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魔性転生  作者: 邪
第一幕 ―神隠し―
9/30

“輪奈"

 六郎太としおりが教室へ戻ると生徒達の視線が一斉に二人を向いた。特にしおりに対しては色々な感情の混ざりあった目が向けられていた。

 ゴブリンとの契約により、これまで垂れ流しになっていた妖気が彼女の霊気で中和されたのが主な要因だろう。一般人が妖気に対して抱く“嫌な感じ”が薄らぎ、彼等には山神しおりの姿がこれまでとは違う印象に見えているはずだ。

 六郎太は自分の席からぐるりと生徒達の表情を眺めて、妙に誇らしい気持ちになった。これからは彼女も、もう少し正当な評価を受けられる。

 そうして六限目が始まり、滞りなく時間は流れ――授業の終わりを告げるチャイムと共に六郎太は目を覚ました。

 チャイムが鳴り止むと続けて、六郎太としおりを名指しする放送が流れた。声の感じから担任の安藤であることは間違いなかった。

 二人で職員室へ赴くと、案の定、安藤が待ち構えていた。五限目の授業をサボった事を指摘されたが、わざとらしく声を荒げていたのは立場上のポーズだろうか。明らかに目が笑っているのを見て、六郎太は笑いだしそうだった。かたやしおりは本当に彼が怒っていると思ったのか、少し目を充血させていた。

 説教が終わると、終礼を行なうため三人で教室へ向かうことになった。途中、安藤の視線がちょくちょくしおりを向いた。

 ついには「お前、雰囲気変わったか?」と訊かれ、しおりはしどろもどろになった。その肩上ではゴブリンが歯を剥いて笑っている。

 六郎太は、不思議そうな顔をする安藤へ肩を竦めてみせた。まさか妖と契約したから、なんて言うわけにもいかない。 

 そんなこんなで教室に着くと直ぐに終礼は始まった。授業同様に滞りなく終り、生徒達がぱらぱらと教室を出て行く。

 六郎太としおりは自分達の席から互いに目を見合わせた。作戦・・を決行するための合図だった。

 しおりが席を外すのを確認して、六郎太は帰り支度をしている野口へ話しかけた。

「よお、もう帰るのか?」

 声を掛けられ、野口が驚いた様子で六郎太を振り仰いだ。その表情からは明らかな焦燥が見てとれる。やはり放課後に揉めた時の記憶はあるようだ。「なんだよ」という声が上擦っている。

 六郎太はじっとその目を見据え、声を落した。

「なあ、病ガミを襲わねえか?」

「はっ!? いきなりなに言って――お前、あいつと仲が良いんだろ?」 

 野口は困惑したように眉を顰めた。

 そんな彼の疑問に答えるように六郎太が口の端をつり上げる。

「まあ、フリだよフリ。油断させた方が付け入りやすい」

「あ、はあ……」と漏らし、考える素振りをする野口だったが、彼は直ぐに「面白そうだな」と言って厭らしい笑みを浮かべた。

 乗ってきた――、と六郎太は内心でほくそ笑んだ。

「じゃあ今日やろうぜ。病ガミは俺が誘い出す」

「ひっひっ。まんじ、おまえ悪だな」

「まあな。場所はどうする?」

「ん? いい所を知ってる。準備が出来たら連絡くれ」

 野口と連絡先を交換し、六郎太は一旦保健室へ向かった。


「あー、話してるだけでイライラした」

 六郎太はそう言って保健室のベッドにどかっと腰を下ろした。

 すかさず鈎が教師用の椅子からツッコミを入れる。

「お前が自分で言いだした作戦やろ」

「にしてもだぜ」

 六郎太は溜息交じりに頭を振った。イジメの現場を特定するための作戦、それは野口自身に案内をさせるというものだった。例え記憶の一部が抜け落ちようとも、その人が持つ習慣は変わらない。弱者を見つければ野口はまたイジメをする。その時は関口をイジメていたのと同じやり方、場所を選ぶはずだ。なので、つまるところヤツ好みのターゲットをつくってしまえばいい。元々クラスでも浮いている山神しおりは、まさに打って付けの人物だった。  

