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03 出会い(サイラス視点)

 サイラスは辺境にある領地アゲートで夕食を食べていると、相棒のブルードラゴン、セレナからテレパシーで呼ばれた。


「セレナどうした?」


 夕食の途中だが中断し、急いでセレナの元へと向かった。


「飛びたいのか? 王都へ?」


 ドラゴン同士はどんなに遠くにいても通じ合える。セレナは王都へ滞在しているドラゴンから、用事があると呼ばれたようだ。


「なぜ王都へ?」


 サイラスの問いにセレナは答えないことは知りつつ声をかけた。ドラゴンは賢い生物で人の言葉を理解する。ドラゴンに認められた人間は、ドラゴンと心を通わしテレパシーで会話することができるが、はっきりとした意思疎通はできない。

 

 サイラスにとって大好きなドラゴンと心通わせることは喜びだった。しかしドラゴンの喜怒哀楽や空腹感、好き、嫌い、空を飛びたいといった、ふわっとした気持ちしか理解してあげられないことがもどかしかった。


 セレナの行動には必ず意味があるとサイラスは信頼している。サイラスは呼ばれた理由もわからないまま、セレナに従い王都へと急ぎ飛び立った。


 王都のドラゴン舎へ到着すると、領地から派遣され駐在していたマルコが到着を待っていた。ドラゴンは王都を好まないので、領地からドラゴン騎士と相棒のドラゴンが1~2週間毎、交替で駐在しているのだ。


「サイラス団長、お疲れ様です」

「お前が呼んだのか。何があった?」

 

 マルコの焦る表情に、厄介な事案でも発生したのかとサイラスも気を引き締めた。


「団長の結婚が決まりました」

「は?」

「ネフライト家のルシア様です」

「ルシアって……たしか王子の婚約者だろ?」

「婚約破棄されました」

「……詳しく説明しろ」


 サイラスはパーティーに出席していたマルコに婚約破棄と結婚についての詳しい状況を聞き、面倒だと愚痴りながらネフライト家へと向かった。

 

 そこでネフライト公爵からルシアは追い出したと告げられた。


「娘はもう出て行った。もう我が家とは縁も切った。勝手にしろ」


(追い出した!? 貴族の娘をこんな夜遅くに?)


 サイラスはネフライト公爵の胸ぐらを掴んで文句を言いたかったが、ルシアを探すことを優先し街へと急いだ。


(まずは宿か? 駅? まさか乗合馬車なんかに乗らないだろうし……。宿に泊まる金があるのか?)


 戦闘では迷わず指示を出す決断力のあるサイラスだが、どこから探そうか少し迷った。


(貴族令嬢が夜1人で歩いてたら目立つだろう)


 目撃情報があるはずだと街の詰所を目指した。そこで運良く衛兵にルシアの泊まる宿を教えてもらった。


 宿の受付で名乗り、ルシアの婚約者だと説明し、身分も証明してルシアの部屋を教えてもらった。


(酒を購入したと言っていたな。もう夜も遅いし、1人で考える時間が必要か)


 部屋の前で扉を叩こうとしてやめ、朝に出直すことにした。ルシアに先に出発されてしまったら困るので、翌朝7時から宿で待機していた。


 それなのに、


(いつまで寝てるんだ!)


 サイラスはコーヒーを飲みながら待っていたが、ルシアは姿を現さなかった。すでに3杯目である。


 9時になり、もういいだろうと思い部屋の前に立った。


 トントントン。


 扉を軽く叩いてもルシアは出てこなかった。


(まだ寝てるのか?)


 ドンドンドン! 

 起きろと念を込めて再び扉を強く叩いた。


 ようやく起きたのか、部屋の中から物音が聞こえた。


「どなたですか?」


 可愛らしい声だった。


「サイラス・トリフェーンだ」


 サイラスが名乗ると扉はすぐに勢いよく開き、ルシアと目が合った。


(こんな顔だったか。美人だな)


 ルシアのことは遠くから見たことしかなかったが、作り笑いをしてつまらなそうな女という印象を受けた。だが今はあどけない顔でサイラスを見つめていた。


 顔から下へ目線を動かすと、ルシアはネグリジェ姿で胸元が無防備に晒されていた。


「……」


 邪な考えが一瞬よぎったが、すぐに我に返り扉を閉めた。


「服を着ろ!」

「あっ!」

 

(なんだあの女は!? 寝巻き姿で扉を開けるか普通? これが完璧な公爵令嬢と言われる女か?)


 サイラスは部屋を間違えたのかと疑ったほどだった。


 しばらくルシアのネグリジェ姿が目に焼き付いて離れなかった。朝から煩悩と闘っていると、再び扉が開いた。


 ルシアが庶民が着るような服に着替え、褒めて欲しそうに堂々とサイラスを見上げた。


「お見苦しいところをお見せしてすみません」

「なんだその服は! 髪は!」


(なんでそんなみすぼらしい服を着ているんだ! それにさっきは気が付かなかったが、なぜ髪が短いんだ!)


 ルシアはキョトンとしていた。


「服はこれくらいの物しかなくて……。髪は売ったんです」


 サイラスは言葉が出ないほどの衝撃を受けた。


(はぁ? 服はあの親のせいか。仕方がない。だが髪を売った? この女正気か?)


