06 王
結婚式を終え、ルシアはサイラスの部屋へと戻された。
「あの、私の部屋はどこに?」
「ここだ」
「え!? ここはサイラス様の部屋では?」
「結婚したんだ。サイラスと呼べ」
「わかりました、サイラス」
「敬語もやめろ」
「……わかったわ。部屋は?」
「夫婦になったから一緒の部屋だ」
「一緒だと不都合ではなくて?」
「問題ない」
何を言っても無駄そうなサイラスに、ルシアは諦めて受け入れた。大きな寝台の真ん中に枕を置き、「ここから入らないで」と境界線を作り眠った。
それなのに、
(あたたかい……。気持ちがいい)
朝になり、温もりに包まれる幸せを感じながらルシアは目を覚ますと、サイラスに後ろから抱きしめられていた。
驚いたルシアの叫び声が屋敷に響き、執事や侍女に「朝から元気ですね」と笑われてしまった。
疲れているルシアを気遣い、朝食は部屋で取った。その後サイラスに屋敷の案内をしてもらい、使用人との挨拶も終え、ドラゴンの棲家へと連れて行ってもらった。
「セレナ、おはよう」
『ルシア、おはよう』
ルシアがセレナと意思疎通が取れることは、しばらくの間秘密にすることにした。
ここには正式なドラゴン騎士だけではなく、ドラゴン騎士を目指す見習い騎士も多くいるため、誰から秘密が漏れるかわからないからだ。
少なくともルシアに子ができるか、エリックの結婚が決まるまで黙っていようということになった。
ドラゴンたちはルシアを通して相棒のドラゴン騎士と会話したがっていたが、セレナを通して秘密にしてもらうよう協力を頼んだ。
ルシアはセレナ以外の言葉はわからなかったが、ドラゴンみんなから好かれていた。通常ドラゴンは相棒となる人間以外には触らせないにも関わらず、ルシアの周りに集まって撫でて欲しそうにした。
『みんなルシアのこと好き。話したい』
「みんな、歓迎してくれてありがとう」
1人の女性にドラゴンが群がるという異様な光景に、ドラゴン騎士たちは驚き感動していた。
そのおかげかルシアは騎士たちからも好意的に受け入れられ、順調にサイラスの妻として認められていった。
ルシアは領地の勉強をし忙しい日々を送っていたが、毎夜サイラスがセレナとの飛行デートに誘ってくれた。
「やっぱり最高ね!」
『セレナもルシアと飛ぶの楽しい!』
1回30分にも満たない飛行だが、ルシアはいつも元気をもらっていた。
エリックに婚約破棄された時、ルシアは自分を偽ることをやめ、自由気ままに過ごすことを夢見た。今は次期領主の妻として働き、夜はサイラスと一緒の部屋だ。枕は無駄だとサイラスに言われ、寝台に境界線を作ることもなくなった。1人で寝ることもできないくらい、想像していた自由とはほど遠い。
だが自由とは引き換えに、ルシアは夜眠る前、朝起きる前に感じる人肌の温かさを得た。屋敷の使用人や騎士たちからも受け入れられ、ドラゴンとの心温まる交流もある。
ずっと孤独だったルシアにとって、それらは自由よりも価値のあるものだった。
ルシアが新しい生活にも慣れ、サイラスとの仲も深まっていった頃、突如国王の崩御が伝えられた。病死だった。