「本当に上手くいくかな?」

 六郎太の向かいでベッドに座るしおりが不安そうに訊いた。

「やってみなきゃわかんねえ。まあ、あいつはノリノリだったけどな」

 しおりが「そう」と言って目を伏せた。

 その様子を見て鈎が小さく溜息を漏らす。

「まんじ、お前デリカシーっちゅうもんがないんかい」

「あ? 山神には悪いと思ってる。行者にならざるを得ない状況をつくっちまったことも含めて、本当にな――」 窓を向き遠くを見る六郎太。

 しおりが小さく頭を振る。

「わたしは全然大丈夫だよ。むしろ二人みたいに強くないから……それ以外で協力出来る事があれば何でもやるよ」

「しおりちゃんはほんまええ子やな。行者なんてやらすの勿体ないで」

 しおりは照れくさそうに笑うと鈎へ訊き返した。

「鈎君は行者にはならないの?」

「ないない。わいはわいが平穏に暮らすために、わいの周りだけ安全ならそれでええねん。他人様のために妖と戦り合うなんてまっぴらごめんや」

「そう……せっかく力があるのに」 しおりが残念そうな顔になる。

「せやかて行者になる理由もないからなぁ、わいには」

 だろうな、と六郎太は口を結んだ。“理由”もないのに行者になる方がどうかしている。

 しおりは「そっかぁ」と呟くと、今度は期待感を露わに六郎太へ訊ねた。

「そういえば、まんじ君はなんで行者になったの?」

「なんで――?」

 六郎太がしおりを睨んだ。親の仇でも見るような視線に、しおりは思わず体を震わせた。

「なんやねん、いきなり怖い目しくさって」

「いや、悪い……。まあ――力があったからだ」

「そ、そうだよねやっぱり。まんじ君すごく強いもんね」

 六郎太の目から険が消えるのを見て、しおりはホッとした。

「それよりゴブの方はどうだ? そろそろ生徒達も減ったんじゃないか?」

「うん、確かめてみる」

 彼女はそう言って、左手の人差し指と中指を自身のこめかみへ当てた。

 魔性使いになったことで、契約した妖とは距離に関係なく思念で会話ができる。ゴブリンは今、幽体化をして校内を見回っていた。

 もしも作戦が上手く行った場合、即妖との戦闘が始まるかもしれない。被害を最小限におさえるためにも、残っている生徒や教師が帰宅するのを、三人は待っているところだった。

 しおりはゴブリンとの<念話>を終えると「生徒は殆ど居ないみたい」と告げた。

「もう夜の七時やからねぇ。部活してる生徒も帰る頃合いやろ。教師は八時くらいまで残るんやろか。どうするまんじ?」

「そうだな――」と、六郎太が難しい顔になる。

 一応、先に帰宅した永子により、保健室には力は弱いが人除けの結界が張ってある。誰もないくなるまでここで籠城することは可能だ。

「念のため野口君に連絡だけでもした方がいいかも。彼、飽きっぽいところがあるから、連絡がないと今日はいいやってなるかもしれないよ」

 六郎太はなるほど、と眉を上げた。

 野口に連絡をいれると【晩い方がいい】と返ってきた。

 六郎太は初めて野口を“いい奴”だと思えた。


 時間はすでに二十時を過ぎようとしていた。

【山神を誘い出せた】とメッセージを送って以降、野口からの返事はきていない。このまま来ないかもしれないと三人が諦めかけた、その時だった。

【わりぃ寝てた。二十時半に体育館でおち合おうぜ】というメッセージが六郎太のスマートフォンに返ってきた。

 三人は見合い、眉を顰めた。

「体育館? あんな人の出入り激しいところやったらもっと色んな被害者が出そうなもんやけどな」

 そう言って訝しむ鈎に、しおりは顎へ指を当てながら「確かに」と目をぱちくりさせた。

「まあいいじゃねえか行けばわかるぜ。それよりゴブ、首尾はどうだ?」

 訊ねられたゴブリンがしおりの肩から顔を覗かせる。

「ギギ上々ダ。残ってた教師は適当に眠らせておいタ」

 嬉しそうに歯を剥く妖精に六郎太が無言で頷き掛ける。

 眠らせる、というのが真っ当な方法でないのは確かだが、妖との戦闘に巻き込むよりは遥かにましだろう。

 三者一妖がいよいよ保健室を後にした。


 体育館に鍵は掛っていなかった。教師が残っているからなのか野口の仕業なのかはわからない。とりあえず館内に入ると、退屈そうな顔で待つ野口がすでに居た。ステージの段に背を預けて大きなあくびをしている。

