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魔性転生  作者: 邪
第一幕 ―神隠し―
12/31

“魔校”

「こんなところに来てまで学校にくるはめになるとは……学生の宿命ってやつやな」

 鈎はそう言って校門の前から校舎を見上げた。隣ではしおりが正面奥の生徒用玄関を真っ直ぐに見据えている。

 六郎太はというと、そんな二人の後方で両手をポケットに突っ込んだまま、煩わしそうに学校の全体像を眺めていた。現実のように霊場の再現まではされてはいない――が、敷地内はあからさまに妖気の気配が濃い。罠か――はたまた罠か……やはり、罠だろう。

 そうやって固まる三人を見て、業を煮やしたゴブリンが痺れを切らしたようにしおりの肩から飛び降りた。

「ギギなんで立ち止まっていル。まさか臆したカ?」

「アホ言え。ここまできてビビるわけないやろ。行くで!」

 鈎の声を合図に三者一妖はやっと校門をくぐった。

 玄関の前まで来ると彼等はまず全員でガラス張りのスライドドア越しに中を確認することにした。ライトが点いていないので薄暗い。それに、どこかじとっと湿った印象を受ける。当然、人もいない。しおりが固唾を飲んだ。

「なんやしおりちゃん、怖いんか?」

 鈎に訊ねられ、彼女はこの感覚をどう表現しようか模索した。

「怖いというより……凄く嫌な感じがする。誰もいないはずなのに来るなって睨まれているような、それでいておいでおいでって手招きされているような……」

「手招きって……なんかわいまで若干こわなってきたわ」

「別にここで待っててもいいんだぜ?」

 六郎太が煽るように言うと、鈎は「アホか」と鼻をならしスライドドアに手を掛けた。ドアはびくともしなかった。

「鍵がかかってるみたい。ここからは入れそうもないね」

 そう言って肩を落とすしおりをチラリと見て、六郎太が片眉を持ち上げる。彼は鈎をよけてドアの前に立つと徐にパンチを放ち、拳でガラスを貫いた。

「まんじ君!?」

 しおりが思わず声を上げる。

 六郎太はそれを無視して突き入れた右手で内側からキーロックの突起を回した。

「あのなぁ……お前、いつかおまわりさんの厄介になるで」 

「は? ここは油取りの世界で実際の学校じゃねえんだ。いちいち気にしてられるかよ」

「それよりも怪我はない? 手は大丈夫……?」

 心配そうに見てくる彼女を向いて、六郎太は右手を見せた。手の周りに青白い光が揺らめいている。

「無傷だよ。霊氣でガードしてる」

「そんくらいで得意げにすな。てか、わいでも出来るわ。見せたろか? しおりちゃん見ててな」

 そう言って左拳を引く鈎を、しおりは慌てて止めた。鈎は……残念そうに拳を下ろした。

「そんじゃ中に入るか」

 この六郎太の言葉を皮切りに三者一妖はついに校内へ足を踏み入れた。


 入ってすぐに「へ?」と、呆けたような声を出したのはしおりだった。

 その目には普段の学校の風景――生徒達が玄関と廊下を行き来する様子が映っていた。しかも談笑する生徒達の声や雑踏、遠い所で鳴る椅子を引く音まで――そこにはまさしく活気に満ちた学校生活があった。

「これって、いったい――」

「くだらねぇ」

 しおりの言葉を追い越すように彼女の左隣から六郎太が忌々し気に呟いた。鈎も同じ心境なのか彼女の右隣で眉を顰めている。

 不思議そうに左右を向くしおりの肩上でゴブリンがフンッと鼻を鳴らした。

「ギギ、しおり騙されるナ。これは妖気でつくられた幻ダ。実体はなイ」

「そ、そうなの? わたしにはいつもの朝の風景にしか見えないけど」

 彼女はそう言いながら目をぱちくりさせた。視線の先では男子生徒が二人ふざけて取っ組み合いをしている。実際の登校時に見た覚えのある二人だ。上履きに入ったラインの色的に一年生――いつも朝にじゃれ合っている。

