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07 信頼

 ルシアが意識を取り戻すと、誰かに肩に担がれて移動していた。


「降ろして! 降ろしなさい!」


 ルシアが暴れると乱暴に床に降ろされた。


「エリック! どうしてここに?」

「喜べ! お前は私と結婚するんだ」

「はぁ? お断りよ! 私はサイラスと……」

「サイラスなら死ぬ」

「そんなはずないわ!」

「うるさい! 黙って俺に従え! お前のせいで俺はレオナルドに負けたんだ」

「私のせい?」

「そうだ! お前が! レオナルドが! 俺のやる気を奪ったんだ」


 幼少期から、エリックはルシアやレオナルドと比べて物覚えが悪いと言われ、プライドが傷ついていたらしい。


 ルシアは笑ってしまうほどエリックが馬鹿らしく感じた。


「自分のせいでしょ? 努力しないで何もかも私に押し付けて、勝手に婚約破棄して追放して! 自分の力で勝負せず、他人のせいにしてばかり! 負けて当然じゃない!」

「黙れ! お前の望み通り結婚してやるって言ってんだ。今度はもっと俺の言うことを聞いて、俺のために働け!」


 腕を強く引かれルシアは抵抗した。


「いや! 放して!」


 するとエリックに殴られそうになり、咄嗟に魔法の糸で自身の身体を包み、繭のようになった。


(音が何も聞こえない。サイラス、セレナ、みんな、無事でいて!)


 そうして1時間、2時間が経っただろうか。繭の中では時間の感覚がわからず、どのくらいの時間が経ったかルシアにはわからなかった。


 みんなの無事を信じているにも関わらず、嫌な考えに取り憑かれてしまいそうになった。


(もうエリックは去ったわよね?)


 繭から出ようか迷っていると、ルシアは温かさを感じた。


(あったかい。これはサイラスの炎)


 ルシアがサイラスを間違えるはずがなかった。糸をこじ開け繭の外へ出ると、サイラスに強く抱きしめられた。


「ルシア! 無事だったか?」

「うん、サイラスは? 怪我してる……」


 サイラスは口の端から血が滲み、衣服もボロボロだった。ルシアがサイラスの頬に手を当てると、少しだけ痛そうな顔をして手を握り返してくれた。


「戦闘はどうなったの?」

「勝った。ルシア、落ち着け。俺は大丈夫だ」

「セレナは? みんなは?」

「セレナは……」


 セレナを含むドラゴン3頭とドラゴン騎士2名が、異能の毒を受けて苦しんでいるそうだ。


「解毒は?」

「異能の毒だ。解毒剤がない」


(そんな! セレナ!! もう助からないの?)


 ルシアは何も出来ない自分の無力さを悔やんだ。また、毒に苦しむドラゴン騎士2名の名前を聞き、まだ異能の服を渡せていなかった団員だと知ると自責の念に駆られた。


「私のせいで!」

「ルシアのせいではない。俺を守るためにセレナが毒を受けた。俺のせいだ」


 ルシアの目から涙が止まらず、サイラスの胸で泣き崩れた。


(辛いのは私だけじゃないわ! こうしている間にも、サイラスはセレナの元へ行きたいはず。それなのに私を探しに来てくれた……)


 セレナとドラゴン騎士たちを助けたいと強く願うルシアに、鈴の音が小さく聞こえた気がした。


(鈴? そうだわ!)


「鈴よ! サイラス!」

「鈴? 何のことだ?」


 ルシアは胸元から鈴のついたネックレスを取り出した。婚約破棄された日、髪の毛と引き換えに手にした魔女の店へ行くための鈴だ。


「魔女に会いに行きましょう」


 ルシアはサイラスの手を握り鈴を力いっぱい鳴らすと、視界が歪み別の場所へ転移していた。



 見たこともない魔道具らしき物や薬の瓶が山のようにある不思議な空間だった。


(物がいっぱい。魔道具? 薬もたくさん……)


「いらっしゃい」


 ルシアはその声に現実に戻され、声のする方へ振り向くと、鈴をくれた魔女がカウンターの裏の席に座っていた。


「ここは?」

「なんでもそろう魔女の店さ。何がお望みだ?」


 ルシアはサイラスと顔を見合わせ頷いた。


「異能の毒を消すものか」

「ありますか?」

「解毒剤ならあるよ」

「本当ですか!?」

「お代は何にしようかね……」


 魔女は値踏みするようにルシアとサイラスを見た。


「これは珍しい! そうさね、お代はお嬢さんの記憶がいい」

「記憶ですか?」

「お嬢さんは異世界の記憶を持っている」


(異世界の記憶……。私にはわからないけど、セレナもそう言っていたわ)


