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魔性転生  作者: 邪
第一幕 ―神隠し―
14/32

“心悸”

「おーいまんじ、ゴブ! 何ちんたらやっとんねん!」

 廊下の奥で鈎が声をあげた。隣ではしおりが手を振っている。

 六郎太とゴブリンは駆け足で二人に合流した。

「なんだよ鈎、機嫌はなおったのか」

「は、よく考えたらお前の戯言なんかでいちいち腹たてるのはアホらしいわ。しおりちゃんは凄いって褒めてくれたし。ていうか、これからどないするんや? 一階を探してまわるか? 二階か?」

 三者一妖の右手には上へあがる階段がある。左手には廊下が伸び、正面は壁で後ろは今きた道だ。左手の廊下を進み、そこに面した部屋を見るか、右手の階段をあがり二階を調べるか、二つに絞られる。

「わいとしおりちゃんは上や」

「んじゃ上でいいんじゃねえか」

「ほう、わい等に従うっちゅうわけやな」

「いや、ここで俺とゴブが廊下を選んでも二対二だろ。話し合ってる時間が勿体ねえよ」

「なんやそういうところは無駄にクレバーやな。ほんならさっさと行こか」

 そうして階段をあがると正面に廊下が見えた。左手には同じように通路が伸びている。真っすぐ進めば情報室と視聴覚室、左を行けば二年の教室が面している。さて、どちらへ進むか――と、一同の視線が交互すると突然ゴブリンが声をあげて三者の前に飛び出した。

「なんやねんいきなり」

「ギギ人間の臭いがすル」

「ゴブちゃんほんと?」

「ギ、微かにだガ」

 ゴブリンは正面の廊下に面する情報室を指さした。

「関口ならミッションコンプリートで脱出方法考えないかんな」

「ダメだよ他のみんなも助けなきゃ」

 しおりがムスっとした顔になる。

「じょ、冗談やがな。なあ、まんじ」

「あー? まあ、個人的には鈎に賛成だけど、これは業事だからな。全員連れてここを出る」

「ほーん、ならちゃっちゃと救出や。いくで!」

 そう言って先陣を切った鈎が情報室のドアノブに手を掛ける。

 鍵はかかっていない。しかし――

 その手が止まる。罠かもしれないと思うと自然と体が固まった。

 痺れを切らした六郎太が代わりにドアを押し開ける。

「用心せえよ。なんかあったらどないすんねん」

「はあ? お前じゃねえんだ、ドジるかよ」

「なんやとっ」

「ちょっと、そんなことよりも誰か居そう?」

 しおりは二人を仲裁しつつ室内を見渡した。

「ギギ、教卓の下ダ」

 ゴブリンに言われ六郎太、鈎、しおりの三人は部屋の一番奥にある教卓の下を覗いた。生徒が一人、頭を抱えて蹲っている。一同は互いに顔を見合わせ、鈎が「おい」と声をかけた。すると蹲っていた生徒が「ぎゃあ!」と声をあげて立ち上がった。

「い、伊藤君!?」しおりは思わず目を瞬かせる。

「なんや、関口ちゃうんかい。なあおいって、落ち着けや。わい等や(面識ないけど)なんもせえへん。しっかりせえ」

 鈎に両肩を押さえられ伊藤がハッとしたように三者を向いた。念のためゴブリンは幽体になっている。

「お、お前、転校生と病がみ――」

 伊藤がそう口走った瞬間、六郎太の拳骨が伊藤の頭を突いた。

「やまがみ、な。次言ったらおいてくぞマジで」

「痛てて、ごめんて。癖でつい……ごめん」

「う、うん……」

 しおりは正直反応に困った。謝られても嬉しいとか腹が立つといった感情が湧いてこなかったからだ。もしかしたら自分は無視や陰口を叩かれていた事なんてどうでもよかったのかもしれない。必要以上に自分を追い詰めていたのは自分自身だったのではないか。最初から「そんな呼び方しないで」と言っていたら彼等との関係も違っていたのかも――

「あの……伊藤君、今度からはちゃんと名前で呼んでね」

 しおりはそう言って小さく微笑みかけた。伊藤は頬を赤らめながら頷いた。

「よっしゃ、なんか知らんが仲直りやな。んで、関口達とは会ったか?」

 鈎が訊ねると伊藤は驚いた顔で「関口もいんのか!? 他にも!?」と声をあげた。

 六郎太は「やはり」と目を細める。記憶が元に戻っている。それに――

「お前、ここへ来てどれくらい経つ?」

「え、多分だけど2時間くらい??」

「は? ありえへんて。わいらとそんな変わらんやんけ」

「……いや、油取りは現実とこことを結界で区切っている。おそらく、こちらの世界と向こうの世界との間には捻じ曲がった空間の隔たりが存在しているはずだ。そういった亜空間の層はいわば出口の決まっていないトンネルと同じ――」

「なるほど。たまに帰還した行方不明者が『過去に行っていた』だの『未来へ行っていた』だの――果てには『別の世界へ』なんて余迷い事を言うことがあるけど、そのトンネルが原因っちゅうわけかい」

「まあ、そんなところだ」

 今回の場合、トンネルを抜けた先には<油取りの世界>という共通のゴールが待っている。伊藤に会うまでは確信を持てなかったがゴールは同じでもやはりその性質上、いつどの場所に飛ばされるのかは実際に世界へ降りたってみるまでは分からないようだ。

「てなるとや、つまるとこ時間の経過は気にしんくてもいいっちゅうことか? 伊藤もまだまだ元気そうやし、他の奴等も油取りに霊気を吸われてお陀仏って可能性は減ったのう」

