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魔性転生  作者: 邪
第一幕 ―神隠し―
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“嫌われ者”

 ――にしても、と六郎太が危惧していると、思った通りガラガラと音を立てて廊下に面した教室の窓が開いた。

 餓鬼を燃やした炎は普通の人間にも見える。霊的にも物理的も作用する火だ。一瞬とはいえ、見慣れない発光が起これば人の目を引くのは明らかだった。後を向いていた安藤も目の端で捉えてはいただろうが、彼は本当に煙草と思ったのか、それとも他に何かを察したのか、それ以上はなにも訊こうとはしなかった。ただ、彼のような人物が珍しい部類なのは間違いない。

 案の定、窓からは生徒達が顔を出し、事件現場でも見たかのように騒めきたった。

 安藤が場を治めようとするも、生徒達からの反発は大きい。一限目の授業が始る前ということもあって各教室にはまだ教師も来ていない。その場はあっという間に無法地帯となってしまった。

 六郎太がなんて言い訳をしようか考えていると、B組の窓から顔を出している生徒の一人がこちらを向いて顎をしゃくった。どういう意図があるのかはわからないが、意識を自分の方へ向けたいのは何となくわかった。

 じろりと“眺める”と蛇に似た顔が不敵に笑った。

「なんや、にーちゃん恰好もそうやけど、廊下で花火とかえらい歌舞いとんな」

 比較的真面目な生徒が多い王摩にしては派手な生徒である。金髪を刈り上げマッシュにしているあたりは今風の若者ぽいといえばぽいが、それよりも彼が備える独特な気配のほうが気になった。人間だが人間ではないような。それでいて妖とも違う――いや、人間か?

「そんな目すんなや転校生。わいの事よりもっと大事な用事があるやろ?」

 蛇顔の生徒はそう言って六郎太の視線を躱すように教室の奥へ引っ込んでいった。

 今の口ぶり――<会>の者か……いや、何にしても妖でないのなら今はいい。

 六郎太はざわつく生徒達を無視して教室へ戻った。

 入室すると途端にA組の生徒達は静かになり、皆わざとらしく目を逸らす。

 まあじろじろ見られるよりはいいか――

 席に着くと六郎太は頬杖をつきながらクラス全体を眺めた。

 蛇顔が言っていたように自分には大事な用がある。業事だ。

 今回、王摩高校へ潜入した本当の目的、それはこの二年A組で起こっている<神隠し>を解決すること。

 “よーこちゃん”の話では、すでに三人の生徒が消えているらしい。ただ……見た感じ生徒達からそんな素振りは見受けられない。当然、安藤からもそんな気配はなかった。席は縦に五席、それが等間隔に六列で三十席――綺麗なものだ。当然、生徒もぴったり三十人いる。本当に人が消えたとしたら空席が出来るはずだが、それも見当たらない。

 転校生ひとり、廊下での騒ぎひとつであれほど混沌と化す少年少女達が、まったくそれについて話していないのもおかしい。

 しかもここ王摩高校は強力な霊場だ。外の敷地もそうだが、校内は特に濃い氣に満ちている。おかげで霊能感知が上手く働かない。

 先ほどの餓鬼のように憑りつかれた人間や物の反応から特定できれば楽なのだが……残念ながら<神隠し>のような方法で人を餌食する妖は、そこまで馬鹿ではない。特定の人間に憑りつくような真似はせず、襲う直前までは霊視もされないよう、姿の見られない場所に隠れているはずだ。

 そうして少しすると、廊下のざわつきも聞こえなくなり、一限目の教科である数学の担当教師が教室に入ってきた。銀縁の眼鏡をかけた三十代と思しき女性で、グレーのスーツを着けた生真面目そうな人だった。

 安藤の件もあって忘れていたが、そもそも普通の生徒として学校生活にとけ込まなければならない。六郎太にしてみたら、妖殺よりもよっぽど難儀なことだった。

 案の定、授業が始まり彼はすぐに驚愕するはめになった。教師の言っている内容がさっぱりだったからだ。

 学校に通っていないとはいえ、一応は“よーこちゃん”から五教科の手ほどきは受けている。しかし、そこはやはり“よーこちゃん”だった。彼は知る由もなかったが、彼女は『足す引く掛け割るが出来ればどこへ行ってやっていける』という物凄く大味なマインドを六郎太に叩きこんでいたのである。なので実質、彼の数学レベルは小六~いいとこ中一で止まっている。高校二年生の数学など解るはずもない。