「いいですよ」

「ルシア、本当にいいのか?」

「それがあれば、お嬢さんは天下を取れるかもしれないよ?」

「覚えていませんし、私には今の方が大切ですから」

「そうか」


 ルシアが答えた瞬間、また視界が歪んだと思ったら元の場所へと戻っていた。


「薬!!」


 解毒剤はルシアの手の中に確かにあった。


 ルシアとサイラスは毒に苦しむ者たちの所へ急いだ。解毒剤を飲ませると、荒かった呼吸が楽になり数分で回復した。


「セレナ! 良かった!」


 ルシアはセレナに抱き着いた。セレナは笑ったように見えたが、何も言ってくれなかった。


「セレナ? どうしたの? ねぇ!」

「ルシア」


 いつもと違うセレナの様子に、ルシアは不安に襲われた。

 震えるルシアの肩に、サイラスが手を置いた。


「サイラス、おかしいの! セレナの声が!」

「あぁ」


 サイラスは辛そうに顔を歪ませていた。


 ルシアはセレナの言葉を思い出し、そこでようやく自分が何を失ったのか理解した。


 

『ルシアは異世界の記憶があるからね』

「異世界の記憶?」

『そう。特別な魂だから、ドラゴンの言葉がわかるの』 



 ルシアは立つ力を失いサイラスに抱えられた。


「私、とても大事な物を……」 

「あぁ、すまない」


 ルシアはセレナの言葉がわからなくなってしまった。ただサイラスの(つがい)として、セレナも悲しんでいるという気持ちだけが伝わってきた。


「セレナ、大好きだよ。これからもずっと。セレナが助かったのなら、私は後悔していないわ」


 ルシアはセレナに抱きつき、安心させるように無理に笑った。



 タンザナイト王国はサイラスを王、ルシアを王妃とし、平和が訪れた。 


 ルシアの紅茶に眠り薬を混ぜた侍女ハンナは、妹が王宮で侍女をしており、エリックに脅されたそうだ。今は侍女を辞めて街で働いているらしい。


 アレキサンドライト国は賠償金を支払い、協力を求めてきた。ドラゴン騎士団に捕らえられたエリックは、離宮で生涯幽閉されることになった。ルシアの生家、ネフライト家も横領などの罪が明らかになり没落した。


 魔王の亡骸をどうするかはわからない。国王レオナルドに判断を委ねることになった。ただ確かなことは、王都に魔王の亡骸がある限り、ドラゴンからは嫌われるということだ。


 レオナルドは魔王のことを知らず、聖女の血筋としか聞いていなかったそうだ。聖女の血筋のため、生涯の伴侶と認めた結婚相手の異能を分けてもらう能力があると伝承されていた。

 

 ただレオナルドはローズの異能を分けてもらわなかった。分けるとは奪うことと同義であった。ローズの異能の力を減らさないために、分けてもらわない選択をしたそうだ。


 


 ルシアは王妃として忙しい幸せな日々を送っている。しかし今日は公務の合間を縫って、友達とのお茶会があった。


 先ほど一緒に卵と牛乳で作ったプリンというデザートを食べながら、ルシアは友達へと話しかけた。


「さくら、どうしてエリックと結婚しなかったの?」


 聖女と呼ばれたエリックの元恋人のさくらは、なぜかタンザナイト王国へ移住してきて、今ではルシアの親友になっていた。


「だってあいつ頭悪いし、全部私に仕事押し付けようとしてくるんだよ? 最初は異世界に来たばかりで流れに身を任せていたけど、いきなり婚約者にさせられるし。あんな事故物件願い下げ! ルシアちゃんは私の気持ちわかってくれるし、ここは居心地がいいだよね」


 ルシアはさくらと気が合った。さくらの異世界の話は信じられないことばかりだったが、ルシアは聞いていて楽しかった。


(これも異世界の記憶があったおかげかしら?)


 ルシアは異世界の記憶を失った。だからもう思い出すことはない。しかしさくらの話はどれも懐かしい気がした。


 ルシアとさくらは異世界の料理作りに挑戦したり、異世界の知識を元に医療の向上や土地の開発を進めたり、多方面で活躍した。


 さくらは食べ物の材料や味はわかっても、作り方を全く知らないので、再現するのがいつも大変だった。


「ママー!」

「リュージ! お勉強の時間でしょ。どうしたの?」

「さくらちゃんが来てるって聞いて来ちゃった」


 ルシアとサイラスには、6歳になる息子リュージができた。リュージの名付け親はもちろんさくらだ。


「リューくん、今日も可愛いね」

「ありがとー、さくらちゃん。ママ、何のお話してたの?」

「恋の話かな?」

「恋? ママとパパの? 真実の愛だったの?」

「どこで覚えたのそんな言葉」

「みんな言ってるよ。ママとパパは真実の愛だったって」


 ルシアとサイラスは、真実の愛といった情熱的な始まりではなかった。相手を思いやり、信頼を築き、小さな灯がやがて燃え上がるような愛だった。


「真実の愛より大切な物があるのよ」

「何? 教えてー」

「リュージが大きくなったらね」



 国王となり忙しいサイラスも、夜は必ず時間を作った。ルシアと一緒にセレナに乗り、飛行デートを毎日のように続けた。


 今はもう15分飛べば長いくらいだ。それでも国民は毎夜見る仲睦まじい両陛下の姿に、この国は安泰だと誰もが思った。


(完)

最後まで読んでいただき、ありがとうごさいました。

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