「銀貨3枚ですよ! 似合っていませんか?」

 

 銀貨3枚と得意げに言われ、哀れみの感情が湧き上がってきた。


(銀貨3枚。確かにいい値段だ。だが……)

  

 サイラスはルシアの綺麗な金髪に目をやる。

 

(もったいない。俺がもっと早く来ていれば……)


 女性の大切な髪の毛を切らせてしまったことに反省していると、ルシアが呑気に朝食に誘って来た。


「あっ! お腹が空いたので、朝ごはん一緒にいかがですか? ご馳走します!」


 奇想天外なルシアに何も言葉が浮かばず、黙ってついていった。


「ハンバーガー! 私食べてみたかったんです。サイラス様は何にされますか?」

「同じ物でいい」

「注文お願いしまーす! ハンバーガー2つとシェイク2つ」

「シェイク!? (俺にシェイクを?)」

「甘い物はお嫌いですか?」

「……まぁいい(甘い物は好きだ)」


 大きいハンバーガーとポテトがルシアの目の前に配膳され、ルシアは目を輝かせた。


「いただきます!」


 ルシアはハンバーガーを両手で持ち、大きな口を開けかぶりついた。ルシアの貴族らしくない食べっぷりにサイラスは驚いた。


「サイラス様、とても美味しいですよ」


 ルシアがいる手前、ナイフとフォークで上品に食べようと思っていたが馬鹿らしくなり、手でかぶりついた。


「ふふふっ、ついてますよ」


 ルシアはサイラスの口の端についたソースをナプキンで拭った。


 サイラスは普段女性との接触を避けていたので、ルシアに突然触れられてギョッとした。


「お前は!? 誰にでもこんなことするのか?」

「こんなこと?」

「寝巻きのまま扉を開けたり、口を拭ったり……」

「旦那様ですからね。それに迎えに来てくださったでしょ? 昨日の夜」


 サイラスは驚きで目を見開いた。


「気付いていたのか」

「私が起きるまで待っていてくださったんですか?」

「……なぜわかった?」

「同じ魔力を感じましたから」


(なんだこの女は? 魔力で人を判別しただと? こんないい女がなぜ婚約破棄など……)

 

 サイラスは額に手を当て俯き、ため息までついた。


「あっ! もしかして他に好きな方がいますか? 私は結婚しなくても大丈夫です。働いて1人でも暮らしていけますから」

「働く?」

「これでも長年王妃教育を受けてますからね。家庭教師ならできるかもしれません。料理も興味ありますし、裁縫だって」


(こいつ、俺から逃げる気か?)


「お前は……! はぁ、とんだじゃじゃ馬だな」


(こんな厄介な女見たことない。面白い)


「ん? 何て言いました?」

「好きな女などいない」

「これからできるかもしれませんね! 真実の愛を見つけたら教えてくださいね」


(真実の愛か。俺は一生そんなもの信じないな)


 サイラスは自分を捨てた母のことを思い出していた。


 サイラスの母は実家の資金援助を条件に結婚した。しかし田舎暮らしは合わなかったようだ。サイラスが産まれるとすぐに、務めは果たしたと離婚して出て行った。今は再婚し、その相手との子どももいるらしい。


「真実の愛を見つけたって理由で婚約破棄されたんです。まぁ他にも理由はあるんでしょうけど」


(そんなくだらない理由でお前は傷つけられたのか)


「そうか……。俺は真実の愛など信じない。」

「では何なら信じられますか?」

「強いて言うなら、結婚相手に求めるのは信頼関係だな」


(子どもを産むだけの女なんて必要ない)


「信頼関係……、素敵ですね! あの、私との結婚は……」


 サイラスはルシアに期待のこもった潤んだ目で見つめられた。ルシアがサイラスに「結婚しない」と言ってもらいたいことはわかっていたが、敢えて逆のことを言った。


「結婚はする」

「どうしてですか?」

「お前が気に入ったからだ(お前みたいな女、他にいないからな)」


 ルシアは驚き目を瞬いていた。


「お前ではなく、ルシアって呼んでください!」

「ルシア」


 呼べと言われたから呼んだだけだったが、ルシアの満面の笑みにサイラスは心を掴まれた。


(表情がコロコロ変わる。一緒にいて飽きないな)



 朝ごはんを食べ終えるといったんルシアの泊まる部屋へと戻った。当然のように部屋に招き入れるルシアに、サイラスはもう何も言わなかった。


「早く支度しろ、すぐに領地へ向かうぞ」

「えっ!」

「何が不満だ」

「ゆっくり旅しながら向かおうと思っていたんです」


(何しでかすかわからない女を1人にするわけないだろ!)


「……ダメだ。そんな時間はない」

「私はサイラス様とは別でも……」

「ドラゴンで帰る」

「えっ! ドラゴン!?」


 ルシアの肩がわずかに震えていた。


(ドラゴンが怖いのか。だがもうお前を逃すつもりはない)


「怖いか。だがドラゴンは速い。俺が支えるから心配いらな……」

「早く行きましょう!」

「いつか乗ってみたかったんです! 遠くからしか見たことがなくて……感動です!」

「ハハハハハッ」


 この女最高だなと、サイラスは笑いを抑えられなかった。

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