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魔性転生  作者: 邪
第一幕 ―神隠し―
15/32

“光明”

 情報室を後にして数分、休憩を取ろうと切り出したのは鈎だった。

 理由は明白。空気が悪い。以前まであった会話はぴたと止み、皆無言で2年の教室を見てまわっている……。

 しおりと六郎太が原因なのは火を見るよりも明らかだった。

 鈎は廊下の一角に伊藤を寝かせてから自らも腰を下ろした。離れたところでは六郎太としおりが距離を取って座っている。ゴブリンがこちらに飛んできた。

「ギギこんなところ休んでていいのカ?」

「ええよ。つか休むなら今や」

「ギ旦那としおりのためカ?」

「あほ、皆のためや」鈎が大きく息を吐く。

「こんなどんよりムードのとこに強めの妖が現れてみ? 連携とれずに殺られるの確定や」

「ギ確かにナ。まったくしおりにも困ったものダ」

「なんや、お前はまんじの味方か?」

「ギギ、いやそういうわけじゃアないガ……あの状況なら旦那の判断が正しイ。お前もそれはわかっていルはずダ」

 鈎は口を横に結んだ。

「……まんじは、わい等の安全を優先したんやろ」

「ギギそうだ。相手の能力ハ未知数だっタ。なラ先手を取っテなにかヲやられる前に殺ル。旦那がやらなきゃオレが代わリにやってたゼ」

 ゴブリンが丸く尖った歯を覗かせる。

 鈎はそれを一瞥して小さく息を吐いた。

「目ぇ点にしてたくせによう言うわ。ほんま、困ったもんや……どいつもこいつも――」


 本当は休んでいる場合ではない。しかし、このままではダメだということも重々承知している。六郎太は忌々し気に舌を打った。

あいつ、余計な気まわしやがって」 

「私のせいだよね」

 そう言って、しおりが隣に座った。

「別に、誰のせいでもねえよ」

「……ゴブちゃんに聞いた。あれは皆の身の安全のためだったって」

 六郎太は内心で余計な――と呟く。

「行者にとっちゃ当たり前のことだ。『ため』ってわけじゃない」

「うん。でも私も行者になるなら……」

「別にお前は俺みたいになる必要はない。行者にだって色んな奴がいる。たぶん」

「多分?」

「俺は他の行者をよーこちゃんしか知らないから。だから、そうするしかやり方がわからないってだけだ」

「……じゃあ、私のお手本はまんじ君だね」

「あ? 言ったろ。俺みたいには」

「違う」

 しおりは語気を強めて六郎太の言葉を遮った。

「誰かを守るためなら自分も犠牲にできる。そういうところ。打算じゃなく、ただ目の前の人を守るまんじ君のように」

 思わず、六郎太の眉間に皺が寄る。

 しおりはその怪訝な顔をちらりとしてから正面に目を戻した。

「一緒にお弁当を食べようと言ってくれた時、まんじ君まで仲間外れにされるかもしれなかった。教室で伊藤君達から助けてくれた時、行者ってバレるかもしれなかった。ゴブちゃんを見逃してくれた時、役会を敵にまわすかもしれなかった。結界に飲み込まれた時、まんじ君の命も危なかった。ピエロを殺した時――私はまんじ君に感謝しなきゃならなかった」

 言いながら自然と涙が溢れた。なんで泣いているのか自分でも分からない……。とにかく、自分のとった行動が彼を傷つけてしまったかもしれないと思うと、言い表せない気持ちになったのだ。

 六郎太はそんな彼女をチラっと見て言った。

「細けえ奴だな。俺に打算がないって思うなら、俺がなんとも思ってないってのもわかるだろ。それに配慮が足りなかったのは俺の方だよ。癪だけど鈎の言う通りさ」

 しおりが小さく首を横に振る。

「目を閉じるとおじさんの死に顔が目に浮かぶ。でも、行者なら見たくないものも見なきゃならない。やりたくないこともやらなきゃいけない。まんじ君を見ててそう思ったの。私もそうでありたい。自分が嫌だからやらないんじゃ、まんじ君に出会う前の私と同じだから。それに誰かを守るためだと思えば嫌なことにも耐えられる。まんじ君がそうであるように」

「は? だから俺はなんとも思わねえよ」

 そう言って鼻を鳴らす六郎太を見て、しおりは小さく笑った。


 ――よーこちゃん。命を奪うのは悪い事なのに妖を倒すのは善い事なの?

 ――なによ突然……善い悪い?

 ――うん。どっちがどっちかわからないよ。矛盾してる。

 ――はあ、六郎少年よ、難しく考えるな。世の中は善いか悪いかじゃない。ダセェかカッケェかなのよ。

 ――どういうこと?

