表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/7

05 番(つがい)

「着いたぞ」


 サイラスが先にセレナから降りた。ルシアは両手を広げるサイラスの胸に飛び込んだ。会ったばかりなのに、サイラスなら必ず受け止めてくれると信じることができた。地面に着いた足には疲労を感じた。


「サイラス様、ありがとうございます。セレナもありがとう」


 2時間のうちにルシアとセレナは仲良しになり、敬語もとれていた。


 流石に初めての長時間飛行で疲れたルシアは休みたいと思ったが、サイラスにまた怒られてしまった。


「ルシア! 飛行中に両手を離すバカがいるか! セレナも! ルシアは乗るのが初めてなんだ。回転などするな!」

 

 セレナも怒られ、一緒に不貞腐れた。


「サイラス様もセレナに初めて乗った時、私と同じように両手を離して落ちそうになったでしょ?」


 言い訳のつもりでルシアは言ったが、サイラスは驚きの表情を浮かべた。


「なぜそれを知っている?」

「なぜってセレナが教えてくれたから」

「……。セレナの言葉がわかるのか?」


 ルシアはそこで初めて、ドラゴンとの会話が普通ではないことを知った。


『ルシアは異世界の記憶があるからね』

「異世界の記憶?」

『そう。特別な魂だから、ドラゴンの言葉がわかるの』 

「……」

「ルシア、セレナは何て?」

「私が異世界の記憶がある特別な魂だから、ドラゴンの言葉がわかるそうです」

「異世界って……聖女と同じってことか?」

『それはわからない。ドラゴンは相棒と相棒の(つがい)のみに心を通わす。ルシアはサイラスの番だから、セレナの言葉がわかる』


(サイラス様が私の番だから……。どのドラゴンの言葉もわかるわけではないってことね)


 ルシアが黙って考え込んでいると、サイラスが説明を急かした。


 サイラスに自分なりの解釈も含めて説明すると、少し落胆したようだった。


「がっかりしましたか?」

「がっかり半面、安堵が半面だな」

「安堵?」


 サイラスはセレナの鼻を愛おしそうに撫でながら「またな」と言うと、セレナは勢いよく飛び立った。

 そしてサイラスはルシアの身体を横抱きにして歩き出した。


「団長! お帰りなさい。あれ? その女性は?」

「団長!? 人攫って来たんですか?」


 会う人会う人に驚かれても、サイラスは歩みを止めなかった。


「サイラス様、降ろしてくれませんか? 私自分で歩けますし、皆さんにも挨拶を……」


 ルシアがサイラスに何度降ろしてほしいと頼んでも、サイラスの胸を叩いて訴えても無駄だった。

 ルシアは諦めてサイラスの首に腕を回すと、なぜか突然立ち止まった。


「何をしている?」

「え!?」

「なぜそんなにくっつく?」

「恥ずかしくて……あの、降ろしてくれませんか?」


 ルシアは恥ずかしくて顔を隠すようにサイラスにくっついたのだが、不快だったようだ。急いで離れようとしたが「いい」と言って頭を元の位置に戻された。


(自分からは平気でもっとくっつくのに、もしかして私からすると弱いのかしら?)


 ルシアはサイラスの行動が少し可愛らしく感じた。


 結局、屋敷の部屋の中まで抱き抱えて連れて行かれ、寝台の上に下ろされた。


(サイラス様のお部屋?)

 