 六郎太は絶対に当てるなという意気を目に込めて教師を見つめた。

 すると目が合った。互いに小さく頷き、そして一瞬の間からの――当てられた。

 クソ! あれはそういう合図だったのか。六郎太は頭を抱えた。いったい何を答えていいのか皆目見当もつかない。証明とはなんだ? 何を証明しろいうのか。

 人間の手が、霊力とそこからくるフィジカルの強化率、それを踏まえた突き手の速度によって、机を穿つということであればこの場で証明できるが、もちろんそういう事ではないのは分かっている。ええいままよ。

 六郎太が奥歯を食いしばり立ち上がろうとすると、別の生徒が手をあげて答えを言った。廊下側の一番後ろの角に座る女子生徒……名前は確か山神やまがみしおり――

 彼女は、ほっそりとした体に規則正しく紺色のセーラー服を着けている。肩まで伸びた髪は漆のように黒く、鼻先まである無造作な前髪は渓流の如く幾つにも乱れている。毛束からときおり覗く小さな横顔には化粧っ気がなく、誰が見ても素朴の一言だろう。

 だが同時に、一見で思わず呑込む端麗さと、肌理細やかさも兼ね備えている。

 装いに洒落気こそ見当たらないが、看板広告などに写るモデルより、よほど器量がいいと六郎太は思った。

 彼女がすらすらと証明をし終えると、教師は困った表情を浮かべて授業の続きをはじめた。

 完全に助けられた。礼を言いたいが授業中の私語は厳禁だと聞いている。機会があれば伝えるとしよう。

 その後、六郎太が当てられることはなかったが、何人かの生徒がクスクスと笑っているのが目に付いた。自分を笑っているのではない。彼等は何故か、山神しおりを嗤っていた。


 ――またか。

 六郎太が内心で呟くと、同時にグゥと腹がなった。すでに四限目が終わろうとしている。この後はやっと昼食だ。三限目が始ったあたりから腹の虫が鳴りっぱなしだ。多分、まわりの生徒達にも聴こえていたと思う。ちらちらと隣の女子がこちらを見ていた。 

 六郎太の目が、教壇奥の壁にある時計を捉える。彼は秒針を見ながら内心でカウントをはじめた。集中し過ぎてチッ、チッ、チッという時を刻む音が頭のなかで鳴っていた。

 そうして、――――三、二、一、授業の終わりを告げるチャイムがなった。生徒達が一斉にざわめきたった。この時ばかりは自分もみんなと同様に声をあげたかった。

 生徒達が、持参した弁当や惣菜パンなどを取り出し、教室内を入り乱れている。『学校では仲のいい生徒同士で集まり、談笑をしながら食事をとる』と“よーこちゃん”から聞かされている。

 まともに通学をしたことのない彼にとって“学校の昼食”とはそれがすべてだった。だから、自分以外に一人で食事をする生徒は嫌でも目に付いた。

 山神しおり――彼女だけはひとり自分の席で、小さな丸い弁当箱をつついている。ほかは他人の席を借りたり、机を動かしたりして団子のように固まっているというのに。

 丁度いい。どうせ礼を言おうと思っていたのだから、彼女と食事をしよう。

 六郎太は机の横に掛けてある人工皮革製の手提げ鞄を机にドン、と置いた。これも“よーこちゃん”の趣味だ。

 彼女曰く『本当はぺちゃんこに潰すのがかっこいいんだけど』とのことだが、教科書等一式を入れなければいけないので、潰せないのを残念がっていた。自分的には盾に丁度いいのだが。

 六郎太は鞄から銀色の平たい弁当箱を二つ取り出すと、それを持って山神しおりの元へ行き声を掛けた。

「山神だっけ、一限目はありがとうな」

 彼女は驚いた顔で声を仰ぐと、箸を置いて小さく頷いた。

 助けてくれた理由を訊ねても何も言わないあたり、見た目の印象とは違い芯は頑ななのかもしれない。

「ところで、なんでひとりなんだ?」

 話題を変えると彼女は表情を曇らせた。

「……私、嫌われてるから」

 思いもよらない答えに六郎太は首を傾げた。

 妖の世界では力のあるモノほど見た目が洗練されていくと云われている。そして、それは人間の社会でも同じ――見た目は人間が備えるステータスのなかでも特に重要な要素だと聞かされていた。なのに、彼女は誰の支持も得られていない――

