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魔性転生  作者: 邪
第一幕 ―神隠し―
8/29

“愛憐”

 六郎太、鈎、しおりの三人は五限目の授業をサボった。

 しおりはもう少し屋上ここに居たいから、鈎は単純にかったるいから、そして六郎太はというと、右の袖が自身の炎で完全に焼け落ちてしまっているからだった。流石にこのまま人前には出られない。

 右手が蛆まみれの永子も人前には出られないはずだが、彼女は六郎太の着替えを自宅へ取りに行くと言って屋上を後にした。

 ガタンッと音を立てて閉まるドアを鈎は見つめた。

「あの姐さん、マジで行ったんか? 手、見られたらどないするんや」

 しおりも心配そうに彼と同じ方向を見つめている。

 そんな二人を見やり、小さく溜息をついた六郎太は「どうせ」と呟く。すると、

「おまたせー!」

 突然背後から女性の声がした。振り返った鈎としおりは目をしばたかせ、呆気にとられたように口をあんぐりとさせる。

 そこには左の脇に制服を挟んだ永子が立っていた。

「なんでやねん! つい今しがた出てったとこやろ! まんじ、お前の家どこや? 近所か?」 

 まくしたてる鈎を見て六郎太は面倒臭そうに「赤羽」と答えた。

「いや、嘘やろ……三十秒も経ってないやんけ! てか、なんでいきなり後におんねん――」

 信じられないといった様子の二人をよそに、六郎太は永子から替えの学ランとシャツを受け取った。案の定、短ランだった。

 しおりは着替えを終えた六郎太に近寄り「毬倉先生ってつかみどころがないっていうか、なんか凄い人だね」と、目を輝かせる。彼女には飄々した永子が理想の女性像にうつっているのかもしれない。

 六郎太の視線がしおりから鈎に対し肩を竦める永子に移った。

 凄いかどうかはさておき、つかみどころがないというのは的を射ている。というのも、長い付き合いにも関わらず未だに彼女の“力”すらよく分かっていないからだ。

 もちろん知っている部分もある。だがそれで何をどこまで出来るのかはよく知らない。野口達と揉めた時みたく人の意気を鎮めたり、今みたくどこからともなく現れたり――当然、彼女の手に群がるあの蛆もただの蛆ではない。霊気なのか妖気なのか判別のつかない特殊な気を放っている。

 恐らくそれが何なのか聞いたところではぐらかされるだけだろう。彼女は昔から自分の事を語りたがらない。

 とぼけた態度をとる永子に根負けしたのか、鈎が疑念を振り払うように頭を振った。

「にしても、しおりちゃんは本当にええの? 授業サボるって柄でもないやろ」

「うん……本当はちょっとだけ罪悪感があるけど、もうちょっと皆でこうしていたいから」

 彼女はそう言って屋上から見える景色に目をやった。

 その横顔を見て鈎が気恥ずかしそうに鼻の頭を掻いた。

「なんや、自分で気付いてないかもしれんけど、ごっつい人たらしやな君」 

「え――?」と、しおりが首を傾げなら鈎を向く。

 鈎は「なんでもない」と言って照れくさそうに視線を逸らした。

「つか今更だけど、なんだってこんなところで神隠しなんて起こるんだ」

 六郎太がごねるように呟く。鈎がほんまに、と同意した。

 しおりはそんな二人を不思議そうに見つめる。

 察した六郎太が溜息まじりに口を開いた。

「本来、神隠しなんていうのはあまり人目のつかないところで起こるものなんだ。じゃないと直ぐにバレちまう。毎日決まった時間に決まった人間の集まる――学校なんていう環境で起こるのはレアなケースだ」

「それも二年A組だけやからな。ほんま呪われてんとちゃうかA組」 

 鈎がやれやれと息をつくと、その様子を見た六郎太が訝しむように訊ねた。

「一応確認するけどよ。本当に妖の仕業か?」

 鈎が眉を寄せる。

「どういう意味や?」

「いや、奸者かんじゃの可能性もあんのかなって」

 これに鈎は数秒唸り、小さく首を横に振った。

「ありえへんな。わいが感じた妖気は紛れもなく妖のものや。そもそも奸者が放つなら霊気やろ。まあ式神使いや、しおりちゃんみたいな魔性使いってせんもなくはないけどな」

 二人の遣り取りを交互に見ていたしおりが、その合間を縫って小さく手をあげた。

「あの……さっきから出てきてる奸者って? 毬倉先生もちらっと言ってた気がしたけど」

 六郎太と鈎が同時に彼女を向く。永子は少し離れたところで胡坐をかき、のほほんとスマートホンを弄っている。その傍らではゴブリンが液晶画面を覗き込んでいた。

「それはな、しおりちゃん――」と、喋り始めは鈎だった。

 奸者とは悪道に堕ちた霊能者を指す。つまるところ霊能犯罪者である。当然、霊感商法などの詐欺をやっている“一般人”を指すのではない。行者のように特異な力を持つ正真正銘“能力者”の犯罪者を、役会含め霊能界隈では奸者と呼ぶ。

