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魔性転生  作者: 邪
第二幕 ―秘匿島―
31/32

“遠足”

 祭がズンズンと力強い足取りで少年に詰め寄った。

「なーに上からもの言ってんのよガキんちょ! あんたいくつよ!」

 少年はキョトンと祭を見返す。

「それを聞いてどうするの? なんか意味ある?」

「はあ!? この感じ、凄くZ世代ぽい……なんかムカつく!」

「まあまあ祭ちゃん」と、しおりが二人の間に割って入る。なんだか、いつもこんな役回りな気がする──

 そう思いながら彼女はまじまじと少年に目をやった。

 身長は自分よりも少し小さい。眉下で切り揃えられた髪を真ん中で分け、服装はタンクトップの上から薄手のナイロンベストを着けている。下はデニム地のショートパンツと汚れひとつないピカピカのスニーカー。キリッとした目元も相まって、どことなく、いいところの“お坊ちゃん”のような雰囲気が見てとれる。

「あの、私は山神しおり。あなたは?」

風間かざま修斗しゅうと。11歳の小5」

「はあ!? なんでパイセンには素直に答えてあたしにはあの態度!?」

「だって、このお姉ちゃんの方が話わかりそうだし。で、そっちの名前は?」

 祭は青筋を立てながらも、しおりになだめられ、大きく深呼吸をしたのちに名乗った。

「ふーん、祭姉ちゃんか。名前のとおり賑やかしいね」

「パイセン、このガキやっていい? バッジはパイセンにあげるからさ、いいでしょ?」

「落ち着いてよ祭ちゃん。そうだ、君はなぜ私達のところに?」

 少年──修斗は少し考えるように宙を見上げてから答えた。

「この試験さ、なんだかきな臭いんだよね」

「ギギどういう意味ダ?」

「試験官がいない」

「そりゃあ受験者たちのポイント争奪戦なんだからそうでしょ」

 祭がつっこむと修斗はまた肩を竦めた。

「開始時点ではいたよ。こちらを見張ってる大人。でも、それが突然消えた」

「ゴブちゃん?」と、しおりが相棒を向く。

「ギ、オレは気付かなかったガ」

「ふーん。でも、間違いなくいた」

「だからなんだって言うのよ。そもそも、なんで試験官なんて気にしてんの」

「だって、やることなくて退屈だからさ」

「あんたねぇ、ポイントを集めなさいよポイント。ルールわかってる?」

 祭がビッと指を差す。

 それを見た修斗が、目をぱちくりさせてショートパンツのポケットからバッジを取り出した。

 しおりと祭の声が「嘘でしょ」とシンクロする。バッジに描かれている数字は<拾>。つまり、もうすでに合格の条件を満たしている。

「あんたどんなインチキしたのよ! あ、試験官に賄賂でも渡したんでしょ!」

 祭があらぬ疑いをかけようと必死に弁をふるうも、修斗はなにくわぬ子供の顔でもう片方のポケットから折りたたまれた紙を取り出し口をつけてふぅっと息を吹き入れた。

 球体状に膨らんだそれを見て、しおりが「紙風船?」と訊ねる。

「正解。まあ、見ててよ」

 彼は自分の足元にそれを落とし、勢いよく蹴った。飛んでいった紙風船が明後日の方へ──林のなかに消えていく。

 しおりは祭を向いてどういうことなのか目で訊ねる。祭は小さく首を傾げた。

 そこへ、修斗が「はい」と手に持ったバッジをさし出す。

「な、なによ」と祭が言いかけたところで二人はギョッとした。バッジに描かれている文字が<拾壱>に変わっている。

「ギギ、なるほド、風船に吹き込んだ霊氣を弾として撃ち出しタ、ってところカ」

「な、なによそのくらい、大したことないわよ」

 祭が悔しそうにそっぽを向く。

「でも、妖の姿は見えないのに、あんな遠くのところにいる妖を祓ったってこと?」

「うん。見える必要はないっていうか、感知が出来ればあとは風が的に運ぶだけだから」

「風が……それって、凄い!」

 しおりは思わず修斗の手を握った。

「どうってことないよこのくらい」 

 彼はまんざらでもなさそうに頬を赤らめる。

「あ、パイセンに手握られて照れてる。このマセガキ!」