「しおりちゃんは霊視が出来へんからな。まあそれやとリアルに見えてもしゃーないで」

「そうなんだ……」と、落ち込むしおり。

 六郎太はそんな彼女を一瞥してからゴブリンに視線を移した。

「なあゴブ、契約してんだったら山神にも“視える”ように出来るんじゃねえか?」

 ゴブリンはへの字の手を顎に当て「ギ……」と、数秒考えた。

「ゴブちゃん、出来そう……?」

「ギギ……出来なくはないが霊気を喰うゾ」

 しおりは大きく頷き了承した。

「ギギそれじゃア、目を閉じロ」

 ゴブリンはそう言って左右の手の甲を交差するように打ち合わせると、口からノイズ音を吐き出した。六郎太と鈎にはそれがゴブリン固有の詠唱であることが直ぐにわかった。

「ギギ、終ったゾ。こんなものだロ」

 ほうほう、と男子二人がしおりの顔を覗き込む。

「え、あの、なにか変わった?」

「まあ垢ぬけたっつうかなんつうか」

 六郎太が後ろ頭を掻く。

「なんやまんじ、素直に可愛いって言ってやれや。しおりちゃん、似おてるで」

「似合う? なに、どうなったの……」

 しおりはスライドドアのガラスで自身の顔を確認した。

「目が――っ、なにこれ!?」

 黒瞳が、まるで深緑の液体でも流し込んだかのように黒と緑のマーブリングに変化していた。

「ギギギ部分的にオレの目とお前の目を繋げタ。イカすだロ」

「いや、ほんまバンドマンぽくてごっつええ感じやで」

「バンドマンって、まあ確かに……てか見た目より性能だろ。どうだ山神、“視える”か?」

 言われるがまま、しおりはじゃれ合う男子二人に目をやり、そして、小さく頷いた。

 確かに二人は人の形をしている。でも生きてはいない。そう確信が出来る。目に映っているのは人間のはずなのに……おそろしく奇妙だ。これが行者の――卍六郎太の見ている世界――

「よっしゃ、ほんなら進もか。はよ関口のヤツを見つけてやらな。あと他の奴も」

 鈎が歩きだすと六郎太としおりもそれに続いた。

 まず三者一妖は一階にある一年生のクラスから覗いてみることにした。

 六郎太としおりがドアから顔だけを教室に入れた。窓際に立って談笑している生徒が数人いる。それ以外はきちっと着席していて担任教師を待っているようだ。一年生らしく初々しい光景だが、これらも全て妖気でつくられた幻だ。

「攫われた奴等は居なさそうだな」

「うん。関口君の記憶やトラウマが元になってるなら校内にいるのは間違いなさそうだけど」

 二人はそう言って首を引込めた。一つ先の教室を覗いていた鈎とゴブリンも同様に顔を戻し、六郎太達を向いて首を横に振る。

 一同は気を取り直し次の教室を覗くことにした。どうやら攫われた生徒は居ないようだ。次も居ない。その次も同様に――そして最後の教室を覗く。やはり攫われた生徒は居なかった。

「ええいもう! なんやねん!」

 鈎は声を上げ教室の引き戸を勢いよく開いた。

「おい、落ち着けって」

 そう言って止める六郎太を無視して、彼はずかずかと教室へ入っていく。六郎太は仕方なくその後に続いた。しおりとゴブリンも戸惑いつつ入室する。

 そうして窓際の最後尾の席の横合いで足を止めた鈎は着席している男子生徒へ向かって顔を近づけメンチをきった。

「どうせ幻なんやからド突いてもええやろ? お? 無反応か一年坊こら!」

 六郎太が大きく溜息を漏らす。 

「なあ、反応がないのをわかっててやってんのか? 関口達は居ないんだからさっさと次いくぞ」

「いいや、このままじゃわいの気がおさまらへん! 一発ド突いたる!」

「止めとけって。ろくなことにならねえよ」

 言いながら六郎太は後ろ頭を掻いた。

「まんじ君のいう通りだと思う。幻を叩いても意味が無いし……なにより、幻とはいえ無抵抗の一年生なんだよ?」

「いいや止めてくれるなしおりちゃん。こないにぎょうさん歩かされて、着いた先は妖気まみれの学校。そろそろ一人くらい見つかるやろって期待するやん。なんに何もないとか……ふざけるのも大概にせい!」

