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魔性転生  作者: 邪
第一幕 ―神隠し―
19/32

“消された命”

 校庭には黒々とした煙が立ち込めていた。

 それは運動場の真ん中を揺蕩い、六郎太と油取りの姿を丸屋根のように覆い隠している。見守るしおり達にも、中で何が起きているのかは分からない。確かなことは、あの中に居られる人間はいないということ。いるとすれば卍六郎太ただひとり。

 煙の奥から覗く火光は、見る者にそう思わせるだけの十分な力を湛えていた。

 そうして、漸く光もおさまりをみせてくると今度は途端に突風が吹いた。燃焼した空気が元に戻ろうと強い風を巻き起こしたのだ。

 立ち込めていた煙は徐々に薄れていき、次第に人の――六郎太の姿があらわになった。

 彼の周囲の地面は炎の影響でところどころが赤熱していた。しかも油取りの姿は無く、焦土と化した景色も相まって目標は完全に焼き尽されたかに思えた。

 が、しかし、六郎太の表情はそうは言っていなかった。彼は目だけを動かし、そして何かを察知したのか、徐に顔の前で両腕を交差させた。

 次の瞬間、そこへ空気の塊がぶつかった。衝撃の凄まじさで彼は何メートルも後へ弾き飛ばされた。

「今のも反応できるなんて驚いたな。思いのほかやるじゃないか」

 油取りの高笑いが、どこからともなく聴こえてくる。

 六郎太は起き上がり、ペッと血を吐き出して周囲を睨めた。

「さっさと出てこいよ。自分の世界でもかくれんぼしか出来ねえのか」

「安い挑発だね。でも、まあいいか」

 地面から生えるように、油取りが元居た場所から現れる。その姿に炎の影響は微塵も見られず、制服姿の“関口”のままだった。

「やっぱ、あかんか」

 苦々しげに呟く鈎を向いて、しおりが訊ねた。

「やっぱりって、鈎君はわかってたの?」

「……まあ、せやな」

「せやな、ってなんでそんな冷静なんだよ! あんなすげえのくらって無傷なんだぞ! 意味わかんねえよ。あいつには火属性は効かねえってか。チートじゃねえか」

 言いながら伊藤は悔しそうに歯を打ち鳴らした。

「効かんっちゅうより、意味がないって言った方がええやろな」

「意味が、ない?」

 しおりが小さく首を傾げる。すると彼女の肩口でゴブリンがギギギ(やれやれ)と鳴いた。

「関口ノ姿に見えるアレはいわバ分身みたいなものダ」

「分身……ってことは本体がいるの? それを倒せばいいってこと?」

 交互する彼女の視線に、鈎とゴブリンは渋い顔になった。

「本体はある。でも倒すのは無理や」

「無理って――やらなきゃ俺達がやられるんだぞ!」

 そう声を荒げる伊藤へ、ゴブリンの瞳がぎょろっと動いた。

「役立たずの貴様ゴトキが意見するナ。ソンナコトはオレも鈎もわかってル」

「まあええからゴブ。……言ったかもやけど、この世界は油取りで油取りはこの世界なんや。つまるとこ油取りの本体はこの世界そのもの……。いくらまんじの火力が凄い言うても、世界すべてを焼くなんて不可能やろ。やから最初からまともにやって勝てる相手とちゃうねん」

 これにしおりは返す言葉が見つからなかった。

 じゃあ、なぜ彼――卍六郎太はそんな相手に自ら接触しようと思ったのだろうか。正面からやりあっても勝てないことは分かっていたはずなのに、何故……。とにかく彼がなんの考えも無しに勝負を仕掛けるとは思えない。

 彼女はそうやって考えながら六郎太を見つめていた。

「どうやら無傷じゃないみたいだね」

 油取りが六郎太の右前腕に目をやった。手があらぬ方を向いている。完全に骨が折れていた。

 六郎太は曲がった腕をチラリとして、ゆっくりと息を吐き出した。“よーこちゃん”の教えだ。痛みを否定するな、我慢をするな。痛みをただの“痛い”という情報として処理しろ。もっと酷い怪我をしたこともある――

「おい、一発いれたんだ、約束は守れよ」

「ふーん。痛くないの? 腕、辛くない? 泣いてもいいよ?」

 しかし、六郎太は返事をしなかった。油取りは残念そうに眉を落し、しおり達の方へ手をかざす。するとその足元に男子生徒が二人、地面に横たわるかたちで現われた。どちらも目立った外傷はなく、気を失っているだけのようだ。駆け寄った伊藤が嬉しそうな声をあげている。