「ち、違うよ! そんなんじゃないから!」

 修斗はしおりへ身振り手振りも交えて訴える。

 それを見て、祭が悪戯っぽく笑った。「なーにマジで否定してんのよ」「そっちが変なこと言うからだろ」

 しおりは口元を綻ばせた。ひとりっ子の自分にもしも兄弟がいたらこんな感じなのだろうか、と。

「ギギ漫才はそのへんで終わりダ。結局オマエの目的はなんダ?」

「あ、うん……僕、試験官が消えた理由を考えたんだ。えっと、1.単純に受験者たちだけの空間にしたかった」

「ギギそれはないな」

 修斗が頷き返す。

「ゴブちゃん、なんでないの?」

「ギ、もしこの小僧ガ言うようニ試験官がいたのだとしたラ、その役割は受験者の保護だろうからナ。妖のオレが言うのもなんだガ、役会が殺人や死傷ヲ良しとするとは考えにくイ。手傷を負ったり、健康状態が芳しくない者ガいれば放ってはおかないはずダ。ダカラ試験官がいたのだとすれバ、その役割ヲほっぽりだすとは考えにくイ」

「うん、僕も同意見。だから1ではない。次は2.こことは違うところで事件が起こり招集がかかった……だけど、これも違うと思う」

「そりゃそーでしょ。そんな緊急事態なら試験自体が中断するだろうし」

 祭は口をへの字に結んだ。

「そう。だから僕の予想は3.何者かに消された」

「ギ、それこそ考えにくいだろウ。そもそも弱い妖しかいなイ。受験者が試験官にちょっかいをかける理由もなイ」

「うん。でも、もしも3だとしたら正規の行者を消せるほどの“なにか”ってことになる。だから僕は仲間を探していたんだ」

「それが私達?」 しおりは目をぱちくりさせる。

「うん。何人か受験者を観察してたんだけど、クセが強そうなのばかりでさ。おねえちゃん達はなんか人がよさそうっていうか……なんていうか……」

「は、素直に『信用できる』って言いなさいよ」

 修斗は後ろ頭をかいて気恥ずかしそうに俯いた。

「いいよ。修斗君も一緒に行動しよう」

「ちょっとパイセン! そんな簡単にこのガキんちょ信用していいわけ?」

「うん。だって彼には私達を騙す理由がないもの。ポイントはもう十点だし、もしも私達を襲う気なら、いくらでも不意をつけただろうし」

「まあ、たしかに……。おいガキんちょ、仲間にしてもいいけどこっちはレディ二人だからね! ちゃーんと敬いなさいよ」

 修斗はうんうんと大きく頷いた。

「よーし、そうと決まれば夜ごはん!」

 祭の発言をかわきりに三者一妖は食事の支度にとりかかった。とは言っても、あるのは林の中で見つけた木の実がメインなので食べごたえはない。

 三人はなんとも言えない顔で、しばし無言でそれを食べていた。

「ギギおまえら、ソレをどうしても食べなきゃダメなのカ?」

「うん。ゴブっちにはわからないのよ。人間は食べなきゃ生きていけないの」

「不味いけどね」 修斗はペッ皮を吐き出す。

「贅沢言わない! ね、パイセン」

 しおりは無言で頷いた。

 彼女には十分美味しく感じられた。きっと体が栄養を欲している。自分が思っている以上に消耗しているのだ。きっと他のみんなも──

「そういえば修斗君、色んな受験者を見てまわったって言ってたけど」

「うん。強そうなのもいたし、弱そうなのもいたよ」

「そのなかに学生服の男子はいなかった?」

「うーん、いなかったと思うけど、どうして?」

 祭が「ははーん」と、にやついた。

「それはね、その男子がパイセンの彼だからなのよ」「いや、だから彼とかじゃないって」しおりが慌てて否定する。

 修斗は興味無さそうに口を尖らせた。

「まあ、あんたみたいな子供にはわからないでしょう、想い人を心配する乙女心が」「だから違う──」

「いや、というか祭姉ちゃんも子供でしょ」

「なにを!」

「ギギだが小僧の危惧している通りなら旦那と合流するのが最前だナ。明日はポイントを集めつつ、旦那を探すとするカ」

 三人が頷き、しおりはふと夜空を見上げた。満天の星が輝いている。東京では見られない景色だった。薪の火がパチッと小さくはじけた音で彼女の視線は炎を向いた。

 今ごろ卍六郎太はなにをしているのだろう。

 

