“夜凪に揺られ”
「お、やっとお目覚めか」
鈎がそう言って関口に顔を近づける。
「き、君は?」
「鈎兵衛や。それからこっちの柄の悪いのが卍六郎太。ほんで」
と、言いかけたところで関口が勢いよく起き上がった。
「や、山神さん!? 伊藤君も!?」
しおりが目をうるうるさせながら頷く。伊藤ははにかむようにほほえんだ。
「関口君、本当に無事でよかった……」
「関口、俺はその……許してくれって言えた立場じゃねえけど、今まで悪かった、ごめん」
「はいはい二人とも、感動の再開物語は後や。とりあえず……」
鈎の視線に促され、六郎太はこれまでの経緯を話した。伊藤の時とは違い、関口に驚いた様子はあまり見られなかった。それどころか何か腑に落ちたような顔を時折みせていた。
「まあ、ってことで今ここに辿り着いたってわけだ。一応訊くけど質問はあるか?」
関口は俯き、小さく首を横に振る。
「そうか。じゃあ逆に俺から質問だ。お前、山神に憑いてるゴブリンが見えてるな?」
関口は一瞬顔をあげ、また俯いた。
「……うん。今も山神さんの肩のところにいる」
「やっぱりか」 六郎太が幽体化しているゴブリンへ視線を送る。
「ギギ隠れル必要はなしカ」
そう言って実体化する妖精を見ても、やはり関口に驚いた様子はなかった。
「霊や妖が見える、世間一般で言う霊能者。まあ珍しいってほどじゃねえけど、そんなお前が暗幕裏の札のヤバさを分からないはずはない。なぜ触れた? イジメられてる時の不可抗力か?」
これには関口よりも傍で聞いていた伊藤の方がばつの悪そうな顔になった。
「……好奇心だよ」
「あ? マジで言ってんのか」
六郎太はじろりと関口を睨んだ。関口は一瞬怯える素振りこそみせたが直ぐにこちらを見返しきた。
「まあ、ええやん。無事やったんやし」
鈎がそう言って六郎太の肩に手を置いた。
「そうだよまんじ君。やっと会えたんだよ」
六郎太は小さく息を吐き「だな」と一言、踵を返す。するとそれを合図にするみたく、しおりと伊藤が関口へ駆け寄った。
三人の様子を肩越しに窺い、そっと笑みを浮かべる六郎太。
そうして少し離れたところで向き直ると、近づいてきた鈎が肩を竦めて言ってきた。
「なんや恫喝するようなまねして。弱いもんの味方ちゃうんかい」
「あ? 俺は別に誰の味方でもねえよ。業事だから助けるってだけだ」
「ほーん。で、どう思ったん? アイツの言ってた好奇心とやら」
「嘘だな。ただ悪意はねえ。絶対に言いたくねえって面はしてたけど」
「さよか。まあ、お年頃の男の子なら言いたくない事の一つや二つあるやろ」
六郎太はこれにふんっと鼻を鳴らし応えた。それから離れたところで談笑している三人へ、その場から声を掛ける。
「おーい、邪魔してわりぃけど!」
こうして駆け寄ってきたしおり、伊藤、関口も合わせて今後の動向を話し合うことになった。ただ、
先の見通しは明るくない――
六郎太は内心で愚痴った。
皆も同じように感じているのか自然と沈黙が続く。
すると一番なにもわかっていない伊藤が口火を切った。
「あーもうなんか暗いって。そ、そうだ関口はなんでここに居たんだ? もしかして俺達が来るまでずっと屋上で寝てたのか?」
突然の問いに関口は小刻みに首を横に振る。動きに合わせて洒落っ気のない坊ちゃん刈りが左右に揺れる。
「ぼ、僕は一階で目を覚ましたんだけど、途中で大きな芋虫に追われて無我夢中で逃げてたら屋上に……。それからはあんまり記憶に無いんだ。多分、酸欠で倒れたんだと思う。普段運動しないから」
「なんや、見た目通り虚弱やな。ちゅうか、芋虫ってまさか人間の手足が生えたあれか?」
「え、もしかしてみんなも?」
関口の眉が大きく持ちあがる。
六郎太達は応えるように頷いた。当然、寝ていた伊藤だけは不思議そうな顔をしていた。
「あの妖ならここに来る途中で祓っといた。もう居ねえぜ」
「そっか、よかった」
関口が安堵の表情を見せる。
「それで、なんの話やったかいな。伊藤、お前のせいで話が逸れたやないか」
「え、俺のせいかよ」
「ちょっと二人とも。校内に攫われた生徒がまだいるかどうかって話でしょ」