 鈎の解説を聞き終え眉をあげたしおりは、

「まんじ君は私の事を神隠しの犯人だって疑ってたもんね」と小さく笑った。

 彼女の円らな瞳がアーチを描くのを見て六郎太は後ろ頭を掻いた。

 するとそれを朗らかに見つめていたしおりの表情がふと曇った。

「……でも、そんな人達もいるんだね。奸者、か」

 神妙な面持ちに変わった彼女を見て鈎は眉を落とす。

「まあ、どこの世界にもいい奴もおれば悪い奴もおるっちゅうことやな」

 しおりはどこを見るでもなく頷いた。正直なところ、そうなってしまう者が存在いるのも分らなくもない。

 意中の人を逃すまいと自分を屋上から突き落そうしたクラスメイト。そんな彼女達がゴブリンに切り付けられているのに止めなかった自分。心の闇に、人はいとも容易く飲み込まれてしまう。抗う術はない……その時はそれでいいと思えてしまうから。自分はそれを身に染みてわかっている。

「はあ、シェイプシフターあたりやったらわい一人でも手頃な相手やったんやけどな」

 そう言って肩を落とす鈎を向いて六郎太が眉を寄せる。

「まあ、そのせんは無いな。奴等に記憶の改竄をするほどの力は無い。それに、あいつらは物理的に攫って食らうだけだ」

「え……た、食べるの? 人を……?」 しおりは思わずぎょっとした。今起こっている神隠しも不気味だが、食べられるという事実を突き付けられた今の方がストレートに怖いと感じた。

 六郎太はそんな彼女へさも当然かのように頷いた。

「奴等は半妖だからな」

「それって……半分だけ妖ってこと?」 

 しおりが訝しむように眉を顰める。

「単純に半分ってわけとちゃうけどな」

 鈎はこめかみを掻きながら補足した。

 半妖は純粋な妖とは違い幽体霊体の形態を持たない。つまり人間と同じ物質世界(こちら側)の生物である。

 人間を含めた動植物との決定的な違いは、姿形を除けば妖気を有するくらいで、なかには食が人間と殆ど変わらない種もいる。

 ただ、シェイプシフターの場合は肉食かつ人肉を好む。しかも捕食した人間の脳を体内に取り込むことで、その人間の記憶と姿形を自分の物にすることが出来る。おまけに人を食らったシフターは妖気を霊気と偽ることも可能だ。奴等はそうやって捕食対象に成り代わり人間社会にとけ込む。

「だから……しおりちゃんの側にも……おるかもしれへんで!」

 突然大声になった鈎に、しおりは思わず体を強張らせた。

「おい、あんま怖がらせるような言い方すんなよ」

 六郎太が困った顔を向けると、鈎はそれを見返して言った。

「アホか。これから行者になろうって娘がこんくらいで怖がっててどうすんねん。なあしおりちゃん」

「う、うん。私は大丈夫だよ。でも……私達が普通に過ごしてる日常にそういうものが実は居たんだって思うと、当たり前に過ごしてた日々がそうじゃなかったんだなって」

「まあ、それを守るために行者おれみたいのがいる」

 しおりは力強く頷いた。

 これからは自分が守る側になる。強くならなければならない。卍六郎太のように――

「なんやねん二人で見つめ合いおって。もしかしてデキてるんか?」

 悪戯っぽく細まった鈎の目が六郎太としおりを交互した。

 六郎太は鋭くそれを見返す。

「くだらねえ邪推してんなよ」

「冗談やがな。それよりどないするんやこれから。手がかり無しやで?」

 鈎が肩を竦める。

 六郎太は数秒首を捻ると、思い出したようにしおりを向いた。

「なあ山神、聞きたかったんだけどよ」

「な、なに」

 突如向いた彼の視線に、しおりは顔を真っ赤にして俯いた。

 それを見て不思議そうに眉を寄せた六郎太が「最初に消えたのは誰なんだ?」と訊ねた。

「え、最初――……関口君って生徒だけど」

「関口……、鈎も知ってる奴か?」

「当然知っとる! と言いたいとこやけど面識はないで。神隠しの件でA組を調べてた時に名簿で目にしただけや。そういや、わいが盗み見た時には出席簿の名前が横線で消されとったな」

