第1話:運命の邂逅
南西の街グリアモーザ、夜の帳が降りる中で、人々の足音と喧騒が交錯する。灯火が街路を明るく照らし、多くの人々が行き交っていた。高級な衣装をまとい、豪華な装飾品を身に着けた金持ちたちが、街の賑わいを一層引き立てている。ラスティードは、その銀髪を風になびかせながら、黒い服を身にまとい、町の中で静かに動き回っていた。
ラスティードの目は常に狡猾な輝きを湛え、周囲の人々を鋭く観察していた。彼は一瞬の隙を見逃さず、道を歩く人々から金品を巧みに盗んでいく。その技術はまるで呼吸をするかのように自然であり、誰も彼の手に気づくことはなかった。数分のうちに、彼の手元には小さな財宝の山ができていた。
「儲け儲け♪」ラスティードは口元に不敵な笑みを浮かべながら、さらに金品を狙って前から歩いてくる人物に目をつけた。高級品に身を包み、金持ち特有の嫌な雰囲気を醸し出す老婆が、宝石店で買い物をしているのが見えた。老婆の紫色のお団子ヘアが夜の光の中で輝き、彼女が身に着けている金銀の装飾品がさらにその高貴さを強調していた。
ラスティードはその老婆に狙いを定めると、一歩ずつ静かに近づいていった。突然、老婆が彼の目の前に立ち止まり、その鋭い真紅の瞳がラスティードを捉えた。老婆の視線には、どこか冷酷でありながらも少しおちゃらけた、神々しい雰囲気が漂っていた。
「期待を裏切らない奴だよ、お前は。」
老婆が微笑みながら、ラスティードに話しかけた。その言葉にラスティードは驚きを隠せなかった。どうしてこの老婆が、自分が金品を盗んでいることを知っているのか全く見当がつかなかった。だが、その驚きも束の間、視界が一変し、彼は白い空間に取り残されていた。周囲には何もなく、ただただ広がる空間が広がっている。幻想的な光に満ちたその場所は、ラスティードにとって未知の領域だった。
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「気がついたか?」老婆が静かに言う。」
「お前さっきの!てかどこなんだよここは!?」
ラスティードが問い詰めると、老婆は冷酷ながらもおちゃらけた様子で言った。
「わしは神だ。」
「神?お前が・・・」とラスティードが呆れ返ると、老婆は謎めいた笑みを浮かべた。
「正確には元だけどな。」
二人の言い争いが続く中、ラスティードは不敵に笑いながら言う。
「なるほど、これは夢だな!おい、ばばあ!人の夢からとっとと消えろ!」
しかし、老婆はラスティードを引っ叩きながら言う。「これでも夢だと思うか?」
ラスティードは痛みを感じながらも、老婆の紅い瞳が一層際立って見えた。その目には、すべてを見透かすような冷徹さがあった。
「いいか、よく聞け。本来ならばお前は先刻死ぬはずだった。運命通りならお前はあの時わしではなく別の者からすろうとしてたのさ。」老婆が淡々と語る。
ラスティードは言葉に詰まり、その意味を理解しようとする。
「運命通りならばお前はスろうとした男に殺され男は町に火を放った」
老婆はその場に水晶のようなものを取り出し、ラスティードがいた町の様子を映し出した。
町は炎で燃え上がり、無惨な光景が彼の目の前に広がっていた。
「じゃあ、なにか。俺を助けて恩でも売りに来たってわけか。」ラスティードが怒りを爆発させる。
「そういう事だ。」老婆が静かに言う。
「ふざけんじゃねぇ!!俺は神に助けを乞うような弱い奴じゃねえ!なんで助けやがった!?」とラスティードが叫ぶ。
「お前が世界で1番わしを恨んでいるからだ。」老婆が優しい声で答える。
「ああそうさ。がきの頃からスリでしか生きていけねぇ苦しみがてめえにわかるか!もし神がいるなら全てを奪ってやりてぇと誓って生きてきたんだ!!」とラスティードが叫ぶと、その怒りの声が白い空間に響き渡った。
「ほう、ならば試してみるがいい。」老婆の声は冷たく、どこかおちゃらけた響きを持っていた。彼女はそのまま優雅に手を広げた。