第一王子と第二王子の王位継承争いは激化すると思われたが、そうではなかった。
第二王子エリックは婚約者の聖女さくらから逃げられた。ルシアと一方的な婚約破棄をし、真実の愛とまで言ったさくらに逃げられ、劣勢のエリックにはもう碌な相手など見つかるわけがなかった。
なんとかルシアの義妹ソフィアとの結婚を決めたものの、話にもならないくらい惨敗したそうだ。ソフィアは両親に甘やかされて育った。我儘し放題で、エリックを支えるどころか邪魔になっていたらしい。
こうして王位継承争いはあっけなく終了し、第一王子レオナルドが新たに国王となった。婚約者だったローズを王妃とし、共に国の繁栄に尽力するそうだ。
ルシアたちの元へは、新国王の誕生と国王レオナルド、王妃ローズの結婚を祝すため、ドラゴン10頭と共に式典へ出席するように要請があった。
「10頭か……多いな」
「サイラスも出席するの?」
「あぁ、親父の代わりに行くように言われている」
アンドリューのドラゴンは、ドラゴンの中でも特に王都嫌いだそうだ。そのため王都での用事はほとんどサイラスが代行している。
『セレナ行きたくない』
「どうした?」
「セレナが王都へ行きたくないって」
サイラスはセレナの鼻筋を撫で、「ごめんな」と謝った。
『王都、魔王いる。好きじゃない』
「えー!?」
「どうした!?」
「いや、えっと……」
ルシアはセレナの爆弾発言に頭を押さえて考え込んだ。
「セレナ、どういうこと?」
数百年前、まだ魔力が満ち溢れ、魔法全盛期とも言われた時代。魔族もいてその頂点に魔王が立っていた。
その魔王を勇者と聖女、魔法使いらが協力して倒す予定だった。しかしなぜか魔王と聖女が惹かれあい、子どもができた。
その子どもがアレキサンドライト国建国の王であり、現在の王家の祖先だった。
『魔王の亡骸、まだ王宮の下にある』
ルシアはセレナの発言を頭の中で整理するのに時間がかかった。こんなこと歴史の授業でも、王妃教育でも習っていなかった。
サイラスに説明しろと言われても、重すぎる内容に気軽に口にするのはためらわれた。
『行きたくないけど、サイラスが行けって言うなら従う』
「どうして?」
『相棒に頼まれれば嫌でも行く。それにサイラス、勇者の子孫。ドラゴン、勇者に助けられた。恩返しする。サイラスのこともアンドリューのことも、みんな好き」
(勇者きたー!!)
魔王と聖女の話だけでも手一杯だったルシアに、勇者も加わってしまい本格的に困り果てた。
ルシアは深いため息をつくと、サイラスへ説明を始めた。
「は!? 魔王? 聖女? 俺が勇者の子孫?」
サイラスが困惑し始めたので、逆にルシアは少し落ち着いてきた。
「セレナ、魔王の亡骸って何か力があるのかしら?」
『力ほとんどもうない。でも王族使ってる。分け合う力』
「分け合う?」
『魔王、聖女を救うため、聖女の力分けてもらった。王族、番の力分けてもらう。強くなれる』
(王族の番……結婚相手のことを指すのよね? エリックが私より聖女を選んだ理由は、聖女の力が欲しかったから?)