「名前が……、空席もだけど、痕跡が残っているのに誰も疑問に思わないんだね」

 顔の熱を落ち着けたしおりがそう言って険しい表情で地面を見つめた。

「案外そんなもんや人間なんて。目の前で倒れてる人がいても気付かん。気付いてても気にならん。そんな奴はぎょうさんおるよ。今回は記憶もないしな。てか、それがなんかあるんか? まんじ」

 鈎は六郎太へ訝しげな目を向けた。

「ああ。被害がA組だけってのがどうしても引っかかる。何か規則性があんのかなってな」

「せやな。わいも調べられたんは名前くらいやったし、今ならそいつらの事をしおりちゃんに訊ける、か」

 男子二人の視線を受け、しおりは戸惑った。

「あの私、そんなにクラスメイトのこと詳しくないよ――」

「ああ、わかることだけでいい。関口ってのはどんな奴だった?」

「どんな――」 

 しおりが難しい顔で地平線を見つめた。

 関口努せきぐちつとむは、男子にしては小柄で口数の少ない大人しい生徒だった。休み時間は自分の席で読書をしている事が多く、他の生徒と喋っているところをしおりは殆ど見たことが無かった。なので彼にはどことなくシンパシーを感じる事もあった。しかも耳にした噂では、彼は小学校の頃からイジメを受けており、それは王摩高校に入ってからも続いていたらしい。

 それもしおりが受けているような無視や陰口の類ではなく、もっと直接的な暴力行為を伴うものとのことだ。クラスで見かける様子からはそんな素振りは見受けられなかった――ひとつ気になる点を除いては……。

 しおりは校内で一度だけ関口が野口達のグループと一緒に居るところを見かけたことがある。二人は見た目からしてもまったく違うタイプの生徒だ。仲が良いようには思えない。野口の素行の悪さも考慮するならあれは――

 そこでしおりは口を噤んだ。

「まあ野口ってのが関口をイジメてたんやろな」

 鈎が呆れたように頭を振った。

 しおりはそれを一瞥して「多分」と呟いた。

「何でしおりちゃんがそんな申し訳なさそうにすんねん」

「だって……何となく察してたのに助けなかった。本気で助けようと思えば助けられたはずなのに」

「ゴブリンの力でか?」

 六郎太が厳しい眼差しをしおりへ向けた。しおりは再び視線を落とし地面を見つめる。

 すると永子の傍でスマホを覗き見ていたゴブリンが、宙を漂うように飛んできて彼女の肩に掴まった。

「ギギもしかして関口の話カ?」

 六郎太と鈎は互いに見合ってからゴブリンを向く。

「なんでお前が知ってんだ?」

「ギギそりゃ旦那、オレはずっとしおりと一緒に居たんだゼ」 

「せやけど、それならどうせしおりちゃんが知ってる以上の事は知らんやろ」

 鈎は不敵に笑うゴブリンへデコピンを食らわせようと手を伸ばす。

「ええい! ヤメロ! 確かにそうだガ、関口に関してはしおりも知らない情報をひとつ持ってるゾ」

 そう声を上げ、しおりの肩から降りたゴブリンが、三者の中央で浮かびながら腰に手を当てた。

 自信満々な妖精の姿に六郎太と鈎は訝しむように眉を寄せる。

「教えてゴブちゃん」 

 しおりにねだられ上機嫌で鼻を鳴らすゴブリンだったが、すぐに神妙な面持ちへ変わると、ぽつりと呟いた。

関口アイツはオレが見えてタ」

 六郎太、鈎、しおりが同時に眉を上げる。

「どういうこっちゃ。霊能があったんか?」

「ギギ、纏ってる霊気は普通だっタ。デモ、確かに何度か目が合った事があル。アレは確実にオレを意識してる視線だッタ」

「ほんまか? わい以外で妖を知覚出来るほどの奴が校内におったんか……どう思う、まんじ?」

 六郎太は数秒考えた。可能性としてはなくはない。霊が見えたり霊と意思疎通をはかれる者は行者でなくとも存在する。実際に鈎は行者でないにも関わらず霊能感知はおろか霊能的な戦闘能力も有しているのだから。