 かたや六郎太は横たわる彼等をチラリとして、不服そうに口元を歪めていた。

 そして――、

「ひとり足んねえぞ」

 彼のこの一言で一同は、あっ、となった。

 そう、戻ってきた生徒達のなかに関口の姿はなかった。

 ただあまりにも当然の結果だ。相手は妖……二人が返ってきただけでも儲物。

 鈎はそう思いながら、

「おい、まんじ。あいつが素直に返すわけないやろ」と、呆れるように言った。

 するとゴブリンが「イヤ」と、それを否定する。

「なんやゴブ。まさかお前も油取りが素直に人質解放すると思ってたんか?」

「ギギというよりハ返さざるヲ得ないと思っていタ」

「どういうこと?」と、しおりが訊ねる。

 ゴブリンはへの字の指を顎へ持っていく。

「恐らく旦那ハ、ヤツの性質を利用しようトしたんダ」

「性質やと……?」

 鈎は小さく首を捻り、それからハッと眉を開いた。

「ギギ気付いたヨうだナ」

「ああ。けどほんま、変なところだけはクレバーなやっちゃ」

 しおりと伊藤が不思議そうに顔を見合わせた。

「ねえゴブちゃん。性質って、もしかしてまんじ君の作戦だったの?」

「アア、油取りハ上異の――まあ役行ガ勝手に定めていル基準だガ、ようはかなり危険とされていル妖ダ。そういうヤツほど知性ガあり、プライドも高イ」

「せや、やからまんじは油取りに約束させた」

「約束なんて意味があるのか? 相手は化物なんだろ……見た目は関口だけどさ」

「それがあるんや。ゴブが言うようにあいつは“高位の妖”やからな。例え口約束でも約束は約束。それを破るっちゅうことは“ズル”をするってことや。けど、ズルなんてのは“そうせざるを得ない相手”にするもんやろ? なんに人間相手にそれをやったら自分は必死こいとる、人間と同等以下やって認めるようなものや。そんなん、あいつの妖としてのプライドが許さへん」

 伊藤は「なるほど」と頷きながら横たわる生徒達へ目を向ける。

 しかし、しおりはいまいち腑に落ちないでいた。ズルをしないのなら、なぜ関口の姿がないのだろう……と。他の者達も内心では彼女と同じ疑問を抱いていた。彼等の視線は自然と六郎太の背に注がれた。

