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01 婚約破棄

「ルシア・ネフライト公爵令嬢! お前とは婚約破棄する!」


 ルシアは学園の卒業パーティーで、婚約者のアレキサンドライト国第二王子のエリックに婚約破棄を宣言された。突然の出来事に聡明なルシアにしては珍しく、一瞬思考が停止してしまった。


(婚約破棄……?)


「聖女さくらに嫉妬していじめいたそうだな」


(いじめたことなんてあったかしら?)


 ルシアはエリックの横で支えられるように立っている少女を見つめた。襟足が見えるほど短い黒髪をした、異世界から来た少女を――。


 聖女さくらは先日突如王宮に現れ、強い聖魔法を使えるとこから聖女と呼ばれている。エリックがたいそう気に入り世話をしていたと思ったら、もう深い仲になっているとは思いもしなかった。


 エリックはルシアがさくらにどんな酷い嫌がらせをしていたか話し続けた。


 さくらは婚約者のいる男性にも構わず親しげに接した。そのため、婚約者がさくらに惚れてしまったという女性たちにルシアは相談され、苦言を呈したことがあった。


(その時のことを言っているのかしら?)


 それ以外はほとんどルシアの身に覚えのないことについて語り終わったと思ったら、エリックが「真実の愛を見つけた」と言い、さくらと結婚すると宣言した。

 

 そこでようやくルシアは初めて、このパーティーで口を開いた。


「婚約破棄は国王陛下も認めているのでしょうか?」

「当たり前だ。ここに婚約破棄の魔法書類がある。これにお互い署名すれば、婚約破棄は直ちに成立する。お前がいくら泣き喚こうが……」

「どこに署名すればよろしいのですか?」

「ここだ」


 ルシアはエリックの指し示す箇所に、微かに震える手で署名をした。

 エリックも続いて殴り書きのような署名をすると、婚約破棄の魔法書は自動で丸まり、宙に浮いたと思ったら消えた。


 エリックが用意したのは魔法が付与された特別な書類だったので、魔法で瞬時に教会に提出されたのだ。

 訂正はできない。これで婚約破棄が確定した。


 ルシアは涙が出そうになるのを必死に耐えた。


(泣いてはダメよ。喜ぶのはここを出てから!)


 ルシアは王妃になど興味はなかった。

 ルシアが7才から始まった王妃教育。毎日10時間以上も勉強させられ、遊ぶ暇もなかった。時には躾と称して鞭で打たれたこともあった。


 エリックが勉強嫌いなせいで、ルシアの勉強は増えるばかりだった。4カ国語をマスターし、外交に必要な貴族の顔と名前、領地の特徴も全部覚えた。


 王妃教育といってもエリックは第二王子。王位継承争いをしている第一王子のレオナルドは文武共に優秀で、エリックはかなり不利だった。


(聖女と結婚すれば国王になれるとでも思ったのかしら?)


 家に帰ってもルシアの味方はいなかった。ちょうど7才の時に唯一愛してくれた実母は病で亡くなり、父の後妻と5才の義妹が一緒に暮らすようになった。母は元々身体があまり丈夫ではなく、産後身体がなかなか回復しなかったそうだ。父は病弱な母に愛想が尽きたのか、もともと浮気していたのかもしれない。


 父はルシアを追い出すかのようにエリックの婚約者に据え、家ではルシアをいない者として扱うようになった。父がルシアに話しかける時は、ルシアが王宮で叱られた時だけだった。「もっとうまくやれ」「死ぬ気でやれ」。そんな言葉ばかりで愛情は何も感じられなかった。


 ルシアは母から受け継いだ金髪碧目をしていた。しかし父も義母も義妹も、茶髪に緑色の目をしていた。見た目でさえルシアは家族から仲間はずれにされ、同じ空間にいても疎外感があった。


 

「エリック王子殿下、さくら様、どうぞお幸せに」


 ルシアは深く一礼して去ろうとしたが、エリックに引き留められた。


「待て! 婚約破棄しても何も感じないのか! お前には人の心がない!」


(あなたがそれを言うのかしら?)


