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魔性転生  作者: 邪
第二幕 ―秘匿島―
25/32

“渡し船”

 神隠しの事件解決から十日後の――昼。六郎太、しおり、鈎の三人は学校の屋上で昼食を取っていた。梅雨があけたからかここ数日は天気がよく、三人にとってここはもう馴染みの場所となっていた。

「そういえばまんじ君、毬倉先生から話聞いてる?」

「よーこちゃん? さあ、なにを」

 六郎太はおにぎりを咥えながら首を傾げた。身に覚えがない。そういえば朝から彼女の姿を見ていない。

「お昼を食べたら保健室にまんじ君と来てほしいって言われたよ」

「ふーん。なんだろうな」

「お前が悪さしたんとちゃうか」

「あん?」

「ギギしおりも呼バれているかラそういう用件ではないだろウ」

 ゴブリンがしおりの肩からひょこっと顔を出す。

「……まあ、行けばわかるか」

 一同は保健室へ向かった。

 保健室に入ると永子が教諭席に座って窓から外を眺めていた。

「あの、毬倉先生」 しおりが声を掛ける。

「あら、来たわね」

「話ならはよ頼むで。授業がはじまんねん」

「いや、お前は呼ばれてねえだろ何でいるんだ」

「まあまあ、別にいいわよ。それに彼の言う通り、学生の本分は勉強ですもの」

「せや、流石姐さんようわかっとる」

 鈎はそう言ってソファーに腰をおろした。

「それじゃ、単刀直入に言うわね。今から三日後の日曜日に行者になるための試験が行われる。しおりちゃんと六郎君にはそれを受けてもらう」

 しおりが固唾を飲む。

 その横で、六郎太は不服そうな顔をしていた。

「なんで俺も受けるんだよ。今さら過ぎるだろ」

「確かに。でも受けてもらうわ」

 永子の真剣な面持に、了承する以外の選択肢はなかった。

「あの、試験ってどんなことをするんですか? どんな勉強をしたら……」

 しおりが訊ねると永子の眉が上がった。

「筆記の勉強は必要ないわよ。ただ、しおりちゃんには試験日までに教えておくことがあるわね」

「俺には必要ねえぞ」

 六郎太はうんざりといった様子で天井を仰ぐ。

 それを見て鈎がざまあみろとほくそ笑んだ。

「なんや、ごっつおもろそうになってきたやん」

 

 そうして、三日後――。

 就寝からきっちり5時間後に目を覚ましたしおりは、自室のベッドの上からぼんやりと寝ぼけまなこを泳がせた。向かいの壁に沿って備えられた薄型のテレビにはバラエティ番組が映っている。寝る前に消音にしていたので音声は聴こえない。

 彼女は意識をはっきりさせるため頭をふり、枕の横に置いておいたスマートフォンで時間を確認した。“午前0時”――予定通りだ。

 ベッドをおり、クローゼットから着替えを引っ張り出す。今日は何を着て行こうか、替えの服は何にしようか、“試験”へ向かうはずなのに内心旅行にでも行くみたいにわくわくしている。

「ギギ迷うくらいなラ制服でいいんじゃないカ。遊びに行くわけジャないんダ」

 実体化したゴブリンが勉強机の上で胡坐をかいた。

「ゴブちゃんおはよう。制服かぁ……」

「ナラ、そのまま行くカ?」

「えぇ無理無理、これパジャマだよ」

 ないない、としおりは大きく首を横に振った。

 とはいえ相棒の言わんとしていることも分かる。永子からは日曜の午前2時までに東京港までくるように言われている。彼女曰く『連絡をくれれば足をよこす』とのことだ。迷っている時間はない。

 しおりは制服に着替え、リュックを背負い、両親に気付かれないよう家を抜け出した。

 それから永子にメールを送ると、数分後――1台のタクシーが家の前に着けた。どういうわけか駆動音がまったく聞こえない。

 助手席の側から窓越しに運転手の顔を覗き見る。どこにでもいそうな中年男性が虚ろな目を顔ごとこちらに向けている。

「あの、毬倉先生の――?」

 訊ねると男は無言のまま正面に向き直り、それとシンクロするみたく後部座席のドアが開いた。

 乗れということなのだろうか……。

 しおりはゴブリンと目を見合わせ、タクシーに乗り込んだ。


 走り出してからどのくらい経ったのだろう。しおりはゴブリンに体を揺すられハッと目を開いた。タクシーは停車していた。19時に就寝、0時に起床という不規則さを加味しても不可思議なほど自然と眠りに落ちてしまっていた。

「しおり、行くゾ」

 膝上のゴブリンに促され、彼女はタクシーを降りた。気にしていなかったが車はライトを点けていない。お代も払っていない。それでも車は走り出し、闇に紛れるように見えなくなっていった。