ラスティードはその瞬間に激しい怒りを感じ、老婆に向かって全力で殴りかかった。彼の拳が空気を切り裂く音を立てる。しかし、老婆は驚くほど軽やかにその攻撃をかわし、まるで時が止まったかのように、彼の攻撃を一つ一つ見透かしているかのように振る舞った。
ラスティードの拳が老婆の頬を掠め、彼の力が虚しく空を切る。彼は次々に素早いパンチを繰り出し、あらゆる角度から攻撃を仕掛けたが、老婆はまるで無限の余裕を持つかのようにすべてを受け流し、攻撃を完全に無効化していた。そのたびに、ラスティードの顔には激しい憤怒の色が浮かび上がり、彼の目は焦燥と悔しさでいっぱいになった。
「くそっ、当たんねェ!」とラスティードは怒りに満ちた声で叫んだ。その背中は汗でびっしょりと濡れ、息が荒くなっていた。彼の目は老婆の冷酷な真紅の瞳に釘付けになり、その瞳が彼のすべての動きを見透かしているように感じられた。
「見透かしてんじゃねェよ!!」とラスティードは叫びながら、拳を振り続けた。その度に老婆の動きは優雅で、彼の力がどれほど強力であっても全く通用しないように見えた。
ラスティードはその状況に苛立ち、彼の中に渦巻く感情は一層激しくなった。
「あの眼さえあれば!」と心の中で強く願った。その眼が、彼のすべての苦しみを打ち破り、自分の力を飛躍的に高めてくれると信じていた。
「俺の、俺の苦しみを理解できる奴なんて、どこにもいねぇんだ!俺の人生を、すべてを奪ってきたこの世界に対して、俺はどうしてもこの手で!」とラスティードは絶叫しながら、老婆に向かってさらに激しく攻撃を続けた。彼の拳が虚空に叩きつけられるたびに、老婆の目は変わらず冷静に輝いていた。
「お前がこの神眼を手に入れたがっていることは、よく分かる。しかし、その眼を持つ者がどれほど苦しんでいるのか、わかるか?」と老婆は静かに言った。その言葉にラスティードは一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐにその言葉が怒りと憎しみをさらに深めることになった。
「その眼を、俺に!」とラスティードは心の中で叫び続け、老婆の存在がまるで自分のすべての憎しみの象徴であるかのように感じられた。
「つまらん。どうやらお前ではなかったようだ」
老婆の指先から放たれた閃光がラスティードの胸を貫く。
「がはッ!!!」
ラスティードは貫かれた勢いのまま後ろに倒れ込む。
(…死ぬのか……俺。こんなとこで。なにも果たせないまま…。こんな世界に殺されるのか…。)
━━━ドクン━━━
ラスティードの体の中で新たな鼓動の音がする。
(…ふざけんな!奪ってやる!!この世界の全てを!!!)
その時、ラスティードの体に突如として異変が起きた。彼の視界が一変し、彼の中に新たな力が芽生える感覚が訪れた。その力は、彼の心の奥深くに眠っていたものであり、彼が長い間渇望していたものであった。
するとラスティードの体は青白い光に包まれていく。光がラスティードの貫かれた傷を治していく。
彼の体の中に新たなエネルギーが流れ込み、以前とは比べ物にならないほど鋭い感覚が彼を包み込んだ。その瞬間、彼の体は軽く、まるで空気の中に溶け込むような感覚が広がった。彼の動きが自在になり、まるで周囲のすべてを見通すような力を得たのだ。
老婆の真紅の瞳は、その変化をじっと見守っていた。ラスティードの目に宿る力が増し、彼の攻撃の仕方が一変した。彼は突然、老婆の動きが遅く感じるようになり、彼の動きがより素早く、流れるようになった。
ラスティードの体がひんやりとした空間の中で一層静かに、そして迅速に動いていた。彼の心臓が激しく鼓動を打つ中で、彼の視界は老婆の動きを追い続ける。白い空間に漂う幻想的な光が、ラスティードの鋭い目に反射し、彼の内なる決意を映し出していた。
ラスティードは視線を固定し、老婆の意識の隙間に忍び込むように動く。彼の体はまるで空気のように軽く、音もなく動く。瞬く間に彼の存在が周囲の光景と融合し、老婆の意識から完全に外れる。その動きは、まるで影のように滑らかで、一切の違和感を与えない。