「この洞窟か?」

 しおり達、三者一妖が薪を囲む数時間前──六郎太達は件の封印の場所に来ていた。

「ああ、間違いない」

 やじりが言った。森のなか、木々に紛れ不自然にそり立つ岩壁。そこに、まるでディッシャーで刳りぬいたかのような大きな丸い穴があった。直径は縦横2メートルほど──目を凝らしても、先は黒一色しか見えない。

「中は暗いから灯りがあった方がいいよ」

 弦はそのあたりにある木の枝を折って六郎太に差し出した。

「チャッカマンじゃねえぞ……たく」

 枝の先端を握り火をつけると、

「便利な能力だな」 やじりが枝を受け取り皮肉っぽく笑った。

「失礼だよ、姉さん。卍君もいる?」

「いらねえよ」 

 六郎太は右手の人差し指を立てて指先に火を灯す。

「姉さんじゃないけど……本当に便利だね」

「うるせえ、行くぞ」

 三人は六郎太を先頭に洞窟へ入った。

 内部は入口とは打ってかわり狭い。人がぎりぎりすれ違える程度の幅しかない。視界は悪く、灯りに照らされた岩肌の匂いが、湿気と共に濡れたように立ち込めている。三者は古いロールプレイングゲームみたいに六郎太、やじり、弦の順に縦に並んで進んだ。足音が響きすぎて自分達以外にも誰かいるような気さえしてくる。普通の人間であれば暗い暗い遠足気分だっただろう。

「おい、学ランに火つけるなよ」と先頭がぶっきらぼうに言えば「燃えたところでダメージはないのだろ?」と二番目が理屈で返し、「姉さん、そういう問題じゃないよ。制服の弁償ってなると結構お金がかかるよ」と三番目が仮想の現実でフォローする。

 そんな一般人とはどこかズレた会話を交わしながら、三人は二本の分かれ道の前で足を止めた。

「右だ」とやじりが言うと「左だよ」と弦が返す。

 六郎太が眉を寄せた。

「まさか、どっちに行っても先で合流するってオチか?」

 姉と弟の声が「正解」と重なる。

「んじゃどっちでもいいな」

 三人は右へ進んだ。

 今のところ洞窟内に妖の気配は感じない。当然、人の気配もない。こういう人の寄り付かないところに封印があるというのは定番だ。弦弓姉弟の言っていることも嘘ではなさそうだと思えた。であれば行者側の動きが不穏であるという危惧が強まる。

「もう少しだ」

 やじりがそう告げて間もなく、徐々に通路が広くなっていくのを感じた。一分もしないうちに明らかに前方へ扇状に広がっている場に出た。左右に火をかざして見るかぎり半径4、5メートルほどの広さだろうか。天井はやけに高く、松明を上にかざしても灯りが闇に吸い込まれていくばかりだった。

「ここがそうか?」と、六郎太が訊ねる。

「ああ。少し進んだ壁際に──」

 そう言って先行したやじりが地面を照らす。

 六郎太はその真ん前にしゃがみ込んだ。視線の先には屋根の取れた一社型の神棚が転がっている。かなりの年代物だ。何かを封じるために使われていたとしても不思議はない。ただ、本来神棚は名の通り神を祭るものだ。<封印具>として使うケースは少ない。どちらかと言えば──

「卍君……大丈夫?」

「ああ、ちょっと考えてた。で、ここに何かを封じていたってことでいいのか?」

「間違いない。代々弦弓家が守ってきた神棚だ」

 これに弦が頷く。

「そうか、見たとこ妖気は感じないが」と言いかけた所で、六郎太は鼻先をくすぐられるような感覚を覚えた。立ち上がり、指先の炎で地面を照らす。確かにいま臭いがした。微かな臭いだったが、嗅ぎ間違えることのない臭いだった。

「おい、なにをしている。ここにはこの神棚の封印しかないぞ」

「ああ、わかってる。ただ」

 と、言葉を切って、六郎太は何かを追うように辺りを練り歩いた。そして、神棚から離れた一角で足を止めた。

 やじりと弦は訝しげに互いを見合ってから彼に歩み寄った。

「まったく。落ちている小銭を探す浮浪者か君は」

「いいから見てみろ」

 六郎太は指先の炎を強めて地面にかざした。しかし、そこにあるのは他と変わりのない岩肌だけだ。やじりが眉を顰める。弦はじーっと促された場所を見つめて「あ!」と声をあげた。