「ここ、東京港……だよね」

「ギギ海が見えるカラ多分ナ。何処か二毬倉の姐さんがいるはずダ」

 しおりは頷きスマートフォンで時間を確認する。“午前1時59分”――ぎりぎり間に合った。けど、辺りは真っ暗だ。しんと静まり返っている。あるのは無機質な金属コンテナの列――正直、凄く怖い。

 そう思いながら辺りを見回していると、

「おーい、しおりちゃーん」 

 遠くの方から永子の声が聞こえた。スマホの明かりを頼りに声のした方へ進んでいく。すると短ランボンタン姿の六郎太と白衣の永子が海際のところに立っていた。

 しおりはホッと胸をなでおろし二人へ駆け寄った。

「よかった。いた……」

 六郎太が不思議そうに首を傾げる。

「なんで泣きそうになってんだ?」

「そりゃ女の子なんやから当然やろ」

 聞き覚えある関西弁――制服姿の鈎がコンテナの影からひょっこりと現れた。

「おい、お前、なに当たり前のように合流してんだ」

「ええやん。姐さんには許可もらっとるで」

「マジかよ、よーこちゃん」

「別に来ちゃダメってルールもないし」

「もしかして、鈎君も試験を受けるの?」

 鈎は「まさか」と肩を竦めた。

「おもろそうやから見学しに行くだけや。行者なんて真っ当な人間のやることちゃうし。あ、もちろんしおりちゃんは別やで」

「ほら若者達、お喋りはそこまで。そろそろ来るわよ」

 しおりが不思議そうに「何が来るんですか?」と訊ねると、海の方からザアッと水を押しのけるような音が聞こえてきた。一同は思わずそちらへ目を向けた。すると小型の客船がこちらに向かってきていた。

 船は次第に減速していき、船体の側面を六郎太達のいる陸へ這わせるようにして止まった。

「はい、無事着艦。さ、みんな乗って乗って」

 永子が嬉々と促す。しかし皆、二の足を踏んでいた。船があまりにもおんぼろだったからだ。

「なあ、これ絶対に一度転覆してるやろ」

 鈎の言葉に六郎太としおりが頷く。本来の色は白なのだろうが塗装の殆どが腐食し、錆びて茶色く変色してしまっている。

「よーこちゃん、マジでこれに乗るのか?」

「当然。乗らなきゃ会場まで行けないわよ」

 六郎太は溜息をつくと、しかめっ面をつくり仕方なく船に乗った。それを見てしおりも恐る恐る続く。鈎も渋々といった様子で乗り込んだ。そうして最後に乗った永子が「しゅっぱーつ」と声をあげると、船は返事でもするみたく動き出した。

「さ、中に入りましょうか」

 そう言って船室のドアを開く永子に続き一同は船内に入った。

 中は運転室とくつろげるスペースが一体型のよくある小型クルーザーのものだった。ただ外観とは裏腹に内装は新品同様である。

 左右を見まわし、しおりが「え!?」と思わず声をあげる。中と外のギャップもそうだが、それ以上に運転室の様子に驚きを隠せなかった。なんと運転席に人がいないのだ。でも確かに船は動いている。ハンドルはひとりでに回り、その周りのランプも点灯している。

