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魔性転生  作者: 邪
第二幕 ―秘匿島―
29/32

“蝦蟇”

 六郎太が弦弓姉弟と行動を共にしだした頃、しおりは砂浜で水を飲んでいた。たまたま浜で見つけたペットボトルで川の水を汲み、これまた偶然見つけたボロ鍋とゴブリンの術で煮沸を施した飲水である。そう、彼女は今の所これといって苦労をしていない。

「ふう、活き返る」

「ギギ近クに比較的綺麗な水源ガあったのはラッキーだったナ。これデ水は確保したも同然ダ」

「いっそ寝る場所もここでいいかもしれないね」

「ギ」

 と、ゴブリンが辺りを見渡す。前方は平地で後方は海。他の受験者からは丸見えだが、同時にこちらからも相手がよく見える。しかも後からの不意打ちを受ける可能性が極めて低い。前方にだけ注意をはらっていればいいのはかなり気が楽だ。

「ソウダナ。とりあえズここに落ち着くのモ悪くなイ」

「うん!」と、しおりは頷き伸びをした。一時はどうなるかと思ったが、浜には波にうちあげられた漂流物がちらほら見受けられる。なかでも人工物は劣化をしにくいのか、そのまま使えるものも多い。しかも、ゴブリンが言うように近場には湧水が合流して出来た川が流れており、その付近には火を通せば食べられそうな木の実も落ちている。贅沢をしなければ五日間を耐えきるくらいは出来るかもしれない。気がかりがあるとすれば、今のところ一度も妖に遭遇していない点だ。ポイントを稼がなければ、ただの無人島体験に終わる。行者になるためには妖を祓わなければ――

「ゴブちゃん、妖の気配はある?」

 しおりは宙に浮かぶ相棒へ訊ねた。

「ギギ、運ガ良いのカ悪いのカ、今のところは居ないナ。まア、いい場所も確保できタことダ、雨風をしのげル屋根を作ったラ付近を探索してみるカ」

 一者一妖は木の枝や大きな葉っぱなどを出来るだけ多く集めた。とはいっても肉体労働の殆どはゴブリンの成果のほうが大きい。しかも集めた枝や葉を、術を使っててきぱきと組み上げていく。空中を踊りながらひとりでに組合わさっていくその様は、まるでミュージカルの一幕のようだった。

 そうして、数十分ほどで砂浜に“いい感じ”のテントが出来上がった。

「すっごーい」

「ギギ我ながラ完璧ダ」

「これなら安心して探索に出かけられるね」

「ギギそうだナ。ダガ日が沈ム前にハ戻るゾ」

 しおりは頷き、平地に向かって歩きだした。

「ゴブちゃん、妖はいる?」

「ギ、妖気ハ感じなイ」

 つまりは居ないということ――しおりは辺りに目を向ける。現在は1時間ほど歩いたところだろうか……ここは茂った木々や草で視界が悪い。林の中なので当然ではあるが、日光も葉に遮られていて薄暗い。気温も心なしか低い気がする。

「もう少し歩いてみる?」

「イヤ、待テ」

 しおりの肩でゴブリンが眉を顰める。

「も、もしかして妖?」

「ギ、だと良かったガ――人ダ」

「受験者……だよね」

 しおりが固唾を飲む。

「ギ、当然そうダろうナ。霊気ヲ抑えていル」

「抑える……って?」

「ギギ、霊能のアル人間ハ妖をつケる時、感知をサレナイヨウ霊気を抑えル。すると気配モ薄まル。これは人間に対してモ有効ダ」

「じゃあ、もしかして私も抑えた方がいいの?」

「ギギ、オマエの体外の霊気は非霊能者以下ダ。わざわざ抑えル必要はなイ」

「なんだか凄いディスられてる気がする……けど、よかった。やれって言われても出来ないもん。ていうか、それなら普通に移動していれば気付かれずに済むね」

「だといいガ……とりあえず向こうから離れルように動くゾ」

 しおりはゴブリンの指示のもと歩き出した。

 暫くして「なんだかこの辺って」と、しおりが呟く。黄緑色の体表をした蛙が何匹も足元を横切っていく。

「ギギ、アマガエルか。数が多いガ――もしかして食べタいのカ?」

「え、まさか違うよ!」

 蛙が苦手というわけではないが食べるとなれば話は別だ。鶏肉に似た味がすると聞いたことがある。本当にそうだろうか……想像もつかない。

 しおりは自分達を扇動するように前を行く蛙達をじっと見つめた。

「ヤッパリ食べたそウに見えるゾ」

「違うって!」 

 そうやってまた歩いていると、突如ゴブリンが「妖ダ」と呟いた。しおりが「どこ?」と訊ねると、ゴブリンは10メートルほど先にある木の根元を指さした。促された方を向くと同時に、その瞳が緑と黒のマーブリングへと変わる。