 部屋を見渡していたルシアの上にサイラスが覆い被さり、逃げ場がなくなった。


「あの、近すぎます!」


 距離の問題というより、体勢の問題であった。


「今すぐ結婚するぞ!」

「え? 今すぐ!?」

「待ってろ」


 サイラスがドアを開けると野次馬のように人が集まっており、その中の1人に指示を出した。


「親父を呼んできてくれ。それと、結婚するから司祭を呼んで、書類も持って来てくれ」

「え? 団長!? 結婚!?」

「早く!」

「はい!」


 サイラスは言いたいことだけ伝えると扉を閉め部屋へ戻った。


「あの、本当に今すぐ結婚するんですか?」


 ルシアはこんなに早く結婚すると思っていなかったので戸惑った。


「今すぐだ」

「どうしてそんなに急いでいるんですか? 私がセレナの言葉がわかったからですか?」

「それもある。ドラゴン騎士はドラゴンの気持ちはわかるが、明確な意思の疎通は不可能だ」

「だから私と結婚したいと?」

「セレナがルシアを俺の番だと認めた。それだけでなく気にいるなどそうそうない。結婚相手を嫌い、相棒を乗せなくなるドラゴンもいる」

「そうなのですか!?」

「あぁ。それと、もしルシアがドラゴンと話せると知られたら、王族が返せと言ってくるかもしれん」


 ルシアはサイラスの言ったことを想像し、現実に起こりそうだと身震いした。


「え!? 嫌です!」

「守ってやるから結婚しろ。結婚して子どもまで作れば手を出さないだろう」

「え!? 子ども!? もしかして今日?」


 思わずルシアは身をすくめた。


「嫌か?」


 ルシアは悩んだ。せっかく自由になれたのに、王都に連れ戻されるのはごめんだ。


「……子どもを作るのはもうちょっと待ってもらえませんか?」

「いつまでだ?」

「もう少しお互いを知って、いいなと思うまで?」

「俺はルシアがいいと思ってる」


 ルシアはサイラスに情熱的な目で見つめられ、すっかり雰囲気に流されそうになったが、扉が開き部屋に人が入って来たので寝台から飛び上がった。


「サイラス! 結婚するとはどういうことだ?」

「親父、ルシアだ。第二王子に婚約破棄されて家族にも勘当され、俺に嫁ぐように言われた」

「そんな!?」


 サイラスの父、アンドリュー・トリフェーン伯爵は、ルシアの不幸のオンパレードに悲しみの表情を浮かべた。


「ルシア嬢、辛かっただろう。もう大丈夫だ。結婚せずとも、この地でゆっくり過ごすといい」

「ありがとうございます、トリフェーン伯爵」

「結婚するって言っただろ。今司祭を呼びに行かせてる」

「何!? ルシア嬢は傷ついているんだぞ!? 攫って来て、傷心に付け入るような真似をして!」

「ルシアはセレナの言葉がわかる。だから今すぐに結婚する」


 アンドリューはサイラスが結婚を急ぐ理由に納得した。


「……そうか。いいのかい? ルシアちゃん」


 結婚を認めたからか、すっかりルシア嬢からルシアちゃんに呼びに変わっている。


「はい、サイラス様が守ると言ってくださったので」

「サイラスが!? ありがとうルシアちゃん! サイラスは私のせいで女嫌いで、一生結婚しないのかと心配していたんだ」

「……はい」


 この結婚に愛はないと申し訳なくなるルシアだったが、アンドリューはルシアの手を両手で握り喜んでいた。


「私のことはお義父様って呼んでね」

「はい、お義父様」

「あんまり触るな」


 アンドリューは息子に冷たく払われた手にも感動しているほどだ。


「あー!」

「なんだ!?」

「サイラスとルシアちゃんの結婚、私のせいかも?」

「どういうことだ!」


 アンドリューはサイラスに詰め寄られ、「国王にサイラスの結婚のこと聞かれて、いい人が見つからなくてって言っちゃった」と手を合わせて平謝りした。


 トリフェーン家はドラゴンに好かれやすい体質なのか、代々ドラゴン騎士となる家系だ。魔力も高く、アンドリューもサイラスの前は騎士団長を務めていた。貴重なドラゴン騎士を確保するため、サイラスは跡継ぎを心配されていたのだ。


「そんなことよりルシアちゃん! 着替えないと!」

「着替え?」

「せっかくの結婚式だからね」


 ルシアは白いドレスに着替えさせられ、しっかり化粧をして髪を結われた。ウエディングドレスではないが、1番それらしい物を借りてきてくれたらしい。


 着付けは3人の侍女が行ってくれた。これからルシア付きの侍女になってくれるそうだ。ターニャ、ハンナ、ウェンディは手際よく働き、短時間でルシアを完璧に仕上げてくれた。


 サイラスも嫌々ドラゴン騎士の正装に着替えさせられて、髪もしっかりセットされていた。


「かっこいい!」

 

 ルシアがサイラスに見惚れていると、サイラスはまんざらでもなさそうな顔をし、アンドリューは得意げになった。


 結婚式の場所は屋敷に隣接している小さな礼拝堂。屋敷にいた者たちが大勢集まり、入りきれないほどだった。


 ルシアとサイラスは順番に誓いの言葉を述べ、婚姻届に署名をした。魔法の書類ではないため、式が済んだら協会へすぐに提出しに行くそうだ。


 これで婚姻の儀は終わったとルシアが油断したところへ、サイラスから熱い口付けをされた。


 「団長!」「いいぞ!」「もう1回」などとみんなに囃し立てられてしまい、ルシアだけが顔を赤くしていた。

 

 ルシアは横にいるサイラスを睨むように見ると、サイラスは意地悪そうな顔で笑っていた。


 ルシアは悔しいがそのサイラスの顔にときめいてしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