セレナはあまりこのことについて話したくないらしく疲れたと言うので、ルシアとサイラスは気が晴れないまま部屋へ戻った。
口数少なく「少し考えたい」とサイラスは言い、その日は早く眠りにつくことにした。
しかしルシアもサイラスもなかなか寝付けなかった。
翌朝アンドリューへ説明するため、2人揃って部屋へ向かった。
サイラスは真剣な顔で「大事な話がある」と切り出した。
「おめでとう!」
「は!?」
予想外の返しにサイラスは一瞬呆気に取られた。
「何がおめでとうだ」
「え? 子どもができたんじゃないの?」
サイラスはため息をつき、アンドリューへ怒鳴った。
「お前はそんなことしか頭にないのか!?」
「そんなこと!? 孫に会いたいの! 重要なの!」
怒るサイラスに全く動じないアンドリューであった。
「はぁ、真剣な話だ。しっかり聞いてくれ」
サイラスの言葉を受け、アンドリューは人が変わったように目つきを変え、領主としてのオーラが出たと思われたが……。
「魔王、聖女、勇者。魔王、聖女、勇者……」
サイラスの説明を受けると、アンドリューは呪文のように同じことを繰り返し始めた。話が凄すぎて、誰が聞いてもパニックになるらしい。
「俺はこのままでは良くないと思ってる」
「それは私も同感だ」
「もっとセレナに話を聞く必要がある。だが場合によっては魔王の亡骸を何とかしないといけないし、無理にドラゴンを王都へ行かせることもやめたい」
「ドラゴンを派遣しなければ王族が黙っていない。戦争になるかもしれん。……独立するか?」
(国から独立……そうよね)
「ルシアはどう思う?」
「私!?」
ルシアはまさかサイラスに自分の意見を問われるとは思っていなかった。こんな状況にも関わらず、サイラスの優しさが嬉しかった。
「私は……サイラスなら立派な王になれると思うわ」
否定の言葉を言うつもりだった。戦争は避けたい。国から独立するなんてとても困難が多い。だがなぜか王になったサイラスの姿がはっきり見えてしまった。
リーダーシップがあり、騎士団員や使用人たちからも慕われるサイラスのことをルシアは見てきた。強さもあり、行動力もあり、みなが付き従っていた。
「そうか。ならルシアは王妃だな」
「私が!?」
「お前以外いないだろ」
「いいね! サイラスもルシアちゃんも適任だ」
不敵に笑うサイラスにルシアは涙が出そうになった。
(私の今までの人生は、何一つ無駄ではなかったと言うの? 私、サイラスの力になりたいわ!)
そこからの動きは早かった。
ルシアはセレナを通して他のドラゴンにも話を聞いた。ドラゴン騎士たちは、ルシアとセレナが対話できることを知り喜んだ。次々に自分の相棒のドラゴンと会話したがり、列ができるほどだった。そうして和気あいあいと話しながら、ドラゴンの本当の気持ちを教えてもらった。
みんな魔王の亡骸が眠る王都へ行くのは好きではなかったが、勇者の子孫や相棒に頼まれたという理由で仕方なく行っていたそうだ。
できれば行きたくないということがわかり、独立に向けてドラゴンの総意も得た。
ドラゴン騎士は何よりもドラゴンを大切にしている。ルシアのおかげでドラゴンが王都を嫌がる理由が自然だけでなく、魔王関連だと明確に知ると、無理強いさせていた自分を責める騎士もいた。
ドラゴンの派遣をやめ、戦争になった場合は国から独立することに反対するものはいなかった。
しばらくして、王都にいたドラゴンたちはみんな領地へ帰ってきた。
当然王家は怒り戦争を仕掛け、強い異能者たちが攻めてきた。
辺境の地アゲートは独立国家となることを宣言し、敵を迎え撃った。独立国家「タンザナイト王国」の誕生である。
ルシアたちには数十頭ものドラゴンがいるが、あまり戦闘を好まないものもいた。敵の異能者は強者揃いで、すぐには決着がつかなかった。
「ルシア、行ってくる」
「サイラス……」
「蹴散らしてすぐ戻る」
「セレナ、サイラスを守って!」
『任せて』
ルシアは戦闘へ向かうサイラスたちの無事を祈ることしかできなかった。
戦闘が行われている中、ルシアは異能の糸で服を作っていた。ルシアの魔力の糸で作った服は薄く軽いが、刃でも貫けない頑丈さがあった。サイラスにはもちろんルシアの作った服を着てもらっている。
(みんなどうか無事でいて!)
祈りながらルシアは騎士団員のための服を作り続けた。
「ルシア様、少し休憩されませんか? 紅茶を淹れました」
「ありがとう、ハンナ」
侍女のハンナが淹れてくれた紅茶を飲んで一息つき、また頑張ろうと思ったルシアだった。
「申し訳ありません、ルシア様」
ハンナが何に謝罪しているかわからないまま、ルシアは急に眠気に襲われて意識を失った。
次話で完結です。