「気付いたか」

「うん。血痕だね」

「なに、本当か?」と、やじりが地面を睨む。

「そんなガン見してんのにわからねえならいくら見ても無駄だろ」

「な……わかるぞ。ちゃんとわかる。なんとなく……色が違う」

「うん、血が染みた痕だよ姉さん。岩の種類にもよるけど、染み込んだ血液は長期に残る場合がある」

 六郎太が頷く。

「ここは湿気こそ多いが、雨風に晒されることもない。だから尚更な」

 三者の視線が改めて血痕を向く。灯りに照らされた岩肌の一角が赤褐色に染まっている。形は、畦道に出来た水溜まりに似ていた。そしてその輪郭の縁が帯を引いて伸びている。辿ると、行き着いた先にはより大きな“水たまり”の痕があった。

「出血量を見るかぎり、人間なら間違いなく生きてはいないな」

 やじりが目を細めて言った。

「この島に大型の獣はいないはずだよ姉さん」

「ああ、サイズで言えば人間が一番大きい動物になる」

「つまり、この痕は十中八九人間ということか。しかも──」

 六郎太はジッと血痕を見つめて口を横に結んだ。血の乾き具合から、この血痕が受験者のものではないと分かったからだ。山神しおりではないという安堵共に、また一つ謎が増えてしまった。

「そういや、ここを管理している行者からの連絡がなくなったって言ってたな」

「ああ……もしかして、この血痕の主がその行者だと言いたいのか?」

「他にいるか?」

「卍君、それはないはずだよ。管理とはいっても行者は遠隔でこの島の霊気や妖気の変動がないか監視しているだけのはずだから。実際に足を運ぶのは姉さんと僕だけなんだ」

「そうか」と呟き、六郎太は口元に手を当てる。

 試験前の視察中に行者が誤ってこの封印をといてしまった? ──いや、ありえない。そんなドジを踏むわけがない。そもそも、それで行者の死傷者がでたのであれば、毬倉永子からその話があるはずだ。もしくはこの試験の開催場所が他にかわっているはず。血痕の色と状態からいって確実に1週間以上は経っている。一般人の漂流者か? それはそれでありえないが──

「とりあえず、これで分かっただろう卍六郎太。私達の守っていた封印が破られ、その中にいたモノが解き放たれた。この血痕はそれを裏付けるには十分だろう」

「ああ、ますます合点のいかねえことが増えたけどな」

 やじりが重々しく頷き、弦が不安そうに「これからどうしようか」と呟く。

 姉弟の視線が六郎太に注がれた。

「なんでこっちを見るんだよ……ったく。まあ俺としてはポイントを集めるはマストだ。それからツレと合流する」

「ツレ?」

 やじりが心底不思議そうに首を傾げた。

「どんな人なの?」

「どんな……。まあ、ある意味、俺よりいかれてるぜ」

「君よりもか? なんの忌呪なんだ?」

「忌呪じゃねえけど、歳は俺と同じだ。セーラー服を着てるから見れば直ぐにわかる」

 これに弦は目をぱちくりさせた。

「卍君よりイカかれたセーラー服……? なんだか、世界は広いな──」

「まあいいさ。協力を頼んだのはこちらなのだから、やり方は任せる。ただ、封印の件も考えはあるんだろうな」

 やじりの硬い声に六郎太は頷いた。

「この試験を監視している行者を探す。あと、なにが封印されていたのかを調べる」

「卍君、調べるってどうやって」

「お前達の話だと封印されていたのはこの島を滅ぼした“なにか”なんだろ? ここには建物ものこってんだ。だったら、それについての手がかりが残っているかもしれねえだろ。てか調べたことはないのか?」

「ない。封印を守るのが務めだからな。それについては詮索してこなかった」

「うん。というより弦弓家のルールとして、それを探るのは御法度っていうのが暗黙の了解だったから」

「なるほどな。まあ封印が破られたんだ、そんなことを言っている場合じゃないだろう」

 やじりと弦は、渋々といった様子で承諾した。

 洞窟から出る途中、六郎太は考えていた。

 可能性としては一般人の漂着が一番ありえる、と。ただし“自然に”はありえない。誰かが、もしくはなにかが、その不運な人間を呼び寄せたに違いない。そして、それは封印されていたもの以上に邪悪なのではないか──

 そんな気がしてならなかった。

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