 それを察してか、六郎太は自身の右手を確かめながら油取りに問い質した。

「お前、なんで関口を乗っ取ってる?」

 これに油取りは眉をあげた。

 逆にそれ以外の者は怪訝に眉をひそませる。

「おい今……乗っ取ったって言ったか? 言ったよな?」

「う、うん。私もそう聞こえたけど」

 しおりと伊藤が鈎を向く。

 鈎はゴブリンに目くばせをしてから口を開いた。

「多分、憑りついてるっちゅうことや」

「契約前の私とゴブちゃんみたいなこと?」

「ギギ、多分ナ」

「って事は、目の前にいる関口は関口で間違いないんだよな?」

 伊藤は目を擦り油取りの姿を確かめた。

「まあ、本当にまんじの言う通りなら、やけど。おい、間違いないんか?」

 六郎太は肩越しに後ろをチラリとして言った。 

「間違いねえよ。目の前にいる関口は油取りに憑りつかれた関口本人だ。殴ったときに確信した」 

「なんで殴っただけで分かんねん」

 六郎太はもう一度肩越しに後ろを見て「分かるさ」と呟いた。

 彼には確信があった。右手に残る感触が、目の前の少年を関口だと言っている。あの感触を――人を焼く感触を間違えるはずなんてない。

「でも、それだと約束が違う。関口君も返してくれなきゃ約束を破るのと同じだよ」

 しおりがそう訴えると、油取りはにっこりと笑って言った。

「君たちの言う通り、これは関口努の肉体だ。でも一つ間違ってる。僕は憑りついたんじゃない」

「あ?」と、六郎太が眉を顰める。

 彼と同様に、しおり達もその発言の意味を捉えきれないでいた――ゴブリンを除いては。

「ギギ、融合したのカ」

「御名答。流石は同じ妖と褒めておこう」

「融合って、憑りつくのとは違うの?」

 しおりに訊かれ、ゴブリンは思わず目を伏せた。

「お、おい、なんだ、なんで何も言わねえんだよ。融合ってなんだよ」

 声荒げる伊藤を見て鈎が神妙な面持になった。

 どうやら彼もその意味と、それがもたらす結果を分かっているようだった。

「文字通りの意味や。合体、フュージョン、ミックス。言い方は何でもええけど……多分もう、関口は助からん」

「なんで、助からないって、なんで関口君だけ、どうして――」

 しおりが困惑していると、伊藤が鈎に掴みかかった。

「説明ぐらいしろよ! 合体したから助かりませんで納得できるわけねえだろ!」

「ギギおちつけ。オレが説明してやル」

 ゴブリンはそう言って油取りを一瞥した。いつ襲ってきてもおかしくはないのに動く気配が見られない。六郎太が牽制してくれているおかげだろうか、はたまた、ただの気まぐれか――。

 ゴブリンは警戒をしつつ話を始めた。

 例えば人間を水の入ったバケツと仮定する。この時バケツが肉体で水が魂にあたる。

 <憑りつかれた状態>とはバケツの中に敷居をつくり、片側に水を寄せて、空いたところに妖という墨汁を注ぐようなものだ。

 すると当然バケツの中には水と墨汁がそれぞれ独立して存在している状態となる。

 対して<融合>とは、言ってしまえばバケツの中に敷居を作らず、墨汁を注ぎ掻き混ぜる行為に等しい。

 巷でも見かける除霊(殆どはニセモノだが)。あれはつまるところバケツの中から敷居の片側に溜まった墨汁を排出する作業だ。憑かれているだけならそれで済む。

 しかし融合の場合はそうもいかない。完全に混ざりあった“墨汁”を元の水と墨に分離するなど不可能だからだ。

 もしもこれが本当に水と墨汁の話であれば可能なのかもしれない。いや科学的に可能なのだろう。

 しかし、これは魂と魂の話なのだ。混ざり合い一つになった魂を元の状態に戻すことなど文字通り神の所業と言える。

 そうやって話を終えたゴブリンは、思わずしおりから顔を背けた。彼女から胸が張り裂けんばかりの傷みと悲しみが伝わってきたからだ。

「で、油取り。お前は関口の魂を元に戻せるのか? ここじゃ一応お前は神だろ」

 六郎太の問いに油取りはあっけらかんと肩を竦めた。無理だと言っているのは誰の目にも明らかだった。

 一同が沈黙するなか、ゴブリンがたまらず訊ねた。妖の彼には油取りの行為がことさら理解できなかった。人間と融合するなんて、人間側の価値観でいえば豚と交わるようなものだ。

「ナゼ貴様ほどの力ヲ持つ妖ガ――。そんなコトヲしても何のメリットもナイはずダ」

「何故? 面白いな。人間と魂を“共有”しているお前がそれを問うのか?」

「ギギ、オレはしおりが好きダ。だから一緒ニいる道を選んダ。だが貴様はチガウだろウ。まさか、関口を気に入っタなんて言うまイ」

「ははは当然。ただ、ずっと疑問だったことがあってね」 

 油取りはぼんやりと空を見つめた。

「知りたいことやと? なんでそのために融合する必要があるんや。必要に迫られたわけでもなし」

「それはシンプルに融合する以外に知る術がなかったからさ。こちらとしても苦肉の策だよ」

「なんなの、知りたいことって」

 しおりが訊ねると、油取りはジッと彼女の姿を見つめて言った。

「そういえば関口の記憶には君がいたな。まあそれはどうでもいいが。知りたかったことは単純さ。……ほとほと嫌気がさしたんだよ。人と妖――古来から続くこの両者の争いと、その結末にね。力では常にこちらが上回る。なのに何故か最後は人間の勝利で終る。それが何故なのか、人間とはなんなのか、人間のどこにそんな力があるのか――どうしても知りたくてね」