 こちらに気付くと驚いた顔で駆け寄ってきた。

「マジで釣れたのかよ……って誰?」

 野口が鈎を向く。

「ん、まんじの連れや。仲間に入れてもらおう思てな」

 これに一瞬、野口が訝しむような表情を浮かべたので、すかさずしおりが「あの、いったい……」と、怯えたように呟く。

 会話の間を埋めるナイスフォローである。しかも、その表情と潤んだ瞳は本当に怯えているかのようだ。

 そんな迫真の演技を前に、野口は口の端を吊り上げ、

「今まで悪かったぜぇ。もう悪く言わねえからよぉ」などと、都合のいい言葉を並べながら彼女の腕を掴もうとした。

 しかし、六郎太がその腕に手を掛けて阻止した。やろうと思えば骨ごと握り潰せる――が、

「ここでやる気か? まだ職員室に教師が数人残ってる。突然入ってきたらどうすんだ?」

 訊ねられた野口は、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにくっくっくと鼻で笑う。

「見ろ、ステージの奥の壁にカーテンがあるだろ?」

「ああ、暗幕やな」 鈎がステージを向く。

「そうだ。あの裏に入っちまえば外からは見えねぇ。元々たわみもあって内側で動いてても誰も疑問に思わねえのさ」

 六郎太は訝しむように暗幕へ視線を移した。実際に見るまで確証はないが、確かにあんな場所にわざわざ入り込む人間は限られる。その目的もしかり――

「本当にあの裏に入るのか?」

「ああ、よくあそこで一服するけどバレたことはないぜ」

 野口が煙草を吸う仕草をした。

「あの……さっきから何の話なの?」 

 しおりが困惑した様子で訊ねると、野口は痺れを切らした様に「なにって、こうだよ!」と、今度こそ彼女の腕を掴んだ。

 ――瞬間、その腕に銀光が奔った。制服の袖が切れ、露わになった肌から薄っすらと血が滲んだ。

「ギギ汚い手で触るな人間風情ガ」

 我慢の限界をむかえたゴブリンが、宙に浮かんだまま手に持ったボウイナイフを野口の頬へ這わせた。

「ギギお前の氣はまずそうダ。いっそこれで腹を裂いて内蔵を食らってやろうカ」

 野口は口をパクパクさせながら尻から倒れ込んだ。

 六郎太は、今にも刃を突き立てそうなゴブリンを制止した。

「ギギいいのカ旦那? 妖のオレからみてもこいつは糞以下だゾ」

「よかねえけど腹を裂くのはやりすぎだ。これ以上は立場的にも黙って見ているわけにはいかねえ」

 ゴブリンは渋々といった様子でナイフを腰に納めると舌打ちを残し、しおりの肩へ戻っていった。

 異形が離れたことでやっとこさ声を出す余裕が出来たのか、野口が助けを求めようと口を開く。だが、眼前にしゃがみ込んだ六郎太の右手がそれを阻んだ。五指がガッキリと野口の顎を咬む。

「助けは来ねえよ」 

 六郎太がじっと野口を睨む。

「俺がもう少し右手に力を入れるとこの顎は砕ける。それを奥へ押し込むと次は喉が潰れる。ようは窒息だ。なあ野口、お前一回……死んでみるか?」

 そう告げた六郎太は明らかに殺気を醸していた。後から見ていた鈎ですら身震いするほどである。脅しではあろうが、傾きかけた天秤のようにいつ“殺す”という選択肢に傾いてもおかしくはない。