 ルシアの感情はいつから失われたのだろうか。親に見捨てられた時? 無理矢理王妃教育を受けさせられた時? 王妃になるために、他人に感情を見せるなと言われた時? 弱みを見せるな、隙を見せるな、何度そう怒られただろうか。

 

 しかしルシアは今、奪われた感情がふつふつと湧き上がってきている気がしていた。


(やっと自由になれる!)


「お前が王都にいてはさくらが怯える。辺境の地アゲートへ行き、サイラス・トリフェーンへ嫁げ。そして一生王都へは来るな」


(辺境のサイラス様!? ……戦時中についたあだ名は確か「戦場の悪魔」だったわね)

 

 サイラスは5年前の他国と戦争中、返り血を浴びても笑いながら敵を残虐に討ったとして、「戦場の悪魔」と恐れられていた。


(でもアゲートへ行けば、ドラゴンを間近で見られるかもしれないわ!)


 辺境にはドラゴンの住処がある。ドラゴンは自然が多い辺境の地を好み、王都には数頭しかいない。

 ドラゴンは認めた人間しか背に乗せない。神の使いとも言われるドラゴンに認められ、ドラゴン騎士になることは大変な名誉だ。だが獰猛な見た目から、ドラゴンを恐れる人も多い。

 

 ルシアは大きな式典の時に、遠くからしかドラゴンを見る機会がなかったが、ドラゴン騎士が10メートル以上もする大きなドラゴンの背に乗り、悠々と空を飛び旋回する姿を見て憧れを抱いていた。

 

 


(結婚のことは置いといて、辺境へ行けるなんてとても楽しみだわ)


「承知しました。それでは私は失礼致します」

「なっ! それでもお前は何も感じないと言うのか! やはり王妃には相応しくない女だ」


 エリックの小言は聞き流し、ルシアは優雅に一礼してパーティーを後にした。



 家に帰ると当然のように父に「役立たずは勘当だ」と言われ追い出された。荷物は旅行鞄1つと、辺境まで乗合の馬車でなんとかいけるお金だけだった。


(個人資金を銀行に預けておいて良かったわね)


 ルシアは少しだが投資で儲けていたお金を、自分名義で銀行に預けていた自分を褒めた。


 もう陽も落ち真っ暗だ。旅の出発は明日にして、ルシアは取り敢えず街へ行き宿を探すことにした。


(こうやって街を自由に歩けるのもいつぶりかしら?)


 ルシアはやっと家からも王子からも解放され、生まれ変わったような清々しい気分だった。


(やりたいことがたくさんあるわ! 自由に旅しながらアゲートを目指そうかしら?)


 ルシアは希望に満ち溢れ、踊り出したいくらい胸が熱くなっていた。


(手持ちが少ないし、あまりお金を使うのは良くないわよね)


 そう思いルシアは庶民も泊まる中級クラスの宿を目指した。


 街は暗くても街灯がしっかりつき明るかった。食べ物屋や飲み屋も多く開き、人通りが多い。ルシアは楽しそうに飲み食いする人たちを横目に見ながら歩いていると、老婆に声をかけられた。


「お嬢さん」

「……私のことかしら?」

「そう。お嬢さんの髪をくれないかね?」

「この髪?」


 ルシアは自身の腰まで伸びた金髪を触った。


「あぁ、いい髪だ。銀貨3枚でどうかね?」


 銀貨1枚で庶民なら1週間は暮らせるほど十分な金額だ。


 ルシアは老婆を注意深く観察し、魔力がとても高いことに驚いた。


(これほどの魔力……もしかして?)


「いいですよ。それより貴方の店へ行く許可をくださらない?」


 ルシアの要望に老婆は目を一瞬見開いたと思ったら、しゃがんだ背筋を伸ばし顔や手の皺がなくなり、40代くらいの美女に変身していた。


「よく私が魔女だとわかったわね」


 しわがれた声も、若い女性の声に変わっていた。

 

 ルシアは魔女が秘密の店を開いていると聞いたことがあった。魔女が気に入った人しか訪れることができない店で、貴重な魔道具や薬が手に入ると。


「勘です。私、人を見る目はあるんです」

「いいだろう。鈴を鳴らし店に来たいと願えば現れる。交渉成立だ」


 魔女はルシアに小さな鈴を手渡し消えた。


(髪が!?)