 鈎は強めた語気と共に男子生徒の頭頂部を平手で勢いよく叩いた。

 当然、生徒達は幻だ。実体はない。いわば精巧なホログラムのようなものだ。なので彼の平手はすり抜ける――はずだった。何故か次の瞬間には教室内にパンッ! という乾いた音が木霊していた。

 しおりとゴブリンが同時に「へ?」という顔になった。叩いた当人である鈎も呆気にとられた顔で自分の手の平を確認している。六郎太だけは「やっぱりな」という顔で天井を見上げていた。

「なあ、まんじ……めちゃめちゃ手応えありなんやけど……」

「だろうな……多分、トラップ発動だ」

 六郎太が言った直後、着席していた生徒達が一斉に立ち上がり、三者一妖を向いた。全員無表情で目に光がない。まるで死んだ魚の群れのようだとしおりは思った。

「トラップってなんや。つかまんじ、お前それ気付いてたんか?」

 鈎が歯を剥き六郎太に詰め寄る。

「気付くってかまあ、そういう可能性もあんのかな、ぐらいには」

「ほな何でわいを止めへんねん!」

「いや、止めたろ」

「止めとらん!」

「ちょっと、今は言い合ってる場合じゃないよ」

 しおりに促されて男子二人が生徒達に目を向ける。すると生徒達は自分の髪を掴み、思い切り上へ引っ張っていた。

 何が始まるんだ? と思った瞬間、生徒達からメリメリッと不気味な音が鳴り響き、頭頂から足元まで、まるで上から被った布団を脱ぎ捨てるかの如く皮が捲れて、人の姿ではなくなった。真っ黒く、それでいて仄かに透けている。人型の影のようであった。

「こいつら特撮ヒーローの悪役戦闘員かなんかなん?」

「ちょっと鈎君、冗談言ってる場合じゃないよ」

「せやな、逃げるか戦るか……どっちやまんじ」

「戦る。というか逃げたところ追ってくるだろう。こっちの目的はあくまでも人探し。あんなのに追われてたんじゃ探すどころじゃねえからな」

 鈎としおりが小さく頷く。

「ギギ、にしても数が多すぎル」

 ゴブリンがそう言って舌を打った。

 一体一体の妖気は小さい。下異の妖――餓鬼以下だろう。ただ、教室にいた三十人弱が全てこちらに向かってくると考えるとかなり厄介だ。

 六郎太はそうやって考えながら口を横に結んだ。

 自分や鈎、ゴブリンは霊氣や妖氣による強化・・が可能だが、山神しおりにそれは出来ない。おまけにこちらは角に追い詰められた格好だ。彼女を守ることを最優先に考えなければいけない。最悪、彼女だけでも窓から逃がすつもりでいた方がいいだろう。