 その迫力に止めようとしたしおりの足が思わず止まる。

 野口は恐怖のあまり泣き出し嗚咽まじりの唸り声を上げた。首を左右に振ろうとしているが六郎太の手に固定された頭部は毛筋ほども動いていない。

「これで少しはわかったか? 圧倒的力に蹂躙される恐怖、そんななか誰も助けてくれない孤独の辛さがよ。お前達が関口や山神にしてたのはそういう事だ」

 野口が何度も首を縦に振る。もちろん動いてはいない。

 六郎太は口から手を離し立ち上がると、今度は首根っこを掴んでその体を引き起こした。

「け、警察に言ってやる」と野口が訴える。

 六郎太は鼻で笑い、その頬を殴り飛ばした。後へ傾く体を、襟を持って支えたのはせめてもの情け――いや、頭を打って死なれても後味が悪い。

 六郎太は気絶した野口をどかっと床に横たえた。

「マジで殺る気かと思ったけど、小突くだけとはえらい優しいのう。もっとビビらせてもよかったやろうに」

 鈎は床で仰向けになっている野口をつついた。

「どうせ業事が終われば記憶を消す」

「そうなんや。なんか色々と難儀なやっちゃなこいつ……てか小便もらしてるやん! 触ってもうた! 指についたでまんじ! 指に!」

「うるせえなぁ」

 六郎太は面倒くさそうに後ろ頭を掻いた。

「うるさいとはなんや! 小便やぞ! お前、他人の小便触らされて平気な人間がおるかボケ!」

「はあ? 自分で触ったんじゃねえか」

 そうやってわー、きゃー、と騒ぐ鈎を尻目に、しおりは野口を見つめていた。

「山神?」

「あ、うん……」

 察したゴブリンが、彼女の物悲し気な顔をその肩から見上げた。

「ギギお前が気に病むことはなイ。あいつは同じようなことを他人ひとにやってタ。当然の報いダ」

「でも、誰も傷つかないのが一番いいよ。野口君のことは好きにはなれないけど、だからって……私はそこまで非情にはなれない」

 心の内を晒すしおりを、六郎太はどこか羨ましそうに見つめる。

「まあ、山神は山神の考えのままでいいんじゃねえか。それにきっと、お前の方が人として正しいよ。“優しい行者”がいてもいい」

 しおりが神妙な面持で頷く。

「よし、じゃああのカーテンを調べましょうか!」

 そう突然、聞き覚えのある声が館内に響いた。

 六郎太達が振り返ると、いつの間にか永子が立っていた。腕にはまだ蛆が集っている。

「な!? またアンタいきなり現れて……どうやってるかタネを教えてや!」

 鈎が訊ねるも永子はノンノンと首を横に振る。

「今はそれよりもカーテンよカーテン」

 永子はステージを指さした。

「まあ、そのために野口相手に演技までしたんだからな。さっさと調べようぜ」

 六郎太はステージの前で軽くジャンプをするとふわりと浮いてステージ上に着地した。

 鈎も同じようにぴょんと跳んでステージ上に着地する。

 当たり前のように一メートル以上も垂直に跳ぶ二人を見て、しおりは呆気にとられた。もしかしたら自分にも出来るのかも? と思い跳んみると、案の定、段差に胸を打った。

「山神は脇にある階段を使えよ」

「ううん、正面からのぼるから大丈夫」

 彼女はもう一度ステージの上に両手を置き、思い切りジャンプをして段差にしがみついた。不細工な格好なのは自分でもわかる。

「しおりちゃん無理したらあかんて。怪我するで」

 鈎は、必死にのぼろうとする彼女の姿を見て六郎太へひっそりと耳打ちした。

「しおりちゃんって変なところ頑固やな」

「まあ、ゴブリンのために命をかけるくらいだからな」

 二人がひそひそ話をしている間に、しおりはなんとかステージ上にあがることが出来た。

「おぉ、凄いやん。女子でその高さ行くんはなかなかやで」

「ありがとう。でもふたり……私の悪口言ってたでしょ?」

 ジッと向いた彼女の瞳を見て、男子二人は首を横に振った。

「ま、まあとりあえずカーテンを調べようぜ。俺は左から裏に入る」

「え、じゃあ私は右から入ろうかな」

 六郎太としおりがステージ上で左右に分れる。

「ほんならわいは……って調べるとこないやんけ」

「鈎は表を調べてみてくれ」

 六郎太はそう言ってカーテンの裏に入った。

 左手に壁がある。右手にはカーテン。中はびっくりするほど蒸し暑い。このまま真っ直ぐ進めば、向こうから来る山神しおりと落ち合うかたちとなるだろう。その間に妖と遭遇する可能性も考えられる。見つけ次第妖殺――