 ルシアの長い髪は肩上で綺麗に切り揃えられ、なくなっていた。


(軽い! 何年振りかしら?)


 ルシアは短くなった髪を撫で、身も心も自由になった気がした。さくらの短い髪を見て密かに憧れていたのだ。さくらのように心のまま自由に行動するところも、どこかで羨ましいと思っていたのかもしれない。


 髪を切っただけで足取りも軽くなったようだ。ルシアは意気揚々と歩いていると、助けを呼ぶ女性の声が後ろから聞こえ、男がルシアを追い抜いていった。


「どろぼー! 誰か捕まえて!」

  

 すかさずルシアは手から魔法の糸を出し、男の足へと伸ばした。


「いてっ!」


 女性の鞄を盗んだ男が派手に転んだ。


 ルシアの異能は糸。魔力を糸のように出すことができる。

 

 昔は魔力が溢れ、誰もが魔法を使えたと聞く。多種多様な魔法を使える人が多く、魔法使いという職業もあった。

 しかし魔力は枯れるようにどんどん減り、今では異能として一つに特化した能力を持つだけでも珍しい。異能の才能を開花させるのは貴族が多く、王族は特に異能の力が強いと言われている。


 ルシアの異能は、エリックや家族からは蜘蛛のようだと気味悪がられ、人前で使うことを禁止されていた。


(でももう関係ないわ!)


 魔法の糸を伸縮させて、前を走る泥棒を捕まえることができた。


(紡いで布にして売ったらどうかしら? 試してみたいことがたくさんあるわ)


 ルシアは王妃教育が忙しく、異能の力を試す時間もなかった。しかし自分の異能が可能性に満ちていると確信していた。


 ルシアがそんなことを考えながら泥棒を地面に糸で粘着させ逃がさないようにしていると、衛兵が駆けつけた。


「ご協力ありがとうございます」

「いえ、では私は失礼いたします」

「待って! お待ちください!」


 ルシアは衛兵に引き止められ振り向いた。


「どうかされましたか?」

「あの、貴方はルシア様では?」

「そうです。ベリル様」

「私の名前をご存知なのですか?」

「もちろんです。いつも私たちを守ってくださってありがとうございます」


 アイザック・ベリルは没落貴族で衛兵となった。直接関わったことのない一衛兵のことを、ルシアが把握していた感動で言葉が出なかった。

 アイザックが固まっていると、ルシアが「あの、大丈夫ですか?」と声を掛けた。


「……大丈夫です。どちらへ行かれるのですか?」

「あの宿に泊まろうと思いまして……」 


 ルシアは通りの角にある宿を指差した。


「ルシア様があんな宿に!? ダメです! それにその髪も!」

「髪? 銀貨3枚で売れたんです!」


 笑って話すルシアにアイザックは泣きそうな顔をした。


「とにかく! ルシア様がこの宿に泊まるなど私は見過ごせません」

 

 ルシアは婚約破棄され家族にも勘当され、明日から乗合馬車で辺境を目指すので所持金があまりないことを簡単に説明した。


 それでもアイザックは許してくれず困っていると、ひったくりにあった女性と侍従がお礼として上級宿を手配してくれた。


「大したことしていないのに、こんな素敵な宿を手配していただいてありがとうございます」

「いいのよ。この鞄にはお金より大事な物が入っていたの」

「大事な物ですか?」

「えぇ、亡き主人にもらった物が詰まっているから」

「そうでしたか」


 ルシアはご婦人の好意を受け、その夜は上級宿に泊まった。


(節約は明日からにしましょう! 自由になったお祝いにお酒でも飲もうかしら?)


 ルシアは宿のバーで赤ワインを一杯もらい、自由を祝してから就寝した。

7話で完結予定です。

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