老婆が急にラスティードに向かって走り出した。「奪えるものなら奪ってみろ!」
その勢いに流されることなく、ラスティードはすでに老婆の背後に立っていた。彼の動きは一瞬で、まるで空気のように軽やかだった。ラスティードの手が老婆の肩にわずかに触れる
「てめえの能力、頂いたぜ。」ラスティードは自信を持って呟いた。
神眼の力がラスティードの内に流れ込み、その瞬間、彼の眼が紅く光り輝き瞳に交差する二本の光線を象った紋章が浮かび上がった。紋章は瞳の中心から黒目全体に広がり、放射状に広がる光が周囲に細やかな光を描く。新たに手に入れた力が彼の全身に広がるのを感じながら、ラスティードは優越感に満ちた笑みを浮かべ、老婆の目を睨んだ。
「それがお前の能力か?」
老婆がラスティードに冷静に問う。
「【強欲】。触れた者の能力を気づかれずに奪う。それが俺の星霊術だ」
老婆はラスティードの変化を見て、突然手を叩きながら大笑いした。
「ハッハッハ!スリ師にはピッタリな能力だな!」
「なに笑ってやが━━━!」
老婆に声を張り上げた時、疲労がすごいのかラスティードは膝をつく。
「眠っていた力が呼び起こされたんだ。疲労もあるだろう。それに神眼も使ったんだからな」
「…くそ!これからだってのに……!!」
「安心しろ。お前は合格だ」
老婆はラスティードを見下げる。
「…どういう意味だ…?」
ラスティードは老婆を睨むように視線を合わせる。
「言っただろ、元神だと。その眼はわしにはもういらん。」
老婆は静かに、しかし明確に告げた。
「ふざけんな!負け惜しみ言ってんじゃねェよ!」
ラスティードは神眼を使い老婆を睨むが神眼はエネルギーが切れたかの様に紅い光が拡散した。
「なに!!?」
「その神眼はただの星霊術ではない。【星呪紋】という」
「…星呪紋...?」
「星霊力を覚醒させた者に宿る特別な能力とでと言っておこう。星霊術に目覚めれば上出来だと思ったが。わしの見立ては正しかったようだ」
「てめェは…一体なにがしたいんだ…?」
ラスティードの問いに老婆は不敵に笑いながら
「お前が次の神になれ。」老婆が冷静に告げた。
「はぁ!?ふざけんな誰がなるかんなもん!!」ラスティードが叫んだ。
「なれ。わしが消えた事で世界は色々な動きがあるだろう。それこそ神の座を狙ってな。」
「消えたって…お前まさか…」
ラスティードは言葉が詰まり老婆を見つめていた。
老婆は言葉を続けた。
「お前の新たな力で世界を見て、どのように変えるのかを見届けたい。」
「なんで俺なんだ!?」
「言っただろう。お前が世界で1番わしを恨んでいるからだと」
「だったらわかんだろ!俺がお前の願いを聞くと思うか!?」
「好きにすればよい」
「なに!?」
老婆の言葉にラスティードは戸惑いを隠せずにいた。
「だがお前以外が神の座につけば今以上に悲惨になるかもしれない。また奪われるかもしれない」
「……!!」
ラスティードは老婆の言葉にハッとする。老婆はさらに続ける。
「お前が神になれば世界を我が物に出来るのだぞ。全てを奪う事も」
老婆の言葉にラスティードは不敵な笑みで返す。
「いいのかよ。俺が神になったら世界を壊すかもしれないぜ」
「やってみろ。できるものならな」
互いにニヤリと笑い合う2人。覚悟が決まったラスティードはどこか清々しさも感じられた。
「なってやるよ!神にな!!」
ラスティードは体の奥底から溢れてくるものに心が躍るのを隠せずにいた。
「では行くがよい。その眼で世界を見てこい!」老婆が言い放つと、ラスティードは光の中に包まれていく。
「お、おい!まだ聞きたい事が!!」
「世界に点在する星鍵を探せ」
ラスティードの姿が完全に光に包まれ消えていく。その背中に向けて老婆は、不敵な笑顔を浮かべながら呟いた。
「ふふ、これで世界がどう動くか…楽しみだ。」
ラスティードは光の中でその言葉を聞きながら、新たに得た力を手にし、まさに新たな道へと踏み出していった。老婆の言葉と神眼の力を持って、彼の未来がどのように展開していくのか、誰にも予測できない遥かなる冒険の旅が幕を上げた。