「なんや、ほんまもんの幽霊船かいな」

「え――幽霊船!? 幽霊が運転してるの!?」

 しおりの視線が鈎と六郎太を順番に向き、最後に自身の右肩――ゴブリンで止まる。

 妖精は咳払いを一つして目を閉じた。

「ギギ幽霊という感じではないナ。少なくとも、このなかに浮遊霊、地縛霊といった霊気の淀みは感じなイ」

「んーせやな。幽霊おったらもっと“もやっと”するはずやし」

「もや? ざらついた感じだろ」

 六郎太が反論すると、しおりの視線がまた二者一妖を行ったり来たりした。

 それを見かねて永子が口を開く。

「幽霊じゃないわよ。この船自体が霊的な――ようは魂を持ってるのよ」

「船が……ですか?」

「そう。物にも霊的な力が宿ることがある。時には魂すらもね。“界隈”ではそれを<付喪憑き>と呼ぶ。この船は役会が保有する付喪憑きの一つ」

「なんや、そういうことかいな。船内でバトらなあかんかと思って焦ったわ」

 鈎はそう言うと壁に面してぐるっと備えられたソファーの一角に腰をおろした。六郎太も彼の向かいに座る。しおりは六郎太の隣に座り、改めて運転室を見つめて言った。

「そんなものがあるんですね。私、知らない事だらけだなぁ」

「まあ、六郎君も分かってなかったしね」

「はあ? 船がまるまるそうだとは思わなかっただけだ。予想はしてた」

 六郎太は不機嫌そうに鼻から息を吐いた。

「でも先生。これに乗ってどこに向かうんですか?」

 しおりの問いに永子は眉を上げる。

「ああ、詳細は言ってなかったわね。試験会場の島よ」

「島?」と鈎、しおり、ゴブリンの声が重なる。

「そう、島」

「なんや、試験って宮古島とか能登島とか、そういうところでするんかいな」

「まあ、島とはいっても地図には記されていないけどね。役会はそういう“訳アリ”の土地を秘匿に保有してるの。こういう時に使用するためにね」

「さしずめ秘匿島ってところやな」

 しおりは神妙な面持ちになった。一応、今日まで毬倉永子に“指導”を受けてきた。しかし試験の場所や内容等、詳細はまったく知らされていない。当然、教えてはいけないからというのは察しがつく。だから訊こうとはしなかった。付喪憑きがそうであるように、まだまだ分からないことが多い。通常の試験勉強のような傾向と対策を練ることは出来ない。彼女は改めてぶっつけ本番だと決意を固めた。

「それじゃあ、着くまで休みましょうか。個室が二つあるからわたしとしおりちゃんで使うわね」

 永子はさも当然というように部屋割りを決めた。

「え、まてや。わい等は?」

「当然ここのソファーよ。勝手についてきたんだから文句はないでしょ」

 鈎は渋々承諾すると、

「まんじお前、二人きりやからって――」と睨んできた。

 六郎太はくだらねえとでもいうように天井を仰いだ。


 一時間後。船内の個室に備えられた丸窓から外を眺め、永子は何日も前のことを思い出していた。

 それは神隠しの件が解決してから五日後の深夜である。彼女は自室でノートパソコンの画面を眺めていた。電源は入っていない。しかし画面には真っ暗な背景を背にした日本人形の映像が映し出されている。

「報告は以上よ」 

 画面に向かって彼女が告げると、人形の口がカタカタと開閉し、男とも女とも取れるノイズまじりの声を発した。

『まったく面倒を増やしてくれる。こちらの身にもなってほしいものだな』

「あら、これでも感謝はしているのよ。六郎君が学校へ通うための許可を出してくれて」

『それを含めて面倒だと言ったんだ。タカ派を説得するのも楽じゃあない』

 人形の顔は無表情のままだったが、言葉の端々からは明らかな呆れと怒りが伝わってくる。永子は頬杖をついて人形を睨んだ。

「感謝をしているのは本当だけど、私はあなた達の事も信用はしていない」

『それはそうだろう。君が人を信用するはずがない。なんといっても君は』

「そんな話をする為にわざわざ通信してきたのかしら?」

『――いや。こちらからも知らせておく事があってね。近々<ろくてんぎょう>による定例会議が行なわれる。タカ派は今回の件……赤鬼の忌呪である卍六郎太の生殺与奪を議題にあげるつもりだ』

「へえ」永子の目からスッと光が消える。

『こちらへ怒りの矛先を向けるなよ。流石にこればっかりはどうしようもない。一応、こちらからも手は打つつもりだ』

「いい打開策があるの?」

『やらないよりはマシといったレベルではあるがね。毬倉、お前が行者に推挙した山神しおり。彼女に受けてもらう試験を卍六郎太にも受けてもらう』

「今さら?」

『鬼にならずに無事試験をパスできれば卍六郎太に対する心象も少しはマシになる』

 永子は難しい顔で宙を見つめた。

「本当に『やらないよりは』ね」

『現状、出来ることはそれしかない』

「わかったわ。あと、今回の件だけどタカ派の仕業でないのは間違いないのね?」

『ああ。確かに隠し神が目立つ場所に出没したのは解せないが、調べた限り奴等は関わっていない』

「そう。本当に『解せない』わね」

 永子は小さく息を吐いた。

『では、そろそろ通信を切らせてもらうぞ』

「あら、わたしはもっとお喋りしたいのに」

『ごめんこうむるよ。今日は朝早くから用事があってね』

「ワイハ? 旅行なんて羨ましいわね」

『まさか。娘の墓参りさ』

 その言葉を最後に通信は切れた。

 永子は「ふん」と小さく鼻を鳴らすと、ぼんやりと天井を眺めた。

「参れる相手がいるだけいいじゃない」

 そうやって通信相手との会話を振り返り、彼女は溜息をついた。夜目には自信があったが窓から見える夜の海は先を見通せないくらい暗かった。

「六郎君を乗せた船……“六”を対価に、か。なんだか、嫌な予感がするわね」

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