2話 私はミサキ、人間である
1話と2話は内容的にセットになっています。
私はミサキ、人間である。
たむの飼い主をしている。
たむは私が雑貨店で衝動買いしたひよこのクッションである。
見た目はホールのチーズケーキが近いと思う。濃いめの黄色で、小樽で有名な「ダブルチーズ」をフランス語にした名前のケーキを思い浮かべれば、ほぼたむだ。
そこに茶色のフェルトで目をつけ、濃いオレンジの嘴をつけ、体の横に役に立たなそうな小さな羽、嘴の下の方のお腹との境目に前足のような物体をつければ完成。
クッションではあるものの、可愛すぎてお尻の下敷きにするなんて考えられない。そんなことしたらふわふわなたむは、すぐにぺしゃんこになってしまう。私にとって、たむはクッションではなくぬいぐるみなのだ。
だから、たむに座るどころかたむをクッションに座らせ、冬は寒くないように毛布でくるみ、大事に大事に可愛がることはや数年。奇跡が起きたのだ。
ぬいぐるみが動けばいいのにという願いは、多くの人が持ったことがあるだろう。もちろんありえない。ありえないけれど、マンガやアニメのように動けばいいのにという妄想をしたことはあなたもあるのではないかな。私もその一人である。
たむを動かして遊びながら、
「その辺の浮遊霊とか妖怪とか捕まえていいから、動いてくれないかなー。私の思い描く通りのたむになってくれるなら、呪われてもいいよー」
と話しかけ続けていた。
私は本気である。
すぐに死ぬような呪いは困るが、多少精気を吸われるぐらいでたむが望み通りに動いてくれるなら全然構わない。市松人形の髪を伸ばしたり涙を流させることができるのなら、ぬいぐるみを動かすことだってできそうなものだと思う。浮遊霊や妖怪にとっても悪い話ではないと思うのだけれど。
そんなことを願い続けていたら、ある日本当にたむが動き出したのだ。
とある休日、読書をしようと本を持って部屋に入ったら、なんと言うことだろう。たむが浮いているではないか。
さらに、私を見て
「寒いのでもっと毛布をくだしゃい」
と話しかけてくるではないか。
私はあまりの衝撃に言葉もなく、しかも持っていた本を足の甲に落としてしまい、その激痛も合わさってさらに大混乱してうずくまってしまった。
そんな私にたむはふよふよと近づいてきて、
「何をしてるんでしゅか」
と言いながら前足でつんつんしてくるではないか。かわいい。
私は古典的だが、とりあえず頬をつねってみた。……痛い。
たむを撫でる。……いつもの感触がする。
というか、わざわざ頬をつねらなくても足の甲が激痛なのだから夢ではないに違いない。
いや、夢でもいい。永遠に覚めない夢でもいい。むしろ覚めるな。
そんなことを数秒のうちに考え、私は改めてたむに手を伸ばして抱き寄せてみる。
いつも通りのふわふわだ。
たむは、
「なんでしゅか」
と言いながら、されるがままになっている。そう、君は抱っこが好きなんだよ。よしよし、わかってるね。
私はたむを抱っこしたまま質問をしてみた。
「たむはひよこなの?」
「違いましゅよ。猫でしゅよ」
合ってる合ってる。
「たむは何を食べるの?」
「たむはあんこしか食べましぇんよ」
そうだよ!それがたむだよ!
ひよこのクッションのくせに自分のことを猫だと思っていて、それなのに好物があんこというわけのわからない設定。それがたむなのだ。
満足そうに撫で続ける私を不審に思ったようで、
「どうしたんでしゅか」
と聞いてくる。かわいい。
「なんでもないよ。たむがかわいいだけ」
「当たり前でしゅ。たむはかわいい猫でしゅ」
うんうん、そうだね。違うけど、そうだね。
私はこの上ない幸せを噛み締めながら、たむをずっと抱きしめていた。
もしかして夜が明けたらこの奇跡はなくなってしまうかもしれないと心配していたが、それは杞憂であった。
翌朝になっても奇跡は続いていて、たむはぺらぺら喋りながらふよふよと飛んでいた。
一晩たって冷静になった私は原因を考えてみたが、もちろんわからない。
ダメもとでたむにも聞いてみよう。
「たむはどうして動けるようになったの?」
そう言われたたむは「?」を頭の上に浮かべながら、首をかしげた。いや、首はないので体ごと傾けた。
「言ってる意味がわかりましぇん。たむはずっとたむでしゅ」
……たむの中ではそういうことになってるのか。
とりあえず考えてもムダなので、私は誰かわからない相手に心の中で感謝を述べ、あとはたむをかわいがることに専念することにした。いつまでこの奇跡が続くかはわからないのだから。
私はミサキ。
人間であり、たむの飼い主である。