「なんか面倒くさいんだな、学校って」

 独り言のように呟かれた六郎太の言葉に、山神しおりは一瞬眉をあげ、直ぐに薄い笑みを浮かべた。

「というより、人間が――かな」

 彼女の周りにそこはかとなく妖気を感じた。霊場では感知が混乱する。まあ気のせいだろう。

「一緒に飯食べていいか?」

 山神しおりは無言で頷いた。表情がないわけではないが、いまいち感情の読めない顔だった。とりあえず隣の席に着くと彼女の箸が動いた。

 改めて間近にすると、前髪の奥でぱっちりしている双眸に、気持ちのいい冷気を湛えている。つんとした細い鼻先と相まって、他とは明らかな格の違いを見てとれる。

 ただ、前髪もそうだが、彼女自身がそういう素養を隠そうとしている風にも見える。極力目立たないように生きる“前科者”みたく――

 六郎太が弁当に箸をつけた。腹が減りすぎてただの白米ですら美味い。もう一つの弁当箱にはハンバーグが入っている。それらを一心不乱に口へ掻き込む。

 そんな食欲旺盛な少年の姿を一瞥して、山神しおりがおずおずと呟いた。

「……まんじ君も嫌われちゃうよ」

 返事はしなかった。どうでもいいの極地だからだ。

 妖を相手に命のやり取りをするのが当たり前の自分からすれば、普通の人間から向けられた悪意や敵意など脅威にすらならない。

 六郎太は食べ終わると「邪魔したな」と言って席を立った。すると山神しおりが小さく笑った。

 その笑顔は活発ではないが、山頂から覗く朝日の様な朗らかさを醸していた。

 自分の席に戻った六郎太は、他の生徒達に目を向ける。食事中、彼等はずっとこちらを意識していた。何度か視線も向いていたが、それは自分に向けられたものではない。彼等の意識は、常に山神しおりを向いていた。

『嫌われている』か。普通の人間のえり好みはよくわからない。ただ……彼女から一瞬感じた妖気……あれが本当に妖気なのだとしたら、間違いなく餓鬼よりも強力だ。あのくらいの妖気を常に纏っているのだとしたら、普通の人間からすれば側に居るだけで“なんだか嫌な感じがする”となっても不思議ではない。

 とはいえ彼女に憑かれている兆候は見られない。近くで視ても妖の姿は見えなかった。やはり気のせいなのだろうか。昼休みが終わるまであと十分ほど時間がある。もう少し話を聞いてみてもよかったかもしれない。

 そう思い席を立つと、男子生徒が二人駆け寄ってきて進路を阻まれた。

 一人は第三ボタンまでシャツをはだけさせた野口という生徒。もう一人は長めの茶髪にカチューシャをさした伊藤だ。比較的見た目の大人しい生徒が多い二年A組のなかでは目立つ存在だった。

 二人は山神しおりと何を話していたのかを聞いてきた。これといって何も話していないので、それをそのまま伝えると、二人は彼女の悪口を言い始めた。嘲笑混じりに、山神という苗字をもじった「病ガミ」というワードを連呼する。彼女にも聞こえているだろう。

 悪意に満ちているのは六郎太でも明らかに理解できた。

 悪口というものは普通の人間が思っている以上の力を有する。昔から言葉には力が宿ると謂われているように、口にした言葉には氣が宿る。それが悪態であれば徐々に、だが、しかし確実に言われた者の霊体や魂を傷つける。

 “よーこちゃん”がよく言っていた。実のところ、妖が人間に行う非道な行為も、人間が人間に行う非道な行為も、程度が違うだけで根本は変わらない。なんなら人間の方が力がないぶん質が悪い場合もあると。

