連絡!救助の為向かった車両がトンネル付近で爆発があった為、走行不可になりました!』
突然の悲報に多くの乗客達が戸惑いを隠せずにいる。
『陸路から馬車を向かわ…ていま……な………』
火が徐々に8号車にも広がり無線の声が完全に聞こえなくなる。
「おい!トンネル付近でも爆発ってどういう事だ!?」
40代くらいの男性の乗客が駅員に当たり散らすと他の乗客も駅員に怒声を浴びせる。駅員も状況が掴めず謝る事しか出来ずにいた。
「皆さん落ち着いてください!」
大きな声で仲裁に入ったレイオリアに乗客達は駅員に当たるのをやめる。
「馬車を向かわせてと聞こえましたが…」
レイオリアがそう言葉をこぼすと背後にいた背の高い騎士が口を開く。
「この辺りはタルスト渓谷ですから、陸路で来るとなるとかなりの時間を要します」
「…そうですか。では線路を辿って出来るだけ王都に近づけば━━━」
「バカかお前は」
ラスティードがレイオリアの発言を遮るように言葉を被せる。その言葉にレイオリアや騎士団、エヴァンの視線がラスティードに向けられる。
「貴様、殿下への無礼は許さんぞ!身の程をわきまえろ!」
レイオリアの背後にいた女性の騎士が怒りを露わにしながら前にでる。
「王族もバカならそこに仕える奴もバカだな」
「なんだと!!」
女性の騎士の怒声が飛ぶ。エヴァンは「ラ、ラスティードさん…!」とこれ以上事が大きくならないようにとラスティードを止めようとしている。
「呑気なお前らに教えてやってんだよ」
ラスティードは不敵に笑いながら騎士達を蔑んだ目で見る。
「どこのどいつかは知らないが、貴様の様な薄汚い人間が殿下と口を聞けるなどと思うなよ」
背の高い騎士が冷酷に見下す様な目でラスティードに告げる。
「落ち着きなさい。ビクター、ナージュ」
背の高い騎士と女性の騎士の間からレイオリアが前に出る。
「なにかお気づきになられた事があるなら教えて頂けないでしょうか」
レイオリアはラスティードに目を合わせる。ラスティードは目をそらしながら
「車両の爆発に続いてトンネルで爆発。これが偶然だと思うか?」
「そ…それは…」
レイオリアの言葉が詰まる。
「この車両に乗った誰かを意図的に狙ったもんだと普通は思うけどな」
ラスティードはレイオリアに目を合わせる。レイオリアは気まずそうに視線を外す。
(ま、まさかレイオリア様の命が狙われて…!!)
ラスティード達のやり取りを見ていたエヴァンは内心動揺を隠せずにいた。
「陸路がないここに停車したのも線路を歩かせるため」
線路の方を見ながらラスティードが言う。
「…どういう意味でしょう?」
レイオリアは発言の真意を尋ねる。
「どこを歩いて来るのかわかれば、罠を仕掛けられる」
背の高い騎士のビクターが口を開く。ラスティードはニヤリと笑う。
「おそらくな」
レイオリアは困った表情を見せる。
「では、我々はここから身動きがとれないという事でしょうか…」
レイオリアはビクターに問いかける。ビクターは少し考えたあと、何かに気づいたかの様に眉を動かす。
「・・・もしかしたら王都への道があるかもしれません」
ビクターの発言に驚くレイオリアと騎士達とは反対に、ニヤリと笑うラスティード達の表情を見ていたエヴァンはどこか怪訝な表情をしていた。
「案内してください。ビクター」
レイオリアの目は鋭くビクターに向けられた。
ビクターを先頭に乗客達は険しい山林を北西へと向かう。魔物達がどこから襲って来ても対処出来るようにレイオリアの指示で騎士達を乗客達の間や最後尾に配置する。
「きゃあ!!」
レイオリアが木の根に躓く。
「大丈夫ですか!?レイオリア様!」
ナージュがレイオリアに駆け寄る。
「心配ありません。このくらい…」
「大丈夫ならさっさとしろ」
ラスティードが転んでいるレイオリアに見下げた目で冷たく言う。
「貴様!いい加減にいろ!!」
ナージュがラスティードに掴みかかる。ラスティードは動じる事なく冷酷な眼をナージュに向ける。ラスティードの後ろでもアルザリアの冷酷な殺気が漂う。
「…ぐッ!!」
アルザリアの殺気を感じてかナージュの頬に汗が一筋垂れる。
「お止めなさいナージュ!その方の言うとおりです。先を急ぎましょう」
ナージュはレイオリアの言葉でラスティードから手を離し一行は再び歩き始める。
アルザリアはラスティードの服のシワを直し2人も歩き出す。
「…あの、ラスティードさん。どうしてレイオリア様にあのような態度をとるんですか?」
エヴァンが恐る恐る話しかける。
「気に入らねェんだよ。生まれた時から温い環境で生きてきた奴が」
「そ…そんな」
エヴァンはどこか悲しそうに目を細める。
歩いて30分程経った頃、やがて目の前に壮大な太樹が姿を現した。幹は太く、樹皮は何世代にもわたる風雨を受けている。太樹の枝には葉が繁り、日差しがこぼれ落ちるように光を散らしていた。
樹に近づき、足元の草むらをかき分けた。近づくにつれて、その樹には奇妙な模様が彫り込まれていることに気づいた。模様はまるで星座を描いているかのようだった。
「おそらくここです」
ビクターが太樹を前に足を止める。
「どういう意味でしょう?ビクター」
レイオリアがビクターに尋ねる。
「レイオリア様。少し離れていてください」
ビクターの言葉に少し疑問を持ったがレイオリア達はその言葉に素直に同じた。
ビクターが冷たく硬い樹皮に触れると、彼の手のひらから微かに星霊力が放たれた。手を滑らせるごとに、模様が淡く光り始める。
手が模様に沿って進むと、樹の根元の地面が微かに揺れ、次第に変化が訪れた。
「い、一体なにが…!?」
レイオリアや騎士団、その他の乗客達も驚きを隠せない。
地面が徐々に割れ始め、土が崩れ落ちていく。その瞬間、大樹の周囲からは、まるで魔法のように階段が姿を現した。大樹の根の間から続く、暗くひんやりとした地下通路へと繋がる階段が、静かにその全貌を見せていく。
「ビクター…これは…!!」レイオリアが尋ねる。
「300年前の戦の時、王族を避難させる為に使われた地下通路です」
「…そんなものが…!」
「私も聖堂図書館で古い文献を読んだだけだったので、半信半疑でしたが…」
「ありがとうビクター。いつもあなたに助けられてばかりですね」
「殿下をお護りするのが私の使命ですから」
レイオリアはビクターに優しく微笑みかける。
「皆さんここを通れば王都へいけます。中は少し暗いようですので慎重にお進みください」
レイオリアは乗客達に聞こえるように大きな声で話しかける。その言葉に乗客や駅員達の不安は少し和らいでいく。
ビクターを先頭に一行は再び歩み始める。階段の一段一段は、まるで星霊力が宿っているかのように淡い光を放っており、暗闇の中に導く光明の道を示している。