「せやせや。まあまだ見回ってないとこもあるっちゃあるしなぁ」
「やっぱりしらみつぶし探していくしかないよね……まんじ君はどう?」
「まあ、それしかないだろうな」
こうして五者一妖は再び校内へ戻ることとなった。
探してまわる過程で、伊藤から最初あった意気消沈の様子は消えていた。思いのほか明るく饒舌で人あたりもいい。これが本来の彼なのかもしれないと六郎太は思った。立ち寄る場所でことあるごとにこういうことがあって――とエピソードトークを挟む。褒めたくはないが話が上手いと鈎も褒めていた。学校にいい思い出のないしおりですら「そういえばそんなこともあったね」と笑顔になった。ただ関口だけは無表情のままだった。
そうして次が最後の未探索エリアになる。――体育館だ。
六郎太がステージに上がり暗幕の裏を確認する。同じ場所に出入口が……なんて都合のいいことはなかった。
「ギギ人間の臭いは無イ。妖気の気配モ」
ゴブリンは天井すれすれまで上昇し、館内を360度見まわした。
「ちゅーことは学校にはもうおらんか」
鈎が草臥れた顔で息を吐いた。すると「ステージ裏は?」と伊藤が言った。
「今まんじが暗幕の裏見てたやろ」
「んん? いやいや違うって。裏だって。なんか用具置いてあったり幕降ろす用のレバーあったりする」
他の者達は思わず「あぁ」と呟き、全員で脇から裏へまわった。
だが案の定、攫われた生徒は居ない。あるのは薄暗くがらんとした空間と、ステージへ繋がる階段だけだ。
「何もなさそうだね」
しおりがそう言って眉を落す。
「はあ、やっぱとーしろの俺の勘じゃダメか……」
伊藤は手持ちぶたさを解消するように壁に備えられたL字のレバーに手を掛けた。幕を開け閉めするための装置だった。
が、その瞬間――ひゅんっと何かが伊藤めがけて飛来した。
「あぶない!」
関口が頭から伊藤の腰へ飛び込んだ。
しおりは血相を変え、地面に転がる二人へ駆け寄った。その肩ではゴブリンが臨戦態勢をとっている。
六郎太と鈎は霊氣を目に集めて構えた。
「まんじ君! 鈎君!」
しおりに呼ばれ二人が駆け寄る。すると伊藤が頭をさすりながら起き上がった。
「いてて……大丈夫だ、なんともないって」
「なんやねん、無事かい」
六郎太と鈎はほっと胸をなでおろす。しかし、
「違う、違うよ……関口君が――」
そう涙を流し訴える彼女の視線の先――倒れた関口の左の脇腹あたりに赤い染みが出来ている。しかもそれは瞬く間に広がって、制服の三分の一ほどをあっという間に赤く染め上げた。
「あ、あ、なんで、関口、俺を庇って、そんな、頼むよ起きてくれよ」
伊藤はどうしていいのかわからず倒れている関口をただただ揺することしかできない。
「責任感じてる場合かアホ! ほんで下手に動かすな!」
鈎は関口の制服を脱がせてキズを確認する。
鳩尾から拳一個分ほど右にずれたあたり――つまり左の脇腹に小さな傷がある。ただ、小指の先にも満たないその大きさとは裏腹に、裂け目からは湯水の如く血が溢れ出ていた。
鈎はとにかく傷口を両手で強く圧迫した。
「なんでや、血が止まらん」
「止まらないって、じゃあ保健室に」
「そ、そうだ縫えばどうにかなるかも」
「アホか! そんなもんで止まるかっ。意識も無いし、まんじどないする? おいっ」
「わかってる。とりあえず血を止める」
そう言って六郎太は右手の人差し指に火を灯す。
「な、お前まさか」
鈎の言葉を待たずに六郎太は灯した火を傷口へ押し当てる。
しおりと伊藤は思わず目を背けた。
「悪いな二人とも。荒治療だが今はこれしかない」
「もうええ! そんんじゃはよ保健室に運ぶで!」
鈎は関口を背負い駆けた。しおりと伊藤もそれに続く。
「ギギ旦那も行かなくていいのか?」
「ああ、今いく」
六郎太はそう言って、床に深々と突き刺さった矢を神妙な面持で引き抜いた。
「ベッドに寝かせるで!」と、関口を布団に横たえる鈎。
「おい、これからどうすりゃいいんだよ。助かるんだよな? な?」
「ええい、わいは医者やないんや、そんなんわかるかい! とにかくなんか薬とか探せ!」
鈎、しおり、伊藤の三人が室内を忙しく物色する。