 にしても、このような場所で神隠しを行なう妖なんて聞いた事がない。

 わざわざ学校という人目につきやすい環境を選んでおきながら、結局は人の出入りの少ない場所を選んでいる。それならば最初から人目の少ないエリアでいいはずだ。

 しかも、イジメの最中に事が起こったのなら、野口も含めその場の全員が消えていなければおかしい。鈎が一人では無理と判断するほどの妖であれば尚のことだ。

 六郎太は考えながら注意深くカーテンと壁、足元と頭上に気を配った。

「山神、そっちはどうだ? 大丈夫か?」 

「うん、大丈夫。それよりこのカーテン防音だね。表の音が全然聞こえなくてなんだか変な感じ」

 確かに――人を攫うにはいい環境だ。

「あの……まんじ君、保健室ではごめんね――余計な事訊いて」

 正面奥から聞こえるしおりの言葉に六郎太は首を捻った。

 どうやら彼女は行者になった理由を訊ねたことを謝りたかったらしい。別に気にしていない。ただ、訊かれてつい昔の事を思い出してしまった――

 当時の事を今でも夢に見ることがある。瞼の裏に焼き付いて離れない記憶……。それを思い返すと、やり場のない感情が爆発しそうになる。だから彼女が悪いわけじゃない。悪いのは自分だ。

 六郎太が謝ろうと口を開くと、しおりが先に「ねえ、何かある」と言ってそれを遮った。

 彼女は続けて「これ……お札……?」と口にした。

 札? 六郎太は一瞬考え、ハッとして叫んだ。

「山神――触るなっ!」


 鈎は正面で適当にカーテンを撫でていた。背後では永子が胡坐をかき、だらけた顔を明後日に向けている。

「やっぱ表にはなんもあらへん。なあまんじ、そっちはどうや? しおりちゃん?」

 返事はない。防音か? と思った、その時だった。突如巨大な妖気が館内を満たし、空気が波打った。以前に感じた妖気と相違なかった。

「なんやおい! そっちはどないなっとんねん!」

 鈎が声を上げカーテンを引っ張ろうとすると、意志があるかの如くカーテンが自ら反転した。そこには生地が無く、一面に底の見えない闇が続いている。しかも、しおりの体の右半分はそれに飲まれており、六郎太とゴブリンが彼女を引っ張りだそうとしているところだった。

「なんやどういう事や!?」

「んなもん説明してる暇なんてねえ! 鈎とよーこちゃんも早く手伝ってくれ!」

 六郎太の必死な訴えに鈎も助力したが、冷静に状況を見て手を止めた。

「まんじ、あかん……。吸い込む力が強すぎる。これ以上力を掛けたらしおりちゃんの体の方がもたへん……」

「ああ? ふざけんな冗談かましてる場合か!」

 しかし、無言のまま首を横に振る鈎。

「まんじ君……ダメだよ……まんじ君まで吸い込まれちゃうよ……」

 しおりが涙ながらに訴える。

「諦めんな。ぜってえ助ける――助けてみせる――」

 ただ、その言葉とは裏腹にしおりの体は徐々に闇へと沈んでいく。

 鈎が言うように、これ以上力を入れて引っ張れば彼女の体の方が先に壊れてしまうだろう。

「もういいの……もう……。みんなに逢えてよかった……」

 精一杯の笑顔をつくり、しおりが六郎太の手を振り払う。

 しかし、

「よかねえよ」

 六郎太は自ら闇の中に飛び込み、彼女の肩を抱いた。

「ちょ!? お前、何してんねん!」

「あー、わりぃな。これしか思いつかなかった。それに、これだけがっちり掴んどきゃで逸れることもないだろ」

「せやかてまんじ――」

 鈎にはそれ以上かける言葉が見つからなかった。

「しけた面すんなよ。まあ、あとは頼んだぜ、よーこちゃん」

 六郎太はそう言うと、まだ飲まれていない方の手で涙を浮かべるゴブリンを掴んだ。

「ギ? まさか、オレもカァァァ!?」

 二人と一妖は完全に闇に飲まれて消えてしまった。

「まんじ、アイツ――ほんま被害を増やしよって……。で、どないすんねん? あんた、あいつの保護者なんやろ?」 

 そう言って鈎が振り向くと永子はにやにやしながら「えーい!」と彼の体を押した。

 それにより鈎もカーテンに吸い込まれるかたちとなった。

「はあ!? なんやアンタ! ふざけるのも大概にせいよ!」

「まあまあ。……ふたりのこと頼んだわ」

 神妙な面持ちになる永子を見て、半身を飲まれている鈎が軽くため息をついた。

「ああもう、しゃーないの。行ってくるわ」

 そうして体育館には気絶した野口と永子の二人だけが残された。

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