「そんなことのために関口君を――」 

 しおりが奥歯を噛んだ。

 油取りはそれを嬉しそうに眺めて言った。

「人間だって争いが起これば勝つための手段を模索するだろ? これはいわば僕等と君等の生存競争なんだ」

「はあ? せやかて戦争にだってルールくらいあるで」 

 言いながら鈎が前に出る。

 六郎太はそれを制止して油取りに訊ねた。

「おい、お前のなかに関口はまだいるのか? 融合とはいっても元々ある魂が消えてなくなるわけじゃねえだろ。ましてやあいつには霊感があったはずだ。まったく抵抗されなかったわけじゃあるまい」

 すると油取りは声をあげて笑った。

「確かに、関口努は君達で言うところの“霊感”を持っていた。だが所詮は人間。アストラル面での僕との衝突で、その意識はすでに消滅しているよ。あ、死んでいると言った方がわかりやすいかな?」

 しおりと伊藤が茫然と膝から崩れ落ちた。

 鈎は自身を止める六郎太の左腕を振り払った。

「もう黙ってられへん。あいつぶちのめさな気がすまん」

 六郎太は興奮する彼をジッと見据えて首を横に振った。それから改めて油取りへ訊ねる。

「関口は、本当にもう死んだんだな?」

「ああ、死んだよ。奴の思考も記憶も僕の中にある。だから改めてそう告げるのは妙な気分だがね」

「そうか、わかった。鈎、ゴブ、山神達を連れて出来るだけ遠くへ離れろ。あと出来る限り強力な結界をつくれ」

「は? いきなりなんや、どういうことや」

「油取りを殺す」

「そんなん無理や、って言いたいところやけど、手があるんやな?」

 無言で頷く六郎太を見て、鈎は大きな溜息をついた。

「よっしゃ。ほんなら、しおりちゃんゴブ伊藤、おいとまするで!」

 鈎が振り向き歩き出そうとすると、その瞬間、伊藤が突如油取りに向かって走り出した。

 六郎太は鈎に目くばせしてから「やれやれ」と、伊藤の腹を突いて引き倒す。

「お前の気持ちはわかってる。でも、ここは任せろ」

「んじ……俺、関口に……謝ら……」

 そうして伊藤が気を失うのを確認すると、六郎太は彼を鈎に向かって放った。

「おい、そいつも頼んだぞ」

「おっと。またこいつを背負わないかんのかい。ゴブ、一人持てや」

 ゴブリンは嫌々横たわる生徒の腹の下に潜り浮き上がる。

 鈎は背中に伊藤を、もう一人を右脇に抱え、

「ほんなら外で会おうや」と、踵を返した。

 すると、しおりが「まんじ君……」と、今にもこちらへ走ってきそうな顔をしていた。

 六郎太は彼女に向かって首を横に振った。

「大丈夫だ。だから、それ以上はくるな」

 しおりは心配そうに頷き、鈎の後を追った。ゴブリンはじっと六郎太を見つめ、無言でくるりと反転する。

 そうして、走り去っていく彼等を肩越しに見やり、六郎太は油取りへ視線を戻した。

「泣ける別れだね」

 抑揚の無い声で油取りが言った。

「思ってねえだろ。てか、あいつらを追わなくてもいいのか?」

「何故? 必要ある? どこに行っても僕の腹の中だよ。それより、関口が死んでどう思った? 悲しい? 辛い? ほら、誰もいないんだから素直に言いなよ。彼が死んだってわかった時、君が一番“美味い”氣を醸していたんだから。ねえほら素直に、辛い? 悲しい? 僕が憎い?」

「ああ。だから、お前を殺す」

 六郎太は何とも言えない表情でぼそりと口にした。

「ふーん。それ、さっきも言ってたね。君じゃいくら頑張っても無駄だよ。暖簾に腕押しさ」

「だな。()じゃ()無理だ」

「キミ以外に誰もいないけど?」

 油取りがニヤつきながら首を傾げる。

 六郎太は感情を押し殺すように顔を伏せた。

「……なあ、油取り。最後の手向けに教えておいてやる」

「君が僕に? 何を?」

「お前が抱いている疑問だよ。なぜ毎回人間が勝つのか、だ」

 油取りは狂ったみたいに笑った。

「あーおもしろい。正直さ、融合してもよく分からなかったんだ。君がその答えを知ってるとは思えないけど、一応聞くよ」

「……それはな」六郎太は顔を持ち上げた。

 彼は泣いていた。

 ただし、頬を伝っていたのは涙ではなかった。その目から溢れていたのは、マグマだった。

おまえたち人間おれたちを、恐れていないからだ」

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