「まあな」六郎太は渋い顔で頷いた。

 確かに制限時間という制約は弱まった。だが、これは朗報か? 下手をすれば伊藤以外の被害者と一生出会えない可能性すらある……。

 そうやって忌々し気に舌をうつ六郎太をちらりとして鈎は溜息をついた。彼も内心ではこの事態を悲報として捉えていたからだ。今いる面子が当たり前に揃っていること、それ自体が奇跡……吐き出された息には安堵とそれ以上に色濃い不安が入り混じっている。

 一方そんな二人の会話を黙って聞いていたしおりは話の最中もずっと制服の裾を握っていた。霊能の事なんてまだまだ何もわからない――でも、要点くらいは察することが出来る。もしこの世界に降り立ったのが自分一人だったら……自分だけみんなとは違う時と場所に飛ばされていたら……そう思うと一層手に力が篭った。油取りは人の負の感情が大好物だと六郎太は言っていた。だから少しでも恐怖を押し殺したかった。

「あの、さっきから何の話してんの」 

 三者のやりとりを見ていた伊藤がたまらず訊ねた。

 鈎としおりの視線が六郎太を向く。

 それを受け六郎太はぶっきらぼうに“補足”した。

「伊藤、わりいけど詳しい説明はする気がねえ。とりあえず、ここから出たいならついてこい」

「え、なんで、説明してくれよ。さっきから空間がどうとか油がどうとかって」 

「まあまあ伊藤君。君の気持は重々承知や。けど今はそれどころやない。つか、そういや君なんでこんなところで蹲ってたんや?」

「ここで? あっ――」

 伊藤は何かを思い出したかのように固まった。顔からは途端に血の気が引き唇は戦慄いでいた。

「あ、あいつから逃げてた」

「あいつってなんやねん。お前以外には会ってないで」

「そっか、ならいい……いや、ダメだ。あいつ、」

 伊藤が急に宙を仰いだ。一同も釣られて天井を仰ぐ。すると遠くの方で聞き覚えのある音楽が鳴っていた。遊園地の児童用遊具コーナーで流れていそうなメロディーだった。

「タンタラ タラタラって、なんやっけこれ?」

「やめろ、やめてくれ! もう嫌だ! 頼むから早くここから出してくれ!」

 伊藤は泣きながら六郎太達に縋りついた。音は着実に情報室へと近づいてきていた。

 そして――ガチャッとドアノブが回った。同時に伊藤は気を失った。

 六郎太は伊藤が頭を打たないように襟を掴んで床に横たえた。

「ギギ妖だな」

 しおりの肩にいたゴブリンが実体となり彼女の前に飛び出した。

「次から次へと、どないやねん」 

 鈎も警戒を強める。

 一同に緊張が走った。

 しかし、次の瞬間――ドアの向こうから現れた妖の姿に、しおりは思わず眉を顰めた。

 それは恰幅のいい男性の姿だった。カラフルな衣装に身を包み、顔には赤青白などのペイントが施されている。不気味かと訊かれればそうかもしれない。でも、どう見てもピエロの恰好をした“ただのおじさん”だった。

「なるほどな。伊藤の奴は道化恐怖症かい。ベタなやっちゃ」

「あれも妖なの? 人にしか見えないけど……」 影の時とは違いオーロラも見えない。玄関の時のような幻とも違う。

「せやな。けど妖やで。おそらくは伊藤のトラウマから生まれたもんやろ。さて、どないし――!?」 

 鈎が言い終わるよりも早く六郎太は動いていた。彼はピエロとの距離を一直線に詰め右手で首を掴み、一息で頸椎を圧し折った。支えを失った頭部がだらりと前のめりに倒れた。

「ちょ、まんじお前な!」

 鈎は声を荒げて六郎太へ詰め寄った。

 六郎太はピエロを部屋の隅へ投げ捨てると「んだよ」と煩わしそうに相対した。

「なんだやないわ! 相手にどんな能力があるかもわからんのに真っ直ぐ飛び込む奴がおるか。それにや……」

 鈎の視線が後方にいるしおりを向く。彼女は顔を背けて震えていた。

「しおりちゃんにはこのピエロが人間にしか見えてないんや。目の前であんな殺し方あかんやろ。モラルっちゅうもんがないんかい。いや、行者にはないんやろうな」

 鈎はそう言ってしおりの元へ駆け寄った。

 六郎太は彼女を見てから自分の右掌を見た。それから部屋の隅で塵と化したピエロへ目を向ける。


 ――六郎君、妖には情けをかけてはだめよ。殺らなきゃ殺られる。殺るか殺られるか。

 ――でもよーこちゃん。相手が悪い奴じゃなかったら? やらなきゃだめなの?

 ――当然よ。それが行者の務めなんだから。その時にやらなきゃ被害が拡大するでしょ? だから自分を守るため、善良な市民を守るためにも敵に情けは無用なの。


 まだ幼い頃、そう毬倉永子に教えられた。敵には容赦をするな。それが彼女の教えだった。間違ってはいない。むしろ正しい。ただ自分はそうしたくてしていたわけではない。自分はただ――

 鈎が伊藤を背負って部屋を出て行く。しおりが横を通り過ぎた。顔は伏せていた。

 六郎太はごめんなと心の中で漏らした。

 

 ――あいつすごく悲しそうな目をしてたんだ。

 ――だからなに? 行者わたしたちは“弱者”の味方ではないのよ。

 ――でも人間みんなを守るんでしょ?

 ――ええ、妖を殺すことで結果的にね。


 窓から覗く空がえらく濁って見えた。当時もそうだった気がする。

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