 暗く沈んだ今の彼女の表情は、まさに――それだった。自分がやられるのは何とも思わないが、人がやられているのは癇に障る。加害者が人間だとしても――無性に腹が立つ。

「うぜえよ、おまえら」 

 言葉と共に、六郎太は熱波を放った。

 すると野口と伊藤が「あっ、熱っ――……」と呻いて顔や髪を払いのけた。

 熱のカーテンに撫でられ燃えたと錯覚したに違いない。周囲の生徒達からは彼等がいきなり踊り出したように見えたはずだ。

 当然、死ぬほど手を抜いている。温度も勢いも脆弱だ。普通の人間を驚かすにはこれで十分だろう。

 六郎太は慌てふためく二人をジッと“眺めた”。

「ま、待てって話せばわかる、だろ?」

 野口が両手を前にかざして後退る。逃げる準備は万端のようだ。対して伊藤は腰が抜けたのか、その場に尻からへたり込んでいる。

 もう、色々な意味で見ていられなかった。

「どうした、逃げていいぞ。ほら」

 六郎太が手でしっしとすると、野口は一目散に教室を出て行った。伊藤は床に座ったまま半べそをかいている。

 そうこうしている間に誰が呼んできたのか、教師が数人やってきた。彼等は六郎太に詰め寄り、怒気を含んだ声で尋問を始めた。教師達のなかには安藤も居たが、彼だけは無言のまま少し離れたところから訝しむような目をクラス全体に向けていた。

 六郎太は教師達の表情を一瞥して眉を寄せる。

 妖の相手は得意だが、こういう人間の相手は苦手だ。妖であれば力で制すれば済む。しかし、意見の相違から、立場の違う正義を主張する“善良な人間”が相手だとそうもいかない。

 どうしたものかと考えていると、

「まった!」と、女性がひとり教室に駆け込んできた。襟の伸びたTシャツとショーパンの上に白衣を纏い、背中まである紫がかった黒髪をワンレングスにしている。涼し気な目元の細面は誰が見ても美人と評するだろう。歳は二十代~三十代といったところか。

 六郎太はその女性の姿をみて思わずマジ!? と内心で声をあげた。

 そう、彼女こそが彼、卍六郎太の保護者であり、彼を役会に引き入れた張本人“よーこちゃん”こと、毬倉まりくら永子ようこだった。

 ――なんでいるんだよ……。

 困惑する六郎太をよそに、永子は憤怒する教師たちへ順々に触れていく。するとまるで意気を失ったかのように棒立ちとなり、何度か彼女に頷いたあとフラフラと教室を後にしていった。

 次に彼女は伊藤の元へ行き、膝をついて彼の体の具合を確かめた。

「瞳孔は正常、脳震盪は起こしていないわね。顔の火傷も超軽度。帰ったら水で冷やしときなさい。ほら男の子でしょシャキッとして」

 背中を叩かれ活をいれられた伊藤は、怯えた目で六郎太を一瞥すると、教室をよたよたと出て行った。事の顛末を見ていた他の生徒達は、奇異の目を六郎太に向けている。

 永子はぐるっとギャラリーを見渡すと、六郎太へ同階にある視聴覚室までついてくるよう促した。向かう途中、なんで居るのか訊ねても彼女は応えてくれなかった。

 そうして入室すると直ぐに永子が振り返り、口火を切った。

「なに考えてんの? あなたの仕事は意地の悪い人間の性根を正すことではない。あなたは」

「行者だろ」 

 六郎太は彼女の目を真っすぐ見つめた。言いたいことはわかっている。行者に求められるのは妖や霊障に対する力と組織に則した精神性。そこから外れた倫理観などいらない。人間社会のことは普通の人間に任せておけばいい。そんな役会の方針と行者の在り方はきっと正しい。

 でも納得は出来ない。自分が行者になったのは人を助けるため、力に蹂躙され抵抗すら出来ずにいる人々を助けるためだ。相手が妖じゃないからといって、助けられる人を捨て置く真似などできない。他者が一方的に虐げられている姿は見たくない。自分はまだそこまで割り切れない。

 六郎太は両手をポケットに突っ込み斜に構えると、不服そうに俯いた。

 そんな彼を見て永子が小さく息を吐く。

「今回のことは行者としては0点よ。まったく……でもまあ、一応、親としての立場から言うと『よくやった!』てとこね」

「いいよ別にフォローしなくても。よーこちゃんに迷惑かけたのは事実だし。悪かったとは思ってる。この業事は」

「続行よ。当然でしょ」

 永子が力強く左の親指を立てた。

 それを見て六郎太は内心ほっとした。

 確かに先ほど行動は度が過ぎたかもしれない。“力”を使わずとも彼等を懲らしめることは出来た。それに、今この業事を放れるわけにはいかない。

 彼の脳裏には山神しおりの何とも言えない表情がこびりついていた。 

「本当に悪かったよ。てか、なんで白衣なんか着て学校にいるんだ?」

 六郎太が眉を顰めると、永子はそれをにやにやと眺め、左手をピースサインに変える。

「私も保健室の先生として潜入よ!」

 ――まじか。

 六郎太が大きく頭をふる。これは間違いなく面倒なことになるな、と――

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