「見えるカ?」

「う、うん」

 木の幹に灰色の肌をした小人がしがみ付いている。

「ギギ餓鬼という妖ダ」

「あれが……」

 六郎太から聞かされている。担任の安藤先生に憑りついていた妖だと。

「オレがサクッと始末すル。オマエはここを動くナ」

「ひとりで大丈夫?」

「ギギギ笑わせるナ」ゴブリンはしおりの肩から飛び上がると、腰のナイフを目標に向かって投げつけた。ヒュンッ、と風を切った刃が、吸い込まれるように餓鬼の胴体を串刺しにする。

 断末魔の叫び声があがった。ノイズに似た音だった。

 呆気にとられていたしおりは相棒に促されるまま慌ててバッジを確認した。零が壱に変わっている。

「ギギどうやらオレが倒しても問題なくポイントになるようダ」

「うん、でもなんだか」

「カワイソウとでも言う気カ?」

「……」

「ハァ……。妖ヲ倒さなければポイントは貰えないんだゾ。ソレに、妖とわかり合おうなんて思うナ。とくに今のような弱い妖ほド話が通じなイ……知性の欠片も無いただの悪食ダ。とにかくほら、行くゾ」

 そう言ってフワフワと宙を浮かぶゴブリンの後に、しおりは続いた。

 言っていることは理解できる。でも、納得は出来ない。何故ならゴブリンとはわかり合えているのだから。


 もう、結構な距離を歩いた気がする。目視でも日の傾きが変わったのがわかる。一時間は歩いているはずだ。餓鬼以降、他の妖は見ていない。かわりに、肩にしがみ付くゴブリンが怪訝な表情を浮かべていた。

「どうしたのゴブちゃん?」

「ギギ嫌な予感がしてたガ、当たりそうだゾ」

 しおりは「予感?」と、首を傾げた。

「ギギ、先ほど人が近くにいルと話しただロ」

「あー、うん、他の受験者だよね」

「ギギ、そうダ。遭遇しないよう移動していたガ、どうやら尾けられテいるようダ」

「どっちの方向? 遠いの?」しおりは思わず辺りを見まわした。鬱蒼と木々が茂っていて、それ以外を目視で確認するのは難しい。

「向こウ……距離ハ直線で3、40メートル程ダ」

 促された方を向き、しおりが目を凝らす。やはり見えるわけがない。

「迎え撃つのモありだナ」

「戦うの――?」

「ギギ複数なら避けルところダが、幸イ相手は一人のようだからナ。それにコノ状態で更に他の受験者や妖と遭遇しても漁夫ノ利を狙われるだけダ」

「うん」しおりが神妙な面持で頷く。

「5日もあるんダ。戦闘ハ避けては通れなイ」

「わかってる……接触してみよう。もしかしたら話し合いで解決できるかもしれない」

「ギギ話し合い、カ」

「無理って顔をしないでよ」

 そうして一者一妖は砂浜のテントへ戻るよう進路をとった。見晴らしの悪い森の中よりは、あの場所の方が幾分かマシだ。それに、こちらが無理に追いかけても、距離を保たれれば体力的に一般人のしおりが不利なのは明白。であれば、暗くなる前に自陣へ戻り、迎え撃つ方がいい。相手からすれば海に阻まれ逃げ場を失った兎に見えるはずだ。動き回っている獲物よりは仕掛けやすいと思うはず――

「ゴブちゃん、また蛙だよ」

「ギ今さらカ? 最初ニ見つけた時カラずっと居るゾ……ずっト――」

「どうしたの?」

「ギギ、走るぞしおり」

「え、いきなりなんで」

「いいから早く走レ」

 言われるがままに走り出すとゴブリンは辺りをきょろきょろと見まわし「やはり」と呟いた。

「なにがやっぱりなの」

「足元を見ロ」

 そう促され視線を落とすと、無数の蛙がこちらへ纏わりつくようについてきていた。

「ギギ人速で跳ねる蛙カ――」

「も、もしかして妖なの」

「ギギ妖気ハ感じなイ。攻撃してくる気配もなイ。追尾だけダ」

「じゃあ違う?」

「ギギギとりあえずテントまで急ぐゾ」

 テントに着いた時、群がる蛙の数は、ゆうに数十匹を超えていた。これだけいると流石にきしょくが悪い。

「ゴブちゃん、」

「普通ではないナ。おそらくはコチラをつけていた奴の仕業ダ」

「近くにいるの?」

「アア、こちらに近づいてくるル」

 ゴブリンは海を背に正面を見据えた。少しして、木々の間から人影が出てくるのが見えた。しおりはその姿に思わず眉を上げた。見覚えがある。ド派手な金髪に桃色のカッターシャツと短いチェック柄のスカート……あれは確か試験の受付の時に見た、菊蘭女子高の――