 ――人の命を救うのはカッケェ。困ってる人を助けないのはダセェ。つまりはそういうことよ。


「ってさ。よーこちゃんがよく言ってたよ『善悪を向こう側を見ろ』って」

「なんだか毬倉先生らしいね」

「だな。意味わかんねえし」

 顔を顰める六郎太をしおりは見つめた。口ではそう言っても毬倉永子の教えは確かに彼のなかに根付いていると彼女は思った。

 そこへ鈎とゴブリンがニヤニヤしながら近づいてきた。

「なんや仲直りは終わったんか」

「問題ねえよ」

 六郎太が立ち上がる。

「ほな、そろそろ行こか」

「うん」と頷きしおりも立ち上がった。

「つか、伊藤は?」

 六郎太が訊ねると鈎の視線が廊下に横たわる伊藤へ向く。

「まんじお前が背負えや」

「は? 起こせばいいだろ」

「起きたら起きたで邪魔やろ? てことで、じゃんけんや」

 六郎太はじっと鈎を見た。

「まあ、今回は乗ってやるよ。いくぜ――」

 じゃんけん、

「ぽん」

 二人の声が重なった。 


 早よっ! 早よっ! 早よっ! 

 鈎は内心そう叫びながら三階の廊下を走っていた。背中には伊藤を背負い、前方には六郎太と六郎太に手を引かれて走るしおりの姿があった。

「なんでこんなことになんねんっ」

「ギギ自業自得ってやつだナ」

 鈎と並んで飛んでいたゴブリンが呆れたように言った。

「じゃあかしい! 無駄口たたく暇あったらかわりにコイツ背負えや!」

「ギ、やなこっタ」

 皮肉る様な笑みを浮べ、妖精がしおりの肩へと戻っていく。

 現在、四者一妖は目下妖に追われている。理由はいたって単純。鈎がまた・・トラップにはまったのだ。もはやどういう罠だったのか、かかった本人ですら覚えていない。とにかく気付いた時には、人の手足の生えた柴犬大の芋虫に、凄い勢いで追いかけられていた。

「なんなんあれ! ごっつキモい生理的に受け付けん!」

「じゃあお前のトラウマが具現化したんじゃねーか」

 そう前方から揶揄われ「ちゃうわ!」と否定する鈎。あんなものが頭のなかに居るはずがない、と。

 それを受け六郎太がしおりへ訊ねる。

「オーロラは見えるか?」

「う、ううん、み、視えないよっ」

 しおりはちらっと後ろを見てから息も絶え絶えに答えた。

 運動が苦手というわけではない。でも明らかに自分の限界以上の速さで走っている。このままだと心臓が破裂しそうだ。

 六郎太はそんな彼女の様子を察して「しゃあねえ」と足を止めた。

「え、まんじ君!?」

「山神はそのまま廊下の角まで行け。頭だすなよ」

 しおりは言われるがままわけもわからず角に着いた。

 鈎が六郎太と擦れ違う。

「ここは任せたで!」

 六郎太は大きな溜息をつき芋虫に視線を移した。愛嬌のない双眸がキッ――と前方を睨みつける。すると同時に射出された熱波が廊下の壁を焦がしながら芋虫へ激突した。芋虫は瞬く間に火だるまとなり手足をばたつかせながらその場で灰と化した。

「なんや、やれば出来るやないか。腐っても行者か」

 調子のいい声をあげて鈎が近寄ってきた。

「お前な……」

 六郎太は再度溜息をつき小さく頭を振った。

「まあ、そんなツラすんなや。わいだって好きで罠にはまっとるわけやない。つか、わいと戦った時もそうやけど今のは火氣術なんか? 詠唱はないみたいやけど」

「いや――」

 と、六郎太が歯切れの悪い返事をかえす。

 するとそこへ、

「二人とも火事だよ! 火事!」と、しおりが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 彼女の言うように熱波の通った壁が小さく燃えていた。六郎太はそれを見て後ろ頭を掻いた。