遅れて六郎太が保健室に入室した。
「まんじ何やっててん! お前も薬探せ!」
「薬? 化膿止めとかか?」
「化膿止め、抗生物質か――おっし、みんな探せ!」
鈎が声をあげる。
「これは?」
しおりが透明の液体の入った小瓶を手にとった。
「ペニシリン……か。とにかく無いよりましやろ注射や!」
一同は注射器を見つけると、慣れない手つきで関口の腕に抗生物質を打ち込んだ。
「あ、あとほかに出来ることはないのか」
伊藤が半べそをかきながら言った。
「ねえよ。強いて言えば背中も止血しといたほうがいい」
「背中やと?」
そう言って訊ねる鈎を無視して六郎太は関口の背中の傷を焼く。
「おい、なんで背中にも傷あるってわかってん? おいっ」
「あ? ああ、これだ」
六郎太はボンタンのポケットから人差し指ほどの長さの棒を取り出した。
「お、おい、これって…弓矢か……?」
伊藤は尖った先端を凝視して息を飲んだ。
鈎がチラリと伊藤へ視線を送る。
「確かに矢羽根も付いてるしな。やけど和弓やない。ボウガンなんかに使うボルトや」
「でも、なんでそんなものが……」
「床に刺さってた。関口の身体を貫通してな」
「か、貫通!? じゃあやっぱヤバいんじゃ」
伊藤がベッドの関口を向く。
「俺が確認したかぎりだと急所は外れてる」
「じゃ、じゃあ、大丈夫なの?」
しおりの問いに六郎太は難しい顔になった。
「俺は医者じゃねえから正確には分からねえけど……出血が酷かった。傷じたいは塞いだけど内出血もあるかもしれない。だから多分、血が足りない」
「血なら輸血はどうだ? 俺はいくらでも血を抜いてもらってもいい」
伊藤が意気を込めて手を挙げる。
「待ってよ、輸血って血液型が一致しなくちゃまずいんじゃ――」
「せやで。型が違うと拒絶反応で余計危ないってテレビで見た覚えあるわ」
「関口の血液型を知ってる奴はいるのか?」
数秒――沈黙が続き、伊藤が小さく手を挙げた。
「多分、だけど……A型だったはず」
「なんでお前が知ってんねん」
「それは……」
と、伊藤がばつの悪そう顔になる。
六郎太はその様子を眺めて小さく息を吐いた。
「まあ、あいつと一番交流があったのはある意味お前だからな。もちろん悪い意味でだけどよ」
「あ、ああ。別に興味はなかったけど、あいつをイジメるって野口達と決めた時に自宅とか色々調べたんだ……」
「はぁ~ん。悪巧みが役にたったのう」
「ちょっと、今は伊藤君を責めて場合じゃないよ。わたしはABだから……みんなは?」
「わいはBや。言い出しっぺの伊藤君はどうやねん」
「そ、それが……お、俺もBなんだ……」
「は? なんやねん使えへんな」
「ちょっと鈎君やめて。まんじ君は?」
「あ? Aだぜ」
「え!?」
と、六郎太以外の声が重なる。
「お前がAってマジで言うてるん? どうみても几帳面ちゃうやろ」
「はあ? 血液型占いとか信じてんのかお前……乙女かよ馬鹿らしい」
「んやと!」
「二人ともやめてよ。まんじ君、お願い――」
六郎太は小さく息を吐く。
「最初からそのつもりだよ。注射器くれ」
そうして抜いた六郎太の血を関口に打ち込む。
「ほんまはもっと詳しくAの何型とか調べなあかんのやろうけど……堪忍やで関口」
「これで、やれることはやったか……やれたよな……」
伊藤は関口のベッドの傍にドッと膝から崩れた。
それを見て六郎太、鈎、しおりもその場に腰をおろす。
するとゴブリンが今ごろになって保健室に入ってきた。
「ゴブなにしててん。こっちは大変やってんぞ」
「ギギ旦那にいワれて外ヲ見張ってタに決まってるだロ」
「ああ、ばたばたしてる時に妖に襲われちゃ面倒だからな」
「お前、ほんま……変なところでクールやな」 鈎から深い溜息が漏れる。
しおりは小さく笑みを溢し、窓に目をやった。いつの間にか日が落ちている。分かっていた事だが遠くに見える建物に灯りは一つもない。暗く無機質なコンクリートの群れが、まるで夜の海のようだった。
関口努の意識も、今はそんな微睡のなかに一時的に浮かんでいるだけであることを願った。
日が昇れば必ず目を覚ましてくれるはず――と。