 六郎太の視線がゴブリンを向く。

「お前を意識的に知覚出来るのなら神隠しを行っている妖のことも視えたはずだ。被害にあう直前に関口は何か痕跡を残してないのか?」

「ギギ――。生徒が消えたのを知るのは必ず朝礼で出席を取る時だからナ。いつどこでどうやって消えるのかはオレにもサッパリだ」

 ゴブリンが肩を竦める。しおりは自分を向いた六郎太の視線へ頷き、妖精の言い分を肯定した。

「なんや、手がかりにならんやん。関口が妖見えるとかどうでもええねん」

 鈎はやれやれと頭を振る。しかし六郎太はそうでもないと否定した。

「消えたのが発覚するのが必ず朝礼って事は、学校に来てから次の日の朝までには被害にあうってことだよな? 感知が出来る関口が帰路でわざわざ妖の気配のする場所に近づくとも考えにくい」

「……うーん、まあせやな。感知が出来るなら普通妖の気配は避けるやろうしな。むしろ、それでも被害にあったっちゅうことはある程度限定された場所におらないかん状態やったってことか」

「もしかして、自宅?」

 しおりが訊ねると六郎太は首を横に振った。

「絶対じゃねえけど、A組の生徒だけ家にいるところを襲われるなんてあまりにも偶然がすぎるぜ」

「せやな……わいが妖気を感じたのも校内やったから、やっぱ神隠しの犯行は学校で行われてるって考えるのが自然か」

 六郎太が頷く。

「山神、二人目と三人目の被害者はどんな奴だ?」

「……えっと、二人目は佐藤君。三人目が鈴木君。二人とも野口君と仲のいい男子生徒かな」

 しおりは少しばつが悪そうに言った。

 その様子を見て鈎が訊ねる。

「なんや、嫌いな奴等なん?」

「ううん、嫌いっていうか……伊藤君もだけど、正直野口君のグループの男子は乱暴で怖いし、苦手というか――」

「ほんなもんゴブの力でいくらでもしばけるやん。あ、行者的にそれは無しか」

 鈎は六郎太を一瞥する。

「当然ダメに決まってんだろ。やるなら自分でぶん殴れ」

「いや、それも一般的なルールに則るならダメな行為やけどな」

 そう言ってこめかみを掻く鈎を見てから六郎太は疑問を呈した。

「にしても、なんか変じゃねえか? 消えた四人のうち三人が野口のグループって――偶然とも思えねえんだけど」

「せやけど関口はちゃうやろ?」

「だよな」と、六郎太が首を捻る。

 するとしおりが「ちょっと待って」と声を上げた。

「確かにグループは違うけど、関口君を含めた被害者達が一緒に行動する場面はあるかも――」

 これをうけ六郎太、鈎、ゴブリンの二者一妖は怪訝な表情で互いに見合う。

 それを察して、しおりが眉を下げた。

「関口君が野口君達にイジメられていたのだとしたら、その行為に及ぶ場所なら被害者が全員揃うんじゃないか……って……」

 物悲しい表情になるしおりに六郎太は歩み寄った。

「山神、お前じゃなきゃ気づけねえわそれ」

「え、え、うん」 しおりは訳もわからず頷く。

 鈎とゴブリンも六郎太と同じくといった顔している。

 彼等にとって関口努は神隠しの被害者であり、犯行の手がかりの一つでしかない。しかししおりは彼の立場と心境を察して考えていた。

 野口達と一緒に居た時はどんな気持ちだったのか。どこでどんな行為をされていたのか。自分もかつてはクラスメイトに屋上から突き落されそうになった。でも、自分にはゴブリンがいた。彼には誰か手を差し伸べてくれる者がいたのだろうか。知る限りいなかったように思う。

 考えれば考えるほど、あのとき自分が助けていればという後悔の念が胸を締め付ける。

 そしてそんな彼女だからこそ“いじめの現場”という観点に気付けた。

 六郎太達“強者”には盲点だった。

「ほんならとりあえず野口っちゅう奴を詰めて現場を特定やな。これは進展や」

 鈎は満足げに頷いた。

「でも、野口君も記憶はないんじゃ――?」

 しおりが難しい顔で告げると、六郎太が自信ありげに言った。

「多分、大丈夫だ。考えがある。ただ、山神には嫌な思いさせちまうかも」

 しおり、鈎、ゴブリンが不思議そうに首を傾げる。すると丁度、五限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 鈎は六限目もサボる気満々の様子だったが、しおりがそれを窘めた。

 六郎太的にはまあ、どちらでもよかった。

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