「ギギ、オマエを睨んでいた奴だナ」

「うん。ていうか、あの子が私達をつけていた受験者なの?」

「ギギそうなるナ。さて、向こうがどう出るカ――ってオイッ」

 少女に向かって駆け寄るしおりを、ゴブリンは慌てて止めた。

「いきなり攻撃してきたラどうするつもりダ」

「大丈夫だよゴブちゃん。話せばわかるはず。あのー、受付で会いましたよね? もしかして水が欲しいとかなら、わけてあげられるよ」

 しおりがそう声を掛けると、少女は足を止めてにっこりと微笑んだ。

「水ってうける。欲しいのはバッジだよ」 

 そう言い放った直後、少女の背後から何か大きな塊が飛び出した。

 思わず「きゃっ」と、顔を背けるしおりを庇うようにゴブリンは腰のナイフを抜いてそれ弾き返す。

 するとガキンッという金属音と共に塊が少女の傍に落ちた。

「ギ、大丈夫カしおり」

「う、うん。ありがとう」

「ギギ、迂闊に近づくナと言っただロ」

「ごめん」と告げ、しおりの視線が改めて少女を向く。ゴブリンも同じく彼女を向き、それから顎にへの字の手を当てた。

「金属の感触ガあったがナルホド。それがオマエの能力」一者一妖の視線の先――少女の傍らには蛙が居た。もちろんただの蛙ではない。大きさは中型犬ほどもあり、手足と胴に和風の甲冑を着けている。しかもその手には、日本刀が逆手で握られていた。

「ゴブちゃん、あれって――」

「蝦蟇……という妖ダ。ただ、」

 と、言いかけたところで蝦蟇がしおりに向かって跳ねた。ゴブリンは彼女を庇うように巨大蛙との間に割って入り、ナイフで刀を受け止める。一瞬の鍔ぜりから続けざまに上から下へ、下から上へ、右から左へ、左から右へ、素早く変化する双方の斬撃。

「へえ、邪妖精か。初めてみたけど結構やるじゃん」 少女は空中で白熱する蝦蟇と妖精を向いて口笛を鳴らした。対してしおりは、そんな彼女へ「争うのはやめよう」と訴える。「ハハ、やめる? おもしろ」 「しおり!」と、ゴブリンが彼女の腰を抱えるように突き飛ばす。次の瞬間、小刀を持ったネズミサイズの蝦蟇が、しおりの立っていた位置を通り過ぎていった。ゴブリンがぶつかっていなければ斬られていたかもしれない。

 しおりは身を起こしながら小蝦蟇の刀を見てそう思った。

「ギギ怪我はないカ」

「うん、大丈夫。ゴブちゃんこそ」

「オレは平気ダ。だが――」ゴブリンは少女の傍に着く二体の蝦蟇を交互に見た。「別の蝦蟇を同時に出してくるのは厄介ダ」

「ふーん、厄介ねぇ。邪妖精も相当厄介って聞くけど? てか、なーんでアンタみたいな風来坊が人間に、それも、てんで大したことなさそう奴に従ってるわけ?」

 少女は信じられないといった顔をした。どこか不服そうにも見える。当然しおりとしては『従っているわけじゃない!』と弁明したかったが、ゴブリンが彼女の口に手を当て、それを阻止した。

「ゴブちゃんなんで」

「ギギお前は黙ってロ。おい、女――貴様、式神使いだナ」

「はあ? 見ればわかるっしょ。てか、そっちの女もそうでしょ」

「え!? ちが――ッ」しおりが言いかけたところで、再度ゴブリンが彼女の口を塞いだ。

 ――お前は黙っていろと言っただロ。

 と、相棒の声が頭の中から聴こえ、しおりは思わずそちらを向いた。

 ――あの女にハ、こちらが式神使いだと思わせておク。

 ――どうして?

 ――作戦があル。

「ちょっと、なーにだんまりしちゃってんの? バッジ渡す気になった? 無視するなら刻んで奪うけど」

「ギギ出来るものならやってみろガキめ」

「ガキ、だと……」

 しおりは少女の目が据わるのを確認した。これで作戦の導入は成功――

 同時に、

『レッスン4よ、しおりちゃん』という毬倉永子の話を、彼女は思い出していた。

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