「ゴブ、山神に付いてろよ。とりあえず――」

 六郎太はキッと影達を睨んだ。同時に熱波を放出する。熱の膜で近くにいた影達は机や椅子共々吹き飛び、三者一妖との間に二メートルほどの何もない空間が出来上がった。

「この間合いに入ってきた奴から順に俺と鈎でぶっ飛ばしていく」

「へ、なんやお前そんな技も持ってたんかい。全員今のでやったったらええのに」

 六郎太が薄く笑った。

「全員、燃えてもいいならな」

「冗談でもそれは勘弁や……まあ、ほなやるで!」

 鈎は気合を入れると共に間合いに入ってきた影を右の回し蹴りで蹴り飛ばした。

「しおりちゃん親衛隊特攻一番機の鈎兵衛や! 覚えとけや影どもが!」

 声を上げる彼の横で六郎太が腰の位置から右拳を振り上げる。拳をくらった影の頭部が天井まで千切れ飛んだ。

「おい鈎、口ばっか動かしてないで手を動かせよ」

「は? わかっとるわボケ! お前こそ、雑魚にやられるなよ」

 二人は憎まれ口を叩きつつも互いに背中合わせになって影を迎え撃った。

 その様子を窓際の角の位置から見ていたしおりは胸をなでおろし、自身の肩に乗るゴブリンへ語りかけた。

「二人とも凄い……ねえ、大丈夫そうだよねゴブちゃん」

「――ギ、イヤまずイ……」

「え? でも――」

 しおりの目が六郎太と鈎を交互する。

「ギギ確かに、あの二人がやられる事はナイだろウ。デモ、流石に数が多すぎル。ほら見ロ」

 ゴブリンが六郎太を指さした。その右腕と右足には影がしがみ付いている。

 六郎太が「クソっ」と声を上げる。力任せに振り払われた影が壁に激突した。が――その一瞬、気のそれた彼の左脇を一体の影が通り過ぎようとした。

「まんじ!」

 鈎の声にハッとした六郎太は振り返り、通り過ぎて行った影の背中へ突きを放つ。胴の真ん中を貫かれた影は煙を上げ、床に硫黄臭のする少量の塵を残し消滅した。

 それを一瞥して悔しそうに舌を打つ六郎太。

「あかんな。突破され始めたのう」

 鈎もそう言って奥歯を噛んだ。

 しおりは向き直った六郎太の背中を見つめて生唾を飲んだ。今、影がこちらに来るかと思った。いや、卍六郎太が迎撃しなければ確実に自分へ攻撃を仕掛けてきていただろう。

「ギギしおり、何がマズいか分かったカ?」

 ゴブリンの言葉にしおりは頷いた。

 たった二人でこの数を捌くのはどだい無理な話だ。長引けばいつか必ず二人の迎撃網を掻い潜って影がこちらに来る。

 しおりはそこでやっと気が付いた。自分が足手まといであること。これが自分を守るための戦いでもあることを。

「ゴブちゃん、わたし……」

「ギギくだらないことを考えルなよしおり。二人にとってはいいハンデダ。それに安心シロ。例え突破されてもオレがいル」

 その時――

「ゴブ!」

 六郎太が叫んだ。

 しおりとゴブリンの視線が声の方を向いた。

 六郎太と鈎の両手足に影達がしがみ付いてた。しかも動きの鈍った二人の間を縫って一体の影が凄い勢いでこちらに迫ってきていた。

「ギギ、動くなヨ」

 ゴブリンはそう言ってしおりの肩から飛び上がると宙を駆け、こちらに伸びてきた腕をボウイナイフで切り飛ばした。しかし痛覚はないのだろう。影の勢いは衰えることなくゴブリンを通り過ぎ一層しおりに迫った。

 しおりは恐怖で足がすくんだ。動くなと言われるまでもなく動けない。逃げなければ――逃げる? みんなをおいて? ゴブリンは動くなと言ったのだ。逃げる必要なんてあるはずがない。

 彼女はキッと迫りくる影を睨んだ。影が覆いかぶさるように両腕を広げるのが見えた。捕まる――と、しおりは覚悟した。視界の隅ではゴブリンが手の甲を打ち合わせている――ノイズ音が聞こえた――やっぱり死ぬかもと思った、次の瞬間――

 迫りくる影が突如として火花をあげ、稲妻にうたれたかの如く弾け飛んだ。

 しおりは思わず呆けたように「へ?」と声を出した。

 肩に戻ってきたゴブリンがいやに感心した顔つきで言った。

「ギギよく動かずにいたナァ」

「う、うん。みんなをおいて自分だけ逃げるなんて出来ないよ。それより今のって――」

「ギギ対象を影に設定しタ<汎用結界>ダ。それをお前の周りニ張っタ。これで奴等はお前に触れルことすら出来ナイ」

「――けっかい?」

 しおりは呟きながら目を凝らした。自身の周囲三十センチほどのところに透明の膜があり、それが全身を覆っている。さながらシャボン玉の中にでも入っているような気分だ。

 そんな一者一妖の様子に鈎が「でかしたゴブ!」と声を上げた。六郎太も小さく笑みを浮べている。

 少しは戦いが楽になる――か。

 三者一妖は改めて影達を見据えた。

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