04 ドラゴン
ルシアとサイラスは宿を出た。朝食代は当然のようにサイラスが支払った。
サイラスが手配した馬車に乗ると、なぜかルシアの真横にサイラスが座った。ルシアが空いてる前の席へ移動しようとしても、手を掴んで動くのを許さなかった。
「あの、ドラゴンはどこに?」
「王宮のドラゴン舎にいる」
「私、王宮はちょっと……」
ルシアは昨夜の出来事を思い出し、王宮へ行くのは回避したかった。
「心配ない。あいつはドラゴンを恐れて近寄らない」
「あいつ?」
「ルシアの……(婚約者だった)第二王子だ」
ルシアはサイラスが王子であるエリックのことを「あいつ」呼びしたのが愉快だった。サイラスのような人に会ったことがなかったので、新鮮で一緒にいるととても楽しかった。
「なら安心ですね」
サイラスはルシアの髪をじっと見つめるので、少し居心地が悪くなった。
やがて口を開いたと思ったら「なぜ髪を切った」と問い、ルシアの短くなった髪を惜しむように優しく撫でた。
「さくら様の短い髪がいいなと思って」
「さくら? あぁ聖女とか言われている女か」
「似合っていませんか?」
「似合ってる」
サイラスはルシアの髪を眺めていたと思ったら、短く揃えられた髪を優しく持ち上げキスをした。
(えっ! なんでキスを?)
ルシアは初めて異性にそんなことをされ、身体の中の血がどくどくと流れているのを感じた。
(もしかして、髪の短い女性が好きなのかしら?)
ルシアの顔は熱を持ち、サイラスに見られないように俯いた。
(この人女嫌いだって噂があったけど……実は遊び人?)
ルシアはチラッとサイラスを見上げた。
「なんだ?」
「なんでもありません」
急いで顔を元の位置に戻したルシアの肩にサイラスは手を置き、耳元で「言ってみろ」と優しい声で囁いた。
(近い!)
ルシアはその行動にドキドキしすぎて軽くパニックになり、つい思っていたことを口にしてしまった。
「あの! 女性が嫌いだと聞いたことがあって……」
「あぁ、嫌いだ。……俺を産んだ女のことは知っているか?」
「お義母様ですか?」
「金目的で家に嫁いで俺を産んだ後、『もう務めは果たした』と言って離婚して出ていった」
「……そうですか。それは、お互い親に恵まれませんでしたね」
同情でもされると思ったサイラスは、ルシアの親を思い出しつい笑ってしまった。
「あぁ、まったくだな」
「私の親もあまりいいとは言えなくて……」
「知っている」
「えっ!? 会ったことがあるのですか?」
「昨夜な」
ルシアはその一言でサイラスが自分に会いに実家にまで行ってくれ、親が迷惑をかけたことを悟った。
「それは……ご迷惑をおかけしました。嫌なことを言われたのではありませんか?」
「俺は問題ない。だがルシアが嫌なら復讐に協力する」
「復讐!?」
「ルシアが望むならな。まぁでも、1発くらい殴っとけば良かったな」
(やっぱりサイラス様は優しいお方だわ)
ルシアには家族に復讐するつもりなどなかったが、サイラスのおかげで心がじんわりと温かくなった。言葉はぶっきらぼうでも、サイラスの行動は誰よりも思いやりが感じられた。
ルシアはサイラスのことを知るたびに惹かれていた。
馬車が王宮のドラゴン舎へ着くと、サイラスはルシアの手を引いてドラゴンの元へと連れて行った。
(手! 歩きにくいから支えてくれているのかしら?)
ルシアは照れながらも遅れないように必死に歩いた。
「相棒のセレナだ」
ルシアとブルードラゴンのセレナの距離は、わずか1メートルほどだった。間近で見るドラゴンはルシアの想像以上に大きく迫力があった。金色の大きな瞳に見つめられ、品定めされているようにも感じた。
ルシアは神秘的なドラゴンに圧倒されつつ、緊張しながら挨拶をした。
「セレナ様、ルシアと申します」
『ルシア、セレナって呼んで! よろしくね』
「はい、セレナ。よろしくお願いします」
(かわいい!)
気さくなセレナにルシアの緊張も解かれた。
「これを着ろ」
「これは?」
「俺の予備のコートだ」
渡されたのはずっしりと重く厚みのある、ドラゴン騎士が着るコートだった。
「私が着てもいいのですか?」
「ドラゴンに乗ると寒い。俺の異能の炎で少しは暖めてやれるが、それでも寒いだろう」
(炎……。いい異能をお持ちなのね)
自然系の異能は力が強く、当たりだと言われている。
「私の方が団長より小柄なので、私のコートをお貸ししますって言ったんですが、嫌だと断られてしまって……」
サイラスの同僚として紹介されたマルコが口を挟んだが、サイラスに「黙れ」と一刀両断されていた。
「マルコ様、お気遣いありがとうございます。貴重な品をお返しするのも大変ですから」
「ルシア様! マルコと呼んでください!」
マルコも長身だが、サイラスに比べると少し背が低く細身だ。
ルシアはドラゴン騎士はエリートの集まりで厳格というイメージを持っていたが、マルコの子犬みたいな人懐っこさにそれは間違いだったと知った。
ルシアは有り難くサイラスのコートに袖を通したが、やはり小柄なルシアには大きすぎてブカブカだった。
「大きいですね」
「……まぁいい」
サイラスは自分のコートを羽織るルシアの可愛さに顔がにやけそうになっていたが、ルシアは気が付かなかった。
サイラスに身体を軽々と持ち上げられ、ドラゴンの背中についた鞍に乗った。
(高い! これだけで別世界だわ)
ルシアは新しい世界の始まりにワクワクした。
「行くぞ。2時間くらいで領地に着く」
「はい。ではマルコ、またお会いしましょう」
「えぇ。1週間後には私も領地へ帰りますから!」
セレナはルシアとサイラスを背に乗せ、勢いよく空へ飛び立った。
飛び上がりは身体が大きく揺れたが、ルシアはびくともしない大きな身体のサイラスに包まれ、全く恐怖心を感じなかった。
高度はどんどん上がり、王宮の真上が見渡せるほどになった。
「ルシア、大丈夫か?」
飛行中は風の音が強く、大声で話しても聞こえにくい。
サイラスはルシアが心配で顔を覗いたが杞憂だった。
「サイコー! 気持ちいいー!」
誰もいない空にルシアの笑い声が響いた。ルシアは気持ちが高ぶってつい両手を上げてしまい、焦ったサイラスにきつく抱きしめられた。
『ルシア怖くない?』
セレナにも気遣われ、ルシアは安心させるようにセレナの背に手を当てた。
「怖くないわ。とても楽しい。乗せてくれてありがとう」
辺境が近づくにつれ、壮大な山々や渓谷へと景色が変わり、ルシアは見たこともない絶景に心が震えた。
(こんな世界があるなんて知らなかったわ!)
ルシアは感動で一筋の涙が溢れた。
2時間の空の旅はあっという間だった。途中セレナが一回転して、ルシアを楽しませることもあった。
ルシアはセレナとサイラスが出会った頃の話や、サイラスが初めてセレナと飛行した時の話を聞き、有意義な時を過ごしていた。