「まあ、大丈夫だ」

「え、そ、そうなの? 本当?」

「ああ、人工物は意外と燃えにくい。じきに火はおさまる。心配しなくてもこれ以上は燃え広がらねえよ」

「そ、そっか。ならいいけど」

「大丈夫やてしおりちゃん。つか、ここは油取りの世界なんやし燃えても問題ないて」

「でも、まだ校内に攫われた生徒がいるかもしれない」

「せやろか。まあ三階にはおらへんやろ。こんだけわい等が騒いでも音沙汰無しなんや」

「ギギ確かに人の臭いはしないナ」

「そっか。じゃあ、あとは屋上だね」

 しおりはそう言って角に面した階段を向いた。


「あー、思い出しただけでサブイボもんやわ」

 屋上へあがる階段の途中で鈎がそうぼやいた。

 六郎太は自分を抱くように震える彼を見て眉を顰めた。

「お前さっきからそれ何回言うんだよ。てか、そんなだったか? ただの雑魚だぜ?」

「アホ。強い弱いの問題やない。あのフォルムがごっつ気色悪いんや。なあ、しおりちゃんもそう思うやろ?」

「わ、私? うーん……むしろ、ちょっと可愛かったような」

「え!?」

 驚きの声と共に六郎太と鈎の視線が同時にしおりを向く。

「え、おかしいかな? ゴブちゃんはどう思う?」

「ギギそれを妖のオレに訊くカ?」

「はっはっは。確かにやな。でも気になるわ。妖から見てあの妖の見た目はどうなん?」

「ギギどうとか言われてもだナ……。オレから見たら人間の方ガ変な見た目してるゾ(しおりを除く)」

「は? ありえへん! あれに負けるとか……まだゴキに負ける方がマシや! なあ伊藤もそう思うやろ? ってまだ寝てんのかい! そろそろコイツ起こさへん?」

「起きたら面倒って言ったのはお前だろ」六郎太が眉を寄せる。

「それはコイツを背負う前の話や!」

 鈎は言いながら背中の伊藤を階段の踊り場に下ろした。

「ほら、目覚まさんかい! おい!」

 一発、二発、と平手が伊藤の頬を張る。

「ま、鈎君乱暴はダメだよ」

 しおりが止めに入ると、そこで丁度伊藤が目を覚ました。

「あれ、やまがみと……誰だっけ」

「鈎や。それよりまんじから大事なお知らせがあるからよーく聞いとけ」

 六郎太は大きく頭を振り、伊藤へかくかくしかじかと事情を説明した。

「てことは、まんじは霊能者でやまがみも? ここは妖怪がつくった世界で……ダメだ、いきなりそんなこと言われても全然わかんねえよ」

 伊藤の反応は当然だった。一般的には幽霊すら『信じるか信じないかはあなた次第』なのだから。

 六郎太は数秒宙を見上げて考え、

「ゴブ、実体でいいぞ」と告げる。

 すると伊藤の喉元にナイフを突き付けるかたちでゴブリンが現われた。

 伊藤は悲鳴を漏らし、あわやまた気絶――というところで鈎がそれを止めた。

「おい、二度寝は無しやで。ゴブも驚かすのはそのへんでええやろ」

「ギギ脅しジャないがナ」

「ゴブちゃん……」

 しおりは相棒を見つめて首を横に振った。

「ギ伊藤、オレがオマエを殺さないのハ、しおりがソレを望まなイからダ。オマエはしおりに生かされタ。それヲゆめゆめ忘れるナ」

 伊藤は顔を引き攣らせたまま無言で何度も頷いていた。

 ゴブリンは「ケッ」と吐き捨てるように洩らし、しおりの肩へ戻っていった。

「で、これで俺の言った事を信じるか?」

 六郎太が訊ねると伊藤は殆どうわの空で返事をした。

「そんじゃ屋上へ行こか」

 鈎が切りだし四者一妖は再び屋上へ向かい歩き出した。

 伊藤の足取りだけはおぼつかないでいた。

「まんじ、起こしたわいが言うのもなんやけど全部話してもよかったんか?」

「ああ、別に問題ねえし意味もねえよ。どのみち業事が終れば記憶を消す」

「あー、せやったか。ほんなら反省させても意味なかったな」

 鈎は頭の後ろで手を組んで宙を見上げた。

 一方、後方を歩くしおりと伊藤の距離がそれまでの関係性からは考えられない程度には近くなっていた。

「伊藤君、ゴブちゃんが……その、ごめんね」

「あ、ああ、当然の報いだろ。お前にした仕打ちを考えたら殺されててもおかしくねえし。本当にごめんな。もう無視したり悪口いったりしねえから。野口の奴にも俺から言い聞かせとくしよ」

「うん。関口君のこともね」

「わかってる」 伊藤は深く頷いた。

 そうこうしているうちに四者一妖は屋上の出入口へ到着した。

「ほんじゃみなさん準備はええか」

 全員が頷くのを確認して六郎太がドアを開いた。 

 すると最初に声をあげたのはゴブリンだった。

「ギ旦那、人の臭いダ」

「見りゃわかる」

 出入り口から見て中央あたりに制服を着た男子がひとり横たわっている。

 しおりがその姿を見て叫んだ。

「関口君っ!」

 鈎の視線がゴブリンを向く。

 ゴブリンが小さく頷き返す。

「な、おい、やまがみの言う通りあれ関口だっ」

 伊藤もここへきて正義感のようなものが芽生えたのか声をあげて訴える。

 六郎太は目に霊氣を集めた。

「罠じゃなさそうだな」

 四者一妖は倒れている関口へ駆け寄った。

 しおりが言うように男子にしては小柄だ。顔もまだ子供特有の幼さが残っている。

 なにより、やたらと気持ちよさそうに眠っている。起こすのは忍びない――と思えた。

「おいまんじ、なに突っ立ってんねん」

 鈎に急かされ六郎太が頭を振る。

 伊藤に続き、また事情説明をしなければならない。妖に追いまわされている方が幾分か気が楽だ……。

「ったく、やれやれだぜ」

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